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プロローグ 就職氷河期世代の用務員は、今日も生徒たちにバカにされている

「なあ、就職氷河期世代って知ってるか?」


「知ってる知ってる。ネットで叩かれていた。まともに就職できない無能が多い世代だろう?」 


「どういう学生生活を送ると、正社員になれないなんてことになるんだろうな。俺たちの世代なら絶対にあり得ないっての」


「よほどサボってたんだろうな」


「ずっとサボっていたのに、老後に困窮したら生活保護で救済かよ。将来僕たちが払う税金の無駄遣いだっての」


「就職氷河期世代は努力できなかったんだから、困窮したら安楽死でいいよな」


「本当にそう思うよ。ところでこの学校にもいたよな、無能な就職氷河期が。ええと……用務員の……」


伊作いざくだろう? あの年で契約社員って、よほど無能だったんだろうな」


「俺なら恥ずかしくて生きていけないぜ」


「私なら自殺しちゃうかも」





 ジェネレーションギャップだろうか?

 荘厳な佇まいの要塞正面ゲートに似た校門前を竹箒で掃いていると、私の悪口で盛り上がる生徒たちがいた。

 彼ら、彼女らに、私たち就職氷河期世代の事情を話したところで決して理解してもらえないし、自分の考えを改めないだろう。

 人間の多くが、自分が経験したことしか理解できないというのもあった。

 現在の人手不足が叫ばれている世の中で、こうして非正規で用務員をしているオジサンは、よほどの無能に決まっている、と。

 私を含め多くの就職氷河期世代は努力を怠ったから、こうして非正規待遇で働くしかないのだと。

 私たちが就職氷河期時代の人間が、いくら時代が悪かったことを詳しく説明したところで、家が裕福でこの町の名門校私立『伴龍ばんりゅう高校』に通う彼らからすれば、無能なワープアの言い訳にしか聞こえないのだから。

 現在の若者は、よほど上を目指さなければ、普通に努力すれば就職に苦労することはないはずだ。

 一方就職氷河期世代の私は、せっかくの新卒切符を内定ゼロで無駄にしてしまい、ようやく就職できたブラック企業勤めで精神と心をすり減らして転職を繰り返し、年を取ったら『働かないおじさん』と言われ、リストラされてしまった者もいる。

