第11話 スケルトン
「異世界に召喚されて、魔王を倒していたんですか?」
「信じるも信じないも坂田さんの自由だけど、この能力はその時の名残りだよ。手品だと思ってくれてもいいけどね」
「手品のわけないですよね。なんの仕掛けもないのに、なにもないところからコンビニ弁当やペットボトルの飲み物、そしてコンビニスイーツまで……。白井さん、全然動じていませんね……」
私の説明を神妙に聞く坂田さんとは違って、白井さんはカツ丼と追加で親子丼を平らげ、コンビニケーキを二つも食べていた。
よほどお腹が空いていたのだろう。
「えっ? おじさんがもの凄く強くなっていたり、数日前に比べると筋肉がついていたり、肌もかなり綺麗になって若返った感あるのは、五年も異世界で戦っていたからなんでしょう? で、このコンビニ弁当やスイーツは、ゾンビのせいで誰もいなくなったコンビニから回収してきたと。『アイテムボックス』って、そこに入れておくと食べ物が悪くならないんだ。凄いよねぇ。そんな内容の漫画を前に見たことがあるよ」
「驚かないんですね」
「だって坂田さん、突然ゾンビの群れが海から町に上陸して町の人たちを襲ったんだよ。B級ホラー映画じゃあるまいしって言いたいけどそれは現実で、おじさんが異世界で魔王を倒してたって聞いても、なんか今さらな気が?」
「この三日間、あり得ないことばかりですからね……」
「事実は小説よりも奇なり、だよ。そういえばこのコンビニ弁当だって、これまでの常識から言えば、おじさんが町のコンビニから食料を持ってきたのは窃盗だけど、じゃあそのままにしていたら、とっくに腐って食べられなくなってたよね? 過去の常識に囚われず、生きるためにそれらを回収したおじさんの機転は凄いと思うな」
「……これまでの常識が通用しない……ですか」
「坂田さんは、生徒会長にゾンビの生贄にされかけたよね? うちの高校、偏差値も高いし、生徒の家もお金持ちや権力者ばかりで世間の目もあるから、そんな酷いことは普通しないんじゃない。生徒会長って、私とおじさんには当たりがキツかったけど、普段は誰にでも優しいって評判だったし」
「状況が変わって、優しさを維持できなくなった。綺麗事が続けられなくなった途端、素の人間性が出てしまったんですね」
「私はそこまで深く考えてなくて、生きるために必要な食料を集めようと思っただけさ。生徒会長については、『衣食足りて礼節を知る』じゃないの?」
私も、向こうの世界で何人もそういう人を見てきた。
平和な世の中なら善人なのに、命の危機が迫ると容易に他人を傷つけ、陥れ、殺してしまう人たちを。
「管仲の言葉ですね」
「坂田さん、管仲って?」
「中国古代の思想家、政治家です」
「いい人でいるには、余裕も必要なんだね」
私は無意識に、とにかく生き残ることを優先するため、無人のコンビニや店舗から食料や物資を回収することを躊躇わなかった。
これも異世界で魔王とギリギリの戦いを続けていたのと、異世界でも道中のインフラが破壊されていて、食料と水、物資の確保に苦労した影響かもしれない。
確かに魔王やその配下たちは強かったけど、その前にろくな道すらない、民家すらない魔王城までどうやって飢えずにたどり着くか。
実は魔王退治と同じくらい、必要なカロリーと栄養が取れる食べ物と、お腹を壊さない綺麗な水、安全な寝床の確保に苦労したのだから。
「そしてこれは、これからのこの世界も同じだ」
これまでは、自分もゾンビにされないように、ただ逃げるのに必死だった。
でもこれからは、ゾンビに襲われないようにしながら、衣食住の確保が必須となる。
それができなければ、ゾンビにされなくても飢えて死んでしまうのだから。
「私たち、むしろこれからが大変なんですね」
「他人のことを気にしている余裕なんてないんだね。学校もすぐに食料がなくなって、学校の人間と避難してきた町の住民が対立して……」
最後はゾンビに侵入され、逃げ出した人もいるが、ゾンビにされてしまった人の方が多いはずだ。
それを思い出した二人の表情が真剣なものへと変わっていく……が、すぐに白井さんが私に対し笑みを浮かべた。
「ねえ、幸三さん」
「えっ? ああ、はい」
「これまでずっと『おじさん』って呼んでいたけど、なんか余所余所しいから。これから一緒に暮らすんだし。だから幸三さんも、私のことを白井さんなんて名字で呼ばないで、私のことは『瑠璃』でいいから」
「ええとその……」
「私がいいって言ってるんだからいいんだよ」
「瑠璃さん……」
「呼び捨てでいいのに、幸三さんは硬いなぁ。でももう一段階、成長の余地を残していると思えばいいのか」
この子、こんなにはっちゃけた子だったんだ。
ゾンビ騒動のせいで、素の性格が出たのかもしれない。
「白井さん?」
「ええと……。坂田さんには強制しないから安心して。あくまでも、私と幸三さんとの関係のお話だから」
「幸三さん、私も楓って名前で呼んでください!」
「えっ! はい……。楓さん」
それって、対抗心?
