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第1話 異世界に召喚された就職氷河期おじさん、魔王を倒す

「ただいまぁーーーと言ってみたところで、幽霊すら出迎えてはくれないのは、やはり寂しいものかもしれないな。霊感でも身に着けるか?」




 定時で退勤できるこの仕事について喜びを噛みしめながら自宅近くのバス停で降りた私は、近くのスーパーで半額総菜を購入して古いアパートの二階にある自宅へと戻った。

 セール品の発泡酒を飲みながら運良くゲットした餃子とサラダ……生涯独身がほぼ決まっている私は、健康にも気遣わなければいけないのでちゃんと野菜も食べている。

 数日前にまとめて作っておいた浅漬けが、もうなくなってしまったのを忘れていたのは不覚だった。

 こう見えて自炊することも多いのだけど、今日は安い半額総菜がゲットできたので久々に楽をしたとういうわけだ。

 安月給だがちゃんと貯金もしているので、休日に安い食材を大量購入、それで夕食のおかずや職場に持っていくお弁当を作って冷凍することが日課だった。

 お酒も飲むが、今はちょうどセール品の発泡酒があるので、これを毎日一本ずつ飲んでいる。

 この年であまり飲みすぎると健康に悪いので、本格的な晩酌は月に何度かに留め、外に飲みに行くのは年に数回だった。

 外食だと物価高の影響で、同じものを飲み食いしても倍近い値段になってしまうからだ。

 なにより家族持ちの友人たちを誘っても、彼らは子供の学費やら、親の介護の費用やら、自分たちの老後の資金の確保などで、付き合ってくれる頻度が極端に減ってしまった。

 この仕事をするために引っ越した『神明町』には私の家族や友人が一人もいない、というのもある。

 孤独は健康によくないらしいが、この年で新しい友人を作るのも難しい。

 だから用務員室に、白井さんを入れてしまうのだろうけど。


「ふう、ご馳走さま。さあて、寝るか」


 なんとか暮らせているだけ私はマシなのかもしれないが、段々と人生に張り合いがなくなってきた気がする。

 とはいえ、もう無理をできる年齢ではない。

 このままできる限り用務員の仕事を続けて、退職後は年金と貯金で暮らす。

 私を介護してくれる家族はいないので、もし介護は必要になったら施設に入るお金も用意する必要があるのか。

 『老後の二千万円問題』が話題になったけど、はたしてそれだけの金額を貯めることができるのか。

 投資をやった方が……いや、もしマイナスになってしまったらと思うと、なかなか決心できない。

 でも、ただ貯金しているとインフレで目減りしてしまう。

 非正規の就職氷河期世代には、お金の悩みが多かった。


「お先真っ暗な話ばかりだけど、準備はしているからなんとかなると思うしかない」


 かといって、いわゆる『無敵の人』になって暴れるほどでもないというか、私はもう色々と人生を諦めているのだと思う。

 いや、諦めるというのも変か……。

 とにかく私には、自暴自棄になる気も自殺する気も微塵もなく、世間の言う普通の暮らしを諦め、自分なりに楽しみを見つけながら仕事をして暮らしているだけ。

 それが一番正しい表現だろう。

 運良く手に入れられた半額の餃子、普段は人気なので手に入らないのでツイていた。

 セール品の発泡酒も、言うほど不味くはない。

 そして休日には運動がてら、ブラブラと町中を散歩したりと。

 小さな楽しみはいくらでも見つけられるし、私は孤独を楽しめるようになっていた。

 それに通勤すれば、白井さんと話はできるのだから。


「明日は、中庭の木の枝を切らないとな。おやすみ」


 おかげさまで私はまだ健康なようで、それからすぐに寝付くことができた。

 そして翌朝、夢も覚えていない状態で目を覚ましたのだが、どうも様子がおかしい。


「おおっ! そなたが異世界の勇者殿か。突然召喚してしまった件は大変申し訳ない。だが、この世界は魔王によって滅ぼされつつあり、魔王を倒せるのは異世界から召喚された勇者のみなのだ。その功績には大きく報いよう。なので、魔王を倒してはくれないか?」


