12、この顛末
翌日、エヴァはオーウェンの書斎で王位略奪の詳細と、この半年間エヴァが病気療養中という扱いを受けていたことを聞かされた。
「療養ですか」
「ああ、表向きは。……この家の人間と、例の計画に参加している家には攫われたことを伝えてあったんだが、レクス辺境伯家のジアンナ様には特に叱られた」
「叔母様が?」
エヴァは叔母様と言ったが彼女から見て、レクス辺境伯家のジアンナ夫人は叔母にはあたらない。ジアンナ・レクスという人は、先代のレクス辺境伯の長女で婿をとってレクス家を継いだ人だった。そして彼女の母は、先々代の国王の年の離れた王妹である。エヴァにとっては、曾祖父の妹の娘、という位置にいる人だが、便宜上叔母と呼んでいるのだ。
エヴァ個人としてはジアンナと深い関わりがあった訳ではなかったが、彼女が現王室に不満を持ちエヴァの扱いに対して苦言を呈してくれていることは知っていた。
「ああ、お叱りの手紙が何通も。侍従長からも来ていたな」
「侍従長って、王城の侍従長のこと? どうして……」
「二人とも貴女のことを気にかけていたから。それに侍従長も協力者の一人なんだ」
「……そういえば、元々侍従長は叔母様からの推薦だったわね。もしかして、侍従長って」
「さあ? 当時は私も子どもだったから。だが、計画自体は我々の親世代からずっと組まれていたものではあるかな」
オーウェンは苦笑して話を続けた。
「……計画について、ずっと黙っていられる訳ではないと分かっていたんだ。貴方が嫁いできてくれた時点で、計画はもう最終段階に入ろうとしていた。後は機を見るだけだったんだ。いつか伝えねばと、だが、どうしても言えなくて」
「わたくしは頼りなかったでしょうから、仕方がないわ」
「そうではなくて、貴女に嫌われるのではないかと……。そればかりが不安で」
「そんなこと」
「今になって思えば、エヴァが奴らに情をかけてやる義理などなかったんだ。恋をすると臆病になると聞いたことがあったが、まさにそれだったな」
真剣で大事な話をしていた筈なのに、何だか雲行きがおかしくなってきたとエヴァは少し視線を外した。それに気づいたオーウェンはエヴァの隣に座りなおし、あろうことか彼女の顔を覗き込んでくる。
「もしかして、照れている?」
「す、少しだけ……。あの、顔が近くないかしら」
「そんな顔は初めて見るな、と思って。どうしてそっちを向くんだ?」
「恥ずかしいわ。ねえ、計画のことを詳しく教えてくれるのではなかったの?」
エヴァは話を戻さねばとそう言ったが、オーウェンは彼女を見つめたままで、ううんと唸った。
「詳しくと言ってもな、私も直接かかわったのは王城で近衛をしていた時だけだからそこまで詳しくはないんだ。現王室と取り巻きには王城からご退場頂くことは決まっているが、それ以上は。……ただ、命をとることはしない方向らしい。おそらくは、僻地での幽閉あたりで落ち着くんじゃないかと」
「そう。その後、アルドル家はどういう立ち位置になるの? 貴方も王都で仕事をするようになるの?」
「……アルドル家はそのまま辺境伯としてここに留まる。王都で働いてみて分かったが、私には王都の空気は合わない。親戚から複数人を王都に出すことは決まっているが、私は変わらずここにいる」
それを聞いて、エヴァは素直に良かったと安堵した。オーウェンが行くというのであれば、妻であるエヴァもついて行くことになっただろうから。
オーウェンが王都で政治に携わるとなれば、それはそれで出世なのだろう。けれど、エヴァは王都の雰囲気が好きではなかった。いや、エヴァが王都の悪いところばかりを見てきてしまっただけなのだが、そういう理屈に気付いていてもなお、好き好んで王都に行きたいとは思えない。
そこまで考えて、また自分のことばかり考えてしまったと自己嫌悪に陥りながらエヴァは話を続けた。
「では次の王家は……」
「レクス家のジアンナ様が、まず女王に立たれることが決まっている。その後、情勢が落ち着いたところで彼女の長男ケイレブが後を継ぐ予定だ。レクス辺境伯家は長女であるマリアンヌ嬢が婿をとって継ぐことになる」
「レクス家はアルドル家と同じで元は王家の分家ですものね、妥当だわ。でも、よく公爵家たちが認めましたね」
