第21話 お休み
「冷蔵庫は一つでいいかな? いくつか置いて、色々と入れておこうか?」
「それはやめた方がいいと思います。食材はギリギリまで『アイテムボックス』に入れておいた方が悪くならないですから。特に生鮮品は使う直前まで、『アイテムボックス』に仕舞っておいた方がいいです」
「幸三さんのおかげで、今もお刺身が食べられるのはいいよね」
「スーパーのやつだけど、普通に美味しいからね。だけどパックの刺身がなくなったら、丸の魚を下ろして刺し身を作るしかないな」
「幸三さんはできる?」
「やったことはないなぁ」
「私もだけど、魚の下ろし方も料理本に書いてあるから、練習すればイケるかな?」
「私も魚の下ろし方を覚えたいです」
山奥の廃村に、三人で住み着いてから一週間。
女子高生たちとの共同生活にも、だいぶ慣れてきた。
周囲に張り巡らせた結界を維持しつつ、まずは自宅庭の狭い畑を耕し、葉野菜などの種を蒔いてみたり。
山で食べられそうな野草や山菜、木の実を集め、渓流で釣りをしてみたりと。
料理は、瑠璃さんと楓さんが作ってくれるので、正直悪くないというか。
問題なのは、この世界の人類がアンデッドに対抗できるかどうかなのだが、無線通信で生き残っている人たちを探している楓さんの表情は険しかった。
「最初は通信できても、数日で返事が返ってこなくなったり、助けを求める通信を最後に音信途絶になったりと。あまりに遠すぎて、助けに行くことも……」
「現状、助けに行く余裕は……」
「私たちの安全が優先だものね」
「ここから一番近くにある国防軍の基地とは定期的に連絡が取れていますが、向こうも避難民を抱えた状態で基地を守るのが精一杯だそうで、東京から援軍がこないと救援にも来れないそうです」
「日本政府がゾンビたちに反撃を開始するにしても、まだ時間はかかりそうだな」
すでに政府機能が崩壊している可能性もあるけど。
楓さんによると、その国防軍の基地の方でも日本政府の正確な状態はわからないそうだ。
すでにネットも電話も繋がらず、誰かに東京まで様子を見に行かせるのも危険で、無線で問い合わせるしかないからだろう。
「焦ってもいい結果は得られないから、今日は予定どおり休もう」
今のところこの廃村は安全だし、みんな色々とあって疲れているはずだ。
なので今日は、お休みということにした。
「幸三さんが一番疲れているからね」
「幸三さんは、ちゃんとお休みした方がいいですよ」
「私も、若くはないからねぇ」
とは言いつつ、レベルアップできるようになった影響で異世界に召喚される前よりも疲れにくくなった。
なによりハードワークは、若い頃から慣れているというか……。
非正規か、ブラック企業勤めで給料が安く、残業が多いのに、残業手当はつかず、休みも少なかったからだ。
会社に待遇の改善を求めると、『お前らの代わりはいくらでもいる!』と怒鳴られて終わりだった。
そんな待遇で働いていたので、今は自分のペースで働けているのでストレスがなくていい。
「(むしろ、魔王退治の方がホワイト感あったからなぁ……)」
異世界で魔王を倒すという困難で命がけの仕事よりも酷い待遇だと感じる、日本のブラック企業ってある意味凄いと思う。
ただ、ゾンビが出現してから一日も休んでいなかったのも事実だ。
早くレベルを上げたいが、長丁場になるので無理は禁物だろう。
「なにをしようかな?」
とはいえ、この状況でどこかに出かけるのも問題なわけで、廃村の中でなにをするか考えた結果……。
「ふう、休んでる感があるな」
廃村の外れに流れている川の河原にパラソルとチェアーを置き、寝転がって冷えたハイボールを飲んでいた。
オツマミも色々と用意してある。
夏なので泳いでもよかったけど、酔っ払って川に入ると危険なので、河原で涼むだけだ。
今は七月なのでとても暑く、ゾンビはますます腐ってしまいそうだし、実際腐るが不思議なことに腐りきって骨だけになることもない。
見た目がますます気持ち悪くなり、臭いが酷くなるだけだ。
そういうところは不思議だよなと思いつつ、人気すぎてプレミア価格でしか売っていない国産ウィスキーで作ったハイボールを飲む。
これまでなら年に一度か二度の贅沢だったが、食料と物資を集めるついでにお店にあったものを大量に拝借してきた。
このまま放置してもゾンビに飲まれてしまうか、そのまま放置されるだけなので、それならば私が有効活用しようと。
そのおかけで、死ぬまでお酒には不自由しないと思う。
私は沢山飲むわけではないが、お酒が好きだ。
これまではずっと安月給だったので、発泡酒とか安いお酒専門だったけど、今後は毎日高いお酒が飲める。
こんな世界になってしまったが、唯一いいところだろう。
「それだけでも、この廃村に逃げてきてよかった思う」
「幸三さん、お酒って美味しいの?」
「私も知りたいです。お父さんが美味しそうに飲んでいたので」
「人によるかな?」
河原でビキニの水着姿で水遊びをしていた瑠璃さんと楓さんがやってきて、私にお酒は美味しいのかと尋ねてきた。
美少女女子高生二人のビキニ姿は絵になるしいい目の保養になるが、邪な感情が湧かないのは、私の意志とレベル上昇のおかげだろう。
私が学生の頃は、今ほどコンプライアンスが厳しくなかったので未成年でもお酒を飲んでいた。
だけど今はそういうのに厳しいから、二人はお酒を飲んだことがないようだ。
「好きな人はハマり、そうでない人はわざわざ飲まない。飲まなくても死ぬわけではなく、まさに嗜好品の王様だよ」
「あっ、このウィスキー。お父さんがもの凄く欲しがっていたやつです。高くて買えないけど、いつか手に入れたいって」
このところ海外人気もあって、一部の国産ウィスキーは手に入りにくかった。
定価以上のプレミア価格で売られているのが当然で、私もゾンビが出現しなければ、たまに清水の舞台から飛び降りる覚悟で、お店で一杯だけ頼んで大切に飲んでいたはずだ。
就職氷河期でずっと安月給だった私は、たまに居酒屋に飲みに行くことすら貴重なイベントだったのだから。
無人となったショッピングモールに、マニアも通うお酒の専門店があって本当にツイていた。
泥棒じゃないかって?
