第45話 超人薬
「くっ……。この半年でかなり強くなったはずなんだが……。やはり特別個体は厄介だな」
「ハハハッ、シネェーーー!」
剣崎のリッチは、一目散に私に迫ってきた。
他三体はそれぞれ、瑠璃さん、楓さん、美空さんと戦っている。
この半年、私たち三人は懸命にレベルを上げたんだけど、剣崎のリッチーはとても強く、私は少し押されていた。
「幸三さん!」
「瑠璃さん! 楓さん! 目の前の敵に集中するんだ!」
「強い! さすがは特別個体です」
残念ながら、瑠璃さんと楓さんもリッチ相手に不利な戦いを強いられているようだ。
同じく防戦一方であり、リッチに押されていた。
二人は一番強いと思われる剣崎のリッチと戦っている私が心配らしいが、まずは目の前の敵に集中してやられないでほしい。
もし一人でも倒されたら、私たちは確実に全滅してしまうのだから。
「ヨワイナァ、オマエガイチバンヨワイ! カラテチャンピオンノショウゴウガナクゾ」
「化け物になって得た強さなんて、なんの意味もないのに偉そうな」
「ヌカセェーーー!」
他のレベリストたちの心が折れて後送したので美空さんにも戦ってもらっているが、リッチーと戦っている彼女が一番レベルが低く、リッチー相手に苦戦していた。
どのみち他のレベリストたちは美空さんよりもレベルが低く、彼女のように抜群の身体能力もないので、もし戦わせてもリッチーに瞬殺されていただろう。
じきに今回の戦いのショックから回復し、レベルを上げて戦力になってくれるかもしれないので、今は後方に送って休んでもらおう。
私は就職氷河期を使い捨てにした企業経営者とは違うので、無理強いはさせるつもりはなかったのだから。
美空さんは自分の不利を悟っており、時間稼ぎに集中している。
仮眠から目覚めたあと、すでに十時間以上戦っているのにまだ体力が残っているいるのが凄い。
さすがは、空手の世界チャンピオンといったところか。
「美空さんがいなかったら詰んでたな」
リッチー四体と私たち三人なので、今頃殺されていたかもしれない。
「ケケケッ! シネ!」
剣崎の力は私を上回るのか……。
ミスリルメイル越しで打撃を受けても、強い衝撃とダメージが伝わってくる。
それだけ私への恨みが強いのだろうが、一方的にバカにされてきた身としては腹が立つな。
私への恨みなんて、剣崎の『なんとなく気に食わない』の延長線上でしかないのだから。
「(魔法は、剣崎が素早すぎて当たらない。防御と回避、回復に集中するしかない)」
そして、どこかで隙を見出して一気に攻撃する。
剣崎のパンチをミスリルソードで防ぎながら、私はその機会を窺う。
心配なので、たまに美空さんの様子を確認すると……。
「ケケケッ! ヨワイ! ヨワイナァ!」
「攻撃は当たってないけど?」
「コウゲキモセズ、ヨケテマモルダケノオマエガツヨイワケナイ!」
やはり美空さんは、私たちよりも戦闘センスがある。
今の自分ではリッチーに勝てないと瞬時に判断し、防御主体で立ち回っていた。
その判断力の高さは、さすがとしか言いようがない。
他のレベリストたちなら絶対にできない巧みさでリッチーからの攻撃を回避しつつ、わずかな隙を突いて一撃入れる。
今の美空さんの攻撃力ではリッチーに大したダメージは与えられないものの、かなり苛立たせているようだ。
私たちの中で一番レベルが低く弱いと思っていた美空さんに攻撃がまったく当たらず、リッチーは腹立たしさを隠さずにいた。
「コノォーーー!」
激昂したリッチーの攻撃は雑になり、美空さんはそれすら利用して巧みに回避を続ける。
だが、彼女も夜にずっと戦っていたので疲労困憊しているはず。
だが彼女はダメージを受けたわけではないので、治癒魔法をかけても効果がない。
どうにかしてあげたいと思うのだが、今のところ打てる手はなかった。
「(これは困った……)」
リッチー化した剣崎が想像以上に強い。
よほど私に強い恨みと未練があるのだろう。
私が剣崎を倒さないと駄目なのに、なかなか攻撃に転じられない。
防御が精一杯で、押されたままだ。
「瑠璃さんと楓さんも同じか……」
残り三体のリッチーは剣崎よりは弱いけど、瑠璃さんたちよりは強い。
彼女たちも、今はリッチーに殺されないようにするのが精一杯だった。
「ハヤクシネヨ!」
「嫌だね」
HPは治癒魔法で回復させられるが、夜通し戦ってきた疲れが体を蝕んでいた。
一方、アンデッドには疲労という概念は存在しない。
このまま戦い続けると、私たちが疲れきって負けてしまうだろう。
「(なにか戦況を打開する方法を探さないと……)」
このままではジリ貧だと、私は『アイテムボックス』からあるアイテムを取り出した。
「(「超人薬」……。使いたくなかったけど……)」
