第2話 FIRE→ゾンビ出現
「ううん……ここは?」
どれだけ意識を失っていたのだろうか?
目を覚ますと、なんと私は自室であるボロアパートに敷かれた布団の上で寝ていた。
「……確かに安全だ……」
すぐに起き上がると、少し体が重たくなったような……。
だが急ぎ洗面台の鏡を見ると、肌は綺麗なままだし、五歳も年を取ったようにも見えない。
「どういうことだ?」
元の世界に戻ったから、元のアラフィフの体に戻ってしまったのか?
いやしかし、体についた筋肉は衰えておらず、肌の状態も良好なままだ。
急ぎステータスを確認……この世界でそれができるのかは不明だったが、自身のステータス画面を確認すると、なんとレベルが1に戻っていた。
「レベル1に戻ったから、私は弱くなってしまったのか……」
異世界で五年間で鍛えられたせいか、召喚前に比べると見た目が若くなり、体調も万全だったが、レベル1なので魔王を討伐直後に比べればかなり弱体化しているはずだ。
体が少し重くなったというよりは、レベル1に戻ったせいでステータスが落ちてしまったのだろう。
レベル1なのに若さが保てているのは不思議だが、今はそういうものなのだと思うことにする。
異世界でつけた筋肉がいきなり消えるわけがないし、召喚直後のレベル1に比べたら私ははるかに頑健で生命力にあふれ、健康的というわけだ。
「まあ、この世界でそこまで強くなる必要はないけど。というか、どうせもう強くならないしな」
なぜなら、レベルは魔族と魔物を倒さないと上がらないからだ。
この世界にそんなものはいないので、もう二度と私のレベルが上がることはない。
では動物はと問われると、私は向こうの世界で食料確保のために散々狩猟をしたが、動物を倒してもレベルは上がらなかった。
だからこの世界で狩猟をしても、私のレベルは上がらないと思う。
「王様からの褒美や、向こうの世界で手に入れたものは、ちゃんと『アイテムボックス』から出し入れ可能だな」
これさえあれば、たとえレベル1でも、向こうの世界とは違って魔物と戦う必要がないので問題ない。
逆に、今後静かに暮らしたければ、私が強かったり、実は多くの金銀財宝を持つ大金持ちだと他人にバレない方がいいのだから。
「あれ? そういえば……」
今、私はある疑問にたどり着いた。
それは、五年も向こうの世界で戦っていた私のアパートの部屋がとうして普通に使えるのか?
「家賃と光熱費を五年も滞納したら、普通は追い出されるはずだ」
しかも部屋の中は、私が住んでいた時とまったく同じ状態だった。
五年も経っているのに、部屋の様子が召喚前とまったく同じなのも気になる。
「これはどういうことなんだ?」
急ぎ、枕の傍に置かれたスマホを確認すると、とんでもない事実が発覚した。
「今日は2025年の7月10日で、今は午前八時だって! じゃあ私は……」
異世界で五年もかけて魔王を倒したのに、こっちの世界では一晩しか経っていないのか!
これってもしかして、私は王様に気を使われたのだろうか?
「あっ、じゃあ!」
私はまだ用務員の仕事をクビになったわけではなく、出勤する必要があるじゃないか!
