第11話 「笑顔の設計者」
崩れかけた世界の中で、時間だけが妙に遅く流れていた。空に走る亀裂から光が漏れ、パレードの音は歪んで響いている。リュミエラは膝をつきながらも消えまいと踏みとどまり、その向こうでエルナの輪郭ははっきりと“人”になり始めていた。
そのすべてを、静かに見ている存在がいた。
「……やりすぎだよ」
場違いなほど穏やかな声だった。
夢見太郎が振り向く。そこに立っていたのは、ミックー・マース。いつもの笑顔、変わらない姿。けれど今は分かる。それが“作られているもの”だと。
「……ミックー。これ……どうなってるんだ」
太郎の声はわずかに震えていた。
ミックーはゆっくりと一歩前に出る。その動きは正確すぎるほど滑らかだった。
「見ての通りだよ。“余計なもの”が外に出てきてる」
その言葉に、エルナが反応する。
『……余計?』
ミックーは彼女を見て、ほんの一瞬だけ笑顔を崩した。
「うん。余計だよ。だって君はここに必要ないからね」
空気が凍る。
「おい……何言ってるんだ!」
太郎が叫ぶが、ミックーは振り返らない。
「この場所はね、夢を見る場所なんだ。誰もが安心して、同じ“幸せな物語”を体験できる場所。そのために必要なのは、揺らがないキャラクターなんだよ」
視線がリュミエラへ向く。
「いつ来ても同じ、誰に対しても同じ、どんなときでも笑っている。それが“完成された存在”」
太郎は息を呑む。
「……じゃあ、エルナは」
ミックーは迷いなく言った。
「失敗作だよ」
あまりにも軽く、あまりにも残酷な一言だった。
『……失敗?』
「そう。自分を持ちすぎた。物語から外れた。“観客にとって都合が悪い存在”になった。だから消した」
「消したって……」
「記録も、存在も、名前も。全部、綺麗にね」
その言葉のあと、ミックーの視線はリュミエラへ戻る。
「その代わりに作ったのが、それ。“リュミエラ・スノウ”」
名前を呼ばれた瞬間、彼女の体が揺れた。
「完璧だろ?誰からも愛される。誰も疑問を持たない。物語を壊さない。そして、消えない」
「じゃああいつは……!」太郎はリュミエラを見る。「本物じゃないって言うのかよ!」
ミックーはわずかに首を傾げる。
「“本物”って何?存在してる時点で本物だよ。ただし、“仕様通り”に動いている限りはね」
その言葉が落ちた瞬間、リュミエラの中で何かが崩れた。
「……仕様……?」
「君は壊れないように作られてる。でも今、壊れかけてる」
その理由は一つ。ミックーの視線がエルナへ向く。
「“元のデータ”が戻ってきたから」
『……データじゃない』エルナは静かに言う。『わたしは、わたし』
ミックーは少しだけ笑った。
「そう思いたいよね。でも、それが一番危険なんだ」
「危険って何だよ!」
ミックーはようやく太郎を見る。その目は笑っていなかった。
「崩壊するんだよ。一人が“自分”を持つと、全員が揺らぐ。一つの物語が崩れると、全部が繋がって崩れる」
空の亀裂がさらに広がる。それを指し示す。
「もう始まってるだろ?」
確かに世界は壊れ始めている。
「だから選んで」
ミックーは太郎に手を差し出す。
「“夢を守る側”に来るか、“夢を壊す側”に立つか」
太郎の視線が揺れる。リュミエラ、エルナ、そしてミックー。そのすべてが自分を見ている。逃げ場はない。
ミックーは最後に、あの完璧な笑顔に戻って言った。
「安心して。どっちを選んでも、取り返しはつかないから」




