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妾腹の王女が辺境伯と結婚してめでたしめでたしでは終わらなかった話、その後のハッピーエンドまで  作者: と。/橘叶和


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11/12

11、思えば難しいことなどなかった

 慌ただしく乗せられた馬車の中で、エヴァとオーウェンは二人並びながら暫く無言で過ごした。話すことも、話さなければいけないことも多分にあったのだけれど、再会した時のようにきっかけが見つけられずにいた。


 その沈黙を破ったのはオーウェンだった。エヴァは自身から話しかけられなかったことに気まずさを感じながらも、ほっと息を吐いた。



「あの……。エヴァさ、んんっ、エヴァ」

「はい、何でしょう」

「この半年間の貴女の暮らしを聞かせていただ、っくれ、ないか?」

「ふふ、いいですよ、もう、言葉なんて敬語でも。わたくしも、つまらないことに拘り過ぎました。好きなように話してください」

「いや……」



 オーウェンがそこで言葉を区切ったので、エヴァは彼の顔を覗き込んだ。



「どうしました?」

「貴女がずっと歩み寄ろうとしてくれていたのに、私はそれを無視し続けていた。私もやり直したいんだ。エヴァ、貴女との結婚生活を」

「……はい」

「な、泣かないでくださっ、あ、ああ……!」



 エヴァの瞳からは、悲しくもないのに涙が溢れた。やり直したいと言ってくれたことが嬉しくて、そんな価値があるものみたいに思ってくれていたなんて。でも、そうか、オーウェンはエヴァのことを愛していると言っていた。もしかするとそれを信じてもいいのかもしれない。今更ながらにエヴァはそんな風に考えていた。


 一向に泣き止まないエヴァの頬にオーウェンがハンカチを押し当てるが、その動作が何だかぎこちなくて笑えてくる。



「ふふ、ふふふ、ね、ゆっくりでいいわ。でも、たくさん、お話をしましょうね」

「はい……っ」



 とりとめのない話をぽつぽつとしている内に、二人を乗せた馬車はアルドル辺境伯家の別邸に着いた。あの村はアルドル辺境伯領の端に位置していたので、本宅に戻るには時間がかかるからと今夜はここに一泊することになっているらしい。


 エヴァは自身の衣服が平民が着るにしても粗末なものであることにやっと思い至ったが、今更だし仕方がないと開き直ることにした。使用人たちに陰で笑われるのには慣れている、嫌だけれども。別邸とはいえ辺境伯家の屋敷にこの格好で入らねばならないのはさすがのエヴァにも気が重かったが、仕方がないのだと何度も言い聞かせた。


 エヴァがそっと隣を見ると、オーウェンが微笑んでくれる。それだけで不思議なことに着ているものなんて、どうでもいいと思えるくらいの自信がついた。自身が図太い上に単純であったことを、エヴァは初めて自覚した。


 エヴァが足を踏み入れたことのなかった別邸には、彼女の見知った使用人たちが辺境伯夫妻の帰りを待っていた。その最前列には当たり前だと言わんばかりにミリーが立っていて、エヴァは随分と安堵した。



「おかえりなさいませ、奥様! おくさ、ま…!?」

「ミリー、久しぶりね。元気にしていました……ミリー?」

「奥様の御髪、あんなに美しかった御髪が! あ、ああ……っ!」

「ミリー!?」



 ミリーはエヴァの髪を指さして、いきなりにひっくり返った。近くにいた使用人たちが彼女を支えたけれど、ミリーはうんうんと唸りながら目を覚まさない。エヴァが慌てて治癒魔法をかけたが、何かしらの病気や怪我でもなさそうだった。


 後から別宅に呼んだ医者によると「一度に処理ができない心労での失神」だそうで、暫くすれば目を覚ますとのこと。安心していいのか悪いのか、エヴァは複雑な気持ちになった。


 ミリー不在のまま、エヴァは久しぶりに侍女たちに磨き上げられた。半年もの間、自分のことは自分でしてきたものだから、激しい違和感がエヴァを襲う。しかし、ミリー以外の侍女たちもまたエヴァの帰りを待っていてくれたらしく、頑として譲ってはくれなかった。