「レクス辺境伯夫妻を敵に回すよりもずっといいという算段だろう。この計画を立ち上げたのもレクス家だったらしいから、今更ここで揉めるようなことは賢い選択とはいえない。ジアンナ様が先々代の年の離れた王妹の娘だということも大いに関係してもいるだろう」
「そう。無駄な争いはない方がいいから、よかった」
ともかく、これで大きな内戦などはほとんど起きないはずだ。それ程に現王室の求心力は下がっている。エヴァはゆっくり息を吐いた。
「……エヴァ、貴女は」
「はい?」
「貴女とて、王家の人間だ。王位に興味はないのか?」
「貴方も言っていたじゃないの。“二人の王女はどちらとも次代の王に相応しくない”って、その通りだとわたくしも思います。……わたくしは王家に生まれてしまったけれど、その役割を果たせる人間ではなかった」
「貴女に直接会う前は情報だけでそう決めつけてしまっていたが、私はそうは思わない。貴女に任せた仕事は全て予想を上回る出来だったし、使用人たちからの信頼も篤い。貴女は、人の上に立てる人だ」
そんな風に思われていたとは、とエヴァは瞬きをした。身内贔屓というものなのかもしれないけれど、少し嬉しくなる。
「ありがとう。でもね、わたくしはやはりそうは思えません。それに、その質問は二度目なの。叔母様にも聞かれたことがあるのよ、王位に興味はないのですかって」
「ジアンナ様に?」
「ええ、その頃にはもうブリジットが生まれていて、わたくしは王家にとっても王城の人にとっても用済みの存在だったから、すごく驚いたのを覚えています。ありませんって、言いました。……子どもながらに、ブリジットが受け継ぐ筈のものを欲しがったら、殺されるのではないかと怖かった」
「エヴァ……」
「叔母様は、頷いただけで他には何も仰らなかったわ。思えば、意思確認をされていたのね」
エヴァは当時を思い出しながら小さく笑った。当時から王妃派でなく、むしろ反王妃派であるジアンナがエヴァを害する必要など一つもなかったのに、幼かったエヴァにはそれすらも分かっていなかった。分からずに、ただ、いろんなものに怯えていた。そういえば、それからだ。ジアンナがエヴァの支援をし始めてくれたのは。
「叔母様は親切な方でした。ああいう方だから少し分かりづらかったけれど、でも、ドレスを作ってくれたり、世話役や教育係を用意してくれていたりしたわ。子どもの頃は全て侍従長がやってくれているのだと思っていたけれど、王妃たちを黙らせてお金を出してくれていたのは叔母様だった。わたくしが生きていられるのは、あの方のおかげだわ」
直接的ではないジアンナの支援にエヴァが気付いたのは、随分成長した後だった。遅くはなったけれど急いでジアンナにお礼の手紙を出したのをよく覚えている。
ジアンナからは『何のことを仰っているのか分からないけれど、分からないということはつまり、ただ当然のことをしたまでなのでしょう。そのようにどうでもよいことに惑わされず、勉学と公務に励まれるのがよろしいでしょう』とだけ返ってきて、困惑したのも鮮明に残っている。
きっとあれは、ジアンナなりの応援であったのだ。様々な思惑もあっただろうが、エヴァはジアンナに王女として最低限の尊厳を守ってもらっていた。
「わたくしには、わたくしだけで状況を打破できる力はなかった。もし、次の王位に相応しい人ならば、きっとたゆまぬ努力を続けていたでしょう。でも、わたくしはずっと諦めてただ日々が過ぎるのを待っていたの。……本当なら、わたくしも僻地で幽閉されるべきなのでしょうけれど」
「何を言うんだ! エヴァはただの被害者だ、そんなことは絶対にさせない!」
「……ごめんなさい、オーウェン。貴方がそう言ってくれると知っていて、わざとそういうセリフを使いました」
オーウェンはきっとエヴァが傷つくようなことは言わない。必ず慰めてくれるとエヴァはもう知っていた。
「いっそ、清々しいくらいにあの人たちのことはどうでもいいの。わたくしには関係ないと思ってしまう。でも血が繋がっているのだから、責任を持てと言われればそれまでです。アルドル家にとって不利益になりそうだったら――」
