第48話 三億体
「松代が懲りずに、またすぐに水無月市の解放を目指せば大変だが、そんな余裕はないだろうからなぁ……」
「しばらくは静かな日々が……。とはいえ、半数になったレベリスト部隊は松代に戻ってしまったので、この朝山駐屯地にいるレベリストは、私と戸高陸将だけなんです。もし多数のアンデッドに攻められたら厳しいですね」
徐々にレベリストは現れ始めているそうだが、レベリストは実際にアンデッドと戦わせてレベルを上げ、戦闘経験を積ませないと役に立たない。
それは、レベリスト部隊の末路を見ればあきらかだ。
「ところで、伊作さんたちはこれからどうしますか?」
「家に帰りますよ」
今回は安城陸将によって、半ば強引に水無月市解放作戦に参加させられてしまったが、私たちは国防隊に正式に入隊したわけではない。
なにより、いまだ日本では徴兵制度がないというのもあった。
レベリスト部隊は警察、消防、内閣府にもあるので、国防隊が徴兵制度を作って人手を独占されるかもしれないと危機感を覚えられ、反対意見が多数だったかららしい。
そのおかげで、レベリストはフリーになろうが、国防隊に志願しようが自由なのだけは救いだった。
当然デメリットもあって、日本政府は効率的に戦力を集められないという問題があった。
ただこれが悪いことなのかと問われると、必ずしもそうとは言いきれない。
もしレベリストの運用が国防隊に一本化されていたら、安城陸将の稚拙な指揮でもっと大人数が殺されていたはずだからだ。
無能が効率的な運用をするのと、有能が非効率な運用をするのとどちらがマシなのか?
議論が尽きないところだ。
有能が効率的に指揮をすればいいって?
そんな都合のいい状況はそう簡単に訪れないことを、私は異世界で学んでいた。
「あの村に戻るんですね。まあそれはそうか……」
国防隊所属である戸高さんからすると残念なのだろうが、第三者的な目で見ると今回の国防隊の大失態があるので、レベリストたちが国防隊に不信感を抱いても仕方がないと思っているようだ。
「大昔のこととはいえ、エリート揃いだった旧軍のやらかしと、安城陸将と防衛大出のエリートたちの大失態が被るので、多分松代に戻ったレベリストたちの多くが国防隊を辞めるでしょうね」
彼らに使い潰されるのはゴメンだ。
レベリストを続けるにしても、フリーになるか、他の組織に志願すればいいのだから。
「安城陸将は罪深い。それでも国防隊は、彼に処罰はくださないそうです。殉職しているから無理ってのもありますが……」
死者に鞭を打たないが、安城陸将への褒賞はない。
彼を褒め称えないことが、今回の作戦が大失敗であった証拠ということだ。
「今後、レベリストたちの中には独自路線の人も出てくるでしょうし、はてさて日本はどうなることやら」
食事を終えると、私たちは戸高さんとさらに話を続けて情報交換をした。
私が気になるのは、レベリストになった戸高さんと大島三佐がどのくらい強いかだった。
「伊作さんがレベル379。白井さんがレベル315。坂田さんがレベル316というのは凄いですね。私と大島は、共にレベル43ですから」
「それでも剣崎のリッチーに苦戦したし、日本をアンデッドから解放するには、最低でも三億体のアンデッドを倒す必要があります」
「三億体? 一億体では?」
「大島さん、アンデッドによる日本人の犠牲者は約一億人ですが、ゾンビを倒せばスケルトンに。スケルトンを倒せばレイスになります。時間差はありますけど、実質三倍ですよ」
「確かにそうだ……。水無月市解放作戦前、日本政府が確認しているレベリストは合計で三百七名でした。国防隊員は二十二万ほど人いましたが、現在の生き残りは十三万人ほど。警察官は二十六万いて、現在生き残り八万人ほど。消防署員は十七万人がいて、生き残りは六万人ほど。お話にならない戦力比ですね……」
経済の崩壊により失業者が爆増したので、国防隊、警察、消防は人を増やしているが、彼らではゾンビしか倒せない。
