11 決戦前夜(宇喜多秀家)
11 決戦前夜(宇喜多秀家)
宇喜多秀家は稀代の謀将、宇喜多直家の子で、豊臣秀吉の養女豪姫を正室に持つ為に豊臣一族である。
秀家は自らの主君である豊臣秀頼にとても興味を示していた。
まだ年齢的には幼子であるが、利発で、先見の明があり、その才覚は尋常ではない。
あの年でこれだけの軍勢を統率しているのは極めて異常だ。
その異常性にどれだけの者が気付いているか。徳川家康や前田利家などは気付いているだろう。
――秀頼様か……非常に興味深い。
遠くに見据える攻略対象の会津釜山城を細めて睨みながら、思いを馳せる。
「大殿。会津釜山城攻めの主将にこの明石全登を」
宇喜多軍の最大戦力である明石全登が名乗りを上げる。野太い声音が辺りに囁く。
明石全登……宇喜多軍の最大戦力にして、他の花房正成、宇喜多直盛と共に宇喜多軍の武を象徴してきた。
その兵力は八千。兵站を担う石田三成六千を上回る。
「明石全登……お主に任せよう。敵将である、テイハツは守りが些か固い。
それを崩せるのはこの私の右腕であるお主をおいて他ならない。左翼の前田利長殿たちには私が話を通しておく」
秀家はあっさりと主攻の将を明石全登に決めた。
決めた要因としては明石全登は個人の武力も、用兵術も突出している。
敵将のテイハツは秀家の眼から見て相当守りが固いと睨んでいた。
それを崩せるのは攻めに特化した明石全登しかないと秀家は結論付けた。
明日には決戦が幕を開ける。秀頼様の采配を見届けつつ、左翼の大将として、自軍を統率しなければならない。
幸い秀頼様に左翼が、会津釜山城攻めを命じられた。
明石全登には八千の軍勢を預けてある。その後詰として左翼の前田利長軍、島津義弘を当てれば自ずと勝利は見えてくる。
「宇喜多殿、左翼主攻の将をお主の明石全登にするのを認めたが、それだけでは心許ない。
我が前田軍二万四千も後詰として控えさせてもらう。島津殿はどうなされる?」
左翼の天幕に訪れた前田利長と島津義弘、そして『土佐の出来人』と謳われる長曾我部元親の子である盛親。
圧倒的な体格を持ちながら無言で話を聞く島津義弘。
「それで良い。二万四千の兵力を誇る前田殿は貴重な戦力として当てにさせてもらおう。
島津殿は如何なされる?」
「……」
島津義弘は無言で頷き、天幕を去っていった。
「気難しい御仁だ」
フッと微笑を浮かべ、隣でやれやれといった様子の前田利長と長曾我部盛親を見やる。
豊臣軍左翼は曲者ぞろいなようだ。そう思い、秀家は自重した。