 お風呂に入れられ、髪を洗われ、爪を手入れされ、香油を塗られ、エヴァは頭からつま先までピカピカになった。最高級品の寝間着に着替えさせられて、その滑らかすぎる肌触りにそわそわしたが、そういえば前までは毎日こういうものを着ていたのだと思い出してじっと耐えることにした。


 休むには早いけれど、今から何かするには遅い時間だ。与えられた部屋で、エヴァはぼんやりそう思った。早いけれど明日からのことに備えてもう休む支度をしようしたエヴァに、侍女の一人が声をかける。



「奥様、旦那様が今からお会いしたいと」

「……今から?」

「はい、今からです」



 エヴァは、言葉を失った。オーウェンが夜に、特にエヴァが寝間着を着た後に訪ねてくることなどこれまで一度もなかったからだ。



「……わたくし、お風呂にはいったのだけれど。もう寝間着だし、その、あの方にそれを」

「はい、旦那様はご存じですわ」

「そ、そう……」

「奥様がお嫌でしたら、私がお断りして参ります。どうされますか?」



 明らかに狼狽えるエヴァに対して、年嵩の侍女がそっと労わるような声でそう言った。その声で我に返ったエヴァは、女主人として正しい振る舞いを思い出した。



「……いいえ、大丈夫、通して頂戴。でもあの、その前に何か羽織るものを」

「畏まりました」

「後、何か飲み物を」

「はい」



 侍女は寝間着の上に着るには随分と厚い羽織りを持ってきて、それをエヴァに着せてくれた。彼女らは飲み物と軽くつまめる菓子などを用意した後、オーウェンが入室するのと入れ替わりで退出していった。



「こんばんは、こんな夜にすまない。もう少し貴女と話がしたくて」

「ええ、こんばんは。構わないわ、どうぞ」



 悟られないように、けれど確実に緊張していたエヴァだったが、それは不要のものだった。オーウェンは本当に、ただただ話をしに来ただけだとすぐに気付いたからだ。沢山話そうと言ったのはエヴァの方なのだから、これはこれで困ることではなかった。


 二人は馬車の中で話した続きや、これまでのこととこれからのことを話した。重苦しい話はさすがにこの時間から議論するべきではないと避けたが、それでも話題は尽きなかった。



「そういえば、ミリーには悪いことをしました。髪の色をせめて戻しておけばよかった……」

「はは、彼女たちも貴女の戻りを待っていたから興奮したんでしょう。……その色も短さもよく似合っているが、戻すつもりはないのかな?」

「色は戻しますが、短さは……そうね。もう少し伸ばそうかしら。……貴方はどのくらいがお好みですか?」



 エヴァが短くなった髪の先を撫でつけるのを、オーウェンはじっと見つめる。思い返せば、こんな、男女が暇つぶしに語らうような話を二人がしたことなどなかった。以前までの二人はやはり夫婦ではなく、主従だったのだろうなあ、とエヴァは苦笑した。



「そうだな、どのくらいの長さでも貴女にはきっと似合うから、お好きになさればいいと思うが……。もう少し長ければ髪を結いあげた貴女がまた見れるのか、とも」

「では、そのくらいに伸ばそうかしら」

「ああ、いや、本当に貴女の好みでいいんだが」

「自分で手入れをしたり結ったりするのは難しくて村では短くしていましたが、わたくしも結ってもらうのは好きですから」

「……そうか。なら、貴女の髪が伸びたらそれに合う飾りを用意しよう」

「ありがとう、楽しみにしています」



 オーウェンの瞳に熱がこもっているように見えて、エヴァはそっと視線を外した。気のせい、そう、気のせいなのだからと言い聞かせて、エヴァは話題を変える。



「……お頭さんたちとあの村の人たちを、どうするつもりなんですか?」

「奴には今後も大立ち回りをしてもらう予定だ。村の人々だが、奴は王国中にああいう村をいくつか持っているので、その人々を集めてうちの領地で面倒を見ることになっている。そういう取引だったんだ」

