第28話 戸高陸将補
「しまった! もう基地を囲うバリケードと門が落とされている」
「幸三さん、急がないと!」
「幸三さん、兵士たちが倒れています」
全速力で車を飛ばして稲美基地の正面ゲート前に到着すると、すでにゾンビとスケルトンたちが基地内に入り込んでいた。
正面門前に、厚手の服を着重ねた兵士たちが血塗れで倒れており、息も絶え絶えの状態だった。
このまま時間が経てば、確実に死んでゾンビになってしまうだろう。
「幸いにして、この基地周辺のゾンビとスケルトンは、すべて基地内に向かったようだな。『ハイ・ヒール』!」
「ハイヒール?」
「女性が履く靴じゃないから! 田島のリッチーを倒してレベルが上がったから、使えるようになったんだ」
瑠璃さんのボケにちゃんと突っ込んでから、私は血塗れの兵士たちを『ハイ・ヒール』で治療していく。
途中で魔力が尽きそうになるが、魔石を使って魔力を回復させていく。
兵士たちはかなりの重傷だったが、上手く治療することができた。
「これを急ぎ飲んでくれ、ゾンビにならずに済む」
続けて私は、治療をした兵士たちにアンチアンデッド薬を飲ませる。
「よくわからない謎の力で、ゾンビに噛まれた瀕死の俺たちを治してくれたあんただ。ありがたく飲ませてもらう」
「あんたたちの格好、学生時代によく遊んだRPGのキャラクターみたいだな」
「ゾンビにならずに済みそうだ」
傷が回復した隊員たちは、素直に謎の小瓶に入ったアンチアンデッド薬を飲み干してくれた。
「すまん、おかげで助かった。基地の四方を守る門が落とされたようだな。多分戸高司令は、基地中央部にある倉庫に置かれた司令部に篭って時間を稼ぐはずだ。必ず市ヶ谷から援軍が来ると信じて……」
隊員たちも、基地の司令も、本音では援軍は間に合わないと思っているはずだ。
それでも奇跡を信じて、一秒でも生き永らえるために倉庫に立て籠もったのだろう。
「では急がないと」
私たちは、基地に向けて走り出そうとした。
「我々も一緒に戦う!」
「いや、大変申し訳ないが、すべて終わるまで再びゾンビに襲われないように逃げていてくれ」
共にゾンビと戦うと宣言した兵士たちだったが、私はそれを強く断った。
「しかし!」
「悪いが、あんたたちかいるとかえって邪魔だ。これより、ゾンビとスケルトンを殲滅する!」
彼らがまたゾンビに噛まれるとかえって手間がかかってしまうので、心苦しいが私は隊員たちに待機を命じた。
すでにこの辺のゾンビとスケルトンはすべて基地に入り込んでおり、ここにいてもしばらくは襲われないと判断したからだ。
私たち三人は開いている正面門から突入し、まだ近くを彷徨っていたゾンビたちを、『ヒール』を纏わせたミスリルソードと銀の剣で斬り倒した。
ゾンビたちは傷口から大量の白い煙を吐き出したあとに骨と化すが、スケルトンになるまでまだ時間がある。
骨は放置して魔石も拾わずに、総司令部のある基地中央まで全速力で走っていく。
「幸三さん!」
「『野火』!」
またもレベルアップのおかげで使えるようになった広域火魔法を使って、集結しているゾンビを焼き払っていく。
唯一火魔法が効くゾンビは、次々と炎に焼かれて黒焦げとなり、最後には骨だけが残った。
「たぁーーー!」
「『ヒール』!」
瑠璃さんは銀の剣を振るい、楓さんは『ヒール』でゾンビとスケルトンを倒していく。
