第55話 生存登録
「それにしても、これまで私の安月給では買えなかった高級ウィスキーは飲めるのに、以前は安かった塩辛いツマミが高級品だなんて、世の中なにがあるかわかりませんね」
「そうだよなぁ。しかし、伊作様々だな」
「俺もご相伴に与れますし、ますます松代に戻らなくてよかった。すみません、山本の18年をもう一杯お願いします。もう二度と飲めないかもしれないから」
私は、大島三佐のグラスにウィスキーを注いであげた。
このウィスキーはまだ何千本もあったから、チビチビ飲まなくてもいいだろう。
他にも、貴重なウィスキーは沢山あるのだから。
「ところで、伊作さんたちは生存登録をしていますか?」
「生存登録ですか? してませんね」
「一応しておいた方がいいですよ。あれ、松代の役所に届けを出さないと登録できないんですよ」
「生存登録制度かぁ」
今はこんな状況なので、日本政府や地元自治体としても、生き残った日本人の確認に猫の手も借りたい状態らしい。
私たちはまだ登録していないが、その手続きは松代でする必要があるのだとか。
「瑠璃さんたちのご家族は、確かまだ生存登録されていないんですよね?」
私の家族も登録されていないそうだけど、私はその件に関してはどうでもいいと思っていた。
就職氷河期で非正規の私は一族の恥なので、縁を切ると言われた家族だからだ。
ただあの優秀な兄のことだ。
多分、生き残っているのではないだろうか?
「こんな状況だから、あとで生存登録される可能性は高いと思う。その時に彼女たちの生存登録がされていれば、ご家族も安心するのではないかと思う」
「安城陸将が気を利かせて、私たちの生存登録をやってくれた、とかはないですよね?」
「そんな細やかな配慮は期待できない人だったし、今はオンライン登録もできないので、安城陸将にその気があっても無理だったんですよ」
「わかりました、今度みんなで松代に行ってみます」
現状私たちは楽しく暮らせているけど、久々に大勢の人たちが住む町を見てみたい気持ちもあったからだ。
観光目的……もあるかもしれない。
温泉とかあった気がするけど、この非常時に営業はしていないか。
「松代が今の日本の首都って聞くと、なんとも言えない気持ちになりますけどね」
先の戦争では、大本営を松代に移して本土決戦に備える計画があったと聞いた。
その松代に首都が移っているということは、『日本は負け戦なのでは?』と思ってしまうからだ。
「伊作さんの想像している以上にショボいですし、景気もよくないのでガッカリするかもしれませんけど」
「それは覚悟して行きますよ」
その後は他にも持参した貴重で高価なお酒を楽しんでから、『移転』で伊作村へと戻った。
『移転』があると、酔いが醒めるまで待って車で帰る必要がないのがいい。
戸高さんと大島三佐は私が『移転』を覚え直した件を黙ってくれているので、日本政府や国防隊がなにも言ってこないのもありがたかった。
だからそのお礼に、二人に高級ウィスキーを奢るくらいしても罰は当たらないと思うのだ。
「松代に観光、いいかも」
「楽しみですね」
「私たちの生存登録が本命だけどね。そっか、私と楓さんと幸三さんって、行方不明扱いなんだ」
「自分は松代にいた時に登録しているから、松代の町が少しは賑やかになっているといいなぁって感じ」
「オレが生存登録をして、なにか意味があるのかな?」
晶の両親はすでに亡くなっており、その際親戚たちは彼女を引き取ることを拒否した。
彼女は、生存登録になんの意味があるのかわからないようだ。
「こんな世の中だから生存登録なんて必要ないような気もするけど、社会との繫がりは持っておいた方がいい」
「そんなものなんだ」
「いくらこんな世界になっても、完全な世捨て人になるのは大変だぞ。あとは、私が晶の保護者だと登録しておいた方がいいというものある」
晶はまだ子供なので、保護者が必要だろう。
こんな状況なので児童相談所もろくに機能していないかもしれないが、私たちが責任を持って預かると、正式に届けた方がいいと思ったのだ。
「もし晶の親戚が生きていたとしても、晶と一緒に暮らすとは思えない」
「オレもやだなぁ。父さんと母さんが死んだ時、『お前の面倒なんて見られない! 児童養護施設に早く行け!』って怒鳴られたから。児童養護施設に行ったあとは一度も会ってないし」
晶は明るくて元気な子だけど、かなり苦労しているんだな。
私が責任を持って面倒を見ないと。
「まあ、観光がてらってことでいいんじゃないかな?」
「松代って、なにか面白いところあるの?」
「行ってからのお楽しみってことで」
そんなわけで私たちは、みんなで松代に出かけることにしたのであった。
松代大本営跡地に作られた、臨時の日本政府かぁ。
そこはちょっと興味あるけど、多分見学はできないだろう。
それでも、久々に多くの人たちが住んでいる町だ。
出来る限り楽しもうと思う。




