第六話『闇落ちの門出』
クロマ将軍は、ギリシャとスパルタの和平交渉使節であるリカルダス達に随行した。
【クロマ将軍(chroma)】華やかな蝶の仮面をつけている。全身が虹をイメージしたグラデーションカラーの鎧を着ている。属性:Lawful・Common。虹の神イリスと、忘却・隠匿の神レテの加護を受けている。
「クロマ将軍の今日の鎧は、華やかですね。今まで茶色の鷹の鎧を着ていたのに」エルピーダが言った。
「わたしはこの度、六将軍を統率する副将軍である征地将軍に抜擢された。まだ正式決定ではないが、スパルタとの和平調停の結果次第では本決まりになる。ギリムシュー将軍に次ぐ実質No.2だ」クロマ将軍が言った。
「昇進、おめでとうございます」リカルダスが言った。
「ありがとう。まぁ極秘の話になるが、私を敢えて出世させることで他の六将軍の動向を見る目的もある。サロス将軍が失踪したし、ニュートラル担当のフェーザ将軍とスクートム将軍の動きも怪しい。カオティック担当のマキア将軍とデバスタド将軍に至っては、カオティック代表の暴走を止めようともしていない。くれぐれもこの話は、口外しないでほしい」と言って、リカルダスとエルピーダの顔を見た。
「分かりました。俺たちもまだ知らないことが多いです。迂闊には行動できません」
「大陸探しが本格化したら、一気に真相が解明するだろう」
「そうですね、慎重に行動しましょう」
「さぁ、出発しよう!」リカルダス達は、アテネを出発した。
スパルタに早馬を飛ばし、和平交渉の打診をした。リカルダス達が調停役になることも知らせた。スパルタでは、戦争が終結に向かうということで沸き立っていた。
地中海に囲まれたギリシャは、冬でも温暖な気候だった。アルコスでの良く晴れた日のことだった。
「ここまでくれば、あと一息だ。山の中で何もないが、ここで少し休憩しよう」クロマ将軍の提案で休憩することになった。
「アルコスには、アテネでは見ない花が咲いているな」と言って、クロマ将軍は花を摘みに行った。
「一人で大丈夫?」ベルダッドが気遣った。
「大丈夫だ、心配はいらない」
クロマ将軍が屈んで幾つか花を選んでいると目の前に黒い鼠が現れた。
「!」クロマ将軍はギョッとした。
「ガサッ」背後で物音がした。
「!」クロマ将軍がふり返ると、痩せこけた魔術師がいた。
「なぁんだ、キミか~、げほっ」
「! お前は!」クロマ将軍の背後に立っていたのはゾフォスだった。
「小便中のリカルダスを襲うつもりだったが、当てが外れたよ、げっほっ」と言って立ち去ろうとした。
「! 待て! 虹!」クロマ将軍は、ゾフォスに魔法をかけた。
「対魔法防御を使っているから無駄だよ、げふっ」構わずに立ち去ろうとした。
「! 待てというのに!」クロマ将軍は、ゾフォスに斬りかかった。
ゾフォスは切っ先をヒョイと避け、右腕でクロマ将軍の腰を抱いて引き寄せた。左腕でクロマ将軍の剣を封じた。
「ボクは何も見ていないよ。キミの背中以外はね」と言って、顔を近づけマスクを取った。
「おやぁ~? 綺麗な顔をしているじゃないか~。てっきりもっとゴツイ顔かと思ったよ~、げっふっ」と言って、唇を奪い鎧の上から胸を掴んだ。
「! くっ!」クロマは、無理矢理顔を剥がしゾフォスの頬を殴った。ゾフォスは体が離れる刹那に術をかけた。
「吸収!」クロマのレベルが5吸い取られた。
「おや? その虹の術は、神のご加護か何かかな? 吸い取れなかったよ。ぐふっ。キミも『神々の試練』を受けたの?」ゾフォスが悔しがった。
