第18話 生き残っている人たち
「ええと……。土は耕したから、あとは肥料をすき込んで……」
「幸三さん、田んぼはしばらく無理そうだね」
「まず、どうやって長年放置された田んぼを回復させるのかがわからないからね」
「幸三さん、こっちから通信していますけど、誰も出ません」
「本があっても、アマチュア無線ってやったことがないから難しいよなぁ……」
家と村の中は安全になったので、まずは家の庭にある小さな畑を耕して、野菜の種を植えてみることにした。
なお最初は、狭い家庭農園からのスタートなので、耕運機はホームセンターで手に入れたカセットボンベで動く小型の物を使っている。
ぶっちゃけ、種も肥料も他に必要な道具も、すべてホームセンターで売ってたものだ。
他の廃屋の中に、農家が使うような本格的なコンバインが残っていたが、壊れているから使えなかった。
さすがに、それを修理する能力は私にはない。
そして外の様子を少しでも知ろうと、楓さんがお店から回収してきた無線機を使って通信を試みているけど。残念ながら三人とも無線の知識には乏しく、楓さんがアマチュア無線の本を読みながら、通信を試みているところだ。
だけど、なかなか成果が出なかった。
アマチュア無線という趣味自体が、今の世の中でやっている人が少ないからだと思う。
私が高校生の頃、学校にはアマチュア無線部があったけど、最近はとんと聞かなくなっていたからなぁ……。
「農業は、本に書かれたとおりにやってみるしかないよね」
「幸三さん、農業の本まで集めてきたんだ。気が利くよね」
「ネットが繋がらないとなると、知識は本頼りになると思ったからね」
娯楽品の漫画や小説はなくても生きていけるが、様々な知識が書かれた技術系の本は今後必要になるかもしれない。
なぜなら、もうネット経由で知りたいことを検索できないからだ。
その昔、確実な情報の保存方法は石に刻むことで、その理由は数万年も残っているからなんて冗談があったけど。実際便利なデジタルでの保存方法は、ゾンビのせいで使えなくなった。
サーバーやデータセンターは、たとえ壊れていなくても電気がないと稼働できないのだから。
なので私は、できる限り紙の本を集めていたのだ。
「電子書籍は全滅というか、もう見れないから」
「ネットに繋がらないからね。書籍のデータをダウンロードでもしていたら……。そんな人いないか」
「……私、本は電子派だったので、蔵書は全滅です」
「……紙の本はちゃんと集めているから、ジャンルやタイトルを言ってくれれば、あればあげるけど?」
「幸三さん、ありがとうございます!」
よほど嬉しかったようで、楓さんは私に抱きついてきた。
この子も、この村で生活でだいぶ明るくなってきてよかった。
「(私はこの子たちの父親代わりとして、しっかりと守っていかないと)」
もし将来、この世界からゾンビがいなくなったら、この子たちも普通の生活に戻って、将来は結婚なんてしたりして。
そうなったら私も、結婚式に呼んでもらえるのかな?
就職氷河期の用務員のおじさんなんて、誰も結婚式になんて呼ばないか……。
★★★★
『こちら、〇〇県にある旧〇〇地区です。ゾンビから逃げ出すことに成功した私たちは、現在三名で生活しています。生存者の方はいませんか? 現在、世界はどうなっているのでしょうか?』
「ほほう、廃村に逃げ込んで生き延びているのか。珍しいな」
「司令、助けに行きますか?」
「行きたいのは山々だが、残念ながらそんな余裕はない。なにしろこっちも、毎日生き残るだけで精一杯なんだから」
突然日本各地の海岸や港から、大量のゾンビとスケルトンが上陸。
奴らは逃げ惑う大勢の人たちに噛みつき、引っ掻き、仲間を増やしていった。
そしてゾンビになった人たちは、さらに他の人たちを襲って、瞬く間にゾンビは増殖していく。
一体どれくらいの人たちが、ゾンビから逃げ延びることができたのだろうか?
