第31話 安城陸将(前編)
「おおっ! 君たちはアンデッド退治の遠征に出てレベルを上げていたのか! さすがは、稲美基地を救った英雄たちだ! ちょうどいい時期に戻ってきてくれた! これより日本政府と国防隊は、アンデッドが彷徨う土地を順次解放していく予定だ。勿論、君たちにも参加してもらうぞ!」
「……」
「戸高さん、このおじさん誰?」
「しかも、勝手に私たちの家でお茶を飲んで寛いでますし……」
「今や未曽有の国難であり、茶葉も貴重なものとなった。誰の物だとか、気にしている場合ではない。みんなで分け合わないと」
「(幸三さん、このおじさん、人の話を聞かない人だ)」
「(自分勝手そうな人ですね)」
「……」
キャンピングカーを飛ばして廃村に戻ったところ、なんと家の中で国防隊の制服を着た初老の男性と、戸高さんがコタツに入ってお茶を飲んでいた。
家の設備をいつ戻っても使えるようにしておいたら、勝手に使われていたという。
そのまま置いておいても悪くならないので、茶葉は面倒だから置いておいたら、勝手に飲まれてしまった。
そのせいで瑠璃さんと楓さんが不機嫌になるが、それよりも戸高さんの上司が口にしている不穏な発言の方が気になっていた。
「アンデッドに占拠された土地の解放なんて、本当にできるんですか?」
私は二人の軍人に、一番の疑問を問うた。
アンデッドは数が多く、ゾンビは物理的な火で倒せるけど、スケルトンは物理的な攻撃だと一時的に行動不能にできるだけ。
ましてや実体のないレイスは、私たち以外倒せる人がいないような気がするのだが……。
「できる! 実は君たちに続き、レベルが上がる者たちが現れ始めたのだよ。国防隊はそんな『レベリスト』たちを集め、レベルを上げさせて魔法や特技を習得させた。まだ人数は少ないが、その後も徐々にレベルが上がる者たちが出始めている。彼らを先頭に、アンデッドを駆逐していこうというわけだ」
「はあ……」
「まずは朝山駐屯地に近い水無月市の解放を行い、これからの作戦のモデルケースにしようと思う。おっと自己紹介はまだだったな。私は松代から派遣されてきた安城陸将だ」
そんな安城陸将だが、一見人の良さそうな初老の男性に見える。
だけど私は、彼に警戒感を抱かずにいられなかった。
それは過去の経験から得た勘のようなものであった。
「あの、それって義務なんですか?」
「(あっ……)」
密かに注意を促そうと思っていたのに、瑠璃さんが先に言ってしまった。
あくまでも私の勘であるが、この手の人に一番言ってはいけない言葉を。
私の予想は当たっていたようで、安城陸将の声が急に大きくなった。
「義務かだって? 今この国は未曾有の国難にあるのだ! この美しい日本をゾンビどもから守るため、我々は滅私奉公しなければならない! そしてレベルが上がるという稀有な才能を持つ者たちも、国のため、市民たちのために戦う必要があるのだ!」
「……(やっぱり……)」
これは国防隊に限った話ではないが、組織の中に一定数いる、他人に滅私奉公を強要するタイプだ。
そんな人からしたら、瑠璃さんの発言は到底容認できない。
私たちはレベルが上がってアンデッドを倒せるので、国と国防軍に協力して当たり前。
断る人は非国民、という考えで凝り固まっている人なのだから。
「(戸高さん、申し訳なさそうな顔をしているなぁ……)」
戸高さんは優秀だけど、そういうタイプの軍人には見えないしなぁ。
私たちのことは、彼は稲美基地の司令だったから上に報告せざるを得なかったが、こうなることを半年前から予想したから、朝山駐屯地に同行を求めなかったくらいなのだから。
どうせ彼の部下や基地にいた避難民たちも、私たちが戦っているところを見ていたから、隠すのは無理だし。
「作戦はいつ始まるのですか?」
「おおっ! 君はわかってくれたか!」
わかってはいないけど、そう言っておかないと安城陸将が怒るのが経験則でわかってしまうからだ。
あと、強い力で私の両肩を『バンバン』叩かないでくれ。
レベルが上がっても、痛いものは痛いから。
「一週間後だ。松代が育成しているレベリストたちが応援にやってくるのでな。彼らと、朝山駐屯地にいるレベリストたち。そして君たちが協力して水無月市を解放する。この作戦が今後の作戦の指標となる大切な作戦だ」
まずは手頃な町をアンデッドから解放して、部隊に経験を積ませるのか。
一見堅実ではあるけど、私には一つ懸念があった。
「一時的に町をアンデッドから解放したとしても、その状態を維持できるのでしょうか?」
結界があれば奪還した町をアンデッドから守ることも可能だけど、肝心の結界は私しか持っていないし、今のレベルでは製造も難しい。
なにより私に、安城陸将や国防隊、日本政府に結界を提供する義務なんてないのだから。
「そのための国防隊だ! 現在、隊員を増やしているところだ」
