自己紹介(前編)
混乱と静寂が広がる中、人ごみから一人の青年が一歩前へと踏み出した。
爽やかな顔立ちに丸眼鏡、額にはゴーグルをつけ白衣羽織った、まるで若い科学者のような容姿の男だ。
「みんな、突然の事態で混乱しているとは思うけれど、まずは落ち着こう! 僕らはさっき一通り自己紹介を済ませたけれど、遅れて目を覚ました彼のためにもう一度自己紹介をしようか」
落ち着いた、よく通る声で皆に提案する白衣の青年。俺は立ち上がり、「助かる」と一言感謝を伝えた。
「てことで、言い出しっぺの僕から――」
穏やかに微笑んでいた白衣の青年は、唐突にパァッと眩しい笑顔を弾けさせた。どんよりとした空気が満ちる室内で、彼一人だけが妙に輝いて見える。
「僕の名前は友原 希! 気軽に『希』って呼んでくれていいよ!」
友原は親指を立て、ビシッとグッドポーズを決めた。緊急事態とは到底思えない陽気で軽快なテンションに、俺の顔は引きつる。
「こんなことになって大変なこともあるだろうけれど、その苦労があるからこそ、僕たちの絆も深まっていくと思うんだ! 共に過ごす仲間として、これからよろしくね!」
パチンとウインクしてガッツポーズを作ったかと思うと、彼は満面の笑みでこちらにバッと手を差し出してきた。
「……おう、仲間…そうだな。一緒に過ごす仲間として頑張っていこう。よろしく、友原」
あまりのポジティブさに圧倒されつつも、俺はその手を握り返す。友原はその手をガシッと握り、腕をぶんぶんと激しく振った。
「それで早速なんだけど、手始めに聞きたいことが100個くらいあるんだ! いいかな!?」
「ひ、100個も……!?」
状況を無視した発言と、まっすぐ向けられるキラキラとした瞳に狼狽える。
「友原、それ以上のお喋りは後にしなさい。今は全員の自己紹介が先よ。下がりなさい」
なおも喋り続けようとする友原の言葉を、凛とした冷徹な声がスパッと切って捨てた。
友原を押し戻すように前へ出たのは、凛々しい顔立ちの黒髪美少女だった。
「はぁい……」
友原は途端にしおしおと肩を落とし、大人しく引き下がる。
透き通るような白肌とは対照的な、少女の鋭い眼差しがこちらを射抜いた。
「私の名前は上京寺 御子斗よ。他の人達と同じで、気がついたらこの施設にいたわ。ボサッとしてるあなたもそうなんでしょう?」
「お前たちもそうなのか…!? 俺もなんだ、突然視界が暗転して、気づいたらここに……」
全員が同じ状況だと知り、思わず声が高開く。
「誰がこのシェルターに運んでくれたのかしら? 表に出てきてくれたら、ちゃんとお礼を言わなくちゃね」
あごに指を当てながらつぶやく上京寺。厳しそうな第一印象だが、意外にも筋を通す礼儀正しさがあるらしい。
「だな、感謝しないと。おかげで俺たちは今こうして無事なんだから…。ただ、なんで気絶したのかが謎なんだよな」
「あの醜い悪の怪物の攻撃か何かじゃないかしら? 非科学的な怪物が現実に出てきたんだもの。私たちを気絶させる光線か何かを放っていてもおかしくはないわ」
「怪物の攻撃……確かにそれが一番有り得そうだな」
「あの怪物たちめ…許さないわ。私たちの街と、平和を壊して……。そんな悪は、この私が裁いてあげる!」
上京寺は高らかに言い放った。正義を宿したその鋭い瞳には、不思議な説得力がある。
「もしあなたも何かよからぬことを企んだら、この私が許さないから。注意しなさい」
「っ! 別に何も企んでないし、変なこともしないよ!」
ズバッと指を突きつけられ、まるで自分が悪人になったかのような気迫に押されて、俺は慌てて手を振った。
「ふふ、じゃあ並び的に、次は私かな?」
次にすっと手を挙げたのは、一風変わった中華風の衣装に身を包んだ青年だった。流れるような美しい所作と丁寧な口調だが、どこか独特の胡散臭さが漂っている。
「私の名前は小林 風輪。いきなりこんな状況で君も混乱しているだろうけれど、仲良く互いに協力していこうね」
小林はニコッと柔らかく微笑んだ。心地よく響く優しげな声に、一瞬だけ安心感が胸を掠める。
「あぁ、こんな状況だからこそ、互いに協力することが大事だよな」
(見た目は怪しいけど、人当たりも良くて話しやすそうな奴だな)
そう思ったのも束の間――小林の笑みが、フッと不気味に歪んだ。
「……うふふっ。初めて顔を見たときから思っていたけれど、君は無邪気な子犬みたいで可愛いね。やれやれ、そんな瞳で見つめられたら……殺したくなっちゃうよ」
「……は?」
耳を疑う言葉に、一瞬で思考がフリーズする。小林はニヤリと不気味な笑みを深めた。
「そう怖がらないでおくれ。私にとって『殺す』とは最大の愛情表現なのさ」
胸に手を当て、狂気じみた内容を大真面目に語る小林。
「ああ、でも勘違いしないでね。出会ってすぐに殺すなんて無粋なことはしないよ。もし殺すなら、十分な信頼関係を築き、親しくなった後に……じっくりと。あぁ……『殺し愛』がしたいなぁ……!」
恍惚とした表情で、鋭い犬歯を覗かせる小林。ゾワリと、背筋に強烈な悪寒が駆け抜けた。俺はまるで天敵に狙われた子鹿のような気分になる。
(待て……この声、さっき意識が戻りかけた時に聞こえた『襲われちゃうよ』とか言ってた奴か…!)
寝起きの曖昧だった記憶が繋がり、本能が警報を鳴らしまくる。
(ダメだこいつ、絶対に関わっちゃいけないタイプの人間だ……!)
俺は関わりを断つように一歩後ずさりし、目を合わせないようそそくさと次の人物へと視線を逸らした。
「どうやら、次は俺のようだな」
重厚で通りやすい声とともに立ち上がったのは、がっしりとした体格の青年だった。
「俺は真田 郡司。年齢はお前たちとほぼ同じ高校生だが、軍人をやっている。よろしく頼む」
「軍人!?」
思わず声が裏返る。同い年で軍人なんて聞いたこともない。
「ああ。もしあの怪物が再び姿を現したら、対処は俺に任せてくれ。戦闘は専門だ」
そう言って二の腕の太い筋肉を誇らしげに叩く真田。事実かどうかは別として、その佇まいには確かな頼もしさがあった。
「俺がいる限り、お前たちの安全は保証してやる!」
「ありがとう、 戦闘のプロがいると本当に心強いよ。頼りにしてるからな!」
さっきの変態(小林)のせいで跳ね上がっていた警戒心が、少しだけ解けていく。この頼もしい軍人がいるなら、この絶望的な状況もなんとか打開できるかもしれない――俺は少しだけ希望を持ち直していた。




