自己紹介(後編)
「うぇーい、次はオレな感じぃ?」
床にだらしなく寝そべっていた男が、怠そうに声を上げた。
ピンクのバンダナと黄色いスカーフ、黄緑のメッシュという派手なアクセントが目を引く一方、着ているのは上下でぶった切られた地味な作業着のつなぎ。切りっぱなしの布からはほつれた糸が垂れている。腰には工具の詰まった布袋を下げており、その風貌はまるでチャラいエンジニアの兄ちゃんだ。
「正直自己紹介とかかったりいんだけどっ……まぁ、そんなこと言える雰囲気でもないかぁ…」
男は重苦しそうに腰を上げると、ズレた眼鏡を掛け直し、数秒間俺の顔をじーっと覗き込んできた。
「なんだよ、俺の顔に何か付いてるか…?」
「オーケイ!」
男は納得したように指をパチンと鳴らすと、ヘラヘラとした笑みを浮かべた。
「オレは八幡 千哲だぜ。お前らと仲良くする気はハナからないから、そこんとこよろしくベイベー」
初対面の俺にいきなり拒絶を突きつけてきたくせに、口調は極めて飄々としている。ヘラヘラした表情、パタパタと手を振る雑な仕草――発する空気のすべてが人をイラッとさせる男だ。
(…こんな奴には、どう返せばいいんだ?)
少しでも変な答え方をすれば突っかかってきそうだと思い、俺は慎重に言葉を選んで伝える。
「……ああ、俺も別に無理して仲良くする必要はないと思うぞ。だけど、あの怪物たちに対抗するためにも、協力して頑張ろうな」
精一杯の協力的な笑顔を向けてみる。しかし――
「……協力?」
彼はキョトンとしたように目を見開いて、数秒間固まった。
(あれ…? 何か言い間違えたか……?)
怒らせてしまったかと焦った瞬間――「プッ」と、彼は途端にバカにしたように吹き出し、お腹を抱えて笑い転げ始めた。
「リアリー!? お前っ…それ本気で言ってる感じぃ!? ww ガチかよぉ! ww」
「……はぁ?」
反射的に苛立ちが漏れ、俺は慌てて口を噤む。
「はぁー笑った笑った! オレさぁ、協力とかいうクソほど寒いノリ大嫌いなんよねぇー! w そういうのはお前みたいな甘ちゃんたちだけで勝手にやっててくれよ。オーケイ?」
想定していた数倍感じが悪い。全員が一致団結できるとは最初から思っていなかったが……。
(こういう奴がいるから輪が乱れるんだよなぁ……)
俺が心の中で盛大にため息をついていると、未だにケラケラと指をさして笑う八幡の背後から、ぬっと誰かが現れた。
「妖精スマイル〜」
目の前にふにゃっとした笑顔を浮かべるお団子頭の少女。
「…? 妖精?」
困惑する俺を気にも留めず、少女はゆったりと言葉を続けた。
「自分は不破 鳴海。気張りすぎず、メルヘンに行こー」
不破は大きく両手を広げ、独特のふわふわした空気を全身から漂わせている。
(もしかして……さっきのピリピリした空気を和ませるために、あえてボケてくれたのか?)