 同級生にはヒキコモリもおり、5080問題を目の当たりしていた。

 そして、このまま人数が多い就職氷河期世代が年を取ってリタイアすると、将来国の厄介者として安楽死させられるかもしれない。

 もしくは、死ぬまで働かされるか。

 まさに踏んだり蹴ったりな状態だ。

 ただ、いくら嘆いたところで私の状況が変わるわけでもなく、それでも人は生きていかなればならない。

 そして私は、自殺する気もなかったからだ。

 私はブラック企業と勤めと非正規労働を転々としてきたが、慎ましく暮らしておりそれなりに貯金はあった。

 車も家も結婚も子供も諦めたからだが、老後に他人に迷惑をかけることは……少なくもお金のことではないはず。

 つまらない人生だと言われてしまえばそれまでだが、だからなんだと言いたくなってしまう。

 人の人生にケチなどつけず、自分の人生を楽しめばいいのに。

 生徒たちがわざと私の悪口を大きな声で発しているのは、私を挑発するためだ。

 彼らはこうやって非正規の用務員を挑発し、キレて怒鳴り声をあげたり詰め寄ろうとしたら、危害を加えられたと校長に訴え、逆に用務員側を追い込んでいく。

 彼らのせいで、すでに五人の用務員がクビになったと聞いている。

 こんな理不尽な話はないが、用務員は立場の低い契約社員でしかなく、向こうは親が学校に多額の寄付金をしている大金持ちだ。

 争いになれば、罰せられるのは用務員の方。

 私の前に用務員をクビになった人は、『君の代わりなどいくらでもいる』と校長から言われたらしい。

 なので私の悪口を言っている生徒たちの挑発に乗ったところで不利益しかなく、私は無視して黙々と掃除を続けた。


「(ガキのウサ晴らしのお遊び……にしては悪辣だけど仕方ない)」


 このことを教師たちに伝えたところで、なにか問題が解決するわけがないからだ。

 多額の寄付をしてくれる親の子供たちというだけで、教師たちは彼らを注意せずに見て見ぬフリを続けていた。


「(もう気にならないけど)」


 こういう連中は無視するに限る。

 それ以外は給料こそ安いが、そこまで仕事量が多くなくて休日も多いので、私はこの仕事を気に入っていたからだ。


「ちっ! つまんね」


「帰ろ、帰ろ」


 私が一向に挑発にのらないため、生徒たちは校門を出て帰宅してしまった。

 結局彼らは生まれがいいため、暴力に訴える勇気はない。

 偽りの被害を訴えて、私を追い落とそうとするほどの悪辣さもなく、やはりどこか甘ちゃんなのだ。


「(ようやく帰ったか……)」


 多くの生徒たちが帰宅し、校門前の掃除も終わったので用務員室のある離れのプレハブに戻ると、今日もいた。


「おじさん、今日も田島たちに挑発されてたの?」


 この高校の生徒は大半の家庭が大金持ちで、少なくとも表向きはお坊ちゃま、お嬢様が多い。

 だが、今私の目の前にいるのは、どこに出しても恥ずかしくない真正の『ギャル』そのものといった風貌の子であり、なぜか彼女は用務員室で放課後の時間を過ごすことが多かった。

 用務員のおじさんと、ギャルの女子高生。

 不釣合いなんてものじゃないけど、いつの間にか彼女がここに出入りするようになっていたのだ。 


「いつものことだからもう慣れてしまってね。無視していたら、つまらなくなったようで帰ったよ」


「たまには言い返さないの? 腹立たない?」


「それをしたら、私も前任者の二の舞だからさ。これも給料のうちってね」


「割に合わないね」


「割に合わなくても、人はお金を稼がないと生きていけない。この年になると次の仕事もなかなか見つからなくてね」


 今の世は人手不足だと言われているけど、実は引く手数多なのは若い人だけだ。

 相も変わらず、就職氷河期世代にはいい仕事がなかった。

 スキルだ、資格だ、経験だと。

 あれこれ注文がつけられるからだ。

 この日本という国において、一度脱落した人が復活できる可能性は低い。


「バカにはされるけど、ここの仕事はそう悪くないからね」


「ふーーーん、そうなんだ。お茶淹れるね」  


 まさに『ギャル』といった風貌で、校風に相応しくないとよく教師たちから叱られている子だけど、この子も裕福な家庭の子なのは言うまでもない。

 ギャルの格好をしているのは、教師や親への反抗心からなんだと思う。

 私の世代にもこういう子はいた。

 だから彼女は格好だけギャルで、放課後に夜遊びをするでなく、用務員室で時間を潰しているのだから。

 しかもこの子、見た目がギャルなのにお茶を淹れるのが上手だったりして、かなり見た目とギャップがあった。

 家庭でちゃんと躾けられている……裕福な家庭で、お茶の淹れ方なんて教わるものなのだろうか?

 お祖母さんに教わったとか?