「バスの時間に遅れる!」
結果的にこっちの世界でも五年が経過していて、私が用務員の仕事をクビになっていたら不可抗力だが、一晩しか経っていないのであれば、用務員の仕事を辞めるに際して正式に辞表を出す必要がある。
そんな必要がないほどお金持ちになったのに生真面目に動いてしまうのは、これは生まれつきの業……いや、これまでの人生そうやって気を使うことで、どうにか最底辺に落ちずに済んだせいかもしれない。
「朝食を食べている余裕はない! 急ぎ出勤しないと!」
用務員の仕事なので、わざわざスーツに着替える必要がないだけよかった。
私は普段のカジュアルな服装に着替えると、すぐにドアを開けて部屋から出ようとした。
ところが……。
「なっ!」
咄嗟に殺気を感じて身を引いてすぐにドアを閉めたのは、たとえ今はレベル1でも、異世界の勇者として戦いの日々を送ってきたおかげだろう。
力いっぱいドアを閉めると、私が急ぎドアを閉めた原因が腕を突っ込んできたので挟まってしまった。
「ええっ!」
それだけならいいのだが、なんと差し込まれた腕がドアを閉めた衝撃で千切れてしまい、玄関の床の上にボトンと落ちてしまった。
驚いたなんてものじゃない。
「しまった! レベル1に戻って力が落ちているとはいえ、常人よりもはるかに強いのを忘れていた。こんなことになるとは思わなかったのに……。あれ?」
千切れて玄関に落ちた腕を確認すると、私はあることに気がついた。
千切れた腕からの出血がほぼなく、まるで死人のように肌がどす黒く、カサカサで汚かった。
私は、この腕に見覚えがあった。
「これって、もしかして……」
今はレベル1なので使えるかわからなかったが、私は落ちた腕に向けて覚えた『ヒール』を使う。
すると、青白い光に包まれた腕が白い煙を吹き出しながら消滅してしまった。
そしてそのあとには、白い腕の骨だけが残される。
「回復魔法で燃えてしまうのは、この腕がアンデッドのものだからだ」
今度は部屋の窓際まで走っていき、勢いよくカーテンを開ける。
すると、アパートの二階の窓からはとんでもない光景が広がっていた。
普段なら通勤、通学のために歩いている人たちの肌の色がすべてドス黒くなっていたからだ。
さらによく見ると、首や手足に噛まれたあとが何か所もあり、私はこれらの化け物に見覚えがあった。
「(ゾンビだ……)」
異世界で、魔王の手下である魔族の幹部が作り上げた、人間を滅ぼすための魔導兵器。
少し向こうの世界のゾンビと違いがあるけど、間違いなくゾンビだろう。
さらに……。
「ひぃーーー! 化け物だぁーーー!」
「あーーー」
「うーーー」
一人だけ、まだアンデッドになっていない人が走りながら逃走を続けていたが、これまでヨタヨタと歩いていたゾンビたちが目にも留まらぬ速さで襲いかかり、体中を食いつく。
あちこちを噛まれた人は力尽きてその場に倒れてしまい、彼に複数のゾンビが覆い被さる。
残念ながらその人は死亡したようで、地面に倒れ伏したままピクリとも動かなくなってしまった。
ゾンビに噛まれたら死んでしまうのも、向こうの世界と同じだ。
「むむむ……。せっかく元の世界に戻ってきたのに……」
まさか、現代世界にゾンビが出現するなんて……。
「B級ホラー映画かっての!」
とは言いつつも、五年間も魔王とその軍団と戦い続けた私なので、すぐに戦闘モードに切り替わった。
急ぎ『アイテムボックス』から、武器と防具を取り出して装着しようとする。
ところが……。
「魔王を倒した『勇者シリーズ』は使えないのか……。レベルが足りないからだな」
それならば、このゾンビたちを倒してレベルを上げ直すしかない。
「同じレベル1でも、向こうの世界に召喚された直後に比べたら全然強いんだ。魔王を倒したレベルまで上げれは……」
それに私には、五年間で培った戦闘の経験と知識がある。
私はもっと強くなるはずだ。
装備できない勇者シリーズを『アイテムボックス』仕舞うと、今度は別の装備を取り出して装着した。
