第40話 殉職
「やっぱり三人は凄い。ようし、自分も!」
「美空君、これを装備して戦ってくれと伊作さんが」
「銀のボクシンググローブ! こんな武器があるんだ」
「美空君のレベリストとしての資質は、おそらく『パラディン』だと伊作さんが言っていた。聖魔法を拳に込めて戦うんだけど、素手でアンデッドを殴るのはリスクが大きいから、このような武器を用意したと」
「さすがは伊作さん。銀の脚甲とブーツも。格好いいなぁ……」
「あと、伊作さんからの伝言だ。あまり深入りして戦うなと。いつ撤退命令が出るかもしれないから」
「了解!」
安城陸将とその周囲にいる国防大学出の参謀たちに疎まれ、レベリストでもないのに伊作さんたちと一緒にいる私よりも。レベリストとして大活躍するだけでなく、沈着冷静で指揮官然とした伊作さんの方が美空さんに信用されるのも仕方がないか。
彼女は伊作さんから貰った銀のボクシンググローブと銀の脚甲とブーツを装備して、次々とゾンビを倒していく。
まだレベルの低い美空さんはミスリル製の装備を着けられず、素手に魔法を込めてアンデッドを攻撃することにより、感染を防げるほどの技量も伴っていない。
だから銀でできた武器を使い、魔力を消費することなくゾンビを倒せるようにした。
すべて伊作さんからの指示だが、やはりこの世界を救う鍵は伊作さんか……。
だが、なにも考えずに彼の力を日本政府や国防隊に預けるのが危険なのは、今回の無謀な作戦を見てもあきらかだ。
「(もし伊作さんを使い潰されでもしたら、それこそこの世界は終わりだろう)」
なによりその前に、伊作さんは、白井さんと坂田さん、美空さんを連れて逃げ出してしまうだろう。
あの四人なら、こんな世界でも楽しく安全に人生をまっとうできる可能性が高いのだから。
伊作さんは、私と同じく就職氷河期世代だ。
私は努力と運の良さが重なって国防隊に入れたが、彼はブラック企業と非正規職を転々としてきた。
そんな彼に、安城陸将のように『国のために』などと言っても響くわけがない。
それが理解できない安城陸将と参謀たちは、これから努力も空しくゾンビに食い殺されるだろう。
その前に逃げを打てる決断力があればまだ救いはあるのだけど、プライドが邪魔してできないと私は予想している。
彼らに敗北のあと、上官や同僚、世論からの批判に耐えられる精神力はない。
死ぬか、一か八かの賭けに出るか。
どうやら後者を選んだようだ。
「……貴重なレベリストたちを……」
ナイトビジョン双眼鏡でレベリスト部隊の様子を探ると、すでに彼らは疲労困憊であった。
最初はレベルも上がって士気も高かったが、やはり最初のレベルが低すぎた。
討伐スピードも遅いので、すでに野営陣地外縁部のバリケードは破られ、彼らはゾンビの大軍を倒しききれずに包囲されつつあった。
夜の闇を赤い火炎が照らし始める。
どうやら安城陸将が決断して、対アンデッド部隊を投入したようだ。
ガソリン不足なうえに補給も来ていないが、このままでは自分たちがゾンビに殺されてしまうと思ったのだろう。
多分、焼け石に水だと思うが。
「戸高副司令! 司令部から伝言です!」
「よう、大島一尉じゃないか。ついに諦めて撤退するのか?」
伝令としてやって来たのは、顔見知りの大島一尉だった。
彼もエリートだが、少なくとも現実は直視できる。
伝令にやって来たということは、正直に意見して安城陸将たちに嫌われたのだろう。
「いえ、この期に及んでまだ安城陸将は自分のキャリアを諦めきれないようです」
「その代わり、命は諦めたようだな」
「そっちも諦めていませんよ。安城司令からの命令です。急ぎ司令部に合流して、攻め寄せたゾンビの大軍を殲滅。補給が来てから、水無月市の解放作戦を続行するそうです」
伊作さんたちが少人数で懸命に戦線を支えているのに、援軍を寄越せって……。
切羽詰まったのだろうが、ついに子供にでもわかる計算もできなくなってしまったのか?