それも、火炎放射器とガソリンがあってのことだ。
それに気がついた大島三佐は、自分たちがとてつもなく不利な状況に置かれていることに気がつき、険しい表情を浮かべていた。
なお、警察官と消防職員の生き残りが少ないのは、ゾンビが出現したばかりの時に最初に対応したからだ。
過去の戦争のこともあって国防隊員に対応させたのが遅くなり、なにより国防隊はゾンビが出現した時、防衛出動に備えて隊員を駐屯地や所属部隊に集めた。
それが被害を減らせた原因だろう。
そのあとは矢面に立ってアンデッドと戦っているから、現時点で十万人近い犠牲者を出していたけど。
「海外は、もっと酷い状況の国も多いとか。すでに統治機構が崩壊している国も」
「海外に逃げても、あまり意味はないってことですね」
「そして日本も、水無月市の解放に失敗して大きな犠牲を出した。そのせいで、レベリストたちは我々に警戒するようになるだろう。安城陸将の罪は重い」
肩書だけはエリートなバカに使い潰されて死ぬ。
そんな将来を迎えるのはゴメンなのは私たちも同じであり、だから村に戻って独自に動くつもりなのだから。
「どうせしばらくは、日本政府と国防隊も攻勢に出られないだろう。レベリストを人為的に増やせる方法はあるけど、私の負担が増すからこれを公にしたくない」
私と一緒に特別個体を倒す、だからなぁ。
今の私たちのレベルでも、一対一で一番弱いリッチーにすら勝てないのだから。
もし日本政府や国防隊からレベリストを増やすように命じられでもしたら、私の身が保たない。
「伊作さんはレベリストであるだけでなく、特別な存在のようですね。ならば余計に無茶をさせられない。失えば終わりなのですから」
「……」
大島三佐は鋭いな。
確かに私のレベルが上がるのは、後天的な理由ではない。
その前に、異世界に召喚されたからだ。
私はレベルは上がるけど、この世界のレベリストたちとまったく同じという保証もなかったのだから。
「もしなにかあったら、できる限り助けに行きますから」
「ありがとう」
戸高さんは、私たちに頭を下げながらお礼を述べた。
安城陸将とは違って有能でいい人なんだけど、だから今後は出世できないかもしれない。
これがもし安城陸将なら、私たちを強引にでも国防隊に入隊させようとしただろう。
だからこそ、朝山駐屯地の司令のままキャリアが終わってしまいそうな、戸高さんだけには力を貸そうと思っている。
彼は同年代の知人だからなぁ。
「(そういえば大島三佐は、安城陸将と一緒に死んだエリート参謀たちと同じ境遇のはずなんだけど、戸高さんがいるからかな?)」
物分かりがいいというか、私たちに無理強いをさせない。
大島三佐は国防大学の出で、卒業時の成績は首席と。
安城陸将の近くにいた、参謀たちのような経歴の持ち主だと聞いている。
今はおくびにも出していないけど、今後出世のために私たちをどうにか国防隊に入隊させようとするかもしれないと、少し警戒していた。
「人が減った朝山駐屯地は大丈夫なのですか?」
「ここは高台にあって、周辺にアンデッドがあまり出没しない。ゾンビショックの前は近くにお店がなく、人すら住んでいなかったので隊員たちに大変不評だったが、今は日本国内でもトップクラスに安全な場所と言われるようになった。そのせいで補充人員は来ないが、補給は万全だから問題ないさ」
安全だからこそ国防隊の上層部は、ここから部隊を出して水無月市を解放しようとしたのだろうけど。
「では、そろそろ私たちは」
「お疲れ様でした」
「今度私たちに、戦い方やレベルの上げ方を教えてくれないか?」
「いいですよ」
現在、朝山駐屯地に所属するレベリストはこの二人だけだ。
もしもの時は主力となるので、一つでも多くレベルを上げたいのだろう。
食事と話を終えた私たちは彼らに別れを告げたあと、ここに来るために乗ってきた車に乗って、山奥の廃村にある家へと向かうのであった。




