第37話 ガソリン不足
「自分、今日はレベルを上げられただけマシですね」
「そうなるかな」
今日安城陸将の命令に従って、大人しく後方で待機していたレベリストたちは、今夜から地獄が始まるのは確かだった。
「今夜は寝られるかどうか。せめてちゃんと食事をとろう」
「……そうですね」
私たちも、対アンデッド部隊に合わせるように退いた。
多くのゾンビを焼き払って大戦果だと、安城陸将や彼に阿る参謀たち、多くの国防隊員たち、私たち以外のレベリストはまるで祝宴かのように楽しく食事をとっていた。
これから地獄が始まるなんて、想像すらしていないようだ。
そして私たちは案の定、バカ騒ぎしている彼らからハブられていた。
さすがに食事がなかったり減らされることはなかったが、端っこで夕食をとっている。
「食事の量とカロリーはちゃんとあるのね。本当に量とカロリーだけだから、以前なら絶対に完食できなかったはずだけど」
「ちゃんと食べておいた方がいいですからね」
「二人とも安心して。太る余裕なんてないから」
「幸三さん、それは嬉しいようで、あまり嬉しくないよ」
とは言いつつ、女性陣は出された料理をちゃんと完食した。
食後の薄いお茶を飲みながら、瑠璃さんが嘆くのも無理はない。
世界中にアンデッドが出現したせいで、たとえ国防軍の食事でも必要なカロリーと栄養素をとるのが最優先で。メニューは少なく、味も微妙で、心躍る食事ではなかったからだ。
『アイテムボックス』に入ってる食べ物を食べてもよかったのだけど、安城陸将や伴龍高校の生徒たちにその存在を知られたくない。
瑠璃さんと楓さんも同じ考えで、国防軍から支給された食事を素直に食べていたのだから。
夕食のメニューは、ご飯、乾パン、牛肉の大和煮はすべて缶詰で、生野菜は貴重だし、輸送が難しい。
重さの割に場所を取ってしまうからだ。
代わりに、袋に入った乾燥野菜とマルチビタミンの錠剤が支給されており、あとはあまり美味しくない薄いお茶はお替り自由だった。
「今後も、このメニューに変化はないはずだ」
戸高さんがそう言うのなら、間違いなくそうなのだろう。
それでも、水無月市の郊外で数千人の軍隊が空腹に悩まされずに済んでいるのは、戸高さんが補給計画を立てたからだという。
軍隊にとって補給ほど大事なものはないのだが、地味で目立たず、戦功になりにくい。
安城陸将と参謀たちは、火炎放射器に使うガソリンと壊れた時の予備の部品の補給計画は綿密に立てたそうだが、食料や物資の補給は戸高さんに丸投げしたと聞いていた。
「戸高さんがいてよかったよ」
もし安城陸将が補給の責任者だったら、大変なことになるところだった。
「やはり、ガソリンの輸送が最優先ですか?」
「伊作さんに隠し事は難しいなぁ。今日は景気よく使ってしまい、想定以上に消費してしまったので、慌てて定期輸送での補給量を増やそうと大忙しなんだ。とはいえ国防隊では、民間人への食料と生活物資の輸送もあるのでトラックは不足しており、燃料のガソリンも同じだ。ガソリンの補給量を増やすと、今度は食料の補給量が減ってしまう。事前に多めに食料を輸送させておいてよかった」
ガソリンがないと、火炎放射器でゾンビたちを焼き払えない。
たとえ食料の補給量を減らしても、ガソリンは大量に補給してほしい。
安城陸将と参謀たちは、松代に強く要求しているそうだ。
新型火炎放射器はゾンビに対して大変効果的で、今日は多くのゾンビを倒すことに成功した。
そのおかげで安城陸将は国防隊の上層部に褒められており、だからすぐに追加のガソリンを補給してもらえることが決まったのだという。
「でも、ガソリンって貴重なのでは?」
ガソリンは原油を精製しないと作れないが、確か設備の大半が海沿いにあったはず。
日本は原油のほぼすべてを海外からの輸入に頼っているので、船を付けやすい場所にガソリンの精製施設があったからだ。
そして現在、海沿いの土地はアンデッドが占拠しているから大変危険で、ガソリンの精製施設で稼働しているところはないという。
海沿いなので、奪還も難しいだろう。
「ガソリンは貴重だけど、上の連中は安城陸将が上手くやったと思っている。だから、必ずガソリンを集めて送ってくるはずだ」
そして、他の部隊や民間人がガソリン不足になると。
さらにガソリンの補給量を増やすと、今度は食料の輸送量も減ってしまう。
五千人規模の軍隊が消費する食料、水、物資の量は膨大で、アンデッドのせいで水無月市から食料の補給は難しいとなると。決められた量の補給が来ないと、ゾンビにやられる前に飢えと渇きで負けてしまうのだから。
さらに今は冬で、防寒対策で手を抜けば最悪凍死者が出かねない。
凍死者が出てしまう軍隊なんて、負けが決まったようなものなのだから。
「そもそも、どうして冬に水無月市の解放作戦を実行したんですか?」
春に実行すれば、防寒着や暖房機器、薪などの燃料分補給量が減っただろうに……。
もしかすると、そんなことも安城陸将の傍にいる参謀たちは気がついていないのか?