「おいおい。大島一尉は反対しなかったのか?」
「当然反対しましたよ。そうしたら、司令部要員なのに伝令にされてしまいました」
「やはりそうか」
大島一尉は、司令部の中で一番まともで優秀な将校だ。
きっと安城陸将の判断が無謀すぎると、ハッキリ言ったのだろう。
だから彼に嫌われた。
「あそこで空気を読んだ結果、ゾンビに食い殺されるよりはマシですよ」
「私もそうだが、もしこの戦いを生き残っても処罰されるかもしれないぞ」
日本政府と国防隊の上層部は安城陸将の無謀な作戦に賛成し、貴重な兵力と、レベリストたち、大量の食料と物資を無駄にしてしまった。
生き残った私や大島一尉を糾弾、処罰して、世論の批判をかわそうとする可能性があった。
権力者なんて、自己保身のためにはどんな卑怯なこともするからな。
「もしそうなっても、最悪国防隊をクビになるくらいです。死ぬよりはマシですし、その前に日本政府にも国防隊にもそんな余裕はないでしょう」
「それもそうか」
そうでなくても、これまでにゾンビとの戦いで多くの犠牲者を出した国防隊は超のつく人手不足なのだ。
日本政府は予算を出して国防隊員を増やそうとしているが、警察や消防も同じく人を増やそうとしているので奪い合いになっている。
これはおおよそのデータだが、ゾンビのせいで日本人の生き残りが二千万人にまで減っているのも大きかった。
最初は十分の一しか生き残っていないという話だったので大分マシだが、どちらにしても人手不足なのは同じだ。
「国防隊をクビになったら、警察や消防が喜んで受け入れてくれますよ」
「どこも、管理職、指揮官不足は深刻だな」
「ええ」
警察と消防もレベリスト部隊を編成していたし、対アンデッド部隊の編制と訓練も始まっていた。
私と大島一尉なら、すぐに転職できるだろう。
「安城陸将や、現場の経験が少ない参謀たちですが、それでも貴重な指揮官です。死ねば人手不足が進みます」
「そうだな、大島一尉。命令への返答だが、安城陸将たちに合流するのは戦力不足で不可能だと伝えてくれ」
「戸高陸将補、申し訳ありません。もう戻るに戻れないので、私もここに残ります」
「確かに今となっては、安城陸将たちのいる司令部に行くのも不可能か……」
すでに野営陣地内には、多くのゾンビが入り込んでいたからだ。
やはり、ゾンビの数に勝てなかったか……。
徐々に火炎放射器の炎が見えなくなっているのは、ガソリンが尽きかけているからだろう。
銃声が聞こえるので対アンデッド部隊以外の隊員たちも戦いに参加しているようだが、ゾンビ映画とは違ってゾンビの頭を撃ち抜いても死ぬわけではない。
ついにはゾンビに噛まれ、体を食い千切られていく者たちが続出した。
頭がなくてもひっかいてくるので、これもなかなか厄介だ。
そしてそれは、レベリストたちも同じだった。
彼らは今回の実戦で多くのスケルトンとゾンビを倒してレベルを上げることはできたが、元のレベルが低かったことと、アンデツド退治の経験が不足していたことで不利な状況に追いやられている。
そしてやはり戦力比が大き過ぎるのだ。
「助けてくれぇーーー!」
若いレベリストたちが悲鳴をあげているが、彼を助ける余裕がある者なんているわけがない。
「安城陸将の威を借りて好き勝手やっていた、エリート坊ちゃんたちも終わりですね」
「ああ」
伊作さんをバカにしている彼らは、安城陸将のおかげでレベリスト部隊を仕切っていたが、特別レベルが高いわけでもない。
ただ、父兄に金持ちや権力者が多い、エリート私立学校の生徒だっただけだ。
「ゾンビに、そこまで空気を読んで振舞えと言っても無理だしな」
「短い絶頂期でしたね」
大島一尉とそんな話をしている間に、司令部の大型テントもゾンビによって囲まれたようだ。
時おり銃声が聞こえてくるが、ゾンビに通常の銃弾は効果がない。
銀の銃弾を……用意しているとは思えなかった。
「大型機関銃や砲撃なら、ゾンビを木っ端みじんにできるから効果的でしょうか?」
「効果はあるが、相手は一億体のゾンビだぞ。弾薬代で国家が破産するな」
やはり、効率よくレベリストたちを育てて対応するしかないのだ。
そんなことを考えていたら、司令部の大型テントが倒されてしまった。
安城陸将と参謀たちは死んだと思われる。
さらに、レベリストたちの戦っている姿も一人、また一人と確認できなくなっていく。
「安城陸将は殉職された! この部隊の指揮は私が引き継ぐ! 撤退の準備を始めるぞ」
私が持っていた曳光弾を発射すると、懸命に戦っていた隊員たちが徐々にこちらに集まってきた。
伊作さんたちもゾンビを倒しながら、徐々に私たちのところに後退してくる。
「伊作さんたちに大きな負担をかけてしまうが、一人でも多く連れ帰ろう。全軍、撤退開始だ!」
通信機で命令を出すと、事前にこうなる可能性について各指揮官に伝えてあったおかげで、最初の混乱を脱して多くの部隊が集まりつつあった。
この地獄を潜り抜けたレベリストたちも、意外と生き残っているようで安心した。
だがその中に、剣崎たちの姿はなかった。
「ろくにレベルも上げず、安城陸将の威を借りてレベリストたちを仕切っていた罰か……」
ゾンビに、自分は県会議員の息子だと言ったところで通用しないのだから当然か。
スケルトンを倒した経験アリと言っていたくせに、他のレベリストたちよりもレベルが低いと伊作さんが言っていたから、弱くて生き残れなかったのだろう。
「可哀想というよりも哀れだな」
「そうですね」
順調に生き残った者たちが集まりつつある。
あとはタイミングを見計らって、松代まで……補給部隊がこっちに向かっているから、彼らと合流すれば食料不足になる心配はないだろう。
それにしても、対アンデッド戦の苦い初陣となってしまったな。
この教訓を生かして、次こそはなるべく犠牲を出さないように戦っていかなければ。




