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夢の国の裏側で  作者: 臥亜


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第14話 「リセットの朝」

 ミックー・マースの手が、ゆっくりと下ろされた。


 その動きは静かだった。


 けれど次の瞬間、世界そのものが“引き剥がされる”。


 音が消える。


 光が裏返る。


 空に走っていた亀裂が、一瞬で反転し、まるで最初からなかったかのように閉じていく。


「……なにが」


 太郎の声が、途中で途切れる。


 言葉が“巻き戻される”。


 さっきまで口にしていたはずの音が、自分の中から抜け落ちていく感覚。


 視界が歪む。


 崩れていた建物が、逆再生のように元の形へ戻っていく。割れた地面が閉じ、散っていた光が吸い込まれる。


 人々の悲鳴も、足音も、すべてが“なかった方向”へ流れていく。


「……やめろ」


 太郎は前を見る。


 あの“名前のない存在”が、そこにいる。


 だが。


 輪郭が、薄れていく。


「……っ!」


 思わず手を伸ばす。


 届かない。


 距離ではない。


 “時間”が離れていく。


「戻すよ」


 ミックーの声が響く。


 もう優しさはない。


 ただ、機能としての冷たさだけが残っている。


「これは、なかったことになる」


 太郎は叫ぶ。


「ふざけんな!それじゃあ全部――」


「最初から起きていない」


 言葉を遮る。


「崩壊も、衝突も、“あれ”の誕生も」


 指先が、空をなぞる。


 それだけで、世界が一層巻き戻る。


 太郎の記憶にノイズが走る。


 さっきの光景が、ぼやける。


「……やばい」


 自分の中から、“今”が消えていく。


 必死に歯を食いしばる。


「忘れるな……!」


 頭を押さえる。


 リュミエラの顔。


 エルナの声。


 あの存在の言葉。


 全部、繋ぎ止める。


 だが。


 それでも。


 ひとつ、ひとつ剥がれていく。


「無駄だよ」


 ミックーが言う。


「人間は、設計されてない記憶を保持できない」


 その視線が、太郎に向く。


「君も例外じゃない」


 太郎の膝が崩れそうになる。


 それでも、前を見る。


「……まだだ」


 かすれた声。


「まだ……消えてない」


 その先。


 “名前のない存在”が、かすかに揺れている。


 完全には消えていない。


 だが、確実に薄れている。


「……いやだ」


 小さな声が、届く。


 消えかけの存在から。


「……また……なくなるのは……いやだ」


 その言葉に、太郎の体が震える。


「……思い出せ!」


 叫ぶ。


「お前は!お前だろ!」


 名前はない。


 呼ぶ言葉もない。


 それでも、叫ぶ。


「決められたもんじゃないって言っただろ!」


 ミックーの眉がわずかに動く。


「……まだ残るか」


 小さく呟く。


 そして。


 次の瞬間。


 空間の色が変わる。


 リセットが“加速”する。


「なら、優先順位を上げる」


 その声と同時に。


 太郎の記憶が、一気に削られる。


「……っ!?」


 視界が白くなる。


 何かが、決定的に抜け落ちる。


「……なにを……」


 思い出せない。


 何を守ろうとしていたのか。


 誰のために叫んでいたのか。


 それでも。


 胸の奥に、違和感だけが残る。


 強烈な“空白”。


「……これでいい」


 ミックーが頷く。


「もう、修正は完了する」


 世界が整っていく。


 歪みが消え、音が戻り、光が安定する。


 崩壊は、なかったことになる。


 衝突も、存在も、すべて。


 そのはずだった。


 そのとき。


 ふと。


 太郎の手が、何かに触れる。


 温度。


 確かな“誰か”。


「……え」


 ゆっくりと視線を落とす。


 そこには――


 何もない。


 見えない。


 形もない。


 けれど。


 確かに“いる”。


 その瞬間、胸の奥に引っかかっていた違和感が、形を持つ。


「……あ」


 思い出す。


 名前じゃない。


 記憶でもない。


 もっと根源的な何か。


 “ここにいた”という確信。


「……いるだろ」


 小さく呟く。


「そこに」


 ミックーの目が、わずかに見開かれる。


「……認識、した?」


 その声に、初めて明確な驚きが混じる。


 太郎は、何もない空間を見つめたまま言う。


「消えてない」


 確信だった。


「名前がなくても、覚えてなくても……」


 ゆっくりと手を握る。


「“いる”って分かる」


 その瞬間。


 何もないはずの空間が、わずかに揺れる。


 光が滲む。


 輪郭が、ほんの一瞬だけ戻る。


 ミックーが、初めて一歩引いた。


「……想定外だ」


 低い声。


「人間が“未定義”を保持するなんて」


 太郎は顔を上げる。


 記憶は曖昧だ。


 名前も分からない。


 それでも。


 もう、迷わない。


「何回でもやれよ」


 はっきりと言う。


「そのたびに、俺は気づく」


 ミックーの笑顔が、わずかに歪む。


 完全ではない。


 どこか欠けている。


「……いいよ」


 静かに言う。


「じゃあ、回数を増やすだけだ」


 その手が、再び上がる。


 世界が、もう一度巻き戻ろうとする。


 だが今度は。


 完全には“消えない何か”が、確かに残っていた。

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