第54話 飲みニケーション
「これは! 山本の18年じゃないか!」
「私は全国でお宝探しをしているから、この手の物も手に入りやすいんです」
「私の給料じゃあ、欲しいけどとても手が出ない銘柄だ」
「国防隊の陸将補なのに?」
「国防隊の収入は、世間の人たちが思っているほど高くないのさ。しかも私は妻子持ちで、娘は今年大学受験だったからお金ががかる。こんな高級なお酒を買ったら、妻に叱られるさ」
「妻子持ちも大変ですね。あっ、家族! 大丈夫なんですか?」
「ゾンビが出現した時、妻と娘は妻の実家に帰省していてね。娘の学校は少し夏休みが早くて、受験勉強も涼しい長野でやりたかったみたいだ。おかげで無事だったんだ」
「それはよかったですね。受験なのに予備校に通わないんですね」
「昔から塾にも行かず、自力で勉強していたよ。娘は親の贔屓目を差し引いても頭が良くてね。東大を目指していた」
「戸高陸将の娘さん、全国模試で一位を取ったって聞きましたよ。我々とは頭の作りが違うんでしょうね。俺は独身なので家族の目も気にせずお酒を買えるけど、その前に国防隊の尉官の給料が安いって問題が……。今は佐官になったけど、そこまで給料も上がらず……」
「今日はそんなことを忘れて飲みましょう」
大失敗に終わった水無月市解放作戦の後始末を終えた戸高さんと大島三佐は、時おり私たちと一緒に戦って戦闘経験を積んでレベルを上げつつ、周辺の町から資材を運び出し、朝山駐屯地の強化を続けていた。
戸高さんによると、松代にある国防隊本部から朝山駐屯地への補充人員はなく、補給は最低限の量しかこないらしい。
次のゾンビ襲来に備えて朝山駐屯地の防衛力を強化したいところだが、今の日本でその手の建設資材を作れるところは非常に少なく、少量生産された貴重な建設資材も日本政府が管理、松代の強化、拡張工事を優先しているそうだ。
そこで戸高さんは、朝山駐屯地周辺にある家や建物を隊員たちに解体させ、それを利用して朝山駐屯地を強化し続けていた。
水無月市解放に失敗した日本政府にとって、朝山駐屯地はもはや注目に値しない辺境の基地と化したわけだ。
今日は、そんな朝山駐屯地に実質島流し……左遷……じゃなくて、転任した戸高さんと大島三佐と共に、日頃の疲れを癒す。
私が朝山駐屯地を尋ね、手に入れたお酒とオツマミを楽しむ会だ。
「隊員たちにも差し入れ、ありがとうございます」
「共にアンデッドと戦った戦友同士ですからね。それに、こんな時に私たちだけ楽しむのはよくないでしょうから」
「ここにいると楽しみがないので、本当にありがたい。お酒や嗜好品なんて補給では絶対に来ないからなぁ」
「送れないでしょう。規則的に」
「それはそうなんですが、かといって駐屯地周辺のお店で買えるわけでもないからなぁ。隊員たちは駐屯地の強化工事を頑張ってくれているから、なにかしら報いたかったんです」
幸いというか、私はお宝探しの成果が大量にあったので、お酒、タバコなどを駐屯地に差し入れていた。
伊作村と朝山駐屯地は車で往復できる位置にあるので、ご近所付き合いも必要だろうということで。
ビール、チューハイ、ハイボール缶などのお酒類と、私は一切吸わないタバコを大量に差し入れた。
お酒やタバコが飲めない人向けには、お菓子やジュースなども差し入れている。
非番の時にでも楽しんでほしい。
「この手の嗜好品は、もはや超のつく貴重品だからなぁ」
ゾンビ騒ぎで製造工場が動くはずもなく、原材料も搬入、輸入されないのでは製造もできず、工場を動かすエネルギーも足りない。
手に入るわけがないか。
それに加えて、ゾンビがこの世界に出現してから八ヵ月ほどが経った。
生き残った人たちに消費され、ゾンビに食われ、消費期限が切れたり、物によっては腐ってしまったりと。
加工された嗜好品自体がこの世から消えつつあったのだ。
「日本政府は、比較的安全とされる農地を失業者たちに耕させ、少しでも空いた土地で家庭菜園を推奨している。長野は小さな畑だらけになってますよ」
「大島三佐は、松代から来たから知っているんですね」
「ええ」
「こいつはエリートだから松代に戻れたのに、ここに残ることを志願した変わり者だからさ」
「今となっては、松代も朝山駐屯地も変わりませんよ」