途中で魔力が尽きそうになると、私が装備させた魔力回復の腕輪に、これまで集めた魔石を入れて魔力を回復させた。
「いきます!」
続けて楓さんが背中に背負っていた水鉄砲を構え、司令部のある倉庫とその周辺に設置されたバリケードを囲うゾンビとスケルトンに聖水を浴びせた。
白い煙を出しながら弱っていくゾンビとスケルトンに、私と瑠璃さんがトドメをさしていく。
「一体も残すな!」
「はいっ!」
ゾンビとスケルトンの数は多いが特別個体はいなかったので、今のレベルなら三人で全滅させることができるはずだ。
私たちはひたすら戦い続け、司令部を包囲するゾンビとスケルトンを倒していった。
「やっぱりな!」
倒したゾンビの中にはすぐにスケルトンになり、後ろから私たちを襲おうとする個体もいたが、私はそれを事前に予想していたので見事返り討ちにすることができた。
「よくわかりましたね」
「中には、倒されてすぐスケルトンになるゾンビもいるのさ」
「急ぎ私たちを倒すため、という考えでしょうか?」
「多分そうだと思う」
やはり楓さんは頭がいいな。
単独のゾンビを倒すと、それがスケルトンになるまでの時間は完全にランダムで、どんなに短くても一時間はかかる。
だが集団で人間を襲う時は、スケルトンになるまでの時間が大幅に短縮される個体が出てくる。
そうすることで、味方の勝率を上げられるからだ。
異世界には、アンデッドよりも強い魔物、魔族はいくらでもいた。
それなのにアンデッドが厄介だと認識されていたのは、集団で強い力を発揮する特性にあったからだ。
「なあに、すべて倒せばいいのさ」
「それもそうだね! 行くよ!」
「まだまだやれます!」
私たちは、ただひたすらゾンビとスケルトンを倒していく。
この場にレイスが出現しないことを祈るが、やはりレイスの出現はアンデッドが集団でも、時間差でランダムにしか出現しないようだ。
一度も遭遇せずに助かった。
どれだけ戦っただろうか?
ようやく司令部の周辺から、一体残らずゾンビとスケルトンが消えた。
「ふう……。やったか……。そうだ!」
「「幸三さん?」」
「急がないと間に合わなくなる」
正面門近くでゾンビとスケルトンに襲われ、倒れていた国防軍員たちの治療はしたが、他の破られた門を守っていて噛まれた人たちの治療をしようと走っていく。
「すでに死んでいたらゾンビになることは避けられないが、生きていたら急ぎ治療すればゾンビにはならない」
「そうですね、急ぎましょう」
北門の外は山だったので、ゾンビに襲われずに無事だったが、西門と東門の近くに数名ずつの国防軍員が倒れていた。
「幸三さん、まだ生きているよ」
「急ぎ治す」
瀕死ではあったが、『ハイ・ヒール』で傷を治すと国防軍員たちの状態は落ち着いた。
そして、多数のゾンビとスケルトンを倒したおかげで『アンチアンデッド』が使えるようになった私は、数に限りのあるアンチアンデッド薬を使わずに、魔法で治していく。
魔法なら、ゾンビとスケルトンを倒すと手に入る魔石で魔力を回復できるからだ。
「間に合ったな」
「よかった」
「また新しい魔法を覚えたんですね。凄いです」
「異世界ではちゃんと使えていたんだけど、こっちに戻った際にレベル1になってしまって使えなくなっていたんだ。それをようやく思い出した感じだ。はい、これ」
柄ではないけど、多くの人たちを救ったからだろうか?
