第27話 苦戦
「随分と大勢できたな……。全員、所定の配置につけ!」
ゾンビやスケルトンに矜持があるとは思えないが、一塊になって正面ゲート前に集まっていた。
あえて守りの薄い場所を狙わず、一番防御力が高い真正面から正々堂々と勝負をつけようとしている……わけがない。
町に一番近い正面門近くに多くが集まっただけだろう。
おかげで正面門に戦力を集められたが、すでに隊員の欠員は多く、避難してきた民間人たちにも防衛戦に参加してもらっていた。
どのみちこの基地が落ちれば、ほぼ全員が死ぬ。
もしもの時には逃げてもらうが、ゾンビもスケルトンも映画やドラマのように歩みが遅いわけではない。
女性や年寄り、子供では逃げきれまい。
それなら一縷の望みに賭け、市ヶ谷や日本政府から助けがくるまでこの基地を守りきるしかない。
そう説明をしたら大勢の民間人たちが志願してくれて、急ぎゾンビに噛まれても肌に齒や爪が届かないように、分厚い布の服を作って彼らに支給した。
隊員の着ている迷彩服や制服ではゾンビとスケルトンに対する防御力が皆無なため、ゾンビ出現直後は多くの犠牲者を出してしまった。
その後は、『国防隊員が、決められた軍服以外を着るわけにいかない! 規律違反だ!』という一部の意見を無視して、隊員たちに重ね着をさせたり、分厚い布の服を着せてゾンビに噛まれる数を減らすことに成功している。
もし市ヶ谷にバレたら懲戒処分を食らうかもしれないが、その時は私だけが処罰されれば済む話だ。
「戸高司令!」
「まだだ。もっと引きつけるんだ!」
残り少ないガソリンを使って火炎瓶を作成したが、一つも無駄にできない。
昨晩、例の山奥の廃村に避難している女性から、ガソリンをジェル状に加工することを勧められて可能な限り用意したが、ゾンビの数が多くて足りなさそうだ。
大切に使わないと。
「倒せはしないが、ゾンビはとにかく斬り刻んで動けなくして、スケルトンは砕くしかない」
これまで荒事には無縁だった民間人にはやってもらうには厳しかったが、とにかく一体でも多くのゾンビを戦闘不能にしてくれれば……。
なお、スケルトンは見た目からは想像もできないほど硬いし、力も強い。
その対処は隊員に……割り振れる余裕があればいいが……。
「戸高司令!」
「よし! 確実にゾンビに当てるんだ! スケルトンには効果がないから絶対に当てるな! 投擲!」
用意したジェル状のガソリンを詰めた火炎瓶が投げられ、それがゾンビに命中。
たちどころにゾンビは火炎に包まれた。
熱さなど感じないはずだがゾンビはその場で暴れ、体にへばりついたガソリンを指で取ろうとするが、ジェル状なのでそれもできない。
むしろ指先が激しく燃え上がり、これで最低でも引っ掻かれてゾンビになることはないはずだ。
ゾンビが燃え尽きるまで時間ががかるのは相変わらずだが、炎に包まれているゾンビはこちらを攻めるどころではなく、動きを止められたのでよかった。
とにかく今はゾンビを倒すことに拘らず、戦闘不能に追い込むことを優先していた。
「スケルトンが出てきたぞ!」
「車両を出せ!」
ガソリンがなくなりそうなのであまり動かせないが、正面門に迫ったスケルトンを前方に装着した金属塊や回転刃で砕いていく。
どうせ復活してしまうが、今は一秒でも時間を稼ぎ、東京からの応援を待つのが最優先だ。
「司令、今のところは順調ですね」
「そうだな」
順調ではあるが、またガソリンの在庫が大幅に減ってしまった。
アンデッドの中で一番弱いゾンビを倒すにも大量のガソリンが必要で、ゾンビはまだまだ沢山いる。
どう計算してもこの基地の陥落は防げないが、司令である私がそれを口にするわけには……。
「戸高司令!」
「西門に、少数ながらゾンビとスケルトンの集団がいます!」
「至急援軍を!」
「予備を回せ!」
やはり、ゾンビやスケルトンに矜持なんてなかったな。
正面門の敵が多すぎて、守りを薄くせざるを得なかった西門を窺う新たなゾンビとスケルトンの集団が出現したと報告が入った。
もし援軍を出さなければ、西門を守る少数の戦力では絶対に対処できない。
西門を破られて基地内に入られると、女性、子供、老人では自分の命すら守れないだろう。
もしそうなってしまった場合、そこに回す戦力は……もう予備戦力は西門に回しているので一兵も残っていなかった。
とにかく今は、西門を破られないようにするのが最優先だ。
「入らせるな!」
「この! この!」
火炎瓶のおかげで少数のゾンビは倒せたが、すでに正面門では隊員たちや民間人有志が、自作の剣、町で手に入れた刀を用いた接近戦に移行していた。
刀を習っている部下が見事ゾンビの首を斬り飛ばすが、それでもゾンビは動きを止めない。
民間人たちは恐怖のあまりその場に硬直してしまい、その隙にゾンビたちが彼らを自分たちの方に引っ張り込んだ。
「助けてくれーーー! ぎゃーーー!」
引っ張り込まれた民間人はゾンビたちによって服を噛み千切られ、露出した肌から食われていく。
しばらくすると悲鳴も収まり、どうやら死んでしまったようだ。
どんなに遅くても、半日ほどでゾンビになってしまうはず。
「キリがないどころか、敵が増えていますね」
「……」
この基地は、あとどれくらい保つだろうか?
