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夢の国の裏側で  作者: 臥亜


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第15話 「外側の痕跡」

 世界が、また“朝”を迎えていた。


 眩しいほどに整えられた空。完璧に配置された音楽。何もかもが予定通りに進んでいるテーマパークの一日。


 まるで、あの崩壊など最初から存在しなかったかのように。


「……」


 夢見太郎は、入口ゲートの前で立ち止まっていた。


 理由は分からない。


 ただ、足が動かなかった。


 胸の奥に、妙な引っかかりがある。


 思い出せない何かを、確かに“失っている”感覚。


「太郎、どうしたの?」


 後ろから声がかかる。


 振り向くと、早乙女がいつも通りの表情で立っていた。


 何も知らない顔。


 いや、“知らないはずの顔”。


「……いや」


 太郎は首を振る。


「なんでもない」


 言いながらも、視線が無意識に周囲をなぞる。


 完璧すぎる。


 綺麗すぎる。


 違和感が、逆に濃くなる。


「顔、悪いよ」


 早乙女が少しだけ目を細める。


「ちゃんと寝た?」


「……ああ」


 嘘だった。


 眠った記憶が、曖昧だ。


 昨日が、ない。


 それでも今日がある。


 その不自然さに、気づいてしまっている。


「……ねえ」


 太郎は小さく言う。


「ここってさ」


 言葉を選ぶ。


「外、あるよな?」


 早乙女の動きが、一瞬だけ止まる。


 ほんの一瞬。


 だが、確かに。


「……何言ってるの?」


 すぐに、いつもの声に戻る。


「あるに決まってるじゃない」


 笑う。


 自然な笑顔。


 けれど。


「……どこにある?」


 太郎は続ける。


 早乙女は答えない。


 代わりに、少しだけ近づいてくる。


「……やっぱり」


 小さく呟く。


「残ってるのね」


 その声は、明らかに“素”だった。


 太郎の心臓が跳ねる。


「……何が」


 早乙女は周囲を確認する。


 誰もいない。


 音楽だけが、一定のリズムで流れている。


「こっち」


 短く言って、歩き出す。


 太郎は迷いながらもついていく。


 向かったのは、パークの裏手。


 普段は入れないはずの、スタッフ用通路。


 さらに奥。


 人の気配が消える場所。


「……ここ」


 早乙女が立ち止まる。


 そこは、壁だった。


 ただの、何の変哲もない白い壁。


「……何もないじゃん」


 太郎が言う。


 早乙女は、ゆっくりと手を伸ばす。


 壁に触れる。


 その瞬間。


 “ノイズ”が走る。


「……え」


 太郎の視界が揺れる。


 壁が、壁じゃない。


 ほんの一瞬だけ。


 “奥行き”が見えた。


 空間の向こう側。


 別の光。


 別の色。


「見えた?」


 早乙女が振り返る。


 その目は、もう誤魔化していない。


「……今の」


 太郎は言葉を失う。


「外よ」


 はっきりと言う。


「この世界の」


 空気が変わる。


 音楽が、遠くなる。


「ここは閉じてるの。完全に。でも、綻びはある」


 壁をもう一度なぞる。


「リセットがかかるたびに、微妙にズレる。そのズレが、こういう“穴”になる」


「……じゃあ、出れるのか?」


 太郎の声に、わずかな希望が混じる。


 早乙女は、首を振る。


「簡単には無理」


 即答だった。


「ここは“内側”で完結するようにできてる。外に出るってことは、構造そのものから外れるってことだから」


「でも今……」


「一瞬だけよ」


 遮る。


「安定してない。触れれば戻される」


 太郎は壁を見る。


 もう、何も見えない。


 ただの壁。


 だが。


 確かに、さっきは違った。


「……なんで知ってる」


 問いかける。


 早乙女は、少しだけ黙る。


 そして。


「行こうとしたから」


 静かに言う。


「……前に」


 太郎の呼吸が止まる。


「……出たのか?」


 早乙女は首を横に振る。


「途中まで」


 その言葉が、重く落ちる。


「でも、戻された」


「ミックーに?」


 その名前を出した瞬間。


 空気が、わずかに冷える。


「……うん」


 早乙女は小さく頷く。


「あの人は、“外”を知ってる」


 太郎の背筋に冷たいものが走る。


「知ってる……?」


「だから管理してるの」


 はっきりと言う。


「ここを“夢の形”に保ってるのは、外を知ってるから」


 つまり。


 外は。


 夢じゃない。


「……なあ」


 太郎は、壁を見たまま言う。


「外って……どんなだ?」


 早乙女は、少しだけ遠くを見る。


 そして。


「普通だったよ」


 そう答える。


「汚くて、曖昧で、決まってなくて……」


 小さく笑う。


「でも、“自分で選べた”」


 その言葉が、胸に刺さる。


 選べる。


 ここにはないもの。


「……戻りたい?」


 太郎が聞く。


 早乙女は答えない。


 ただ、少しだけ目を伏せる。


「……分からない」


 正直な声だった。


「でも」


 顔を上げる。


「ここだけが全部だと思うのは、違う」


 そのとき。


 空気が、変わる。


 さっきとは別の意味で。


 整いすぎた“静けさ”。


「……来る」


 早乙女が呟く。


 次の瞬間。


 背後から、あの声が響く。


「見ちゃったね」


 振り返る。


 ミックー・マースが、そこに立っていた。


 笑顔。


 完璧な。


 だが。


 目だけが、冷たい。


「そこはね」


 ゆっくりと歩いてくる。


「見せちゃいけない場所なんだ」


 太郎は一歩前に出る。


 無意識だった。


 守るように。


「……外があるんだな」


 はっきりと言う。


 ミックーは、否定しない。


「あるよ」


 あっさりと答える。


「じゃあなんで閉じてる」


「その方が幸せだから」


 即答だった。


 迷いがない。


「選ばなくていい。迷わなくていい。傷つかなくていい」


 一歩、近づく。


「ここは“完成された世界”だよ」


 太郎は、壁を見る。


 そして。


 もう一度、ミックーを見る。


「……嘘だな」


 ミックーの動きが止まる。


「ここ、選べないだろ」


 続ける。


「だから壊れたんだろ」


 静かな言葉。


 だが確信だった。


 ミックーは、数秒だけ黙る。


 そして。


 ふっと、笑った。


「……やっぱり残るね」


 その笑顔は、少しだけ“歪んでいた”。


「消しきれない」


 小さく呟く。


 太郎を見る。


 その目には、もう完全な余裕はなかった。


「なら」


 ゆっくりと言う。


「出口ごと、管理するしかないね」


 その言葉と同時に。


 壁が、“閉じる”。


 さっきまで感じていた奥行きが、完全に消える。


 ただの壁になる。


 完全な。


 “外に繋がらない壁”。


 太郎は拳を握る。


 確信していた。


 ここは閉じている。


 だが。


 確実に、外はある。


 そして。


 それを知っている限り――


 この世界は、もう“完全な夢”ではいられない。

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