「エヴァ、それ以上はやめてくれ。貴女相手に怒りたくはない」
「わたくしも真剣なのだけれど」
「そんなことにはならないように手を回してある。心配する必要はない」
あんまりにも頑ななオーウェンに、エヴァはため息を吐いた。
「貴方って結構、頑固なのね」
「……そのようだ。私も初めて知った」
「ふふ、ねえ、オーウェン。わたくしは貴方の奥様よね?」
「もちろん」
「なら、わたくしはもう、エヴァ・アルドルです。王位にも王家にも興味はありません。……王女として生まれた身としては、言ってはいけないことかもしれませんが、それでもこれがわたくしの本心です」
「そうか……」
オーウェンがそっと肩を抱くので、エヴァはそのまま彼にもたれた。
「大体、オーウェン? 貴方はここに留まるつもりと言ったのに、わたくしに王位を勧めるなんてどういうこと?」
「勧めてはいない。ただ、エヴァが王位を望むならそれ相応に動かなければならないと」
「わたくしにだけ王城に戻れと……?」
「まさか、そんなことになれば領地は他の人間に譲る。私の代えなどいくらでもいるんだ。何なら兄を連れ戻してもいい」
「……貴方さっき、王都の空気は合わないって」
「エヴァがいるならどうにでもなる」
「もう、調子がいいのだから」
エヴァはオーウェンにもたれたまま、くすりと笑った。きっとオーウェンは冗談などではなく本当に、エヴァが王都に戻りたいと言えばそれを叶えてくれるつもりだったのだろう。そんなこと、エヴァが望むはずもないのに。
「わたくし、ここが好きよ」
「田舎だが、本当にいいのか?」
「流行り物のドレスも宝石も、わたくしには必要ありません。子どもたちが笑っていて、人々に活気があって、豊かさとはこういうことを言うのだとわたくしは知りました」
「……そうか」
「それに以前も言いましたが、アルドル辺境伯領はとても重要な位置にある領地ですよ。貶めるのはやめてくださる?」
「ははっ、そうだった」
「オーウェンの生まれ育ったこの土地で生きていきたいわ。今度こそ、逃げないで頑張ります。一緒にいてくれるんでしょう?」
「ふ、では、私もエヴァに負けないように頑張らないと」
「ええ、一緒に頑張りましょう」
そう微笑んだエヴァにオーウェンは優しく口付けた。優しくというかそっとというか、短くというか。それは一瞬の出来事で、でも、確かにお互いの唇には感触が残っていた。
「……」
「……」
「こういうことも、その、お互い慣れていこう」
「ど、努力します……」
――
エヴァがアルドル家に戻って数日後、アエテルニタス王家はあっさりと潰えた。いや、王家が潰えたというよりは乗っ取られたという方が正しい。エヴァの父である前国王は退位させられ、新しくジアンナ・レクスがジアンナ・アエテルニタスと名を変えて女王に立ったのだ。前国王とジアンナのどちらにも王家の血は入っているので、乗っ取りよりも正当な王統が戻ったのだという者までいる。
各地にちらばった義賊たちの集結、民衆のデモ、貴族議会での糾弾。前国王は喉元に剣を突き付けられるまでもなく、そそくさと退位を表明し僻地での隠居を受け入れた。ある意味で彼は自身の矮小な器を正しく理解していたのだろう。王妃は抵抗したが、彼女はどうあっても国王の妻でしかなく彼女自身に本当の臣下もいなかった為、その抵抗はただのヒステリックとしてしか扱われなかった。
王女であったブリジットは、なんとレクス辺境伯家に引き取られた。まだ未成年だということ、両親から正しい教育を受けていなかったということを加味し、女王の寛大さでもって幽閉を免れている状態だそうだ。
そうであっても前国王の娘であることには変わりないブリジットが、争いの種になる可能性は少なくない。その為、一つでも問題を起こせば幽閉か、もしくはそれ以上の処分が下されることを宣言されている。さすがにそこまで言われ、更には国でも有数の厳しさと名高い教育係を付けられているブリジットは、怯えながらも日々黙々と課題をこなしているらしかった。
エヴァはそれを聞いて「そうか」としか思わなかった。自身の薄情さに驚いたが、それ以上に心が動かなかったのだ。そして仕方がないと早々に諦めた。