いや、瑠璃さんと楓さんと一緒に戦ったからだろう。
私は久々に充足感を覚えていた。
喉がカラカラなのに気がつき、『アイテムボックス』から冷えたスポーツドリンクを取り出して三人で飲み干していると、一人の男性が駆け寄ってきた。
「君たちはもしかして、いつも山奥の廃村から無線で情報を教えてくれた人たちかな?」
「はい。私じゃなくて、無線機の担当は楓さんですけど」
「そうですか。今日のことも含めてとても助かりました。自分はこの基地の司令である戸高陸将補です」
私たちに声をかけてきたのは、私と同年代と思われる迷彩模様の作業服を着た中年男性で、なんとこの基地の司令であるという。
まさか基地で一番偉い人が、まだどこかにゾンビが潜んでいるかもしれないのに、一人で私たちのところに駆け寄ってくるとは。
「戸高司令さん、急ぎ治療した人たちを収容しないと」
「まさか生存者がいたなんて……。ゾンビに噛まれた者は絶対にゾンビになってしまうと思っていたので……。おーーーい! 生存者がいるから急ぎ収容するんだ!」
戸高司令の命令で国防軍員たちが、私が回復させた仲間を回収し始めた。
そして作業をしながらも、私たちのことが気になっているようだ。
アンデッドを倒せて、ゾンビに噛まれた人を治せる謎の人だからだろう。
「助けてもらえてみんな感謝はしているのですが……」
「気持ちはわかります」
私たちのRPGのキャタクターのような装備に、手品としか思えない魔法。
そして、軍人としての訓練を重ねた自分たちがまったく歯が立たないゾンビやスケルトンを大量に倒してしまった。
ありがたいと思うのと同時に、怪しくも感じてしまうのが人間という生き物だ。
「司令! 市ヶ谷から応援を出したと通信が入りました!」
「本当か?」
生存者の収容を終えた直後、基地の中から一人の隊員が走ってきた。
戸高司令に、この基地に助けが来ると報告に来たのだ。
同時に、私たちに対し警戒するような視線も。
「(アンデッドを蹴散らすアンンデッド以上の強さを持つ人間だから怪しく思われて当然だろう)」
創作物のキャラクターのように、私たちに対し無邪気に感謝なんてするわけがない。
それはわかっていた上で私たちは彼らを助けたし、犠牲も最低限で済んだ。
私はそれでいいと思っていたし、瑠璃さんと楓さんも同じ考えであった。
「大変残念ですが、この稲美基地を放棄して、避難民たちと一緒に朝山駐屯地に向かってくれとのことです」
「やはり海側は危険か……」
確か、朝山駐屯地は山側にあったはずだ。
「朝山駐屯地に、この近辺の残存戦力と生き残った人たちを集め、近隣の市町村と協力して避難都市を作る予定だそうです。実は市ヶ谷ももうすぐ放棄して、日本政府と共に松代に移転すると」
やはり東京はアンデッドが多すぎて、放棄するしかないようだ。
それにしても松代とは……。
本土決戦ということか。
「わかった、すぐにここから撤収する準備を始めてくれ。応援が来たらすぐにここを発てるようにな」
「はっ! 了解しました!」
戸高司令の命令を聞いた国防隊員たちは、基地からの撤収命令を他の隊員や避難民たちに伝えるべく基地へと走っていった。
「これまでに市ヶ谷から入った情報なのですが、首都圏のほぼ全域がアンデッドによって占拠されてしまったそうです。日本の海沿いの他の都市もほぼ同じような状況で、逃げ遅れた多くの人たちもゾンビにされてしまい、これは推定ですが、日本人の生存者は全人口の一割ほどではないかと」
「とんでもないことになりましたね」
その犠牲の大きさもだが、一億体を超えるアンデッドを倒さなければ、日本人は日常を取り戻せないということか……。
「他国の状況も悲惨の一言で、まだ日本はマシな方らしいですけど……」
すでに統治機構が崩壊してしまい、連絡すらつかない国があると戸高司令は教えてくれた。
「ところで……ええと、あなた方は……」
「伊作 幸三です」
「白井 瑠璃です」
「坂田 楓です」
「戸高 良治です。みなさん、本当にありがとうございました。おかげで命拾いしました」
お互い自己紹介をしたのち、戸高司令は私たちに頭を下げた。
私と同じ就職氷河期なのに国防隊で順調にキャリアを積んだ人だから、私が一方的に苦手意識を持っていたのだけど、この人はいい人なんだな。
「やはり、我々にはついて行きませんよね?」
「ええ……」
「その方がいいと思います」
「……そうですね」
戸高司令は暗に、応援が来るまでに私たちにこの場を立ち去った方がいいと警告してくれた。
日本だけで一億体を超えるアンデッドがいるのだ。
下手に私たちが朝山駐屯地に合流すると、確実に対アンデッド戦の切り札として酷使されると。
「伊作さんたちなら、三人だけでもこのゾンビだらけの世界を生き残れるはずです」
「そうですね。戸高さんたちも必ず生き残ってください」
「戸高さん、元気でね」
「さようなら、戸高さん」
戸高司令からすれば、私たちがいた方が安全に朝山駐屯地に向かえるはずだ。
それなのに、私たちの力が日本政府や国防隊に酷使され、最悪使い潰されるのはよくないと考えて、私たちに離脱を促してくれる。
私たちは彼の忠告に感謝しつつ、乗ってきた車を走らせてこの場を離れるのであった。