いや、まさかな。
向こうは国防大卒業のエリートたちなのだから。
「春になれば、警察や消防、内閣府のレベリスト部隊がアンデッドに占拠された町の解放に乗り出すだろう。国防隊が最初に成功させる必要があった」
「焦って失敗したら、もっと悪い結果になるのでは?」
「だから安城陸将も参謀たちも、水無月市の解放作戦を必ず成功させるつもりだ。彼らは心の中では、自分たちは優秀で失敗しないと思っているのかもしれない。プライドも高いから、作戦に失敗して撤退したなんて現実は受け入れたくないのだろう」
「そんな理由で死ぬ国防隊員とレベリストは不幸ですよね」
「美空君も、こっちに来たのか」
「食事は同じなのでもう食べてしまったんですけど、剣崎の忠告を無視したからか、食事の時からハブられてしまったので」
私たち三人と戸高陸将補が、安城陸将と参謀たち、レベリストや国防隊員たちにハブられながら話をしていると、そこに美空さんも加わってきた。
用務員のくせに偉そうだという理由で私は伴龍高校の生徒たちに嫌われ、瑠璃さんと楓さんは、用務員である私の言いなりになっているから必要ないとハブられた。
戸高さんは、レベリスト部隊の指揮官が安城陸将の腰巾着をするのに忙しいので、代わりに派遣されたが。レベリスト部隊は安城陸将と親しい伴龍高校の生徒たちが仕切っており、私たちと同じく無視されている。
特にリーダーの剣崎は、父親が県会議員なので安城陸将に気を使われており、余計に増長していた。
県会議員なのに松代に逃げてしまった剣崎の父親としては、水無月市解放作戦で息子が活躍することで名誉挽回としたいのだろう。
そして美空さんは、私たちと仲良くし過ぎたからという理由で無視されるようになり、こっちにやって来たようだ。
「子供かな?」
「自分もそう思うけど、調子に乗っていられるのは今のうちなんでしょう? 伊作さん。それにしてもみんな、群れるのが好きだよねぇ……」
「言うな、美空さんは」
小柄で可愛らしい美空さんがそう言うと、余計に辛辣に感じる。
空手の世界チャンピオンは、言うことが違うなと思った。
実は格闘技は、己との勝負であることを誰よりも理解しているのだろう。
だからあの環境を良しとせず、レベリストたちから悪く言われることを覚悟してこちらに合流してきた。
意志薄弱で、安城陸将と懇意で父親が県会議員の剣崎の言いなりになっている、他のレベリストたちとは大違いだ。
「とにかく雑な夕食だったけど、必要な栄養とカロリーは取れた。あとはこれから少し仮眠を取った方がいい」
「夜だから、これから寝るのではなくて?」
「アンデッドは夜に一番活発に動く。なにより、アンデッドに休息や睡眠なんて必要ない。なぜならすでに死んでいるので、疲労なんて感じないからだ」
数が多い他に、アンデッドの厄介な点だ。
人間と違って疲れを感じないので、休んだり寝たりしない。
なのでこれから私たちは、朝まで一睡もできない可能性が高かった。
「これだけの大人数が、水無月市の近くにいるんだ。それに加えて、昼間に倒した大量のゾンビたちもスケルトンになってしまう。それでも寝ていられたら、逆に大物だと思うよ」
「寝ている間にゾンビに噛まれるのはゴメンだから、自分も伊作さんたちと一緒に少し仮眠を取ります」
「それがいい(美空さんは生き残りそうだな)」
「人数が多いから安心できると、レベリストたちが剣崎たちの言いなりになっているなか、美空さんはあえて孤高を貫くんですね」
「坂田さん、確かに剣崎如きの言いなりになるのは嫌だけど。一番の理由は、アンデッド相手に弱い人が何人集まっても歯が立たないからだよ。むしろすぐにやられちゃって、倒さなければいけないゾンビが増えるだけだと思う」
「はははっ……」
美空さんはかなりハッキリと物を言う性格のようだけど、一切不快さを感じなかった。
見た目が可愛いのもあるのかもしれない。
それと、そういう性格だから空手の世界チャンピオンになれたのだろう。
普通の人が多いレベリストの中では、元から浮いていたのかもしれない。
「その点、伊作さんはプロなのが一目瞭然。自分は生き残りたいからそういう人と組みたいし、ただ助けてもらうだけじゃなくて、自分も強くならないと生存率も上がらないから」
私のことを随分と評価してくれているけど、美空さんは勘も鋭いのかもしれない。
私の実力を見透かされているような……。
「伊作さんと違って、私は頼りナシと思われているのかぁ……」
「剣崎よりも力がないからねぇ」
「否定できない……」
戸高さんが美空さんにやり込められてしまって一人落ち込んでいたが、彼は安城陸将の部下だから仕方がない面もある。
いくら最良の作戦でも、勝手に行動すれば命令違反で処罰されてしまうのだから。
それよりも、夜中に備えて少し仮眠を取っておくことにしよう。
ご馳走は、あとで食べればいいのだから。