今のうちに、残った車両にガソリンと食料、水を積んで女性や子供だけでも逃がすか?
しかしここから逃げ出したところで、どこに安全な場所があるのかもわからない。
最寄りの基地まで車で数時間だが、多分すでに向こうの基地も多くの民間人を受け入れているはずなので、新たな避難者を受け入れてもらえるかどうか。
間違いなく、食料と水が不足しているはずなのだから。
「(山奥の廃村は……)」
いや、彼女たちもわずかな人数でどうにか逃げおおせて、懸命に救援を待っている。
備蓄している食料や水が少なければ、受け入れてもらえないかもしれないのだ。
「司令! 東門から!」
「何事だ?」
なんと守りを固めていた東門が突如開き、そこから数台の車が全速力で基地を出て走り去ってしまった。
「どういうことだ? 退避の命令はまだ出していないぞ!」
「非戦闘員の老人や女性たちが、食料と水を盗んで逃げました」
「……そうか……。急ぎ、東門を塞ぐんだ」
国と国民を守る自衛官の義務として、私は可能な限り民間人の保護を優先した。
それなのに、その民間人が命がけでこの基地を守っている私たちを見捨て、自分たちだけで逃げてしまうなんて……。
「(腹立たしいが、今は残った人たちのことを優先しなければ)」
なにより今は、ゾンビとスケルトンと命がけで戦っている最中なのだから。
「気を引き締めていけ!」
とは言ってみたものの、守っていた民間人の裏切りで隊員たちの士気は落ちてしまった。
戦いに志願してくれた民間人の男性たちも同じだ。
これまではどうにか保っていた緊張の糸が切れたかのように、隊員と民間人に犠牲者が続出する。
そしてついに……。
「田中! 俺だ! 岬だよ!」
「岬、ゾンビになってしまったら、もう話なんて通じないんだ! 斬れ!」
「できません! こいつは、俺の幼馴染でずっと一緒だったんだ! ぎゃーーー!」
「岬ぃーーー!」
つい一時間ほど前まで一緒に戦っていた仲間たちがゾンビになってしまい、我々に襲いかかってきた。
かつての同僚や友達、知り合い、家族を斬ることができず、手が止まった者たちが次々とゾンビに引きずり込まれ、食い殺されていく。
「ゾンビたちを通すな!」
正面門を突破されてしまっても、子供たちを逃がそうと用意していた車両は、女性や老人たちに奪われてしまった。
ならば今は、正面門を守るしかないのだ。
「司令、もう西門は守りきれないそうです! 被害多数!」
「東門、南門にもゾンビとスケルトンの姿が確認されました!」
「遺憾ながら、四方のゲートと門を放棄する!」
ここを突破されても、まだ司令部を移した倉庫とその周辺に作っておいた防衛施設に籠もれば時間を稼げる。
「応援が来るまで、守りに徹するんだ!」
「そうですね、必ず市ヶ谷から応援が来るはずです!」
部下が私に合わせてくれて助かった。
とはいえ、多分全員が応援は間に合わないことに気が付いているだろう。
だが今は、一秒でも長く生き永らえたい。
誰もがゾンビに体を食われて、自分もゾンビになんてなりたくないのだ。
「落ち着いて、整然と下がっていくんだ」
ついに、これまでゾンビとスケルトンから守り抜いてきた基地の四方を守るゲートが陥落した。
あとは奇跡を信じて、基地中央にある司令部と最終防衛拠点を一秒でも長く守るだけだ。
これまで神様に祈ったことはないが、今回ばかりは神様に祈るしかない。
どうか神様、我々をお救いください。