それは私にもわからない。
私は軍人で、この稲美基地の司令であったが、たまたま基地で任務にあたっていた隊員たちと、基地に逃げ込んだ民間人たちを保護するので精一杯だったからだ。
そのあとは、ゾンビたちに基地内に入り込まれないように基地の敷地全体を囲うフェンスを補強し、出入り口にはバリケードを築き、基地に襲いかかるゾンビを撃退することしかできなかった。
町に出て、逃げ遅れた民間人を救出するどころではなかったのだ。
このところこの基地を襲おうとするゾンビの数が減ってきたが、まったく油断できない。
いつ再び、大量のゾンビの群れがこの基地に襲いかかるか、誰も予想できなかったからだ。
発電機のおかげで通信室は稼働しているので、外部と連絡を取ることを試みると、市ヶ谷や他の国防隊の基地は無事だったようだ。
だが、この基地を救援する余裕がないらしい。
現代の日本において軍人の数などさほど多くもなく、さらに全員が無事とは思えない。
特に非番だった者たちは、基地に戻れずゾンビにされてしまった可能性が高いのだから。
なお、警察や消防がどうなっているのかも不明だ。
日本の役所は縦割りで、横の連携などあってないようなものだからだ。
市ヶ谷からは、『救援を出せるようになるまで頑張ってくれ』という趣旨の返答しか貰えなかったし、我々も他の基地に救援に行く余力がなかった。
そんななかで通信機を使って情報を集めていると、少なくない数、無線通信を使って外部と連絡を取ろうとする、個人、集団が確認できた。
通信兵に、彼らのいる場所を記録しておくように命じておく。
いつか、助けに行けるかもしれないからだ。
あくまでも、『助けにいけるかもしれない』であったが。
通信兵が生存者からの通信を傍受していると、新たに無線通信をしてくる女性の声が入ってきた。
だが、彼女が伝える場所はかなりの山奥だった。
その地区出身の隊員に聞いてみると、すでに廃村となった村らしい。
「ゾンビは海から上陸してきたから、山奥の村は避難場所としてはいいかもしれない。だが……」
運良く東京から応援が来たとしても、そこまで助けに行けるかどうか。
その前にゾンビにやられてしまう可能性もあるし、なんなら我々だって決して安泰ではないのだから。
「今のこの日本に、いや世界に安全な場所があるとも思えないが……」
それでも私たちは生きている。
最後の最後まで生に縋り付くことを決意し、そのための努力は怠っていないが、なかなか他の人たちに手を差し伸べる余裕はなかった。
自分たちのことで精一杯。
悲しいことだが、それが現実だったのだ。
「(まずは自分たちの安全と生存なんだが……)水は井戸があって助かっているが、食料はどうなんだ?」
「少なくない殉職者と、協力してくれた市民たちの犠牲もあって、周辺の町からかき集めた物がかなりありますが、どんなに節約しても残り二ヵ月分といったところです」
食料、物資の管理と配給を担当する部下が、私に報告する。
運良くゾンビにされなくても、我々は飢え死にの危機に瀕していた。
ゾンビ相手に国防軍の装備は効果がないわけではないが、効率が悪いし、なにより平時の国防隊の弾薬と燃料の備蓄量では心許ない。
そうでなくても我々は、これまでのゾンビとの戦いでかなりの装備、弾薬、燃料、物資を失ってしまったからだ。
「司令、基地を窺うゾンビの中に……」
「……」
この基地で任務にあたっていた、かつての部下たちの姿もあった。
民間人たちを救うため、可能な限り基地内に食料と物資を運び込む作戦で犠牲になった者たちなので、胸を引き裂かれる思いだが。もし基地に攻め込んできたら銃撃で蜂の巣にし、砲撃でバラバラにし、火炎放射器で焼き尽くさなければならない。
本当は遺体を収容して荼毘に付したいところだが、それは不可能どころか新たな犠牲者を増やしてしまう行為なので、絶対にできなかった。
「司令、助けは来るのでしょうか?」
「……そう思うしかない。そうだろう?」
「はい」
部下が不安になるのもわかる。
なにより、東京湾からゾンビの大集団が上陸したという情報があるので、はたして市ヶ谷と政府にこちらを救援する余裕があるかどうか……。
「不安な気持ちになるのはわかるが、それが他の隊員や民間人たちに広がるのが怖い。なにより、ゾンビたちに対し隙を生む。気をつけてくれ」
「わかりました」
はたして、本当に助けが来るのか。
それとも来ないのか。
深く考えるのはやめよう。
とにかく今は、その日一日を生き抜くことが大切なのだから。