それでもアラフィフおじさんは、美少女たちからのお願いに弱い。
二人のことを名前で呼ぶことになった。
さん付けなのは、せめてもの抵抗……抵抗か?
「まずは、ここをホームとして強化していこうと思う」
この三日間でネットも繋がらなくなり、電話もできなくなった。
テレビは……。
お祖父さんの家にあったけど、そもそも電気が使えないのだから電源すら入らない。
電気、ガス、水道に関しても、最後の住民であるお祖父さんが亡くなってからはこの地区自体への供給が止められていた。
「ここは今のところ安全だけど、逆に外の情報は入りにくくなってしまった」
山奥の廃村、いや村という区分でなく、私たちが住んでいる神明町に属する地区みたいな扱いだったからだ。
しかも私たちが来るまでは完全に無人で、人が住む町からも遠い。
テレビもラジオもネットもないとなると、外の情報を集める手段がないのだ。
そんな場所だから、今のところはゾンビも来ないで安全なのだけど。
「私の亡くなった祖父さんが、ここの最後の住民だったんだ。それ以降は無人だから、ゾンビはあまり出ないはず」
「あまり?」
「この世界にゾンビが大量発生してまだ三日でしょう? 間違いなくこれからもゾンビは増加していくよ」
瑠璃さんの疑問に答える私。
この世界に大量発生したゾンビたちは、異世界のゾンビに生態がそっくりだ。
今のところ多くの共通性があるので、もし同じなら……。
「人がゾンビに噛まれると、どんなに些細な傷でも死んでしまう。そして自分もゾンビになってしまうんだ。それを防げるのは、アンチアンデッド薬か、アンチアンデッドの魔法のみ。それも、すでにゾンビになってしまった人には効果がない」
「私はゾンビに噛まれたけど、幸三さんがアンチアンデッド薬を飲ませてくれて助かりました」
「そこからわかることは、ゾンビの感染力は高い。空気感染はしないと思うけど、傷のついた手でゾンビに触れることもリスクだと思う。そしてこの世界にゾンビが増えていくと、別種のアンデッドが発生するようになるだろう」
すでに私は町中で、犬や猫のゾンビと戦った。
今後は、様々な動物のゾンビも出てくるはず。
そしてもっとも恐ろしいのは……。
「すでに亡くなっている人。そして死体が残っている人だ」
たとえば、火葬前の遺体にゾンビが噛みついたら、その死体はゾンビになってしまう。
火葬されて骨になっていても、墓地に埋葬されていても、それはゾンビよりも厄介なスケルトンになってしまう危険性を秘めていた。
「ゾンビよりも、スケルトンの方が強いの?」
私が『アイテムボックス』から出したポテトチップスを食べながら、瑠璃さんが質問してきた。
よほどお腹が空いていたようで、それにしてもよく食べるな。
そのおかげか、坂田さんほどではないにしても実によく成長して……じゃない!