前国王夫妻は滅多なことがない限りは幽閉地から出てこられないだろうし、ブリジットが無事に成人を迎えられるかも分からない。しかしもし、ブリジットが女王の温情をきちんと理解して令嬢として正しく育ち、社交界で会うことがあれば。その時は、まあ、その時考えようと考えることを放棄した。
何せ、新たな女王の下、やるべきことが山積みだったからだ。女王が戴冠してからの三ヶ月、エヴァとオーウェンはほとんど休みなしで働いていた。今夜ももう遅い時間だが、二人はまだ執務室で政務に励んでいる。
「エヴァ、この前言っていた領外からの流入によって増えた民の就職支援だが、貴女の言った通り元々していた仕事の斡旋や開業の手助けをしたことにより、随分滑らかにことが運んでいるようだ」
前国王に与し、賄賂や汚職を多く行っていた貴族たちは、軒並み領地や財産の取り上げ爵位の取り消しなどをされた。そういった領地は新しい貴族が統治することなったが、すぐに正常化はできず、また卑しくも抵抗をする貴族もいたのだ。そんな上流階級のいざこざに巻き込まれるのはいつだって弱い立場の者たちで、アルドル辺境伯領ではそういった者たちの保護を率先して行っていた。
アルドル辺境伯領以外にもそういった貴族はおり、全ての困っている人が集まってきている訳ではない。しかし他の貴族たちより余力と土地があるのは確かで、多く集まってきているもの事実だった。
「そう、よかった……。あの村ではそうしていて、そうすれば皆すぐに働き出せるからって。規模が違うからどうかと思ったのだけれど、上手くいって本当によかったわ」
「本当は人手が足りない職業に就いてほしかったというのが本音ではあるが、それが不満となって離職率と犯罪率が上がるのは困る。別地方の技術もいくつか入ってきたから、むしろよかったことの方が多いかもしれない」
けれど、陳情書の量は減らない。二人の下には元々のアルドル辺境伯領の民と入ってきた民、両方からの陳情が毎日届いている。更には元々の仕事だってある、時間はいくらあっても足りなかった。
「ですが、まだ問題はあるのでしょう?」
「いきなり人が増えるのだから、多少の衝突は避けられない。しかし、民の受け入れには女王からの補助金も出ている。それを領民の食料や福祉にあてて、住宅を増やして……。まあ、問題はあるが、長い目で見ていこう」
「はい」
では次の書類を、と二人がペンを走らせていたその時、執務室の扉がゆったりと開いた。
「旦那様、奥様」
「あ」
「あ」
入室してきた人物を見て、二人は同時に声を上げた。まずい、と同じことを考えながら。
「あ、ではございません。現在、何時だとお思いですか? 先日この爺めと約束を致しましたことは、もはやお忘れだと?」
「丁度、そろそろ休もうと話していたところだ」
「そうです、もうこんな時間だもの。侍従長との約束を忘れていた訳ではないわ」
「それにしてはいささか時間が過ぎておりますが? 後、奥様。爺めはもう王城の侍従長ではなく、アルドル家の家令でございます」
国王の代替わりの折、何故か王城に勤めていた侍従長が『雇ってほしい』とジアンナの紹介状を持ってやってきたのだ。ジアンナがレクス家の家令を連れて来て新しく侍従長に任命するので、自身は城にいられなくなったのだと彼は言った。
エヴァは願ってもないことだと喜んだが、王城で侍従長までした人に執事をさせるのも忍びない。アルドル家には既に家令がいるから、それを押しのけるのもおかしなことだ。しかし先代の家令は『では私は大旦那様たちの下へ参ります』と簡単に席を譲ってくれた。
エヴァは慌てたが、オーウェン曰く、先代の家令は前アルドル辺境伯夫妻について行きたいと元々申し出ていたそうなので、これは渡りに船だったのだそうだ。何とも、エヴァにとって都合のいい話である。
しかし、侍従長が家令になったことで、エヴァたちは以前よりもよく叱られるようにもなっていた。先代の家令は二人に甘かったので余計にそう感じた。
「すまない……」
「ごめんなさい……」
「分かって頂ければ、結構。お部屋は整えてございますから、すぐに体を清めてお休みください」
「はい」
「分かりました」
―――