「そう……」

「安心した?」

「ええ」



 きっと悪いようにはされないと分かっていたものの、オーウェンにはっきりと明言をされるとエヴァは何だか肩の荷が降りたような感覚がした。


 エヴァがふう、と安堵のため息を漏らしたその時、壁掛けの時計がポンポンと軽やかに鳴って就寝すべき時間だと教えてくれる。



「そろそろ休まないといけない時間ですね」

「ああ、そうだな」



 オーウェンは返事はしたものの、そこから動かなかった。



「……あの?」

「今夜は私もここで休む、つもり……です」

「……え、あ、え!?」



 本来、エヴァが驚いてはいけない場面だった。オーウェンはエヴァと結婚生活をやり直したいと言ってくれたのだから、当然のことなのだ。



「いえ、あの、貴女がお嫌でしたら、そのっ……。……その、しかし我々は、夫婦だから」



 そう言ったオーウェンの顔は真っ赤だった。そこでエヴァは、緊張をしているのは自身だけでないことを知った。



「嫌ではないわ。……少しびっくりしたけれど、貴方と一緒に眠ってみたかったの」

「今日は、ただ一緒に眠ろう。ゆっくり、ちゃんと夫婦になろう」

「……はい」



 オーウェンは、ゆっくりとエヴァを抱きしめた。寝間着で抱き合うなんて、初めての経験だ。暴れまわる自身の心臓に苦しめられながら、それでもエヴァはそっと身を委ねた。


――


 翌日、エヴァは回復したミリーに髪の色を戻してもらってオーウェンの両親に会いに行った。別邸と本宅の途中に二人が暮らしている家があったから、寄っていくことになったのだ。


 どんなお叱りを受けても例え許してもらえなくとも、誠心誠意謝罪をする決意をして向かったエヴァだったが、義母は彼女の想像を容易く飛び越えるような人だった。



「エヴァさん! ああ、エヴァさん、よかったわ! よかったわ、帰ってきてくれて……!」

「お義母様、あの、ご心配をおかけして」

「そうです! 心配しました! あたくしはとっても心配したの! お怪我は? お熱はないの? ご病気はされなかった? ちゃんとご飯を食べていた?」

「あ、あの」

「母上、そんなに矢継ぎ早に話されてはエヴァが困ります」

「まあまあ! 元はと言えばオーウェン、貴方がね!」

「……ジュリア、程々にしなさい」

「貴方はまた、そんな甘いことを仰って!」



 そうだった、この人たちはこんな感じだった。エヴァは義両親の、いや、義母の勢いに圧倒されながらそう思った。義母は苛烈という訳ではなかったが勢いのある人で、そして、エヴァを娘と言ってくれていた。『あたくしは娘を産まなかったから、娘ができるのを楽しみにしていたのよ』と、迎えてくれたことを思い出した。


 その後も義母の勢いに圧倒されながら、エヴァが謝罪と報告をすると彼女は『次にオーウェンに虐められたらあたくしに仰い! 叱ってあげますからね、絶対ですよ!?』と言った。さすがに居心地が悪かったらしいオーウェンが『仕事があるから』と話を切り上げそそくさと退散することになるまで、義母の勢いは止まらなかった。


―――


 本宅へ戻る馬車の中でも義母の勢いの余韻があり、二人は暫くぐったりとしていた。悪い人ではないのだ、もちろん悪い人なのではない。特に今回は、エヴァを心配してのことで、殊更に勢いがあっただけだったのだ。



「……本当に、ご心配をおかけしたようで、申し訳ないわ」

「母は昔からあんな感じだから……。まあ、娘が誘拐されたと聞けば誰だってああなるだろう。貴族といえども、家族が命の危険に脅かされたと知って、漫然と構えられていられる人ばかりではない」