俺は少し見直して、笑みを返した。
「ああ、そうだな。真剣に、でも気楽にいこう」
「んー……にしても、この施設、機械的ですごく窮屈な感じなのー」
不破は周囲の鉄壁を見回しながらぽつりと言う。確かにこの部屋は無機質で冷たい。
「どうせならー、メルヘンな大きいお城がよかったのー。それでー、喋るうさぎさんやー、たくさんの羊さんたちに囲まれてー、みんなでふわふわなベッドでお昼寝するのー」
「どうしてそうなったんだ!?」
前言撤回。ただド天然でマイペースなだけだった。
「…それで、不破の後ろにいるお前は?」
俺は気を取り直し、さっきから不破の陰に隠れているゴスロリ風の制服を着た少女に声をかける。
「……初対面のうちを…お前呼ばわり…おぬし、口が悪いな…怪しいぞ…」
「おぬしもどうなんだ?」
小柄で消え入りそうな声とは裏腹に、口調はかなり鋭い。
「…こんな奴に…うちの情報を教えるなんて…不用心にもほどがある…」
少女は鋭い眼光を放ち、近づきがたいオーラを撒き散らしながら不破の背中に完全に隠れてしまった。
「倉敷ちゃん、自己紹介はこれから一緒に過ごす仲間として大切なことだからー」
不破が穏やかな声で促すと、少女は渋々といった様子でひょっこり体を出し、俺から数メートル離れた位置でボソボソと話し始めた。
「うちの名は倉敷 蘭々…。人との会話は苦手だ…。大事な用以外ではもう絶対に話しかけるでないぞ…特におぬしは怪しい…」
「そんな警戒するなよ。俺はただの普通の高校生だ。怪しい者じゃないって」
俺は両手を上げて無害アピールをしてみせる。
「自分を普通と言う奴ほど…なおのこと怪しい…!」
しかし警戒を強められただけで、倉敷は再び不破の背中へと引っ込んでしまった。
(いくらなんでも警戒心が強すぎないか……?)
これ以上の会話は無理そうだと諦め、俺は周囲を挙動不審に見回していた青年に目を向けた。目立つ黄色のパーカーを着た男は、俺の視線にビクッと肩を跳ね上がらせ、おずおずと口を開く。
「あっ……えっと、もしかして……次、俺……?」
男は独特なイントネーションで呟く。
(これは確か大阪国の…関西弁か?)
アニメではよく聞くが、実際に関西弁を話しているやつは初めて見た。
「俺は…えっと…えーと…!」
男は言葉を詰まらせ、あせあせと長考した末に、やっとのことで絞り出した。
「……俺の名前は羽京 康や。運動音痴で頭の出来も悪い役立たずのゴミやけど……ゴミなりに邪魔にならんよう気配消してるから気にせんでくれよな。ほな、よろしく……」
怒涛の自虐を繰り出し、羽京は手を軽く振りながらへへっとぎこちなく笑う。
「あんまり自分のことを悪く言うなよ。お互い力を合わせて頑張ろうぜ」
あまりのネガティブぶりにいたたまれなくなり、俺はフォローのつもりでそっと右手を差し出した。
「……。…へ?」
「…え?」
羽京は呆然と俺の手を見つめ、気まずい沈黙が流れる。
「へぁ!? 俺…!?」
「お前しかいないだろ…!」
「すっ、すもはん…!!!」
羽京はペコペコと何度も頭を下げながら、恐る恐る俺の手を握り返してきた。
「へっ、へへ……」
派手な見た目に反して自信がなくてネガティブ。(話しづらい奴だ…)と俺は内心感じる。
これで大体のメンバーの顔と名前は把握できた。残るは――
俺は部屋の隅で腕を組み、鋭い視線を放っている青髪の男に声をかけた。
「えっと、あと一人……お前の名前は?」
「神鳴 太一」
「……。え?」
「神鳴 太一、と言ったんだ」
(えっ、それだけ!?)
あまりにも短すぎる自己紹介に、俺は思わずポカンとしてしまった。神鳴はこれ以上話しかけるなと無言で圧を送ってくる。
「あ、あぁ…! そうか…!」
「終わったようね。それで、あなたは?」
その様子を静かに見ていた上京寺が、冷ややかな声で促してきた。
(そういえば、俺自身の自己紹介がまだだった)
俺は気を取り直し、全員に向き直って口を開く。
「俺は浅間 重治。高校2年生だ。できることなら何でも協力するから、これからよろしくな」
「よろしく」と返す奴、じっと睨みつけてくる奴、退屈そうにあくびをする奴――俺の言葉に対する反応はまさに千差万別だった。
「じゃあ、これで全員の自己紹介は済んだね!」
友原がパンッと手を叩いて明るく宣言する。
こうして生存者15人全員の挨拶が終わったわけだが……。
(全員の性格がバラバラすぎて、まとまる気が全くしないな…)
こんな15人で、あの異型の怪物が蔓延る世界を生き残っていけるのだろうか。
これから訪れるであろう波乱の未来に対する強烈な不安に、俺はこめかみを押さえ、深く頭を抱え込んでしまうのだった。