「そうか? 松代は優先的に食料を配給してもらえるんだろう? 噂で聞いたが」
「量を優先して補給されるだけですけどね。質には大きな差はありませんよ」
過去の戦争中、庶民は少ない配給でお腹を空かせていたのに、高級軍人は高級料亭でどんちゃん騒ぎをしていたという。
今の大半の日本人は配給を受け取りつつ、足りない食料や物資を自力で手に入れる生活らしいが、配給物資の警備と配給時の護衛は国防隊や警察が担当しているので、なにかしら役得があるのだろう。
なお、食料の管理が国防隊と警察になったのは、治安が悪化して強盗、窃盗事件が増えたからである。
犯罪者が優先して食料を狙うようになった、というだけで現在の世情がよくわかるというか……。
聞いていて気分のいい話ではないが、この手の話は国や民族、時代は関係なく発生する。
異世界でも魔王とその軍勢による侵攻によって、その日食べる物にも困っている平民と、毎日宴会をしている貴族、なんて構図を散々見せられてきたのだから。
「この朝山駐屯地でも、可能な限り農業をやっていますからね。戦前のラバウルと同じですよ」
「大島は博識だねぇ。さすがは国防大学出だ」
「朝山駐屯地付近に出現するアンデッドの数は少ないし、伊作さんが戦い方を教えてくれたので、私たちだけでなんとかなってます。それとこの半月で、隊員の中にレベリストの資質が出た者が六名もいて、彼らも鍛えていますから」
「ガソリンは、少しずつ補給でくるものを溜めているよ。放置された車からはもう回収し尽くしてしまったからなぁ。ソーラーパネルと蓄電器も集めて、その電力で駐屯地内の日々の活動を維持している。それでも足りないから、近くの山で薪を拾ってるけど」
もはや、戦よりも生きるために必要な食料と物資集めが最優先となっていた。
ゾンビに殺される前に、自分たちが飢え死にしないことが一番大切だという有様だ。
貴重なガソリンは、ゾンビを焼き払える火炎放射器の大切な燃料だ。
万が一この朝山駐屯地を放棄する時、隊員を逃がす車両の燃料にもなる。
『ガソリンの一滴、血の一滴』とばかりに節約を徹底していると、戸高さんが教えてくれた。
「松代でも、ガソリンを無駄遣いなんてしたら鉄拳制裁ですからねぇ」
原油が輸入されなくなり、海沿いにある多くの石油コンビナートはアンデッドに占拠されたままだ。
海から、過去に死んだ人のゾンビ、スケルトン、レイスが上陸し続けており、海と海岸、砂浜は、人類にとって最も危険な地となりつつあった。
この世界にゾンビが出現した時、多くの漁師たちが犠牲になってしまったため、漁港には海で死んだ者のアンデッドと共に彼らも彷徨い続けており、現時点で漁をするなどまず不可能だろう。
「魚は、缶詰、レトルトが主かな? 冷蔵、冷凍品の魚はほぼ残っていない」
冷蔵の生魚はとっくに腐り、冷凍の魚介類は、ゾンビ出現時の停電でほぼ駄目になってしまったからだ。
私はこれらの品を可能な限り回収して『アイテムボックス』に仕舞ってあったので、今も三人で貴重なシメ鯖をお酒のツマミとして食べていた。
「川魚が高級品になりつつあるからなぁ」
「川から鯉が消えましたからねぇ。我々も、水源にしている河川でよく釣りをします。ブラックバスも意外と美味しいですよ」
「伊作村には渓流があるので、イワナ、ヤマメ、アマゴ、アブラハヤなんかが釣れますね」
以前は川の鯉やブラックバスなんて見向きもされなかったが、今ではどんどん獲られてしまって数が減っていると、大島三佐が教えてくれた。
伊作村では渓流魚が釣れるので、ツマミにはその燻製もあった、
食品を冷蔵、冷凍する電力を節約するため、常温で魚を保存できる燻製を作ってみたのだ。
なお燻製器は、町のアウトレットモールから回収してきたものである。
燻製作りは本を見ながらやったし、すでに私たちがさんざん試食して安全なものを二人にもお裾分けしたのだ。
「冷凍のシメ鯖もですが、渓流魚の燻製なんて今では大ご馳走ですよ。あとは、川の小魚を煮干し、焼干しにしたりとかですね。塩漬けは、塩が貴重になりつつあるので」
人類が海にアクセスしにくくなったため、塩も貴重品になりつつあった。
岩塩は日本ではあまり採れないらしく、それが余計に塩不足に拍車をかけているようだ。
私は、お店から大量に集めてあるけど。




