第32話 安城陸将(後編)
「私個人の意見としては、安城陸将の作戦はまだ早い気がしてならない」
「ですよね」
レベルが上がってアンデッドを倒せる人が出始めたのはいいが、多分倒せているのはまだゾンビだけのはず。
さらに、彼らが使えるアンデッドに効果的な武器は、火魔法、治癒魔法、聖魔法しかないはずだ。
ポーション、聖水、アンチアンデッド薬など。
アンデッドとの戦いに役立つアイテムは、当然作れるはずがないのだから。
「伊作さんたちが銀の剣でゾンビと戦っていたので、銀の武器は生き残った刀剣職人に作らせている。ゾンビ相手ならかなり効果的だ」
アンデッドは銀に弱い。
私たちの戦いを見て、それを上に上申した戸高さんは優秀な軍人であろう。
「どう考えても、対アンデッド戦は長期戦になる。レベリストたちの平均レベルもまだ低い。一人でも失えない今、もう少し鍛えた方がいいと思うのだが……」
必ずこの問題が出てくると思ったが、私は多分急いでもゆっくりやっても結果にあまり違いはないと思っている。
なぜかというと……。
「戸高さんは、町中で犬、猫、ネズミのゾンビが出現したという報告を受けたことはありませんか? あとは鳥なんかも」
「受けている。だから自衛官の装備にフルフェイスのヘルメットも加わった。上空から鳥のゾンビに突かれて、そのままゾンビになってしまった隊員がいたそうだ。まだ数名ではあるが……」
「時間が経つと、今度は地球上に生息している生物が次々とゾンビになっていくんです。そして、地球上の生物の数は人間を遥かに上回る」
「ゆっくり過ぎても駄目なのか……」
他の生物のゾンビも増えてしまうと、ますます人間は苦境に追いやられていくだろう。
ただ、さすがに今回は焦り過ぎだと思っているけど。
「焦っても貴重なレベリストを失うだけですし、ゆっくりやり過ぎると、今度は地球上の生物の多くがゾンビになって多勢に無勢なんてものじゃないので。いくら高レベルになっても数の力に押し負けてしまいますから」
焦り過ぎても駄目だし、遅過ぎても駄目。
私たちは難しい判断を迫られているのだ。
「アンデッド退治のスピードを間違えないようにするのが、我々の仕事か……」
「はい」
「伊作さん、あなたが軍人だったらと思う。私の部下、いや上官だったらなぁ……」
「私は就職氷河期世代の駄目男ですから。戸高さんは、公務員の採用倍率がとんでもない数字の頃に国防隊の将校になったエリートじゃないですか」
私も一時公務員を目指したことがあるけど、まったくお話にならなかった。
だからこそ、同年代で国防隊の陸将補にまでなった戸高さんが凄いと思えてしまうのだ。
「平時はそれでいいのだろうが、今はそんな基準、あてにならないさ。バブルの頃に国防隊員になった安城陸将の夢は水無月市の解放作戦を成功させ、朝山駐屯地の司令から中央に戻りたいというもの。彼には大きな野心があって、それは次の統合幕僚長になることなのだから。だから威勢のいい旧帝国軍人みたいなことを言っているが、実情はわかっていない。のん気なものさ」
確かに安城陸将って出世欲はあるけど、中身はなさそうな人だ。
それにバブル世代の公務員は、残念な人たちが多いと聞く。
優秀な人は民間に行ってしまった時代で、公務員採用試験の競争倍率も低かったからだ。
「中央……今は松代ですか」
「市ヶ谷はゾンビの群れに襲われて放棄したのでね」
やはり、首都は守り切れなかったか……。
人口が多いと、それだけゾンビの増殖速度が上がってしまうからだ。
「戸高さんは、稲美基地の司令から、朝山駐屯地の……」
「副司令だ。正直なところ、安城司令にはかなり煙たがられている。安城陸将としては、自分が可愛がっている部下を次の朝山駐屯地の司令にしたいだろうから、私が邪魔だろう」
「なんだかなぁ……」
こんな時にまで、派閥の仲間優先の依怙贔屓人事を通したいのか。
国防隊員とて、所詮は人間だよなぁ……。
異世界の貴族たちもそうだったのを思い出してしまった。
「さて、私はそろそろ戻るかな」
「あっ、もうやめた方がいいですよ」
