第50話 レベリストの仕事?
「基本の構えはこうですよ。そして、真っすぐに拳を突き出す」
「こうかな?」
「そうそう。瑠璃ちゃんが一番才能あるかな。剣も使えるからいいよねぇ。自分は剣や槍は駄目だから」
「こうですか?」
「あっ、楓ちゃんもかなり才能があるかな」
「ちなみに私は?」
「伊作さんは滅茶苦茶強いし、格闘戦も慣れてるけど、かなり自己流で基礎がまったくできていないです。それなのに、どうしてもの凄く強いんだろう?」
「それはレベルのおかげだよ」
レベルを上げて身体能力が大幅に上がったから、適当に戦っても強いのが私だった。
正式に格闘技を修めてから、魔王退治に挑む。
そんなことをしていたら時間がかかって異世界が滅んでしまうので、戦い方はすべて自己流だったのだ。
「基本的な型から習得しましょう。基礎を習得すれば、同じレベルでも強くなるはずなので」
美空さんは空手の基礎を極めていたから、レベル以上の強さを発揮していた。
私たちも、それに倣おうというわけだ。
なかなかレベルが上がらない以上、他の方法で強くなっていかないと。
「それはありがたい。ありがとう、美空さん」
「しっかりと教えるからね」
伊作村……元は私の祖父が住んでいた廃村だったが、これからずっと住むので、新たに名前をつけた……の朝は少し早い。
私たちはここでノンビリ楽しく暮らす予定だが、アンデッドに備えて強くなる必要もある。
そこで、新たにパーティに加わった美空さんから空手の基礎を教わっていた。
私の格闘戦は完全な自己流で、効率も悪い。
そこで美空さんから空手の基礎を教わることで、同じレベルでもより強くなれるようにしたわけだ。
なお美空さんは、瑠璃さんと楓さんを『ちゃん』づけで呼ぶようになっていた。
私は空手に興味がなかったので美空さんのことをよく知らなかったのだけど、実は彼女、高校三年生で十八歳だった。
高校二年生で十七歳の二人よりも年上なので、ちゃん付けでもおかしな話ではない。
完全に見た目は、美空さんの方が年下に見えるけど。
朝の稽古が終わると、交代で朝食を作る。
その辺は男女平等ということで……と思ったら、住む場所、食料、水、物資、武器、防具とすべて私が出しているので、私は食事の支度はやらなくていいと言われてしまった。
少々の手持ち無沙汰感を覚えつつ、普通の男性として『若い女の子が作る料理っていいよねぇ……』とも思っていた。
とはいえ私だけが楽をするのもどうかと思うので、この村をより住み良くしていくための、他の作業を担当してバランスを取ることにしよう。
「ご飯が美味しい……」
「国防隊の食事はカロリーと栄養分は足りていたけど、味が大味すぎましたね」
「残すと下士官に怒られるんだよねぇ。量が多くて辛かった……。自分にはベスト体重ってのがあるのに」
軍隊の、それも戦争中の食事なんてそんなものだ。
過去の経験からそれは理解していても、いざ口にすると不味いものは不味かった。
朝山駐屯地の食事は美味しかったので、これも安城陸将と戸高さんの能力の差なのかもしれないけど。
美味しい食事は、隊員の士気を高める。
だから戸高さんは食事の味に気をつけ、安城陸将はカロリーを満たしていればいいと思った。
それが二人の生死を分けた……というのが大げさだろうか?