彼女たちは、年長者である私を頼ってきたんだ。
そういう邪な考えを抱いてはいけない。
「スケルトンは骨だけだから、ゾンビに比べると物理的には軽くて壊れやすい。常識的に考えて、骨だけで動くなんてあり得ないでしょう?」
「うん」
「はい」
「つまりアンデッドとは、完全に常識の範囲から外れた存在ってことだよ。そういうアンデッドほど強い。そんなスケルトンよりも強いのが、『レイス』などの物理的な体から解放された存在だ」
なによりレイスは実体がないので、倒す方法が非常に限られる。
「レイスは実体がないので、壁をすり抜けられる。こっちが剣で攻撃してもノーダメージだ。火なども通じない。それなのに普通の人間は、レイスに数秒間触れられただけで死ぬ」
そして、レイスに殺された人はゾンビになってしまうのだ。
「アンデッドなので聖水で動きを止められるけど、ゾンビよりも効き目が低い。それでも、これを常に装備しておいてくれ」
私は、聖水が入った水鉄砲を二人に渡した。
「動きを止められるだけで倒せないけど。それと、しばらくここで暮らすための注意点として、なるべく一人で行動しないように」
「ここは安全じゃないの?」
「じきにこの辺にも、ゾンビやスケルトンが出現する可能性が高い。山で死んだ獣の死体や骨がアンデッドになるんだ」
そして、生きた動物を襲ってゾンビを増やしてしまう。
「この辺がそうなるには時間がかかるし、それまでに対策はするけど完璧じゃない。特に山の中には決して一人で入らないように」
「アンデッドって厄介だよね。でもそれなら、私が両親の安否を探りに東京に行くなんて元々無理じゃない。少なくとも時間がかかる」
「避難民キャンプの場所すら、今はわからないんですから。今はこの村で安全な生活拠点の構築が最優先です」
「そうだよね。坂田さんもそう思うでしょう?」
「はい。まずは自分の命優先です」
確かに今の状況では、この二人を安心して預けられる場所を探すことすら困難だ。
今はこの山奥の廃村にあるボロ家を拠点に、安心して暮らせる環境を構築しないといけない。
若い二人はじきにここを出て行くだろうけど、私はここで余生……とまでは言い過ぎだろうが、もう用務員には戻れないので、第二の人生としてここで自給自足の暮らしを続けようと思う。
「早速明日から、作業開始ですね」
「私はこれからやることがあるから、二人は家の中で休んでいてくれ」
「幸三さん、私も手伝うよ」
「私も手伝います」
「いや、夜はアンデッドの活動が活発になるし、連中は鼻が利く。それに三人で行動すると、かえって私の動きが阻害されてしまうんだ。理解してほしい」
「幸三さん、もしかして……」
「一つ気になるところがあってね。そこでスケルトンが発生しているかもしれない。だから先に倒しておく」
「スケルトンって、ゾンビよりも強いんですよね?」
「強いけど、私もかなりレベルが上がったから倒せるだろう」
「レベル? 本当にゲームみたいだね」
「確実に勝てますか?」
「勝てそうになかったら、一人なら逃げられるから。この家の周囲にアンデッド避けの結界を張ってから墓地に行く。朝になるまでこの部屋を出ないでくれ。こんなのしかないけど、遊んで暇を潰してくれ」
私は『アイテムボックス』からオセロ、トランプ、花札、UNO、ボードゲーム、携帯ゲーム機とそのソフトなどを取り出し、それを二人に渡してから家を出た。
「幸三さん、無事に帰ってきてね」
「無事の帰りを待っています」
「心配しないでも大丈夫さ。じゃあ、行ってくるから」
この年になるまで、他人からお見送りを受けた経験なんてなかったけど、悪くない気分だ。
家族ってのも案外悪くないかもしれない。
「さて、あの墓地からスケルトンが湧き出ているかどうか……」
まだだったら、墓地から出ないように封印も可能なのでそっちの方が楽だけど、そう上手くはいかなそうだ。
今のレベルと、五年間の戦闘経験があるから負けるとは思わないけど、油断しないようにしなければ。




