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夢の国の裏側で  作者: 臥亜


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第10話 「わたしが消える日」

 最初は、ほんの違和感だった。


 言葉が、少しだけ遅れる。


「……ようこそ」


 いつも通りの台詞。


 でも、声に出るまでに、わずかな“空白”がある。


 リュミエラ・スノウは、それに気づいていた。


 気づかないふりをしていた。


 パレードの音楽が流れる。


 光が弾け、子どもたちが手を振る。


 笑う。


 笑う。


 笑う。


 ――ちゃんと、笑えてる。


 そう思った瞬間。


 視界の端が、ノイズのように歪んだ。


「……あれ?」


 足が止まる。


 誰も気づかない。


 観客も、スタッフも、キャストも。


 世界は、完璧に動き続けている。


 止まっているのは、自分だけ。


「……なんで」


 胸の奥が、ざわつく。


 理由は、分かっている。


 でも、言葉にしたくない。


 そのとき。


 耳の奥で、声がした。


『……ねえ』


 聞いたことのある声。


 知らないはずの声。


 でも、確かに知っている。


 リュミエラは、ゆっくりと顔を上げる。


「……誰?」


 問いかける。


 返事はない。


 ただ。


 “何か”が、近づいてきている。


 その感覚だけが、はっきりとある。


 胸の奥に、ひびが入る。


 記憶が、少しだけ滲む。


 知らない景色。


 知らない時間。


 知らない“自分”。


「……やめて」


 思わず、声が漏れる。


 その瞬間。


 パレードの音が、途切れた。


 いや。


 途切れたように感じただけで、実際には続いている。


 でも。


 リュミエラには、もう“繋がって”聞こえない。


「……なに、これ」


 足元が、崩れる感覚。


 自分が、この世界に“固定されていない”。


 そんな感覚。


 そのとき。


 視界の奥に、姿が浮かぶ。


 ぼやけた輪郭。


 でも、確かに“そこにいる”。


 そして。


 それは、ゆっくりと形を持ち始める。


 光。


 白い髪。


 同じ高さの視線。


 同じ立ち方。


 同じ――


「……うそ」


 リュミエラの唇が震える。


「……わたし?」


 違う。


 分かっている。


 でも、あまりにも似ている。


 いや。


 “似ている”のではない。


 もっと根本的な何かが、重なっている。


『……やっと』


 その輪郭が、口を開く。


 音が、直接頭に響く。


『見つけた』


 リュミエラの呼吸が止まる。


「……だれ」


 震える声。


 問いながら、すでに理解している。


『……エルナ』


 その名前が、落ちた瞬間。


 世界が、軋んだ。


 頭の奥で、何かが弾ける。


 記憶が流れ込む。


 光の中で立っていた少女。


 笑うことを拒んだ少女。


 誰かに“役割”を与えられた瞬間の、嫌悪。


 そして。


 それを、壊した記憶。


「……やめて……!」


 リュミエラは頭を押さえる。


「入ってこないで……!」


 でも、止まらない。


 記憶が、侵食してくる。


『……違う』


 エルナの声は、静かだった。


『返してるだけ』


 その言葉が、決定的だった。


「……返す?」


 涙が、こぼれる。


『それ、本当は“わたしのもの”だから』


 リュミエラの視界が、揺れる。


 立っていられない。


 足が崩れる。


 それでも、必死に顔を上げる。


「……違う」


 否定する。


 初めて、自分の意思で。


「……これは、わたしの……」


 言葉が、途中で止まる。


 “わたしのもの”と言い切れない。


 その事実が、何よりも恐ろしい。


『ねえ』


 エルナが、一歩近づく。


 距離が縮まる。


 存在が、重なる。


『あなたは、誰?』


 その問い。


 リュミエラの中で、何かが崩れる。


「……わたしは」


 答えようとする。


 でも。


 名前が、浮かばない。


「……わたしは……」


 その瞬間。


 遠くで、太郎の声がした気がした。


 名前を呼ばれる感覚。


 それだけで、かろうじて繋がる。


「……リュミエラ」


 やっと、言葉が出る。


「……リュミエラ・スノウ」


 その名を、握りしめるように言う。


 エルナが、少しだけ首を傾げる。


『それ』


 静かな声。


『誰につけられたの?』


 答えられない。


 分からない。


 最初からあった名前。


 でも、“最初”が思い出せない。


 その隙間に。


 エルナが、さらに踏み込む。


『じゃあさ』


 すぐ目の前。


 息が触れる距離。


『それ、なくなったら』


 一瞬の沈黙。


『あなた、どうなるの?』


 その言葉で。


 完全に、崩れた。


「……っ」


 息ができない。


 存在が、ほどけていく。


 体の輪郭が、薄くなる。


 指先が、光に溶ける。


「……いや……」


 初めて。


 リュミエラは、“恐怖”を顔に出した。


「……消えたくない」


 その言葉は、本物だった。


 作られた台詞じゃない。


 心からの叫び。


「……わたしは、ここにいる」


 震えながら、言う。


「……わたしは……」


 言葉が、続かない。


 それでも。


 必死に、前を見る。


「……わたしは、“わたし”でいたい」


 エルナが、初めて黙る。


 その言葉は、予想外だった。


 そして。


 少しだけ、目を細める。


『……そっか』


 小さく、呟く。


『あなたも、同じなんだ』


 その瞬間。


 世界の軋みが、さらに強くなる。


 空に、亀裂が走る。


 光が漏れる。


 崩壊が、始まる。


 それでも。


 リュミエラは、立っていた。


 震えながら。


 消えかけながら。


 それでも。


 確かに。


 そこに、いた。

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