35 結城秀康の反抗(結城秀康)
ブックマークありがとうございます。
今回投稿する分で最後となります。
真柴の運命は果たして。
35 結城秀康の反抗(結城秀康)
西暦1604年――。
結城秀康は居城である会津若松城の天守閣から城下の街並みを一望する。
城下の街並みは会津戦役から数年を経て徐々に復興し、民達が往来している。
秀康は復興中の会津を見て、目が覚めた。民達こそ国の礎。守らなければならない。
だが、本当に民の事を願うならば、あの関白殿下……秀頼の小僧を廃さなければならい。
秀康は一年の間に秀頼の小僧の元に間者を送り込み、その正体をつかんだ。
「関白殿下……豊臣秀頼は真柴秀政という無職の未来人」
その証拠を掴んだ秀康は愕然とした。
前世が四百年未来の世界を生きた負け組の無職……。
そうと決まれば早かった。筆を持つ手が震えるまで、書状を書き、全国の大名に秀頼の正体をバラした。
そして秀頼から送られてきた大鷲の罠も見事に看破した。
大鷲には監視の意味合いを含めて大坂城との連絡をするために飛び立つ事を看破したのだ。
そして非常時には大鷲に最後の手段として秀康を襲わせるという卑劣な手段も持ち合わせていた。
――無職の落ちこぼれが! その程度、私の眼を欺けるか!
最早、秀頼への敬意は持ち合わせてはいなかった。
秀頼を地獄に送るために全国の諸大名に檄文を送り、その総大将として父である徳川家康を押した。
そして自分も会津百二十万石の主として三万六千を率いて出陣の準備を完了している。
その前に茶々様を秀康の自室に呼び寄せた。
「茶々様……私は秀頼の小僧と袂を分かつ決心をしました。
茶々様には申し訳ないが、秀頼を地獄に送ります。そうしなければならない。
落ちこぼれが、天下人など世の道理に合わないからです」
「秀康様……」
茶々は塞ぎこんでしまった。だが、結城秀康はそれには目もくれなかった。
今までの自分が間違っていた。己の栄達よりも大事なものにようやく気付いたのだ。
妻子を見捨て己の栄達を選んだ愚かな自分……その罰は甘んじて受けよう。
秀頼の小僧を地獄に送った後は、罰として出家をすることまで考えが及んでいた。
「原貞胤! お主を主軸にして大坂城へと攻め上る! 出陣!」
「「「おおッ! 秀康様に続け! 出陣!」」」
士気は最高潮に高まり、結城秀康軍三万六千は他の大名家の軍と合流して大坂城へと目指した。
その途中で隣国である仙台六十二万石を誇る黒田長政改め、豊臣長政が襲い掛かったが、歯牙にもかけず返り討ちにした。
その行軍スピードは凄まじく、秀吉の中国大返しを上回る速度で大阪へと攻め上がるのである。




