第1話『地獄より地獄的、天国よりも刺激的』
目が覚めると、草むらの上で気絶していた。
俺のとなりで、アテネの女将軍が気絶していた。
プーパとドプレクスは少し離れたところで気を失っていた。
辺りを見回してみたが、薄暗くて状況が良く分からなかった。
四方八方は高い山で囲まれており、その山を登ってここから他の場所に移動することは困難そうだった。
・・・と言う訳で現在の状況を整理すると、俺たちは盆地のようなところに閉じ込められているのだろう。
時刻は分からないが、山の稜線は全てがオレンジ色に輝いていた。
夕方なのか?
全て同じような色だから、方角さえ分からなかった。
不気味な鳥の鳴き声と獣の唸り声が、遠巻きに聞こえてきた。
獣の臭いと排せつ物の臭いが混ざりあった不愉快なにおいが立ち込めていた。
雨上がりなのだろうか? 湿気でジメジメしていた。
「(暗いし、臭ぇし、不愉快だな・・・)」ぼ~っとした頭で状況を整理していると、大きな籠を担いだ背丈の低い老人が近づいてきた。杖代わりに使っていた1mほどの巨大なスプーンは、じいさんの身長より高かった。反対側はフォークになっていた。
「へぇっへぇっふぇ~。落とされたか? 500年ぶり・・・、いや1000年ぶりかのぅ~・・・」丸渕眼鏡を鼻に乗せた顎髭の白い老人は話しかけてきた。
「ここは何処だ? ぐふっ」俺は質問した。
「ふぇっふぇっふぇ~。ここが何処か知ったところで、どうにもできないさ・・・。抜け出すのは、一万年くらいかかるだろう・・・。尤も、その時間は体感の時間じゃ。実際に一万年かかる訳ではない」
「何を言っている?」ゾフォスは意味が分からなかった。
「ここは、失われた大陸の一つなのか? ぐふっ」早く正解が欲しかった。
「そうさのぅ。ここはメガラニカ大陸(Magallanica)じゃ。仏教界で言う、餓鬼道と修羅道と無限地獄を合わせたような世界じゃ。お前さん、仏教は知っておるか?」じじいは、勿体つけて答えた。
「いや、知らない。げほっ」
「知らんかぇ? ゆっくり覚えればいいさ・・・。時間はある・・・」じじいは、話し相手に飢えている様子だった。
「がさっ」どでかい獣の足音が聞こえた。草むらから突然飛び掛かってきて、プーパを一口で呑み込んだ。5mもありそうな巨大な四つ足の獣だった。
「! プーパ!」ゾフォスは驚愕したが、じじいは、落ち着いていた。
「あ~、食われよったか・・・。レベル1からやり直しじゃ・・・」じじいは、仕方なさそうに言った。その物音で、クロマ将軍とドプレクスは同時に目覚めた。
「! ここは何処?」
「! 誰かやられたのか?」
「クロマ! ドプレクス! プーパが、獣に飲み込まれた!」
「何だと!」ドプレクスは戦闘態勢に入った。
「ほ~。コイツと闘うのかぇ? 見どころのある若者じゃ」じじいは、ドプレクスのクソ度胸に感心した。クロマも、無言で剣を抜いた。
「ごっく~ん・・・」余韻を持って、獣はプーパを胃袋まで送り込んだ。
「軟体甲殻拳! 無撃!」ドプレクスは獣の腹に一撃を叩きつけた。
「どっぶん!」プーパが呑み込まれた丸々と膨れ上がった腹に、衝撃が伝わった。会心の一撃だったが、ドプレクス自身が攻撃を受けていないので大した威力ではなかった。
「がっぼぐぅわー!」獣がゾフォスたちを威嚇した。じじい以外は身動きを封じられた。
「ぐぅわー!」獣がドプレクスを前足でぶっ飛ばした。ドプレクスは派手に岩に叩きつけられた。
じじいは、とことこスプーンを構えて歩き出した。
「バッチん!」と獣の尻を叩き、自分に注意を向けた。
「ぐぅわおー!」獣がじじいに飛び掛かった時、スプーンの反対側のフォークで獣の目を突いた。
「ぐぎゃー!」獣がのたうち待っていると、スプーンで打撃を浴びせた。
「おらおらおらー! これでもか! これでもか! これでもがーーー!」狂気に満ちた目で、怒りをあらわにして獣に打撃を浴びせ続けた。
「(強ぇ、じじいだな・・・)」ゾフォスは感心した。
「どす、べぎ、ばぎ、ぼぎ! どが! ドガ! どっがっ!」スプーンとフォークでどつかれ続けて獣は怯み、戦意を喪失した。
「げぽっ。く~~ん・・・」犬に見えた巨大な獣は、ゲップとともに逃げて行った。立ち去り際に排せつ物を置いて行った。
「もぞもぞ・・・」獣の置き土産のうんこの中から、プーパが産まれた。
「だんなぁ~、くせえでやんす~」じじいは、かごの中の瓶から水を掬い出してプーパにぶっかけた。
「臭ぇよ、簡単に食われんな!」と言って、じじいはプーパにタオルを投げつけた。
じじいは、焚き火をしながらみんなに話をきかせた。
「ここは、失われた大陸の一つ『メガラニカ大陸』だ。お前さんたちはハズレを引いた。ハズレ中のハズレ、どハズレだ」偉く強いじじいの話に、一同は固唾を飲んで耳を傾けた。