それに比べると、この家の食事の美味しいことと言ったら。
美空さんは料理が上手で、私たち三人も基本的な料理はできる。
この村に住んでいれば、美味しい食事に困ることがないはずだ。
「焼き鮭なんて久しぶりだよ。『アイテムボックス』って凄いなぁ」
焼き鮭に感動する美空さん。
私たちはよく食べていたけど。
生鮮食品は腐らず、冷蔵品は冷たいままで、冷凍食品も凍ったまま。
この世界に戻ってきた直後、悪くならないうちに大量の多種多様な食料を片っ端から『アイテムボックス』に集めておいてよかった。
魚屋やスーパーの冷蔵倉庫から回収した冷蔵、冷凍品の鮭の切り身はまだ大量にあるから、しばらくは食べることができるはずだ。
「この家、ちゃんと電気もガスも使えるし、水道もあって最高だよ」
これも、『アイテムボックス』で使えそうなものを片っ端から回収しておいたおかげだ。
四人で暮らすくらいなら、ソーラーパネルと蓄電池で十分に必要な電力を確保できる。
「だから今後も、アンデッドを倒してレベルアップしつつ、使えそうなものを町から集める予定なんだ」
私たちが生きていくには、それも文明的な生活を送るには、ゾンビ襲来により最悪二度と生産されない物を集める必要があった。
将来いつアンデッドに殺されるかわからないからこそ、それまでは極力普通の生活を送るための努力は惜しまないようにしないと。
「アンデッド討伐とお宝探しだよね?」
「美空さんは嫌かな?」
アンデッド討伐はともかく、お宝探しは泥棒じゃないかと批判する人はいそうだ。
美空さんが嫌だと言うのであれば、無理にお宝探しに参加させないつもりだった。
「松代から少し離れた町の中にはゾンビとスケルトンに占拠されたところもあって、そこで色々と拾って、松代の青空市場で売っている人たちがいるから特になんとも思わないよ。生きるためには仕方ないことだから。それよりもお宝探しは時間がかかるから、この村を拠点にするのは難しくないかな? 行き来だけで時間がかかるもの」
一番近い、伴龍高校がある町に行くにも車で一時間半はかかる。
美空さんは、往復の時間が無駄なので拠点を移すべきだと思っているのだろう。
「実は、それを解決する手段はある。じゃあ早速、朝食後にアンデッド討伐に出かけようか?」
朝食を終えて身支度をすると、私たちは庭で円陣になり、私が再び使えるようになったはずの『転移』を唱えた。
この魔法、大人数の移動はできないけど、今後レベルが上がれば数十名くらいまでなら一度に移動できるようになるはずだ。
「『転移』の魔法を使うと、一度行ったところに一瞬で移動できるんだよ」
「便利な魔法だね。自分も覚えられるかな?」
「レベルが上がれは、可能性はある」
「よーーーし、頑張ってレベルを上げるぞ」
「では、『転移』を使います」
私が『転移』を唱えると一瞬視界が真っ暗となり、それが晴れると私たちは目的の都市のハズレに立っていた。
「成功だ」
半年間の遠征で本州の大半を回っていたので、これからは好きな都市でアンデッドを倒し、お宝を探せるというものだ。
「ゾンビが集まってきたぞ!」
多くの経験値を得られる特別個体は滅多に出ないので、私たちはゾンビ、スケルトン、レイスを倒しまくってレベルを上げるしかない。
とにかく数を稼ぐ必要があり、パーティを組んで討伐効率を上げるのは基本だった。
私は瑠璃さんと楓さんを家族や人が沢山いる場所に戻すつもりだったが、彼女たちの家族は行方不明で、戸高さんに話を聞くと臨時の首都がある松代の状況も決していいとは言えず。
それなら、しばらくはこの村で暮らした方がいいという判断に至った。
二人の保護者代わりである私にできることは、なるべく二人を強くして、なにがあっても生き残れるようにすることだ。
今日からは、美空さんもその中に加わったけど。
美空さんが銀のグローブでゾンビを次々と殴り倒し、私たちはミスリルソードで斬り捨てていく。
魔石の回収は、このアンデッドの集団を全滅させてからだ。
「レベルがなかなか上がらないなぁ……」