「……」

「一番、心配したのは私だということを忘れないでほしいけれど」

「ごめんなさい……」

「……そういう顔をさせたい訳ではないんだ、すまない」



 エヴァは今になって、本当に多くの人に心配をかけていたことを自覚した。



「心配をされるということを、あまり想定していなかったの」

「え……?」

「惜しんでくれるかしら、とは少し思ったわ。でも、わたくしのことを、あんなに心配してくれるなんて思ってもなかったの」

「……貴女のことを愛している、エヴァ」



 そう言って、オーウェンはエヴァを抱きしめた。



「貴女は愛されている。私にも母と父にも、使用人にも領民にも、愛されている。大切な貴女がいなくなったら心配をするし、悲しいし辛い。それは当然のことなんだ。それを知っていってほしい」



 エヴァは何か答えようとしたけれど、何故か声が出せない。それでもどうにか自身の想いを伝えたくてオーウェンの腕にしがみつくと、それよりも強い力で抱き返された。痛いくらいだったのに、エヴァはそれが嬉しかった。ここにいてほしい、と言われているようで。


―――


 義両親の屋敷に寄ったからか、本宅についたのはもう夜も遅い時間だった。軽い食事を済ませ昨日と同様に磨き上げられたエヴァは、久しぶりに戻った辺境伯夫人の為の部屋のベッドで、もう横になっていた。その隣にはオーウェンが寝転んでいたが、昨夜程の動揺はしていない。自身の図太さに、エヴァは改めて感謝した。



「久しぶりの我が家はどうですか、辺境伯夫人?」

「とても過ごしやすいですわ、辺境伯閣下」

「……」

「どうしたの?」

「いや、辺境伯閣下と呼ばれるのが寂しくて」

「貴方から始めたことじゃない」

「だが再会してからこれまで、貴女が私の名を呼んでくれたのは数える程だ」

「……そう、だったかしら」

「ああ、そうだ。……私はもしかすると、貴女をこんな気持ちにさせていたのかな」



 そう言われると、エヴァの中に素直に認めたくない気持ちがむくむくと湧いてきてしまうが、オーウェンがまた情けない顔をしているので素直に認めることにした。



「……そうね、寂しかったのかもしれない。あんなに大切にしてもらっていたのにね」

「ただの私の独りよがりだった。あんなことはきっと、大切にした内には入らない。今度こそ間違えない、貴女を大切にする。だから、もう二度といなくならないでくれ……」

「いなくなることは、もうしないわ。約束します。でも、わたくしは過剰に大切にされたい訳ではないの」

「では、嫌なことがあったらその都度教えてくれ」

「そうね、たくさんお話をしましょう。貴方もしてほしいことや嫌なことがあったら言ってね?」



 エヴァが微笑みながらそう言うと、オーウェンは口元に手をやって少し考えこんだ。



「してほしいこと……」

「あら、何かあるの?」

「……」

「オーウェン?」

「ね……」

「ね?」

「寝る前の、キス、とか……」



 二人の間に、不思議な間が入る。再会してからこういうことは何度かあったが、今までのそれとは違う間だった。じわじわと赤く染まっていくオーウェンの耳を見ながら、エヴァは笑ってしまう。



「まあ、ふふふ、オーウェン貴方、子どもみたいだわ」

「……駄目、ですか?」

「……駄目じゃないわ」



 エヴァは村で子どもたちにしていたように、オーウェンの頬に唇を寄せた。たったそれだけのことだったが、何だかとても神聖な行いのような気がする。そうエヴァが感じていたというのに、彼女が顔を離すとオーウェンは何故か顔を覆っていた。



「……ああ」

「オーウェン?」

「幸せだ……」

「……貴方はしてくれないの?」

「します」



 オーウェンはそっとエヴァの額にキスを落として、彼女を抱きしめた。どちらかともなく笑いが零れる。



「ふふ、本当に幸せね」

「ああ、本当に」

「さ、明日から忙しいのだし、もう寝ましょう」

「えっ?」

「え? ……まだ何か、今夜中にしなければいけないことがあったかしら?」

「いや、そう、だな。明日からはきっと暫く忙しいから、もう休もう。計画の件についても、明日詳しく説明をするから」

「そう、わかりました。おやすみなさい、オーウェン」

「……おやすみ、エヴァ」


読んで頂き、ありがとうございました。

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