急いで風呂を済ませた二人は、手際のよい使用人たちによって早々にベッドに詰め込まれた。
「……また怒られてしまったわね」
「はは、今日こそはと思っていたんだが」
「ふふ、わたくしもです。貴方と仕事の話をしていると時間がすぐに過ぎていって困るわ」
「……そうだな」
「どうかしました?」
もう眠たいのだろうか、オーウェンはぼんやりと天井を眺めている。いつもならベッドの上で少しだけ仕事に関係のない話をするのだけれど、疲れているならもう寝かしつけてしまおう。そう思ってエヴァはオーウェンに毛布をかけてやったが、どうやらそういう訳ではないようだった。
「いや、まあ、仕方がないことだが、やはり忙し過ぎるなと」
「女王が戴冠なさってからまだ三ヶ月と少ししか経っていないもの。仕方がないわ」
「だが、そろそろ……」
「そろそろ?」
「……結婚記念日が」
「ああ、そういえば、そうね?」
確かにあと三ヶ月もしない内に、二人の結婚記念日がやってくる。去年の今頃、エヴァは勝手に不幸を気取って、何もしないでただ嘆いているばかりだった。自身の罪悪が蘇って、エヴァは少し胸が痛んだ。けれどこの程度、何のことはない。
実際エヴァは結局、罰らしい罰も受けずにのうのうとオーウェンの妻という座に返り咲いてしまった。これで本当にいいのだろうかと思わないでもないが、それでもオーウェンが自身を必要とするならばと毎日の仕事に向き合っている。
「結婚記念日……」
「……オーウェン?」
「決めた」
「何を?」
「新婚旅行に行こう」
「新婚ではないと思うわ」
「一年目にも二年目にも行けていないんだから、いいだろう新婚旅行で」
「そういうものかしら……? でも、どちらにしろ今は忙しいから」
「いや、行く」
オーウェンはころりと寝返りを打って、エヴァに向き合った。そしてエヴァの手をとったオーウェンは、しかし目線を外してしまう。
「……本当は、二年目の結婚記念日にちょっとした小旅行を考えていたんだ」
「え?」
「あの時は、計画には使えると思っていたが、義賊との協力なんて考えていなかった。奴らの動きからしてうちの領地で悪さする筈がなかったから、適当に追い払えばよかったんだ。だから、それをさっさと済ませて、花の名所だという南の観光地にでも行こうと思っていた」
「……えっと」
「あの時は馬鹿みたいに浮かれていて、旅行中に少しでもエヴァと親密になれれば、なんてことばかり考えていた。だから、貴女の悩みに気付くこともできなかったんだろうなあ……」
「そんな、あれは、わたくしが勝手に」
「いや、奴の言う通りなのは腹立たしいが、私が頼りなかったのは事実だろう。……だがそれはそれとして、新婚旅行には行こう」
「だが、って……」
オーウェンの言う、『奴』とは義賊の頭領のことだ。義賊たちは今やアルドル家の私兵の中でも独立部隊として影のようなことも行ってくれている。あの村の人々はあの村でそのまま暮らすことを望んだが、領主に正式に認知されたことによりあの頃よりもずっと流通がよくなったそうだ。
頭領はたまにふらっとアルドル家を訪れて、仕事をもらうついでにオーウェンのことを揶揄っていく。オーウェンも邪険にしている割には頭領の言うことをよく聞いている節があり、二人は不思議な関係を築いていた。
「行きたいけれど、でも」
「仕事はどうにかする。この際、父上たちにも手伝ってもらう」
「い、今よりももっとということ?」
女王戴冠に伴い増えた仕事は、さすがに若い領主夫妻だけで捌ききれない量があった。それを見かねたオーウェンの両親が、いくらかの仕事を手伝ってくれているのだ。
「もっと、ということだ。そもそも父上は隠居が早過ぎたんだ、まだ現役の年だぞ。せめて私たちの第一子が学園に通うくらいまでは待つべきじゃないか」
「え」
「どうかしたか?」
「いえ、あの……」
エヴァは、あからさまに狼狽えた。何故なら二人はまだ白い結婚であったから。もうオーウェンとの間に子どもなんてできないだろうと、エヴァは決めてかかっていたのだ。
以前のような悲壮感がないのは、オーウェンが変わらずエヴァに愛を伝えてくれたからだった。そういった欲のない愛もこの世にはあって、オーウェンはそういう人なのだろうとエヴァは信じ込んでいた。後継ぎは以前に言っていた通りに、親戚から養子を貰うのだとばかり。だから、オーウェンがいきなりに二人の子どもの話をしてきたことに動揺を隠せなかった。
