31 難色を示す(徳川家康)
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31 難色を示す(徳川家康)
輿入れ前の日の夕刻。大坂城に大勢の家臣を連れて入城した徳川家康は関白殿下の行いに難色を示していた。
息子の結城秀康が、妻子を見捨てたことに激怒する。人の行いではないとかなりの御立腹である。
家康自身……秀康を冷遇した負い目もある。だが、その話とは関係ないのである。
既に時遅し……息子、秀康は妻子を無情にも捨て、関白殿下の妹君と結ばれる。
道理に合わぬことだ。まさか自分の自慢の息子が、非道な行いに手を染めるとは思いもよらなかった。
「まずは関白殿下に会うことだ。到着が遅れたため、真っ先に会食に向わなければならない」
家康は急いで会食の間へと向かった。そこには既に関白殿下、茶々様、秀康が家康を待っていた。
関白殿下は家康を満面の笑みで見据え、
「徳川殿、お久しゅう。肥えたのう」
「関白殿下におかれましては大変利発に成長なされて、臣、徳川家康嬉しく思います。」
言葉とは裏腹に家康の胸中には関白殿下に対する不信感が募っている。
――関白殿下……確かに王者の覇気を身にまとっている。一世一代の傑物だ。
家康は関白殿下の威圧感に、気圧されそうになる。
それ程に関白殿下は大人物だった。何しろ、奴隷同然の貧農から成り上がり、天下を取った亡き太閤殿下の子だ。
成るべくしてなっている。しかし……彼は途方もない才覚に酔って慢心している。
そこに付け込めば、豊臣家を崩せるのではないかと、家康は僅かな光明を探る。
「家臣団の方たちには別室で、宴の準備を用意した。ゆるりと過ごされよ。
ここの部屋で会食を行うのは当事者である四人のみだ。家康殿……余の隣の席にどうぞ」
関白殿下が、そう告げる。まさか自分や秀康の家臣団にも宴が用意されているとは……。
寛大な一面もある。その一面に彼の側近たちは惹かれるのであろう。
一方、息子の秀康は父である家康を冷たい目で見据える。それも成るべくしてなっている。
何故ならば彼の幼少期は家康の猜疑の眼に晒されて歪められたからだ。
六尺三寸の美丈夫である秀康。背が低く、無骨な自分とは似ても似つかぬ息子。
そんな事を考えていると、関白殿下が、白飯を頬張りながら、
「徳川殿、後で余と一局、碁を打ってもらいたい」
囲碁の対局を申し出てきた。どうやら、関白殿下も碁を嗜むようだ。
碁の達人である家康はこれに喜色満面となる。鬱憤を晴らす機会だからだ。
――ぶっ潰してやる! 本気の本気で、関白殿下を碁で叩きのめしてやる!
家康は心の内で物騒なことを考えながら、味噌汁を飲み干すと、茶々様が挨拶をしてきた。
「家康殿、茶々にございます。秀康様に嫁ぐ身として、秀康様を支えていく所存です」
茶々様は深く頭を下げて、家康に礼儀正しく挨拶をしてきた。
己の才覚に酔って慢心しきっている関白殿下とは似ても似つかぬ兄妹だな、と家康は思った。
「茶々殿、此方こそ、秀康をお頼み申す」
家康も丁寧に頭を下げる。似てない兄妹に驚きを示すも、礼節は欠かさなければならない。
「父上……」
秀康は目を瞑り、父である家康に一瞥もくれない。それは幼少期から冷遇した自業自得なのだが……。
こうして、会食の場は時間が過ぎていくのであった。
その後、家康は碁で関白殿下を叩きのめした。関白殿下は途中で投了し、中押し勝ちとなった。
あれだけの才覚を持ちながら、囲碁は弱かったので、家康は首を傾げるのである。




