第36話 泥沼
対アンデッド部隊は、順調にゾンビを焼き払っている。
私たちはその様子をビルの陰から窺っているが、今はいいとして、そのうちゾンビたちに押し切られそうだ。
「とにかく致命的な戦力差がある」
水無月市の人口は確か三十万人ほどだったはず。
ゾンビから逃げ出せた人を二割と見積もっても、二十万体以上のゾンビがいる。
一方、対アンデッド部隊は二千人ほどだ。
他の国防隊部隊と合わせても五千人ほどだろう。
今となってはこの人数でも、国防隊の部隊を動かすのは大変だったはず。
遠征に必要な食料、武器弾薬、医薬品、水、生活物資などなど。
防衛するだけでも足りないのに、ましてや遠征してきたのだから、相当無理をしているはずなのだから。
「やっぱりゾンビの数が多すぎるよ。今はいいけど、じきにガソリン切れになって撤退を余儀なくされるかな?」
美空さんも、安城陸将の部隊が勝てると思うほど能天気ではないようだ。
彼女が陽動作戦に志願したのは、万が一に備えて自由に動けるようにしたかったからかも。
「失敗できない安城陸将が無茶するかもしれないから、そうなったら悲劇よね」
「ですが、私たちには止める手段がありません」
「そうなると、戸高陸将補次第かぁ……。あっ、じゃあ早速削っていこうか?」
「よろしくお願いします。あの、凄いですね」
「「「……」」」
美空さんは『レベルサーチ』を使えないが、格闘家の勘がレベルアップで強くなり、私たちの実力が自分を遥かに超えていることに気がついているのか。
「(レベルも12か……)」
レベルを探ってみるが、レベリストの中で一番レベルが高いのが美空さんだったのを思い出した。
「美空さん、火炎放射器に巻き込まれないように、ゾンビの大軍に囲まれないように戦ってください」
「わかりました。いきます!」
さてお手並み拝見といったところだが、美空さんは背中に背負ったリュックから取り出したグローブを両腕に着けた。
普通、空手でグローブは着けないが、もし素手でゾンビを攻撃して少しでも傷がつくとゾンビになってしまう。
それを避けるためのグローブだろう。
戦う準備を終えた美空さんは、素早く見事な正拳突きをゾンビに食らわせる。
すると、ゾンビは青白い炎を出して燃え上がり、あとには魔石と骨だけが残された。
「パラディンの資質アリか……」
私たちはそれぞれ、聖魔法、治癒魔法、火魔法を纏わせたミスリルソードで次々とゾンビを斬り捨てていく。
半年の遠征で大幅にレベルアップしたこともあり、ゾンビ相手には苦戦しなくなった。
だが、さすがに数が多すぎる。
「こんなの倒しきれるか!」
そして大幅にレベルアップした私たちはまだ大丈夫だが、美空さんは魔力が尽きてしまった。
彼女は拳や足に聖魔法を纏わせ、素手でアンデッドを倒せる『パラディン』の特性を持つレベリストのようだが、まだレベルが低くて魔力が少ないため、魔力切れになりやすかったのだ。
私たちはゾンビへの攻撃をやめ、美空さんを囲む。
「いきます! 『マジックリロケート』!」
楓さんがレベルアップで覚えた魔力移転で、ほぼ空になった美空さんの魔力を回復させた。
「ありがとう、坂田さん」
魔力が回復した美空さんは、再びゾンビを拳や蹴りで倒していく。
その強さはレベル以上に感じるので、さすがは空手の全国チャンピオンといったところか。
「美空さん!」
「はい!」
その後も美空さんはゾンビを拳と蹴りで倒し続け、魔力が尽きそうになると楓さんから『マジックリロケート』で魔力を貰い、また戦いに向かうというのを繰り返した。
楓さんは、腕につけた魔法の腕輪に倒したゾンビの魔石を次々と入れて自身の魔力を回復させる。
「美空さん、そろそろ疲れない?」
「もう少し大丈夫です」
美空さんはかなり体力があるようだ。
それはいいことなんだけど、残念なことに対アンデッド部隊の方に限界がきたようだ。
徐々に後ろに下がり始めた。
「ガソリン切れだな……」
改良した火炎放射器は次々とゾンビを消し炭にしたが、ガソリンが尽きればただの重たい粗大ゴミでしかないのだから。
「美空さん、私たちも合わせて退くから」
「わかりました」
調子よくゾンビを倒しているので撤退に難色を示す可能性も考えたが、美空さんは冷静だった。
私たちのフォローもあったので大きな戦果をあげ、レベルもいくつか上がったはずだが、今の戦況が危ういことに気がついているのだから。
「伊作さんたちと戸高さんの言っていたとおり、キリがないですね」
「それもあるけど、沢山ゾンビを倒したあとが大変なんだよ。これから夜になるし」
戦った全部隊が夜になると一時水無月市内から撤退し、設営された野営陣地へと籠って休憩を取り翌日に備えるが、アンデッドは夜の方が活発に動くし、これから昼に倒したゾンビがスケルトンになっていく。
水無月市内から出たとはいえ、野営陣地は町に近いので、アンデッドたちは必ず襲撃してくるだろう。
むしろ戦いはこれからなのだ。
「えっ? そんなに厳しいんですか?」
「そうだよ」
それなのに国防隊上層部は、アンデッドから一つの都市を解放した功績をもって、国防隊でレベリストたちを独占するという安城陸将の政治工作に乗ってしまった。
「負ければ逆に、国防隊がレベリストを管理する権限を奪われかねない事態だ。多分、そう簡単に諦めないだろう」
安城陸将が、損害が少ないうちに自ら退くことはあり得ない。
すでにこの作戦で多くの貴重な食料、燃料、物資を消耗してしまった。
この失敗は彼の失脚に繋がりかねず、往生際悪くゾンビに敗れるまで戦い続けるだろう。
たとえどれだけの犠牲を出そうともだ。