 お茶を飲む仕草も上品で、いいところの子なんだなとすぐにわかってしまった。

 私をバカにする同級生たちにいい感情を抱いていないので、性格もいいのだと思う。

 そうでなければ、私も彼女を用務員室に入れないだろうし、自分の心情を話すことなんてないはずなのだから。

 それなのに彼女は、見た目が理由で教師たちからも同級生たちからも嫌われており、友人と一緒にいるところを見たことがない。

 だから用務員室に出入りするようになったのだと思う。

 それならギャルの格好をやめればいいと思うが、なにか譲れない理由があるのだろう。

 私と彼女は友達……ではないか。

 私は社会から、彼女は学校から、孤立している同類なのだと思う。


「そういえば、もうすぐ夏休みだね」


 私は夏休み中も出勤して、用務員としての仕事をこなさないといけないけど。

 カレンダーどおりのお休みと、お盆休みはちゃんとあるのが救いかな。

 若い頃に働いていたブラック企業にはそんなものはなかったから。


「そうだね。ねぇ、おじさん。ここに遊びに来てもいいかな?」


「ここに?」


 『せっかくの夏休みなんだから、友達と遊ばないの?』と言いかけたのをやめた。

 ギャルの格好をして校内で孤立している彼女に、夏休み一緒に遊ぶ友達はいないと思う。

 この高校だけでなく、小学校、中学校の友達もだろう。

 もし友達がいたら、せっかくの夏休みだ。

 一緒に遊ばないはずがないのだから。

 そして彼女は、家にも居場所がないのかもしれない。

 居場所があれば家に籠もるという選択肢もあるはずだし、家族とも折り合いが悪い可能性が高かった。


「私が出勤している間なら、まあ……」


「ありがとう」


 彼女の縋るような表情に負けて、ついオーケーと言ってしまった。

 本当は、こうして彼女が毎日放課後に用務員室で過ごす事自体が問題であり、ここを辞めたくない私は彼女を拒んだ方が安全だ。

 いつどんな因縁をつけられるかもしれないからだ。

 だけどもし彼女をここから追い出してしまえば、本当に行き場所を失ってしまうかもしれない。

 そう考えると、私は彼女のお願いを断れなかった。


「今さらだけど、親御さんはなにも言わないのかい?」


「うちの両親は、学業成績が良ければ放任主義だから」


 教師にも目をつけられている彼女だが、学業成績がとてもいいので決して退学にはならないそうだ。

 勉強では苦労した私からすれば羨ましい限りだ。


「騒ぎを起こさないで、それなりの大学に入ればなにも言ってこないから。学校も、たまに私の服装を注意するだけだし」


 下手に彼女を処罰したところで、卒業後の進路でいい大学に行く卒業生が一人減るだけだから、結局学校もこの子を放置しているってことか。

 それに彼女の場合、問題なのはそのギャルのような見た目だけだ。

 いや、それすらこの学校の基準であり、別に悪いことをしているわけではないのだから。


「おじさんの家族って、どんな感じの人たちなの?」


「普通かな」


 有名企業勤めだった父と、専業主婦の母。

 今のところは介護の必要もなく、ローンを払い終えた家で年金生活を送っている。

 そして私とは違って、有名大学から有名企業へと順調に駒を進め、若くして結婚、子供が二人いる兄。

 普通といえば普通の家族だけど、私はその普通ができなかった駄目な息子、落ちこぼれの次男として家族から嫌われていた。

 それでも若い頃に帰省をすれば、『頑張っていい会社の正社員になれ!』、『早く結婚して、子供を作って一人前の大人になれ!』と発破をかけられていた。

 だが四十歳を過ぎてからは、『老後、甥と姪に負担をかけられると迷惑だから、二度と実家に近づくな!』と言われ、言われたとおり以後は一度も帰省していなかった。

 絶縁とまでは言われていないが、『お前には失望した。顔も見たくない』といったところか。

 両親の葬儀くらいには呼ばれるのかな?

 甥と姪の結婚式には呼ばれるのだろうか?

 

「お互い連絡先は知っているから、なにかあれば連絡してくるんじゃないかな?」


「おじさん……」


「世間が言う普通から外れるというのはこういうことなのさ。夏休みもちゃんと勉強した方がいいよ」


「おじさん、噂だといい大学を出ているって」


「意味なかったけどね」


 バカなりに苦労して、兄ほどではないがそれなりの大学は出ているけど、当時はそれが就職に結びつかなかった。

 そして三十歳を過ぎれば、出た大学なんてどうでもよくなる。

 それが世間というものだし、むしろいい年をした大人が卒業した大学を自慢していたら、そいつは確実に今人生が上手くいっていない人だろう。

 

「さあ、そろそろ私も退勤なので、白井さんも家に帰らないと」


「どうせ家には誰もいないけど。夏休みはお菓子でも買ってくるから。じゃあね、おじさん」


「白井さん、また明日」


 年を取り、家族とも疎遠になって、友人も仕事や家族のことが忙しくて会わなくなった。

 そんな私が白井さんを用務員室に入れてしまうのは、本心では人寂しいのかもしれない。

 見た目はギャルだけど、校内でもトップクラスの美少女である彼女の背中を見送ってから、今日の仕事は終わったので、帰りにスーパーで買い物でもして家に帰るとするか。

 車すら持っていない私なので、退勤時間直後に校門前から出るバスに乗れるといいのだけど。

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― 新着の感想 ―
なろうにおいて用務員は最強のポテンシャル! 続きも楽しみです!
 コミック化する時は、この表現はソフトになると予測します。  〔事実は小説よりも奇なり〕などという、言葉は知りません。
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