「善人属性は運が良ければレムリア大陸へ行ける。だがそれも、六分の一の確率じゃ。
中立属性ならば、レムリア大陸に行くことは出来ない。しかし、アトランティス大陸かムー大陸に行けるかもしれない。五分の一の確率じゃがな。
ローフルでも、ニュートラルでも、行きたい大陸に辿り着けるとは限らない。ここは、そんな運に見放された者たちが飛ばされる、文字通りのハズレであり、地獄だ」
「ってことは、俺たちはもともと三分の一の確率でここに飛ばされることが決まっていたのか?」ドプレクスが質問した。
「その通り、カオティックのお前らに他に選択肢はない。そこにいるお嬢さんは生粋のローフルじゃ。運がないようじゃ・・・。自ら望んでここに来た訳でもあるまい」じじいは、声のトーンを落としていった。
「・・・望んでこないわよ。こんなところ・・・」クロマは静かに答えた。
「ここは、どんな世界でげす? どうやったら抜け出せるでげす?」プーパは臭い体を、じじいに渡されたタオルで擦りながらきいた。
「ここメガラニカ大陸の生物はどれも不老不死であり無限に再生できる。そして誰しもがここに落とされた時点でレベル1に落とされる。それでも悪虫、死獣、凶鳥、邪龍、あらゆる悪獣と戦って生き延びるしかない。お前さんたちの尺度で、レベル500くらいまで上がれば大概の悪獣に負けることは無くなるじゃろう。負けたら食われて排泄される。うんこになりたくなければ食われぬことじゃ。食われた獣にレベルを吸い上げられて、またレベル1からやり直しじゃ。先ほどのこの道化師のようにな・・・。ここに落とされた者は、勝ちまくってレベルを上げ続けるしかないのじゃ!」じじいは、眼をくわっと見開いた。
「ここの生きものたちを倒しまくれば抜け出れるのか? くっ」咳をしたいのを堪えながら聞いた。
「そうじゃ。その前にまず、これを喰え」じじいは、籠の中から皿を取り出し一人ひとりに飯を差し出した。昆虫が油で揚げられただけの食事だった。
「これを喰うんでやんすか?」プーパは不満そうに言った。
「腹が減れば仕方なく食うが、今は腹が減っていない」ドプレクスが遠回しに遠慮した。
「ふぇっふぇっふぇ~、腹が減っていなくても食うんだよ。倒した敵のレベルを奪うために」
「敵を倒して食べるのか? それでレベルが上がるのか? 倒した敵をどうやって料理するんだ? げっほっ」
「わしが、料理してやろう」じじいは、ニヤリとした。悪意に満ちた笑みにゾフォスもクロマもドプレクスも背筋が凍った。プーパは、昆虫を喰ってみた。
「にっがー、苦い味がするでげす」口の中がジャリジャリした。
「不味かろう。お前のレベルが上がれば、味覚も変わるはずだ。美味しく感じるならば、食料から何も得られていない証拠だ。不味いものを喰い続けなければレベルが上がらない。美味い物を喰っても何の成長にもならない。楽しみがない生活が延々と続くのじゃ」
「地獄より、地獄的ね」思わずクロマは口を挟んだ。
「だが、天国よりも刺激的じゃ!」じじいは、言い返した。
「いーなー。アッシも天国に行きたかったでやんす」プーパが言った。
「お前は生まれ変わっても行けないさ」ドプレクスが言った。
じじいは、クロマを見詰めながら言った。
「お嬢さんがいるから、予め教えておこう。ここでは腹が減ることはない。大便や小便をしたくなることもない・・・安心しなさい。いちばん問題なのは、少しばかり眠くなることだ。寝ている間に、襲われないように気をつけることだ。折角上げたレベルが、1に戻ってしまうのじゃから」一同は絶句した。
「じいさん、名を何という?」ゾフォスは質問した。
「グーファス(Gufas)だ。農耕・穀物の神デメテルと、葡萄酒・豊穣の神ディオニソスの加護を受けている」口元を緩め、ニヤリとした。
「じいさんも、神殿組か」ドプレクスが安心したように言った。
「もう一つ聞きたいことがある」ゾフォスが言った。
「何かな?」
「じいさんの目的はなんだ? 俺たちを助けてどうする?」
「助ける? 強くなってもらうのだよ。仲間になってもらうためにな!」
「仲間? どういうことだ?」
「是非とも、倒したい奴がいるんでな。手を貸してもらうぞ」
「良く分からないが、良いだろう・・・。どうやらここでは、じいさんなしで生き残るのは難しいらしい」ゾフォスが言った。
「了解でげす」プーパは同意した。
「仕方なかろう」ドプレクスも同意した。
「どうやらそれで、決まりみたいね」クロマも同意した。
「ところで、じいさんのレベルはいくつだ?」ドプレクスが聞いた。
「そうさのぅ・・・。お前さんたち風に言えば。Lv.862だ」
「・・・」数字が異常過ぎて、誰も何も言えなかった。
それから、このじじいとの奇妙な共同生活が始まった。