「……はい?」


「おおっ! 引き受けてくださるか!」


「(違う! そういう意味の『はい』じゃないです!)あのですね……」


「異世界の勇者の誕生だ!」


「「「「「「「「「「異世界の勇者様、万歳!」」」」」」」」」」


「ええっーーー!」


 あらためて周囲を見渡すと、私は安アパートの一室に敷かれた布団ではなく、石造りのお城の中に床に敷かれた赤い絨毯の上に寝ていた。

 さらに私を囲うように、昔漫画やアニメで見たファンタジー世界の兵士や貴族、そして豪華な玉座に座った王様と思われる人物まで確認してしまう。


「あのぅ……。ここはどこなのでしょうか?」


 私は今日も出勤しなければいけないので、異世界で魔王を倒している場合ではないし、就職氷河期の貧相なおじさんに魔王が倒せるとも思えない。

 なので一秒でも早く、出勤するために元の世界に戻してくれないでしょうか?

 そして魔王を倒す異世界の勇者ですが、もっと若い人を召喚し直してください。

 と訴えようと思ったのに、王様たちは大喜びしており、徐々に言い出しにくくなってしまった。

 

 いや、私が魔王なんて倒せるわけがないんだ。

 すぐに断らないと、ブラック企業をなかなかやめられなかった頃の二の舞……言えるかな?

 


 


「やっぱり夢じゃなかったのか……。今の日時は!」


 しがない独身の就職氷河期世代で、私立高校で非正規待遇の用務員である私であったが、もうすぐ夏休みという時期。

 自宅で寝ていたら、突然異世界に召喚されてしまった。

 まるで漫画やアニメのような出来事だったが、残念ながら夢ではなく事実であった。

 異世界の王様から、世界を滅ぼそうとしている魔王を倒してくれと頼まれて断れなくなってしまい、私は五年という年月をかけて魔王を倒すことに成功した。

 最初、もうすぐ五十歳のおじさんに無茶を言うよなと思ったが、魔族と魔物を倒すとレベルが上がって体が軽くなり、まるで若返ったかのような経験を連続して味わった。

 残念ながら、頭に混じり始めた白髪はなくならなかったけど……。

 さらに筋肉が増え、出っ張ってきたお腹は引っ込み、肌も綺麗になってきた。


「レベルが上がると身体能力と生命力が上がるから、若返ったに等しい状態になるのです」


「だから、アラフィフおじさんでも問題ないのか……」


 魔王を倒すと元の世界に戻れるということで、私は懸命に努力してレベルを上げ、武器の扱いや魔法を覚え、魔王軍配下の魔物や魔族を次々と倒し、ついに魔王本人も倒すことに成功した。


「申し訳ありません。魔王を倒した功労者である勇者様にはこの世界に残ってほしいのですが、異世界から召喚された人はこの世界に留まれる時間に限りがあるのです」


「いえ、お気になさらずに」


 最初は魔王亡き今、魔王よりも強い勇者がこの世界に残ると王様や貴族の地位が脅かされるから元の世界に戻されると思ったのだが、どうやら本当に異世界人は長期間この世界で暮らすことができないらしい。

 王様や貴族たちも、心から残念そうな表情を浮かべていた。


「その代わりといってはなんだが、十分な報償を渡そう。魔王が倒れたとはいえ、この世界はまだ混乱している。そなたがいれば心強かったのだが……」


「陛下、そのお言葉だけで十分です」


 王様は心の底から申し訳なさそうな顔をしながら、私に渡す褒美の詳細を教えてくれた。

 この世界に残るとしたら、貴族にすると言われて領地を与えられたかもしれないが、魔王とその軍勢に荒らされた土地だとすれば復興に大きな手間がかかる。

 それなら、手っ取り早く換金できる金銀財宝やその他、貴重なアイテムの方が嬉しいというもの。


「(少しずつ金や宝石を売って暮らすだけで、残りの人生を遊んで暮らせるのはいいよな)」


 もう二度と金持ちのクソガキたちにバカにされることもなく、悠々自適の日々を送れるのだから。


「(用務員なんてすぐに辞めて、あとはなにをして暮らそうかな。両親が持て余している、亡くなった祖父さんの家と畑を貰って、そこで自給自足の暮らしをするのも悪くないかも。都心にマンションを買って、毎日遊んで暮らす……。考える時間はいくらでもあるさ)」


