第4話 続く回収
「これからは、二度と食料や物資が海外や別の地域から輸送されてこないかもしれない。そして電気がなくなったということは、冷蔵、冷凍ができなくなったということ。回収しきれない要冷蔵、冷凍の食品は、すぐに溶けて腐り使えなくなる。ええと……」
書店で見つけた地図を参考に、地元の冷蔵、冷凍倉庫や店舗の冷蔵、冷凍食品を回収していく。
レベルアップの影響で装備できるようになった銀の剣は便利だな。
銀の装備は、吸血鬼だけでなく弱いアンデッドにも有効だった。
最弱のゾンビを切り刻むと、魔力を使わなくても青白い炎をあげながらその場に倒れ伏すのだから。
そして、またも骨だけが残る。
「いつ、これまでに倒したゾンビの骨がスケルトンとなるか……。それまでに可能な限りレベルを上げていく」
スケルトンはゾンビよりも強い。
復活、出現するまでに確実に倒せるレベルに上げておかないと。
「それよりも、冷蔵、冷凍食品の回収を急ごう」
『アイテムボックス』に入れておけば、冷たく、凍った状態を維持できるから、私一人なら死ぬまで文明的な食事に苦労しないはずだ。
文明が崩壊した世界では貴重品になるはずなので、できる限り集めることにする。
完全に泥棒だけど、このまま腐らせるよりはマシだろう。
「これは……。冷蔵マグロ?」
この神明町には有名な漁港があり、遠洋漁業の基地もあった。
観光市場もあるので、多くの魚介類も回収できたのは大きい。
その他にも、倉庫に眠っていた輸入品の食料やお酒なども大量に回収できた。
「ただ、他の町に手を出す余裕がないな」
残念ながら今は真夏だ。
電気がなければ、冷蔵庫と冷凍庫は動かない。
多くの生鮮、冷凍食料品がすぐに腐って食べられなくなるだろう。
そして、それがどういう事態を招くか……。
「間違いなく、生き残った人たちによる食料の奪い合いが始まる」
非常食や、常温でも長持ちする保存食を食べればいいと思っているようだが、現代社会では美味しさを優先した冷蔵、冷凍食品の比率が上がっている。
スーパーなどにおける、缶詰コーナーの占める割合を見れば一目瞭然だ。
その棚は、昔に比べると狭くなった。
あなたは、直近でいつ缶詰を開けて食べたか覚えているだろうか?
私がそんなことを気にするようになったのは、異世界での経験からだ。
異世界にも魔力で動く冷蔵庫や冷凍庫があったが、それは王侯貴族や一部の金持ちのものだった。
それが動かなくなり……魔王軍に攻め滅ぼされようとしているのに食材を持ち出せるわけもなく、すぐに腐ってしまった……農地や牧場は荒らされ、それらを町に運ぶ道に魔物が跳梁跋扈するようになって食料の輸送が難しくなった。
私は実際に見たのだ。
魔物や魔族に殺される人よりも、魔物に生活インフラが破壊された結果、生活に必要な物資や食べ物が届かなくなり、飢え死にしたり、栄養状態の悪化で病気になったり、人間同士による食べ物の奪い合いで死んでしまった人たちの数の方が多いことを。
だから私は、このままだと腐るだけの生鮮食料品、冷蔵、冷凍食品を優先的に集めていた。
当然、他の食料品もだけど。
「……やはりな」
地図に載っていたとある食料倉庫を扉を開けると、ゾンビたちがそれらを食らっていた。
ゾンビたちは本能だけが残っている状態なので、人間の肉を食べられないと生前の記憶を思い出し、食べ物を食らうようになる。
中には、他のゾンビに腹を食い破られていたので、食べたものがすぐにそこから出てしまうゾンビもいたが、気にせずに倉庫に積まれた生米の袋を破って食らっていた。
一度ゾンビが食べてしまった食べ物を人間が食べるのは、腐敗、悪臭、細菌リスクなどがあってお勧めできない。
なにより気分的によくないし、ついたゾンビの唾液や体液で腐りやすくなってしまう。
飢餓感を覚えることが多いゾンビだが、当然普通に食事をしても栄養を吸収できない。
未消化でどこにでも出してしまうから、それが腐って疫病の原因になるのも厄介だった。
「どうせ食べても消化できないんだ。それ以上食べるなよ」
私は食料倉庫にいたゾンビを全滅させてから、無事な食料をすべて回収した。
「やはり車があるから、もっと遠い町の物資と食料も回収するか……」
電気が止まったので、冷凍、冷蔵食品の消費期限はあと半日といったところだろうけど。
それからの私は全速力で車を走らせて、自宅のある神明町周辺の市町村で物資、食料を可能な限り回収し続けた。
立ちふさがるゾンビはすべて倒し、レベルアップも順調だ。
「ふう……。とりあえず、こんなものかな?」
ゾンビが出現してから三日。
私は海沿いで活動を続けていたが、いまだ生存者に出会えていなかった。
海岸や砂浜を調べてみると、やはりゾンビは海から上陸してきたようだ。
多くの足跡が残っていたし、そういえば私が倒したゾンビの中には、元が水死体っぽい個体も混じっていた。
そうそう生前の状態を保った水死体なんてないので、他から泳いできたとは思えない。
過去に海で亡くなった人たちがゾンビとなり、世界中の港や海岸から上陸したと思われる。
「生存者は、慌てて海の近くから逃げ出したんだろう」