長々と話していたら、日が暮れ始めていた。
「夜間が危険なのはわかるが、ライトを照らせば大丈夫だろう」
「ただ単に暗いからというわけではなく、アンデッドは夜に活動的になるので」
ゾンビとスケルトンなら車を飛ばせば大丈夫だが、活発に動くレイスと遭遇すると危ない。
なぜなら実体のないレイスは、猛スピードで飛ばしている車にも平気で接近してくるからだ。
だから今夜は泊まっていった方がいいと、私は戸高さんに忠告した。
「今日中に戻らないと駄目なら仕方ないですけど」
「いや、明日の昼までに戻れば問題ない。遠慮なく泊らせてもらうか」
戸高さんは私の忠告を受け入れ、家に泊まっていくこととなった。
この家に泊まる初めてお客さんであり、私たちも遠征から戻ってきたばかりだ。
そこでお祝いも兼ねて、『アイテムボックス』から取り出した食材で豪華な夕食となった。
「おおっ! 刺身だ! まさか刺身が食べられるなんて!」
「冷凍のが少し残っていたので、味は保証できませんけど」
ということにして、戸高さんには『アイテムボックス』の在庫量を隠しておかないと。
最初に、大量の新鮮な魚介類を『アイテムボックス』に仕舞っておいてよかった。
実はまだ沢山あるが、今後供給はないだろうから少しずつ食べる予定だからだ。
「美味いなぁ。本当に刺身なんて久しぶりだ」
他は三人で作った普通の食事だったが、すでに温かいご飯、熱いみそ汁、新鮮な野菜を使った野菜炒めがご馳走になっており、戸高さんはご飯とみそ汁をおかわりしていた。
「寝る前に少し飲みますか?」
「おっ! いいねぇ」
食後、瑠璃さんと楓さんはお菓子とジュースを楽しんでいたが、私と戸髙さんはゾンビだらけの町のお店で見つけた、高価な限定ウィスキーをロックで楽しんでいた。
ロック用のグラスも、町中で見つけた高級品だ。
「戦利品かな?」
「ええまぁ」
「ゾンビによって占拠された町には多くの価値のある品が残されている。それには正式な所有者もいるのだろうが、今さらそれを言ったところで……という状態だ。警察も本当に盗品かどうかわからないから動けないし、今は何もかも不足しているので黙認している。実際松代には、周辺のゾンビに占拠された村や町からは命がけでそれらを集め、高値で売る闇市があるのだとか。勿論お宝拾いに出かけた結果ゾンビに噛まれて、二度と戻ってこない人もいるそうだが……」
私たち以外にも、命がけでお宝探しをしている人がいるのか。
ただレベルが上がらなければ、危険なんてものじゃない仕事と言えよう。
ゾンビが溢れる世の中になったいせいで失業者も多いらしく、今のところ食料はなんとか配給されているが、多くの人たちはギリギリの生活を迫られているらしい。
そんな人たちが命を懸けて、アンデッドの巣食う町で使えそうな物を集めに行き、運良くかなりの稼ぎになった人と、運悪くゾンビに噛まれて二度と帰ってこなかった人とに結果が二分しているそうだが。
「こんな時に、お金を稼いで役に立つんですか?」
「今、日本円はなんとか流通している状態だ。ただとにかく物資不足なので、物価は以前の数倍から物によっては数百倍に跳ね上がってる。なにしろ生産できない物が多いので、必要ならゾンビが溢れる町から拾ってくるしかないのさ」
「まるで終戦直後ですね」
「これでも物価は抑えられている方なんだ」
「政府が物価対策をしたんですか?」
「いや、今は電子マネーがかなり普及していたせいで、現金の量が少ないのさ。そして使えない電子マネーは虚空に消えた」
電子マネーの普及に否定的な人たちの意見のなかに、ネットや電気が使えなくなるような大災害が起きた場合、それが使えなくなるというものがあった。
まさか、彼らの予言が当たってしまうとは……。
「そんなわけで現金の量自体が少ないのだが、それ以上に物資が少ないのでインフレになってしまった。ゾンビから生き残った人たちが長野の銀行に殺到したんだが、銀行も現金がないので預金を下ろせず、その時は大騒ぎになったと聞いている。長野に支店がない銀行に預金を預けていた人は絶望していたそうだ」
