第56話 松代(前編)
「ここが首都? プレハブ住宅だらけじゃん!」
「急に日本の首都が移転になったからさ。松代の町の規模を考えたら、住宅不足になって当然だ。仕方がないので、政府職員とその家族の住居は、なんとか入手できた仮設住居ということになった。それでも羨ましいと、他の避難民たちに批判されているけど……」
「長野市でよかったのでは?」
「ゾンビの大群に攻め入られることを考えたら、長野市は危険だってことになってね。戦前、無駄に掘られた『松代大本営』を有効活用できるし、守りやすいから」
「職員とその家族の住居は、長野市の方がいいと思うのですが……」
「車が使えたらそれで問題ないのだけど、今となってはガソリンが超のつく貴重品なのでね。職員たちは徒歩か自転車通勤だよ」
「田舎は車が必須の場所なのに、ガソリン車が使えないんですね」
「政治家たちも、EV車を使っていますよ。もっとも、現在急いでソーラーパネルを設置していますが発電量は全然足りず、EV車も電気バイクと合わせて使用には許可が必要ですけど」
「ワクワクしないなぁ」
私、瑠璃さん、楓さん、未来さん、晶は、臨時の首都になった松代の様子に唖然としていた。
今回、案内役を買って出た大島三佐には見慣れた光景らしく、冷静にこうなってしまった事情を説明してくれる。
未来さん……美空さんと呼ぶと、『自分だけ苗字で呼ばれると疎外感があります』と言われたので、名前を呼ぶようになった……は松代駐屯地で訓練をしていたので、やはり見慣れた光景のようだ。
公務員住宅となったプレハブ群に対し特になんとも思っていないようで、素の表情のままだった。
「今回、私は事務的な手続きを戸高司令の代理で行うという名目で松代に来たんですけど、車両のガソリン使用で絶対に嫌味を言われます。賭けてもいいですよ」
「戦前みたい」
「むしろ戦前より、燃料事情は悪いですからね。消費量も当時とは比べものにならず、とにかく節約、節約ですよ」
「原油の輸入はできず、海岸沿いにある製油施設はゾンビに占拠されてますからね」
「大島三佐、確か国防隊で製油施設を取り戻す計画がありましたよね?」
「美空さんはレベリスト部隊にいたから知っていたか。だが、水無月市という内陸の中堅都市すら取り戻せなかった我々が、海岸沿いの製油施設なんて取り戻せないさ」
輸送コストの関係で、製油施設の大半が海沿いにある。
そのせいで、日本国内にある大半の製油施設が海から上陸したアンデッド軍団により占拠されており、ここを解放するのは困難を極めるだろう。
なによりもし製油施設の解放に成功しても、そこにある原油を加工した分しか石油製品は手に入らない。
現在、原油を輸入することが事実上不可能だからだ。
製油施設も、取り戻すのに時間がかかればかかるほど、再稼働に時間と手間がかかるというのもあった。
「製油施設を動かせる人は生き残っているんですか?」
「避難に成功したところもありますが、多くの製油施設職員が施設内で亡くなってゾンビになっているはずです。製油施設を取り戻しても、施設を動かせる人がいない。正確には少数いますけど、またいつゾンビの大群に襲われるかもしれない製油施設に連れていけませんよ。もし死なれでもしたら、日本の製油技術が終わるので」
「なんとも大変なことですね」
「ええ。上の方々は頭を抱えていますよ」
普段の生活のみならず、レベリストではない人たちがゾンビを倒すにはガソリンが必要になる。
それなのに、新規に生産できないのだから。
「だから国防隊も警察も消防も、ゾンビに占拠された町などでガソリン、灯油、軽油などの回収をレベリスト部隊を投入して進めているんです。私は一時間ほどで仕事が終わるので、それまでは商店街ででも時間を潰しておいてください」
「わかりました」
大島三佐は、本来の目的である国防隊本部へと向かった。
私たちは時間を潰すため、松代の商店街へと移動する。
「高っ!」
「お嬢ちゃん、こいつは今となっては貴重なお菓子なんだせ。賞味期限は切れているが、まだ普通に食べられる。もう二度と手に入らないかもしれないんだ」
「それにしても高いよ!」
「手に入れるのも命がけなんだぜ。安くは売れないさ」
松代の商店街には、これまでにあった店舗の他に、地面にゴザを敷き、そこに置いた商品を売る者たちもいた。
その多くがレベリストであり、彼らはお上や組織に所属することを拒否し、ゾンビに占拠された町まで遠征して、そこで見つけた物を集めて売る仕事に従事している。
水無月市攻略失敗のせいで、『レベリストは無能な政治家や役人、国防隊員に使い捨てにされる』という噂が広がり、日本政府はレベリスト集めに苦戦しているとか。
独自にゾンビと戦って強くなりつつ、町から使える物を回収して自分で使ったり、売って稼ぐレベリストたちが増えていた。
これまでは圧倒的に強かった国や大企業の権威が弱まり、レベリストが個で生き延びようと活動している。
アンデッド騒動のせいで、日本の社会に変化が生じたのだろう。
「まあまあ、晶。そのお菓子をくれ。あと、なにか飲み物はあるかな?」
「ミネラルウォーターならあるぜ。冷えてないけど」
「人数分を」
「まいど、合計で二万六千円だ」
「(幸三さんが、高いお金を出してこれを買う意味あるの?)」
「(まあ、見ていてくれ)」
小声でそう聞いてきた瑠璃さんに、そう答える私。
お宝回収の過程でお金も沢山拾っていたけど、使い道がなくて死蔵していたので、それで代金を支払った。
価格はまあ……。
こんな世情だと仕方がない。