そしてその時にちょうど、私が異世界から自室に戻ってきたわけか……。
「さて、これからどうしたものか……」
ゾンビは素早いが、縦の動きが苦手なので、私は仮の寝床を出先のホテルへと移していた。
従業員のゾンビはいたが、倒してしまえば下から階段を上がってくることは……。
「たまにあるが、ゾンビはそこまで強くないからなぁ」
犬と猫のゾンビが唸り、ヨダレを流しながら襲いかかってきたが、銀の剣で斬り裂いて倒した。
異世界と同じく、飼われていたペットもゾンビ化してしまったようだ。
犬、猫、鳥などのゾンビは、人間のゾンビよりも弱いが、縦の動きができる。
少し噛まれただけで人はゾンビになってしまうので、私は寝る時に『アイテムボックス』から取り出した『防御結界』を使った。
これを寝る場所に設置すると、弱い魔物やゾンビ、スケルトンくらいまでなら入ってこれない。
魔力を使うが、それは倒したゾンビから回収した魔石で補えた。
「本当にこれからどうしようかな?」
これまで試したことがなかった『アイテムボックス』の限界に挑戦してみたが、まだ入るのが凄いというか、この『アイテムボックス』の容量の多さが異世界の勇者の特典だったのだろう。
「比較的、山側が安全みたいだな。移動するか。となるとやはり、亡くなった祖父さんの家か。農地もあったな」
すでに亡くなった父方の祖父は山奥の農村で農業をやっていだが、両親も兄も私も農業を継がず、かといって山奥の農地なんて売れないために放置されていた。
村もかなり前に無人となり、廃村になっている。
「そこに向かうか……」
そういえば、両親と兄とその家族はどうなったのだろう?
今さら思い出すなんて冷たいと思われるかもしれないが、私は半ば勘当扱いされた身だ。
確か兄の子供たちは大学生になっているはずだが、その甥と姪、兄と妻の義姉からも私はよく思われていないのは昔からわかっていた。
だから両親も優れた兄とその家族を優先し、私は駄目な奴だと言い続けたのだから。
きっと優秀な人たちだから、ゾンビにも上手く対処しているはず。
どのみち、両親と兄家族とはかなり離れた場所に住んでいるので、安否の確認もしようもないのだが。
「もう電話も使えなくなったし、向こうも私に安否を尋ねるメッセージなんかを送ってきたわけでもない。世の中なんてこんなものだよな」
私の状況を見て、以前の勤め先の同僚や親戚の中には、『家族なんだから、仲良くした方がいいよ』とか、『頑張って正社員になって、結婚して子供を作れば、家族もお前を見直すさ』なとど無責任に言ってくる人たちがいた。
『それができていれば苦労しない』と言っても、『努力が足りないんだよ』と言われてしまう。
あまりに堂々巡りなので、私は彼らとの付き合いも絶ってしまった。
就職氷河期でない人には就職氷河期の辛さなんてわからないし、努力が足りないと上から目線で説教するだけなんだなと理解してからは、私は自分のペースで動くことを優先するようになった。
結婚願望もなくなってしまった……そもそも私が若い頃に結婚したかったのは、みんなが結婚していたからであり、自分の意思ではなかったのだと気がついたのだから。
「残りの人生、祖父さんの実家で自給自足の暮らしをするさ」
誰にも迷惑をかけず、一人で生きるだけ生きてから死ねばいい。
このところ日本では少子化が問題になっているが、今はゾンビのせいでそれどころではない。
それにこのままでは、日本どころか世界が滅ぶかもしれないのだから。
異世界で勇者をやっていた私が世界を救えばいいって?
どうして私が、そんなことをしなければならないのだ。
これまでも私は、自分なりに懸命に働いて暮らしてきたが、社会と家族の評価はちゃんと努力しなかったばかりに非正規に甘んじる無能なおじさんだ。
「そんな無能に救ってもらっても、ちゃんと努力した人たちは嬉しくないだろう」
だから私は、祖父さんの家で一人静かに暮らすことを決意したのだから。
「なんだけど、あそこを通らないといけないのか……」
あそことは、私が用務員として勤めている学校だ。
お金持ちの子弟が通う、山の手にある歴史の古い私立伴龍高校。
生徒たちが無事なのか、それともゾンビになってしまったか。
どちらでも構わないが、今の私はあの学校の用務員として振る舞う必要がない。
給料が発生しないのなら、私をバカにして楽しんでいるガキたちの顔すら見たくないということだ。
「……あの子は無事なのかな?」
ただ、あの子だけは気になった。
いつも用務員室に遊びに来て、見た目はギャルなのにお茶を淹れるのが上手で。
あの学校で唯一、私と普通に話をしてくれた珍しい子だ。
白井 瑠璃。
あの子は無事だろうか?
「……それだけは確認しておこう」
学校に行ったところで彼女と出会える保証もない。
私は彼女の自宅も知らないので、そうするしかないのだけど。
他の鼻持ちならないガキたちがどうなっていようと私には関係ないし、山の手にある学校に何人逃げ込めたことか。
「無事だといいな、あの子」
すべての準備を終えた私は、手に入れた車の中から、山道や悪路に強い4WD車を選んでガソリンを補給し、伴龍高校へと車を走らせるのであった。