たとえ何億円と銀行に預けていても、現物がなければそれは通帳に書かれた数字でしかない。
銀行のシステムが死んでいるためにその人の正確な預金残高が把握できず、貯金を下そうにも下せない人が多数いて、全国の銀行で取り付け騒ぎが発生したとか。
皮肉なことに、『現金なんて時代遅れ』と言っていた人ほど無一文になるリスクが高かったのか。
まさかこんなことになるなんて、誰も思っていなかっただろうからなぁ……。
「それは大変でしたね」
「まあ、投資で食べていた人たちよりはマシなんだが……」
「確かに……」
そういう人たちは、資産の大半を株や投資信託にしていた。
すでに現物の株券、債券の証書が廃止された今、それらの資産はデータでしか存在せず、電気とネットがなければ確認することも難しい。
アンデッドのせいで経済活動も儘ならず、大半の株券は無価値に、債券も借主からの利息の支払いと返済が不可能となり、国債も利息の支払いと償還ができなくなってしまった。
世間で、資産数十億、数百億円を謳う投資家たちが話題になっていたが、この騒ぎでゾンビにされたか、大切な資産がすべてなくなってしまい、生き残ったがゆえに絶望の淵にある人もいそうだ。
これまでその人を資産家にしていた株、投資信託、国債、銀行預金、仮想通貨と。
すべてなくなってしまったのだから。
さらに悪いことに、じゃあ現物資産ならいいのかって話もあった。
だがいくら金塊があっても、必ずしもそれで食料や水が必ず買えるわけではない。
むしろ今は、飲める綺麗な水や、保存が利く食料の方が資産と呼ぶに相応しいものとなっていた。
「それなのに一部の特権階級の人たちは、生活に困った人たちが命がけでアンデッドが彷徨う町中から集めてきた贅沢品を楽しんでいる。わかってはいますけど、複雑な心境ですよ」
私が勧めた限定品のウィスキーをロックで……今となっては、氷すら貴重品だった。これは、コンビニで確保して『アイテムボックス』に入れておいたものだ……飲みながら、戸高さんが心情を吐露していた。
これまで私は、自分とは違ってこれまで上手く人生を渡ってきたと思っている戸高さんに複雑な心情を抱いていたけど、今では完全に立場が逆転してしまったようだ。
真面目で優秀な彼は、国防隊員として市民を守るため懸命に働いているが、この状況下で自分たちだけ楽しんでいる人たち(政治家や高級官僚)がいるのを知ってしまったのだから。
そういう人がいると、不正を正そうとクーデターを起こす軍人の気持ちが理解できてしまうというか。
今の国防隊の場合、クーデターを起こす余裕すらないのだけど。
「それでも頑張って、少しでも状況をよくすることが大切ですから。あっ、これなんて本当に貴重なお酒で。いかがですか?」
「おおっ! 憧れのウィスキーだ。国防隊で将官になっても、こんなに高いお酒はなかなか買えないから」
瓶やペットボトル、紙パックに入っていて、匂いがしないお酒はかなりの数回収できた。
当然自分だけでは飲みきれるわけもなく、同時に気がついてしまった。
お酒はアルコール度数が高いほど長持ちするから、これこそ最強の現物資産なのでないかと。
私は単純にお酒が好きだから、瑠璃さんと楓さんに呆れられながら懸命にお酒を集めただけなのだけど。
「伊作さんたちだからこそ集められる、最高のお宝だ」
「レベリストになれたおかげですね」
私の場合、異世界に召喚されたおかげで得られた能力なので、他の人たちとは違う部分も多かったのだけど。
瑠璃さんと楓さんも、私と一緒に特別個体と戦って勝てたからレベルが上がるようになったので、彼女たちも正確にはレベリストじゃないかもしれない。
「戸高さんも色々と大変ですね。また遊びに来てください。まだいいお酒はあるので」
「ありがとう、伊作さん。少し気が楽になったよ」
戸高さんとは同年代だし、瑠璃さんと楓さんはお酒が飲めないから、いい酒飲み友達ができたかも。
そして翌日の早朝。
さすがはエリート国防隊員。
二日酔いなど微塵もなく、バッチリと身支度を整えてから朝食を食べ、車で朝山駐屯地へと戻っていったのだった。