「レザーアーマー、レザーブーツ、レザーシールド、レザーヘルム、青銅の剣。やっぱりこの辺が限界か……」
向こうの世界では、優れた資質がないと優れた武具を装備できなかった。
装備はできるが、かえって弱くなってしまう。
それはそうだろう。
レベル1が金属製のフルプレートを着けても、重さでかえって動きが鈍くなってしまうのだから。
いくら私が異世界の勇者でもそのルールからは逃れられず、優れた武具を装備できるようレベルアップに勤しんだものだ。
「だが今は、レベル1だから仕方がない」
私は装備を整えると、ついでに自室の中の物を手当たり次第『アイテムボックス』に仕舞い込んだ。
長年ワープアだったので、貧乏性になっているのだと思う。
同時に、これだけ町中にゾンビが溢れている状態だ。
この町だけこうなっているとは思えず、日本、いや世界中がこうなっていると想定しておいた方がいい。
「その場合、しばらく人類は以前の生活水準を保てないだろう」
様々な生活物資から、食料、水ですら不足する可能性が高かった。
せっかく『アイテムボックス』があるので、役に立ちそうなものは可能な限り収納しておく。
この貧乏性のおかげで、私は死なずに魔王を倒せたという事情もあったのだから。
「せっかく褒美に、金銀財宝を貰ったんだけどなぁ……」
この状況では売ってお金にできないし、今お金を得ても役に立つかどうか……。
現時点では、生活物資、食料、水の方が貴重だろう。
だからそれらをなるべく多く回収する必要があった。
ゾンビのせいで、私はすぐ異世界で勇者をやっていた時と同じく戦闘モードに切り替わった。
「スマホは……。まだネットが繋がっているのが奇跡だな。世界中で人々が次々とゾンビになり、生きた人間を襲って仲間を増やしている、か……」
SNSや掲示板の書き込み、有名動画投稿サイトなどなど。
そのすべてで、世界中の人たちがゾンビの大量発生を報告していた。
中には、動画の生配信中に後ろからゾンビに襲われてしまった人も。
「じきにこのネットも繋がらなくなることは確実で、電気、ガス、水道も使えなくなるだろう」
ならば、私がやらなければいけないことは……。
「行くぞ!」
支度を整え、部屋のものをすべて『アイテムボックス』に回収した私は、再びドアを開けた。
すると、片腕のないゾンビが再び襲いかかってくる。
だが事前に予想できたことなので、最小の動きでその首を刎ねることに成功した。
「ふう……。ひとまずはこれで……」
「あーーー!」
とはいえ、相手はアンデッドである。
たとえ首だけになって廊下に転がったままうめき声をあげ続け、首を失った体も二階の廊下をウロウロと歩いていた。
「アンデッドは、倒すのが面倒だよなぁ……」
まずはソンビの頭に『ヒール』をかけると、白い煙を出しながら肉が溶けていき、頭蓋骨だけが残った。
体にも『ヒール』をかけると、やはり肉が溶けて骨だけが残る。
「ふう……。召喚前のレベル1よりも強くて助かった」
残ったゾンビの体の骨の中に、灰色のビー玉くらいの玉が残った。
拾って調べてみると、魔力の塊なのがわかる。
異世界でも魔物を倒すと魔石が手に入るが、少し見た目に違いがあった。
「品質は低品位だな。なるべく早くここから離れよう」
なぜなら、残った骨はしばらくすると『スケルトン』になって復活するからだ。
残念ながら残った骨を砕いた程度ではスケルトン復活を止めることができず、スケルトンは中位のアンデッドなので、レベル1の私では不覚を取る可能性が高い。
今はゾンビだけを倒してレベルを上げる必要があった。
「まずは、一体でも多くのゾンビを倒してレベルを上げないと……」
倒したゾンビは、二階の隣の部屋の住民のはずだ。
あまり付き合いがなかっので、最初は気が付かなかったけど。
「あーーー」
「うーーー!」
隣人のゾンビを倒したら、二階の住民たちも全員ゾンビになっていて、自室のドアを開けて私に襲い掛ってきた。
私は青銅の剣で三体のゾンビの首を刎ね、『ヒール』で焼き溶かしていく。
「ちょっとごめんなさいね」
