第25話 特別個体戦(後編)
「来てはいけないと言ったのに!」
「幸三さん、もう私たちは一蓮托生だって」
「そうですよ、結局コイツを倒さないと、私たちも遅かれ早かれゾンビにされてしまうので」
「それは……」
確かに二人の言うとおりなんだけど……。
「オマエ、シライカ!」
「田島、随分と落ちぶれたじゃない。ゾンビになんてなっちゃって」
同じ高校だから当然なんだけど、瑠璃さんと田島は顔見知りだった。
その仲が決して良好ではないのは、二人の会話で容易に想像できてしまったのだけど。
「オレハゾンビジャナイ! リッチーダ!」
「体が腐ったアンデッドには変わりがないじゃない。ついに性格だけじゃなくて、体まで腐っちゃったんだね。生前からだけど、くだらないことに拘って他人を見下して。あんたらしい惨めな最期よ」
「パバカツシテル、ビッチニハイワレタクナイ!」
「ふざけんな! お前こそ、そんなクソみたいな嘘話を本気にして! 私は処女だし、幸三さんに捧げる予定なんだ! お前は死ね!」
瑠璃さんに限ってパパ活なんてするわけがないが、校内でそんな噂が流れていたのか……。
エリート校とはいえ、陰湿なことをする生徒は存在するんだな。
あと瑠璃さん。
そういう発言を大声でしない方が……。
「クッ! リッチーデアルオレヲ、ソウカンタンニハタオセルワケガ……。ナンダ? コレハ?」
激昂した瑠璃さんと、あくまでも冷静な楓さんが次に投げつけたのは、口から火が出ている瓶だった。
もしかしなくても、それは……。
「カエンビンカ!」
リッチーに当たった火炎瓶が割れ、ガソリンと他いくつかの材料……良い子が真似しないようにあえて詳しく書かない……で作ったジェル状の可燃物がリッチーにまとわり付いて着火、その身を焼いていく。
「クソッ! トレナイ!」
確かにゾンビは焼き払えれば倒せるが、実はゾンビにとって火はそこまでの脅威ではない。
なぜなら、ゾンビの身をすべて焼き尽くす火力を確保するのも難しいし、ゾンビも無抵抗で焼かれるわけではないからだ。
ガソリンをかけて焼いた程度では倒せないのは、火葬にかかる時間を考慮すれば一目瞭然だろう。
だから田島も二人に侮蔑の表情を浮かべながらガソリンを振り払おうとしたが、体にへばりついたジェル状のガソリンを取り払うことは難しい。
「それ!」
「もう一本!」
続けて二人は、すぐに第二、第三の火炎瓶攻撃を加えた。
ますますリッチーは炎に包まれ、ジェル状のガソリンを取り除こうとした指先から燃え尽きていった。
「クソォーーー!」
激昂したリッチーが二人に襲いかかることを心配したが、火炎瓶の威力が想像以上で動けないようだ。
「これは想定外だな」
もっと威力のあるはずの火魔法や魔法道具でもリッチーの動きをここまで封じ込められないのに、ガソリンがジェル状になってるのがいいのかもしれない。
異世界では、火炎瓶を作るという発想すら思いつかなかった。
なぜかガソリンが存在しなかったから、というのもあるけど。
すでにリッチーの表面は黒焦げて、田島だとはわからなくなっていた。
「普通の人間でも、焼死するには時間がかかるって言うから、なかなか倒せないか……。そうだ!」
田島のリッチーの動きが止まっている今がチャンスだ。
私は、その手に持っていた火連爆を奴に投げつけた。
「アァーーー!」
すると大爆発が起こって、私たちの視界を一瞬だけ奪う。
そしてそれが晴れたあと、田島がいた場所にはなにも残っていなかった。
「骨すら消えている。やはり火連爆の威力は凄いな」
アンデッド三段活用の法則からして、すぐにスケルトンとして復活するが、とりあえずの危機は脱した。
「二人とも助かったよ……」
私は二人に駆け寄ってからお礼を言うが、同時に両頬を張られてしまった。
突然のことに唖然としていると、涙目の二人に強く叱られてしまう。
「私たちの身を案じているのはわかるけど、やっぱり一人だと危ないよ! 私たちも頼ってよ!」
「でも、二人はレベルも上がらないし……」
「もしあのリッチーに幸三さんが殺されていたら、次は私たちだったはずです。どうせ同じことなら、私たちも戦力にして、少しでも勝率を上げるべきです!」
「それに、幸三さん。あの凄い火力の道具でどうする気だったの? 動きが止められていなかったら、自分ごと自爆する気じゃなかった?」
「(うっ! 鋭い……)」
瑠璃さんに、火連爆を使ってリッチーごと自爆しようとしていたことを見抜かれてしまった。
「二人が一日でも長く安全に暮らせるように、少しでも時間を稼げればいいと思っていた」
「そんなことをしてもらっても嬉しくないよ! 死力を尽くすなら、三人で生き残れた方がいいに決まってる!」
「そうですよ! 反省してください」
「はい……」
私は、二人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