少なくとも日本国内に大量に蠢くアンデッド相手に、現在の人数では足りないのは明白だ。
ゾンビが出現した時に、国防隊員はかなりの犠牲者も出したはず。
すでに経済が崩壊したこの世界では失業者ばかりだろうから、日本政府は失業者対策も兼ねて国防隊員 を増やしているのだろう。
「(結界はアイテムがないと、持続性のあるものは張れないからなぁ……。そもそもこの人たち、この村に張られている結界にも気が付かないし……)」
結界は一度張ると見えなくなってしまうので、余計にわからないのだと思う。
いまだ標高の高い土地にはアンデッドがほとんど侵入しておらず、安城陸将は、この廃村にアンデッドがいないのは標高のおかげだと思っているようだ。
それはそれで、『結界を国のために提供しろ!』などと言われずに済むのでラッキーだったけど。
「協力させていただきます」
「ありがとう、伊作君!」
ここで断るとさらに話がややこしくなるというか、安城陸将は絶対に私を非国民扱いして許さないだろう。
今は上手く話を合わせておいて、水無月市の解放作戦に参加するだけで済むように動く方がいい。
もし解放に失敗しても、必ず逃げ延びないと。
作戦失敗の責任は安城陸将だけが負えばいいし、そうなるように動く予定だ。
「(世の中、そう都合よく自分の思い通りにはならないさ)」
エリートである安城陸将に、それが理解できるといいのだけど。
長年それを経験してきた就職氷河期世代としては、上手く六十五点程度の対策を打てるようにしないと、と考えていた。
「では頼むよ! それまでしばしの休息を!」
現金なもので、私たちが水無月市解放作戦に参加すると表明したら、安城陸将はご機嫌で村を出て行った。
戸高陸将補が慌てて彼を追いかける前に、私たちに申し訳なさそうに頭を下げた。
「中間管理職の悲哀だよね」
「まあね」
「国防隊の隊員は実質軍人なので、上官には逆らえませんしね」
そして翌日、今度は戸高陸将補が一人でやって来て、色々と事情を説明してくれた。
「君たちがこの廃村から旅に出てから、色々とあってね」
まずは、東京を含む首都圏の平地、都市部のほぼ全域がアンデッドによって落とされ、ゾンビにされずに生き延びた人たちは山地や群馬や長野に逃げ込んだ。
日本政府は臨時の首都を長野の松代に置き、国防軍本部も松代に移った。
松代にある戦時中に作られた旧松代要塞の工事を再開してここを強固な防衛拠点としつつ、他の生き残った自治体、国防軍駐屯地、企業、民間人と連絡を取りつつ、食料と水の確保を進め、避難民を受け入れているそうだ。
「酷い話だが、人口が減りすぎたおかげで日本人はなんとか飢えずに済んでいる。ゾンビの被害が食料を生産できない都市部や沿岸部に集中したのが幸いした。逃げ延びた人たちの多くが若者だというのも助かった」
残酷な話だが、動けない老人たちが大勢アンデッドに殺されてくれたからこそ、生き残った若者が彼らを世話する必要がなくなり、まだなんとかなっている現実もあったのだから。
これが平時であったら大炎上必至の発言だが、今はネットやSNSも繋がらないので炎上することもなく、現実問題として多くの人たちが自分のことで精一杯だった。
そういえば、異世界でもそうだったのを思い出す。
こういう非常時には、弱い者から死んでいく。
いくら綺麗事を言ってもそれが現実なのだから。
「弱い人が助けてもらえるほど発展していた世界が、ゾンビによって破壊されてしまったんですね……」
「そういうことになる。自衛官の私がそれを口にするのはどうかと思うが、助けるにも限界がある」
戸高陸将補としては決して認めたくないであろう現実だが、事実は残酷だ。
皮肉なことに若い人たちの方が多くなったおかげで、日本という国は予想以上に早く立て直せていたのだから。
「戸高さん、安城陸将が話していたレベルアップをする人ですが……」
「伊作さんたちが稲美基地を救ってくれた時には、すでに少数が出ていたそうだ。避難民の中に力に目覚め、アンデッドを倒しながら長野に全員を避難させた者が出た。レベル表示だけなので、レベリストの戦闘特性を探るのは、ゲームの攻略本が参考資料だそうだが……」
私や瑠璃さん、楓さん以外に、レベルが上がる人がこの世界に出始めたのか。
「(彼らが強くなれば、この世界からアンデッドは駆逐されるのかな?)」
レベルが上がる人『レベリスト』が多数いればその可能性もあるが、今の人数だと厳しいかもしれない。
日本だけでも億を超えるアンデッドが存在するので、どうしても多勢に無勢になってしまうからだ。
「(どちらにせよ、私たちは静かにこの廃村で暮らすため、定期的に力を貸す必要があるのか……)」
下手に逆らうと、この廃村を奪われてしまうかもしれない。
それは避けたいところだ。
少なくとも、次の移住先を見つけるまでは。