「……私は欲しいと思っている」
「それは、そうね。当然のことです」
「だから、新婚旅行に行こう」
「何が“だから”なの?」
エヴァは心底、オーウェンの話を理解できていなかった。もはや、別の言語で話している気分でもあった。
オーウェンが欲しいのは、きっかけだ。毎夜同じベッドで寝る権利を持っていながら、白い結婚を続けるつもりなど本当はさらさらなかったのに、エヴァに『おやすみなさい』と言われると、どうにも先に進めなかった。だから、旅行は必要なのだ、彼にとって。
さすがに格好がつかなくて、オーウェンはそれをエヴァに伝えることはできなかった。
「行きたくない?」
「い、行きたいわ」
「じゃあ行こう、我々は同年代たちに比べて働き過ぎだ。長期休暇をもらったところで罰は当たらない。侍従長……いや、我が家の優秀な家令に調節を頼めばどうにかなる」
「……そうね。どこに行くの? さっき言っていた南の観光地?」
「いや、領地をぐるっと回ろう。うちは田舎だが広いから観光地はいくつかある」
「そう、楽しみだわ」
オーウェンの考えていることをエヴァは分かっていなかったが、それでもいいかと諦めた。仕事を放りだすのは、やはり少し引っかかるけれど、それを抜きにすれば旅行は楽しみだ。何より、オーウェンがこんなにも行きたいと言っているのだから、叶えてあげたいとも思う。
「さあ、もう眠ろう。明日も仕事は山積みだから」
「そうね。おやすみなさい、オーウェン」
「おやすみ、エヴァ。愛してる」
「わたくしも愛しています」
読んで頂き、ありがとうございます。
ただただ、ぐだぐだしてた二人でした。結婚はゴールではない。それにしてもぐだつき過ぎだろう、いい加減にしてほしい。でも今ある幸せを信じられなくて逃げちゃう人、作者は好きだったります。それを追いかけてきてくれるのはもっと好きです。葛藤してほしい、ぐだついてほしい、でも最後は都合よく大団円におさまってほしい。
叔母様は、結局名前だけの出演になりましたが、顔きつめ美人で子どもが好き。初対面で怯えられるのが悩みだけれども、子どもを相手にすると口下手にもなっちゃうから誤解が解けない。
本当は王位略奪とか面倒なので本当はやる気がなかったのだけれど、エヴァの惨状を見て決意しちゃいました。王室駄目だ、子どもをこんな風に扱う王室駄目だ。叔母様の旦那は叔母様こそが女王だろうと思っていた口なので協力的。ブリジットに関しても叔母様から見ると「可哀想な子」枠なので、面倒だけれど再教育をしています。でも大人になった時にまだ駄目だったら容赦するつもりはありません。内戦とか駄目絶対、女王になった以上は国民を守ります。
お頭は、本当に初めエヴァを連れ去る気はありませんでした。本当にびっくりした。でもまあ、これも使えるか、とオーウェンに取引を申し出ます。オーウェンは激怒していたけれど、年の功には勝てずお頭の方が何枚も上手でした。
お頭の望みは大精霊会の事実上の解体と貧困層の支援。大精霊会に対してはフェリティシイが昔にいろいろ酷い目にあって、追放されたのを恨んでいます。フェリティシイが「もういい」と言っているのに聞きません。宗教問題は一筋縄ではいかないので、オーウェンはこの問題にかなり苦労します。ただ利権がおおいに絡んでくるので、新女王も一枚噛んではくれる。
後まあ、オーウェンはかなりのへたれで、時間をかけて長い目で見てあげないと鼻血とか出しちゃうタイプなので、きっかけがないと前には進めません。仕方がありません、そういう人もいます。むしろ、そういう人じゃないとここまで拗れません。圧倒的攻め様ではないけれど、エヴァとは末永く幸せに暮らしてほしい。
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誤字脱字報告してくださっている方、いつも本当にありがとうございます。
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