「ガックッ!」クロマはレベルを下げられ、力が少しだけ抜けた。
「何だ! これは?」ガクガクと膝が震える味わったことのない感覚だった。
「剣ならボクに勝てると思った? ボクが魔術師だから?」
「・・・」クロマは返事をしなかった。
「ボク達、窃盗師は戦士や魔術師や盗賊とは違うんだ。盗賊と武闘家の修行から始まって、無手で剣士と闘う修行をするんだ。げふっ。だから、ただの剣士は怖くない。レベルが上がれば、相手のいろいろなものを盗めるようになるんだ。あらゆる職業の中でもエリート中のエリートが辿り着ける職業だ。分かったら、今度は触られないように気をつけないとね、げっほっ」と言って、行ってしまった。
「・・・」クロマは呼吸を整えた。そして、術が少しだけ効いていることを確認した。
「(よしっ! 何も覚えていない。ワタシは何もされていない・・・)」そして、去り行く男の背中を見詰めた。
「あ、れ~、何しに来たんだっけ? 思い出せないな~・・・。今何したっけ? げふっ」ゾフォスが立ち去り、あたりは静寂に包まれた。
程なくして、森の中で雷鳴の音が鳴り響いた。森の中から数十羽、数百羽の鳥たちが逃げて行った。一列に群れを成し、すっかり高くなった太陽に吸い込まれるように消えて見えなくなってしまった。
「あれ? 鳥たちは何処に行ってしまったんだろう・・・」探したが、一羽も見つからなかった。すぐに火柱が上がった。大きな地響きとともに地面が揺れた。直感的にリカルダスとゾフォスが衝突したと分かった。上手く説明できなかったが、二人とも無事でいて欲しかった。クロマは、エルピーダたちに合流するために歩き始めた。
「げほっ」と咳がでた。
「え?」クロマは背筋が凍った。
オリンポス山の神殿内で、アーヴィンは毎日死にそうになりながら修行を続けていた。
朝から三体のトロル相手に、一対三で素手による殴り合いの修行を続けていた。気を失うと水を大量にぶっかけられ戦いに戻された。怪我がひどくなると、治癒魔法で強制的に治され劇薬飲料を飲まされ戦闘に戻された。
「まったく呆れたやつだ。たった三体だけなのに勝てないのか。情けない奴だ。負け犬確定。勝ち猫失格。時間の無駄だ。あと100時間だけ待とうよ。2秒で十分だ」
「(コイツは、どんな思考回路をしているんだ? 喋っているのは冗談か? 本心か? それにしても最近は、単語で喋らなくなっているな・・・、気のせいか?)」サロスには、全く理解が出来なかった。
午後からは、三匹の龍魔術師相手に属性魔法に対する耐性を鍛え上げる修行を続けていた。火炎耐性・雷撃耐性・水氷耐性・猛毒耐性の修行が続いた。
「雷撃耐性が特に弱いね。負けたら死ぬのに。勝てば生きれるよ。弱点無くそう。どーやって? そーやって。こーやるの。その説明じゃ分からないよ」
「(少し黙っててくれねぇかなぁ・・・。頭がおかしくなりそうだ・・・)」サロスは辟易した。
夜は、斬撃耐性・打撲耐性・衝撃耐性の修行が続いた。骨折、切り傷、痣が酷かったが、一週間もすると目立って怪我が減って来た。
「(どんな体質をしているんだ・・・? 最近は、かすり傷も出来なくなったなぁ・・・)」サロスは、単純に感心した。カバロの修行時間は、アーヴィンの半分だった。自分の修行時間はさらにその半分だった。刺激されたサロスは、自ら修行時間を増やしていった。
「ぜーっ、ぜーっ・・・」アーヴィンは、毎日少しずつレベルが上がっていたが、あまり自覚できなかった。