二階のゾンビを倒したあと、彼らの部屋のチェックを忘れない。
使えそうなものを『アイテムボックス』に収納していると、一人暮らしのお婆ちゃんの部屋には朝食が用意されているのを発見した。
「塩鮭焼き定食が美味い。お婆ちゃん、すまない」
これも生き残るためだ。
さらに食料と水を回収。
一階に降りると、残念ながら一階の住民たちも全員ゾンビと化していたので、青銅の剣と『ヒール』で倒していく。
青銅の剣で斬り裂き、『ヒール』でその体を溶かしていく。
最後に、ドロップした魔石の回収も忘れない。
やはり私は異世界に召喚された直後よりも強いし、五年間で戦い方が完全にしみついており、数体のゾンビ相手なら不覚を取る心配はなかった。
「レベル1だけど、異世界で懸命に覚えた剣技を忘れていなくてよかった。おっ! レベルが上がったぞ!」
住んでいたアパートの住民のゾンビ六体を倒したらレベルが上がった。
少し体が軽くなったので、レベルアップは地道に続けていこう。
「今の私は、召喚直後のレベル2よりは圧倒的に強いけど、油断はできない」
もしスケルトンや、さらに上位のアンデッドに遭遇したら、呆気なく殺されてしまう可能性が高い。
「……出勤は諦めた。急ぎレベルを上げつつ、生きるのに必要なものを確保しよう。ううむ……」
この状況でバカ正直に出勤したところで、もう給料も貰えないはずだ。
そもそも学校に向かうバスが、時間通りバス停に来るわけがないのだから。
「白井さんは無事だろうか?」
毎日用務員室で話していた彼女の安否は気になるが、この状況で学校に登校するとも思えず、用務員の私は彼女の家がどこにあるのかもわからない。
非正規待遇のおじさん用務員が、生徒の連絡先なんて聞いたら大問題になるに決まっているからだ。
今から彼女の安否を学校に尋ねたところで電話に出るわけもなく、今は彼女の無事を祈るしかなかった。
白井さんには悪いけど、今は私自身の安全の確保が最優先だ。
そう決意はしたものの、レベル1になってしまったので六体のゾンビに『ヒール』をかけたら魔力が切れてしまった。
「通常、一晩休んで魔力を回復させる必要があったが、多分このやり方でイケるはずだ」
私は、『アイテムボックス』から取り出した腕輪を利き腕に装着する。
どうやらこの腕輪は、低レベルでも装備できるようで助かった。
異世界では、かなり高レベルになってから手に入れた品だったからだ。
「『魔力補充の腕輪』。この腕輪の窪みの部分に、倒したゾンビから手に入れた魔石を嵌めると……」
瞬時に、まるで溶けるように魔石が消えてしまう。
そして、魔力切れになると発生する頭痛や眠気が消えた。
「そして『ヒール』」
レベルアップで増えた最大HPを治癒魔法で回復させると、また体が軽くなった。
この魔力補充の腕輪があれば、ゾンビを倒した時に手に入る魔石で魔力を補充できる。
これを使えば、短時間で多くのゾンビを狩れるはずだ。
無事に魔力の補充にも成功したので、私はまず生き延びるため、生活物資と食料の確保に向かうのであった。
レベル上げは、その作業を妨害するゾンビをすべて倒せば問題ないのだから。
「どうせ、理事長のバカ息子も出勤していないだろう。今後、あの学校が存続できるかも怪しい情勢だからなぁ」
まさか異世界に五年間も召喚されていたのに、召喚された翌日に戻れるなんて思わなかったが、ゾンビが出現するなんて想定外だ。
だがまずは生き延びて、そのあとどうするか考えよう。
「レベルが上がって余裕ができたら、白井さんを探しに行けるかな?」
それにしても、まさか自分の世界がゾンビで溢れかえってしまうなんて……。
えっ?
その力で世界を救わないのかって?
突然異世界に召喚されて命を懸けさせられたとはいえ、王様は私に礼を尽くしてくれたし、それに見合う報酬はいただけた。
だけどこの世界の私は、社会のお荷物『就職氷河期おじさん』でしかない。
前に言われたように、私は一人でどうにか生きていくので、世界を救うのは優秀なエリートや若者たちにお任せします。