一緒にリッチーを倒してかなりレベルが上がった美空さんでも、すでになかなかレベルが上がらなくなっていた。
とにかく今は、ミスリル製の武具を装備できるようにレベルを上げないと。
「そうそう特別個体に出会えないとなると、ゾンビ、スケルトン、レイスを沢山倒してレベルを上げるしかないからね」
その特別個体にしたって、今の私たちでは勝てずに殺されても不思議はなかった。
リッチーと戦った二回とも、瑠璃さんと楓さんの助けがなければ私は死んでいたはずなのだから。
「繰り返しの鍛錬だね。稽古みたいで自分は得意だよ」
新たにパーティに加わった美空さんはすぐに打ち解け、まるで最初からパーティにいたかのような気がしてくる。
松代のレベリストたちは、美空さんの爪の垢でも飲めばいいのに……。
剣崎たちのリッチーと戦ったおかげて美空さんのレベルは60を超えており、国防隊としては期待のレベリストだったのだけど、安城陸将や参謀たちに呆れ、そのまま国防隊にいると使い潰されてしまう懸念を感じたのだと思う。
松代に戻らず、こちらに合流してしまった。
その退職手続きを引き受けてしまう戸高さんはいい人だけど、やっぱり国防隊では出世できないんだろうなと。
戸高さん自身は、あまり出世に興味なさそうだけど。
でも、国防大学を出ていないのに将官になれているから、もの凄く優秀な人なのは確かだ。
「ふう、この辺のゾンビとスケルトンは粗方倒したかな」
「お宝探索だね」
遠征の時は外縁部で少し戦ってすぐに移動してしまった小さな町なので、今日初めて町の中心部に踏み入る。
美空さんはお宝が見つかるかワクワクしているけど、これはというお宝には期待できないかも。
「使えそうな家電、雑貨、服……一応確保しておくか……」
私がこの世界に戻ってきてから三日間、全力で食料を集めたのは、日にちが経てば多くの食料は腐ってしまうからだ。
特に生鮮食料品、冷蔵、冷凍食品など消費期限が短いものは優先して集めた。
今後、二度と生産されない可能性が高いからだ。
ゾンビが出現して七ヶ月。
いまだに私たちが生魚、肉、野菜が食べられるのは、腐る前に大量に『アイテムボックス』に仕舞っておいたからだ。
だが現在、それらの生鮮食料はまず期待できない。
ゾンビに食われてしまったか、この七ヵ月で腐ってしまったからだ。
「ひゃっほぉーーー! お酒だぁ!」
ただ、七ヵ月くらいではまったく悪くなっていない食料もある。
それはお酒だ。
お酒はアルコール度数が高ければ高いほど悪くなりにくく、瓶に入っていて匂いがしなかったのでゾンビたちもほとんど手を出さなかった。
逆に生鮮食品なんかは、腐るとソンビを呼び寄せてしまうが、さすがに食い尽くされているだろう。
あとよく見つかるのは、消費期限が長い食品や防災倉庫の中の保存食などだ。
缶詰やレトルトパック入りの食品なのであまり美味しくはないが、カップ麺はありがたかった。
「今や、一番ありがたいのはお酒だけど」
私は、見つけたお酒を漏れなく回収していく。
「これまでに幸三さんが集めたお酒の量を考えると、一生かけても飲みきれないのは確実だよね」
「飲みきれないけど、お酒は他の食料と共にお金の代わりになるから」
松代の日本政府は現在懸命に食料生産量を増やそうとしているが、なかなか上手くいっていないらしい。
日本は元々食料自給率が低く、さらに生産効率のいい近代農業に必要な農機具、肥料、農薬、電気などの確保が難しいからだ。
発電所を動かす石油と天然ガスの輸入が止まり、現在可能な限りの戦力を原子力発電所に派遣、メルトダウンを防ぎながら再稼働を目指していると、戸高さんから聞いていた。
それでもいまだに原子力発電所が再稼働していないのは、原発を動かせる人員の不足と、安全マニュアルに適合していないと野党の政治家たちが騒いでいるかららしい。
松代で彼らの動員した市民団体が、原発稼働反対のデモをやっているとか。
そんなことを言っている場合ではないと思うけど、人間なんてそう簡単に自分の考えを変えないものだ。




