32 より大きな善の為に
32 より大きな善の為に
大坂城謁見の間。
会食の翌日。真柴は上座から茶々を見据える。茶々は輿入れを前に緊張した面持ちを見せていた。
父違いの妹……不義の子である茶々はこれまで幼いながら、苦労してきた。
その妹の為にこれまで真柴は茶々が幸せになるためのレールを用意してきた。
「茶々よ……浮かない顔だな」
茶々の機微に気が付いた真柴は声をかけた。
茶々は兄に問われ、ぎこちなく声を出した。
「兄上……結城秀康様のこれまでの妻子達に申し訳がないのです」
確かに茶々の言うとおりだ。真柴とて、そのことに対する負い目がある。
真柴は非道な行いに、自分は地獄に落ちるだろうことを覚悟していた。
「………」
真柴はそのことに言葉が詰まると、一人の青年が、声を発した。
「関白殿下の行いは悪に相違ございません」
発言したのは徳川家康が三男、徳川秀忠であった。後に二代将軍となる筈だった男である。
真柴を非難するような発言に場が、騒然となる。
『天空竜』豪姫は無礼な発言に拳を握り締め、加賀殿に至っては刀を抜いている。
「徳川秀忠! 偉大なる秀頼様に何と無礼な発言! 許さん」
傍らに控える忠義者の宇喜多秀家が、怒りをあらわにした。
それを真柴は目線で下がれと指示を下した。為政者たるもの感情的になってはいけない。
「良い。徳川秀忠殿の言葉はまともだ。余の行いは正しく悪の行い。
だが、より大きな善の為の一手だ。この際だから、余の思惑を明かしてやろう。
茶々には豊臣と徳川の友好の懸け橋となってもらう。
豊臣と徳川で争うような事がこの先あれば、亡き太閤殿下が築いた太平の世が、崩れてしまうからだ」
その真柴の言葉に居並ぶ臣下たちに歓声が上がる。
真柴の先を見据える慧眼の叡智に震え上がるような者もいた。
「関白殿下の深慮遠謀……この秀忠、感服仕ります」
飄々とした雰囲気を漂わせながら、徳川秀忠は謝罪してきた。
より大きな善の為に。真柴が掲げる信念だ。そのためならば周囲の非難も受け入れる。
「納得してもらえたようだな。為政者たるものより大きな善の為に動かなければならない」
「関白殿下に興味が沸きました。釣りにでも行きませぬか?」
徳川秀忠は軽快な口調で真柴を釣りに誘った。
真柴は友好的で、身分という壁を感じない飄々とした徳川秀忠に好意的に思った。
「釣りか……余は釣り堀でしか釣りをしたことがない素人だ。本格的な釣りをするのも一興だな」
真柴と徳川秀忠は釣りに行く約束をして、その場を締めくくった。
その後、茶々は徳川家康、結城秀康とその家臣団と共に輿入れを滞りなく終えた。
結城秀康は会津百二十万石と右大臣の位を手に入れ、更に茶々を正室として迎えた。
そして一気に豊臣一門筆頭としての権勢を強めた。茶々は真柴の真意に気付いたが、納得できないようだった。
真柴はそんな妹を優しく見送った。西暦1602年は太平の世を象徴とした一年であった。