「勇者コウゾウよ。そなたには本当に世話になった。元の世界に戻る前に盛大に祝勝会を開こうではないか。そして、そなたの功績は後世まで確実に伝えていこうと思う」


「光栄にございます」


 これまでろくなところで働いてこなかった私からすれば、王様が治めるこの国は最高にホワイトだった。

 魔王退治は命がけだったが、サポートは完璧だったし、それを達成したら莫大な報酬が出るのだから。

 若いころに働いていた、サビ残上等、やりがい搾取のブラック企業とは、比べるだけ失礼というものだ。

 約束どおり、元の世界に戻る前日には盛大な祝勝会を開いてもらい、その場で多くの褒美をいただくことができた。

 そして翌日。

 ついに私は、元の世界に戻ることになった。


「勇者コウゾウよ。名残り惜しいが、そなたがこの世界に存在できる時間は残り少ない」


「ちなみに、そのまま残っているとどうなるのです?」


「限界時間がきたら、当然元の世界に飛ばされるのだが、場所はランダムになる。つまり……」


「おかしな場所に送られてしまうと危険ですよね?」


「ゆえに、ある程度安全な場所に送る準備をする必要があったのだ」


 確かに、突然通行量の多い車道のど真ん中や、新幹線の線路の上、なんなら火山の火口や原子炉の中に飛ばされたら堪ったものでない。

 やはり王様は、ホワイトな雇い主だった。


「厳密な場所の指定は難しいが、確実に安全な場所に送れるよう、魔法使いたちに厳密に命じてある。勇者コウゾウのこれからの人生に幸あらんことを」


「お世話になりました」


「息災でな」


 最後の挨拶ののち、私は宮廷魔法使いが描いた魔法陣の上にのった。

 この魔法陣から特別な魔法を介在して元の世界に戻ることで、召喚時の不幸な事故を防げるそうだ。

 百パーセント絶対に安全とは言えないが、私が召喚直後にアクシデントに見舞われる確率は三京分の一だと教わった。

 ほぼゼロだし、これで元の世界に戻った直後に不幸なアクシデントに見舞われたら、これはもう運が悪かったと思って諦めるしかない。


「(王様がずっと上司だったらいいのに……)」


 用務員の私にも一応上司はいるが、その人物は学校を経営している法人オーナーのバカ息子だった。

 いわゆるFラン大学を出てから就職したがどこでも使い物にならず、その後は働きもせず遊び回っていたと聞いている。

 オーナーが可愛い息子に社会的な肩書と給料を確保するために私の上司ということにしているが、私は彼が働いているところを見たことがない。

 そもそも滅多に出勤しないし、したところで私をバカにするだけなので、別にいなくても問題なかった。

 私は就職氷河期だが、それなりに名の知れた大学を出ている。

 私が名前すら知らなかった大学を浪人、留年して卒業した彼からすれば、私をバカにすることで自分のプライドを保っているというわけだ。


「(とはいえ、この世界で五年も戦っていたんだ)」


 私はとっくにクビだろう。

 それでもまったく困らないし、むしろ今後あの学校で用務員として働かずに済むと思うと清々する。

 ただ唯一気になるのは、白井さんだ。

 とはいえ五年も経っていれば、もう大学すら卒業しているはずだ。

 

「(急にいなくなった私のことを心配してくれたのかな? まさかね。とにかく明日からは、気ままな無職暮らしだ)」


 それも、お金に困らない無職である。

 昔なら世間体を気にしただろうが、どうせ私は就職氷河期の負け組だ。

 身体能力と生命力が大幅に増えたおかげで体が軽く、これならしばらくは健康や老化に悩むこともない。


「(人はいつか死ぬし、それが早いか遅いかの差でしかない。だからこそ、自分のペースで生きられることがどれだけ素晴らしいことか)」


 大半の人たちは、会社や上司にこき使われながら生きていかなければならないのだから。

 そんなことを考えていたら、魔法使いがなにや聞いたことがない文言を唱え、その直後私は意識を失ってしまった。

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― 新着の感想 ―
 ホワイトな王様たち・・・昨今、聖剣とかよりレアな気がしてきました。
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