これを飲むと、短時間だけすべての能力が数倍になるのだが、身体への負担が大きいので数分で気絶してしまう。
一人で戦っている時には絶対に使えないが、今は仲間がいる。
意識を失う前に一番強い剣崎を倒し、できればもう一体リッチーを倒せれば勝利の目が見えてくる。
「瑠璃さん……駄目だ」
ただ、超人薬のことを口頭で伝えると、知性が残っているリッチーたちに知られてしまう。
敵に手の内は明かせないので、そのまま超人薬を飲むしかない。
「(瑠璃さんと楓さんなら気がついてくれるはずだ)いくぞ!」
あえて大声を出して、私がなにか仕掛けると伝えてから、超人薬を飲み干した。
すると体の中から力が湧き上がり、軽くなった感覚を強く感じた。
私はミスリルソードを鞘に仕舞ってから、『アイテムボックス』からミスリルナックルを取り出して両手に嵌めた。
ミスリルナックルでアンデッドを殴ると手や指に傷がつくデメリットがあるが、攻撃力は銀のボクシンググローブを上回る。
それと、治癒魔法を分厚く両手の拳に纏わせ続ければその危険もない。
魔力のコントロールが難しいが、それは過去の戦闘経験のおかげで問題ない。
無駄な時間をかけるわけにいかないので、準備を終えた私はミスリルナックルに治癒魔法を纏わせ、そのまま剣崎を全力で殴りつけた。
「グハッ!」
治癒魔法と合わせた痛撃を食らった剣崎が悲鳴をあげるが、私に奴が苦しむ様子を楽しむ趣味もないし、時間の猶予がない。
そのまま剣崎を殴り続けるが、何度殴っても特別個体のリッチは硬い。
だが足に治癒魔法を纏わせてから蹴りも織り交ぜていくと、徐々に剣崎のHPが削れ、ボロボロになっていく様子が確認できた。
「チョッ! オマッ! ウグッ!」
「私とお前、今さら話すことなんてないぞ」
「マテ!」
「待つか!」
剣崎が私の攻撃を止めようと喋りかけてくるが、こいつのために一秒でも時間を割くのが惜しい。
無視して剣崎を殴り続けると、次第になんと言っているのかわからない悲鳴をあげ続け、顔面の皮膚が割け、まだ腐っていない赤い肉と白い骨が露出した部分も出てきた。
だが、ゾンビの上位種であるでリッチーがそう簡単にやられるわけがない。
そのまま殴る、蹴るを続け、剣崎はボロボロになっていった。
「イザクゥーーー! オマエハッーーー!」
「私とお前、長々と話すほど仲が良かったわけでもなかっただろう? 時間が惜しい。いくぞ! オラ! オラ! オラ!」
「ウボッ! アガッ! ヒュべ!」
超人薬を飲むとテンションが上がるからか、ハイにもなっていた私は全力で剣崎を殴り続けた。
剣崎はなにか言いたいようだが、私は奴と親しいわけでもない。
それどころか、お互いに嫌っていた。
私は立場の弱い用務員だったから剣崎になにを言われようと、ただ黙っていただけなのだから。
どうせ理解できない私への恨み言だろうと、ただひたすら殴り続ける。
そしてついに……。
「イザクゥーーー! キサマハオレノォーーー!」
ダメージが限界に達した剣崎は治癒魔法由来の緑色の炎に包まれて燃え上がり、あとには骨だけが残された。
早いと数時間でスケルトンになってしまうが、その頃にはここから撤退してるはずなので放置だ。
「年上には、『さん』くらいつけろっての。まだ時間があるな」
見事剣崎は倒したが、私が気絶するまでにもう一体倒さなければ勝ち目がない。
とはいえ、次のターゲットは瑠璃さんと膠着状態にあった。
剣崎を倒したおかげでレベルアップもあったので、私はミスリルソードを抜いて、背後からリッチーの体を貫いた。
向こうは私に気がついていなかったので、ミスリルソードによる一撃はリッチーの体を貫通。
胸から白銀色の刀身が突き出てきた。
ミスリルソードに纏わせた治癒魔法がリッチーの体内を焼き、大ダメージを受けてしまう。
「ヒキョウ……」
「格闘技の試合じゃないから、悪いが死んでくれ」
「はぁーーー!」
私の一撃だけではリッチを倒せなかったが、瑠璃さんが続けざまにミスリルソードでリッチーを袈裟斬りにして、二体目リッチー……剣崎の同級生だが、奴の腰巾着で名前は知らない……も倒すことに成功した。
だが、ここで限界のようだ。
昨晩から酷使した身体に、超人薬の副作用は厳しかった。
私は強い眩暈と眠気を感じ、その場に膝をついてしまう。
「幸三さん!」
「瑠璃さん、私は超人薬の副作用で気絶する。残り二体のリッチーを任せるよ。今の瑠璃さんたちなら絶対に倒せるから。じゃあ、私はこれで……」
もし瑠璃さんたちが敗れたら私もゾンビになってしまうが、その心配は皆無だろう。
私は、この半年一緒に戦った瑠璃さんと楓さんを信じている。
昨晩は寝られなかったので、あとは任せて休ませてもらうか。