放置していたら、腹を空かせたゾンビにすべて飲まれてしまうかもしれなかったので、仕方のないことだったのだ。
せっかくのいいお酒をゾンビに飲ませてしまうなんて、これ以上の損失はないし。アルコール分の高い蒸留酒は飲むだけでなく、消毒やゾンビを燃やす火炎瓶の材料にもなるのだから。
「幸三さん、私にも飲ませて!」
「駄目、成人してからでないと許可できません」
「こんな状況なのに?」
「こんな状況だからです」
私は、二人の保護者みたいなものなのだから。
「他に高級なお茶とかジュースもあるから、それを飲んでください」
「これ、高くて買えなかったんですけど、美味しいですね」
楓さんは、高級なジュースを美味しそうに飲んでいた。
私は健康のために甘い物は控えめにしているので、『アイテムボックス』に集めた非アルコール飲料は二人で思う存分楽しんでほしい。
「ジュースも美味しいけど、お酒も飲んでみたい」
「まあまあ、成人になったら高いワインを開けてあげるから」
「それって、ボジョレーヌーボーとかってやつ?」
「ボジョレーヌーボーは新しいフレッシュなワインを楽しむためのものであって、そこまで高くないから。ちなみに、これなんて一本三十万円くらいする」
私は、町の酒屋で手に入れた超高級ワインを『アイテムボックス』から取り出して二人に見せた。
「これが、一本三十万円……」
「税込みだと、三十三万円です」
「「高っ!」」
「成人したらこれを開けてあげるから、今はアルコールは禁止です」
こんな状況になったからこそ、大人の私が未成年者の飲酒を阻止しなければいけないのだから。
「食べ物も色々とあるから、それも食べるといいよ」
「美味しいですね。大切に食べないといけませんけど」
「二度手に入らないかもしれないからね。これ美味しいね」
ゾンビが世界中を席巻したせいで、現在食料も含めて様々な物の生産、輸送、販売が止まり、今後いつ復活するか不明だからだ。
特に近代的な手法で製造された加工食品の類は、二度と拝めない可能性もあった。
「世界中でサプライチェーン網が途切れたし、こんな時に海外からなにか輸入できるわけがない。これまで当たり前に手に入ったものが一切手に入らなくなる」
特に日本は、食料の海外依存度が高いのだから。
ゾンビの襲来で日本人にどのくらいの犠牲者が出たかわからないけど、せっかくゾンビから生き残っても、食べ物がなくて飢え死にするか。奪い合いで同じ人間に殺される人が出てくる可能性も高いと、私は思っていた。
魔王退治の旅路でも、直接魔物や魔族に殺された人たちと同じくらい、食べ物や水などを巡って人間同士で殺し合う不幸な光景を目撃したのを思い出した。
「なんとも、やりきれない話だけど……」
こんな時に農作業や畜産の仕事、食料品の生産、店舗での販売や調理なんてやってる場合じゃないし、町に残された食料は今頃、ゾンビに食べられているはずだ。
ゾンビに消化能力なんてないが、体の腐ったゾンビに食べられた食べ物は細菌などに汚染されているし、ゾンビのお腹の中で腐っていくだけだ。
それも含めて、今後町中で疫病が発生する危険もあり、慣れない避難生活で病になる人も増えるだろう。
病院もやっていないし医療品も不足しているので、いつもならすぐに治る病気でも死んでしまう人が出てくるはずだ。
「ゾンビに襲われるだけでなく、これからは文明的な生活が維持できなくなって、それが原因で死んでいく人が増えていくってことですね」
「そうなる可能性が高いと思う」
この世界がそんな世紀末的な状況になるのを防ぐためには、一日も早くこの世界に出現したアンデッドたちを駆除しなければならないが、残念ながらそれは難しいと思う。
私はアンデッドを倒せるけど、この世界にいるアンデッドの数を考えたら多勢に無勢なんてものじゃないからだ。
なにより、私以外にアンデッドを倒すとレベルアップする人がいるとも思えず、そうなると物理的なダメージで倒せないアンデッドに人類は対抗できない。
だからこそ私は、残りの人生を祖父さんが住んでいた廃村で暮らそうと決めた。
人間が滅ぶことが避けられないが、私は死ぬまで余生を過ごせるかもしれない。
そう考えたのに、つい瑠璃さんと楓さんを救ってしまったわけだけど。
ただこの二人に限っては、もしかしたら死ぬまでこの廃村で安寧に暮らせるかもしれない。
どういうわけか、この世界のアンデッドは高度が高い土地に侵入しにくいようなので。
「(とにかく今は、一日一日をできるだけ楽しみながら生きていくしかない)」
もしかしたら、私も想像できない方法でアンデッドを駆除可能かもしれない。
または、アンデッドが跳梁跋扈する世界でも、人間がしぶとく生き残って生活できるようになるか。
なんといっても、地球に人類は八十億人以上もいるのだから。
現時点で、どのくらい生き残っているのか不明だけど。