非正規の就職氷河期で、すでに人生は終わったと思っていた私は、偶然助けた二人が生き延びることが一番大切で、自分はいつ死んでも構わないと思っていた。
異世界で魔王を倒したことで、達成感というか充実感もあって、生への未練が少なかったのもあると思う。
だから私は、火連爆を用いた自爆戦法なんて考えたのだろう。
たけど、この二人の涙目とお叱りの言葉で目が覚めた気がする。
「私の人生、まだまだこれからかな?」
「そうそう、こんなに若くて可愛いお嫁さんがいるんだから」
「わっ、私もいますよ、幸三さん。こんな世界になってしまったので、幸三さんに若い奥さんが二人いても問題ないはずです」
「ちゃんと成人したらね」
「……幸三さん、変なところが真面目」
「ですよね」
「はははっ、そういう性格だから仕方がない。本当に助かったよ、ありがとう」
私一人で戦い続けていたらレベル不足が原因で、確実に田島のリッチーに殺されていたばすだ。
「おっと、こいつは特別個体だから経験値が多いはずだ。レベルはいくつ上がったかな?」
今は1つでもレベルが欲しい状況だ。
急ぎ確認してみると、なんとレベル65まで上がっていた。
「本来なら、勝てない相手に勝ったからだろうな」
予想以上にレベルアップしていてよかったけど、問題は今後ゾンビやスケルトンを倒しても、ますますレベルが上がりにくくなった点だ。
それなのに今の私は最盛期の十数分の一の力しかなく、この世界でレベルが上がりやすい強い魔物は、特別個体以外存在しないのだから。
「特別個体を探して討伐……。現実的じゃないなぁ」
「幸三さん、この数字ってなに? レベル25だって」
「幸三さん、私もレベル25って頭上に表示されています」
「ええっーーー!」
驚いたなんてものじゃない。
リッチーという強敵を、私と瑠璃さんと楓さんのパーティで倒したという扱いだから、二人もレベルが上がった?
不可思議な現象だが、これで二人は私がいなくなっても生きていけるはず……。
いや、違うか。
私はなにも反省していないな。
「新たな、アンデッド討伐パーティの誕生だ」
「やったね!」
「幸三さん、頑張って生き残りましょうね」
だからといって、この世界を救うなんて大言は吐かないのがこのパーティらしいというか、特別個体の中でも最弱に近いリッチーにここまで苦戦したので、不可能だと合理的に考えただけとも言えるのだけど。
「カタカタカタ……」
「っ! もうスケルトンとして蘇ったのか!」
火連爆で骨の欠片も残っていないから復活には時間がかかると思ったが、こうも早く復活したのは元々リッチーだったからか?
田島は瞬時にアンデッド三段活用を生かし、スケルトンとして蘇った。
ただ……。
「田島って、前はリッチーだったから話せたのに、スケルトンになったら喋れなくなった?」
目の前にいる田島のスケルトンは喋れない……いや、歯をカタカタと鳴らしてなにかを懸命に伝えようとしていた。
残念なことに、私にはスケルトンの言葉がわからないので、彼がなにを言っているのかわからなかったけど……。
「いや、田島のことだから私を見下す発言を続けているのかな?」
スケルトンになってまで、私を見下す。
ある意味、哀れな奴だ。
「幸三さん、ゾンビの特別個体であるリッチーだから、スケルトンの特別個体になるって話でもないんですね」
「実はそうなんだ」
ゾンビがスケルトンの特別個体になって成り上がるというケースがある一方、リッチーがただのスケルトンになって成り下がることもある。
それが、アンデッド三段活用であった。
「カタカタカタ」
「まだなにか言ってますね」
「こうなってしまっては、半ば同情を禁じ得ないな」
この私が田島に同情する。
それはつまり、田島が落ちるところまで落ちてしまったと私が思った証拠でもあった。
「田島のことだから、逆ギレしてそう」
「早く終わらせてあげるか。はい、どうぞ」
私は、『アイテムボックス』から取り出した銀の剣を二人に手渡す。
すでにレベル25となった二人は、銀の剣を使えるからだ。
「田島、最後に遺言はある?」
「カタカタカタ」
瑠璃さんの問いに、やはり田島のスケルトンは歯をカタカタと鳴らすのみであった。
「なにを言っているかわかりませんね」
「私もわからないし、だからってスケルトンを放置する理由にはならないな」
「カタカタカタ」
「「「はいはい、もうわかったから」」」
私たち三人によって銀の剣で斬られた田島のスケルトンは、ボロボロになって崩れ落ちた。
次はレイスとなった田島と再会するかもしれないので、これからもしっかりとレベルを上げていかないと。
それにしても、まさか二人のレベルが上がるようになったなんて……。
リッチーの出現と合わせて、世の中では想定外のことが起こるものだ。