「まだまだ弱いよ。雑魚相手に戦っているんだもの。強くはならないさ。弱くならないだけましだね。カバロよりましだ。ましましで頼む。頼まれたら断れないね」
「(一度喋り出すと、うるせーなー)」サロス将軍も、オークや植物魔人を相手に修行を続けていた。
カバロは、石製ゴーレムや液体魔人・気体魔人と強くなっているのか分からない修行を続けていた。
「アーヴィン、100秒だけ外の空気を吸ってきていいよ。100秒だけだぞ、怠けていいのは。超したら次回の休憩を削るよ。飯も抜くよ。睡眠時間も減らすよ。呼吸も減らすよ」
「・・・」アーヴィンは特に口ごたえもせずに従った。弟弟子に負けたことが悔しかった。オリンポス山からみる夕日は綺麗だった。ほとんど太陽などに感動する生活を送ってこなかった。
「ふ~っ」体内に蓄積した鬱憤と怨念を汗と一緒に外に出した。プライドを優先する考え方をしなくなってきていた。新鮮な空気を肺一杯に取り込んだ。昨日とは違う自分がそこにいた。夕日による邪気の浄化をしていると、瘦せこけた門番が近づいてきた。
「これ飲めよ。うまいぞ」手渡されたのは、缶に入った飲み物だった。
「これは、何だ?」アーヴィンは見慣れぬ飲み物に戸惑った。
「未来の飲み物らしい。こーひーっていうんだ」
「・・・? くれるのか?」アーヴィンは受け取った。
「てっぺんをプッシュ~と開けて飲むんだ」
「ごくっ」訝しがりながら飲んでみると、歓喜の味だった。
「こっりゃ~、美味いわ!」アーヴィンに久しぶりの笑顔が戻った。
「うまいか? よかった~」門番も喜んだ。
「なぜ、俺にこれをくれたんだ?」アーヴィンは不思議だった。
「お前は、仲間がいずに可哀想だからな。お前のまわりは、あんな奴らばかりだ・・・。でも、仲間っていーもんだぜー」
「・・・そうか・・・」アーヴィンは、こいつらが仲間なのか考え始めた。
「ところで、コイツはどこで手に入れた?」それほど美味しかった。
「お前を紹介したから、ヒドラゲル様から10万ドラクマルク貰ったんだ。時々ミスティックから、珍しい物が買えるんだ。試しに二本買って見て、お前に毒見をさせた。そ~か、美味いか」
「美味いよ~。いらないなら、もう一本くれよ」
「いやだよ、俺が飲むよ」
「あっはっは」アーヴィンの久しぶりの笑い声だった。
「わっはっは」つられて門番も笑った。門番の笑い声を初めて聞いた。そしてアーヴィンは、ロードス島の修行時代を思い出した。一方的に弟弟子たちを嬲る生活だった。俺の犠牲になることがアイツらの役目だと思っていた。
「(組手は俺の攻撃ばかりだった。俺の攻撃に耐える練習ばかりさせていた。そういえば、アイツらの得意技を何一つ知らない・・・。俺の得意技をアイツらは知っているというのに!)」アーヴィンは驚愕した。
「負けて当然だ!」目をクワッと見開いた。
「知らない相手と闘うから恐ろしいのだ! どんな受けでも出来る耐性が必要だ! レベルは自然に上がるのだ! よし! やるぞ!」イカレた修行に舞い戻った。
「アーヴィン遅いぞ。50秒オーバーだ。怠けるな。飯食うな。便所行くな。寝るな。考えるな」
「(気の毒なやつだ・・・。何だってそんなに戦わなけりゃ、ならないんだ・・・)」サロス将軍が同情した。自分の修行がマシに思えるほど、アーヴィンの修行は厳しかった。
ひと月か、ふた月か、三月が経っていた。
「そろそろ、挑戦してみるか? してみろや? 待ちくたびれたぞ。寝てたよわ。死んでたわ。そりゃねーわ。いよいよか。早くしろ」
カバロとサロスが『神々の試練』に挑戦する日がやって来た。




