非日常は突然に
何気ない日常が宝物だって普通に過ごしていたら気付くことはないだろう。
これは俺が実際に体験した“普通じゃない話"ーー
街灯の明かりが薄暮の街にぽつぽつと灯り始める時間帯。
俺――浅間 重治は、学校帰りいつものように友人と二人並んで歩いていた。
「なー重治、このあと新しくできたゲーセン寄っていこうぜ」
そう言いながら、友人は唐突に勢いよく肩を組んできて思わずバランスを崩しかける。
「…バカ言え、お前先週のテストで赤点回避するのが先だ。補習の課題終わってねぇだろ」
「いいだろうよ、ちょっとくらいー」
「お前、それで前回痛い目見たの忘れたのか?」
情けない声を上げる友人を真顔で諭す俺。
俺が住んでいるのは高層ビルの壁面を彩るホログラム広告や、空を交差する自動運行のエアカー。そんな高度な技術が当たり前にあるサイバーパンク都市『東京国』ーー
の端っこに位置する、どこにでもある小さな町だ。
木造の平屋が横並び、ネオンではなく街灯に照らされ、車も普通に地面を走り、横を見れば田んぼが広がる、まあまあな田舎町。
それが俺の生まれたときから続く“普通の日常“であった。
俺は成績こそそこそこ良いが、平凡な顔立ちで運動神経は人並み。自分でも特別何かに秀でているとは思えない、ごく普通の高校2年生。ただ、人よりこだわりが強く頑固者だと友達からよく言われることはある、それだけだ。
「ま、課題が終わったら付き合ってやるよ。それに今日は帰ったら貯めてたドラマを一気見するって一週間前から決めてたからな」
「一週間前から決めることかそれ…?」
そんな他愛もない軽口を叩きながら、夕暮れの通学路を歩いていた、その時だった。
――ウーッ、ウーッ、ウーッ――
突如、街中に張り巡らされたサイレンから、腹に響くような甲高い重低音が鳴り響いた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。市民の皆様はただちに近くの屋内に避難してください――』
「な、なんだこの音は…警報!?」
鼓膜をつんざく不快な音に俺は反射的に両耳を塞ぎ、辺りを警戒するように見回す。
「地震か何か!?避難するべきじゃねえか、重治!?」
友人の焦り声ですら爆豪に掻き消されそうだ。
事態が飲み込めず足を止める俺たちのことの気も知らず、「それら」はけたたましい叫び声をあげながら溢れ出してきた。
――怪物だ。
機械と生体が不気味に融合したような、異形の大軍。大地を踏み荒らし、アスファルトを砕きしながら、尋常じゃない速度でこちらへ雪崩れ込ん でくる。悲鳴と破壊音が街を満たし、一瞬で俺の普通の日常はガラガラと崩れ去る音がした。
どうなってる?あの怪物は?一体これは?そんな疑問が次々と頭を埋め尽くしては消える。
(ーーバカっ!そんなこと考えてる暇はない…!!)
俺は自分に喝を入れるように頬を“バチンッッ“と思いっ切り叩いた。
「走れ! !!」
俺は固まっていた友人の腕を強く掴み、引きずるように全速力で走り出す。
逃げ惑う群衆、飛び交う瓦礫、耳を裂くような怪物の咆哮。心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、息があがる。「ここで死んでたまるか」という気力だけで必死に足を前に動かした。揺らぐ視界を途切れさせぬよう、脳をフル回転させながら今俺はどうするべきかを考える。
「あの建物に逃げるぞ!」
俺は前方のビルを指差し、後ろの友人に叫びながら速度を上げた。
しかしー“ドオォォン!!!“
俺の叫びを嘲笑うかのように、反対方向から現れた巨大な怪物の影により、標的にしたビルは蚊でも払うように容易く薙ぎ倒された。
(クソッ、ここまで、なのか……?)
崩落するコンクリート、宙を舞う土煙、街中に響き渡る悲鳴、迫る異型の群れ。
すべてがスローモーションのように視界を過ぎ去る、普通の日常の完全なる崩壊
そしてそのまま俺の意識は深い闇に落ちていったーー
「…う……ん…」
冷たい感触に、まぶたを開く。重い頭を振りながら体を起こすと、最初に目に入ったのは重厚な無機質さだった。天井も、床も、壁も。すべてが無骨な無塗装の鉄板で覆われている。窓は一つもなく、仄暗いLEDの光だけが室内を照らしていた。
(俺……生きてるのか……?)
衣服に汚れはあるが、怪我はない。怪物の大軍から逃げ回っていたはずの俺が、なぜこんな場所にいるのか。
(まるでシェルターみたいなところだ…まさか、誰かに助けられたのか…?)
「……気づいた?あっ、こんな格好で怪しいかもだけど俺は不審者じゃないから安心してね…!?」
小さな声にハッとして周囲を見渡す。
「…へぁ!?動いた…!?」
「あー!やっと起きたわ!まったく男ってホント情けないわね!」
「こんな非常事態に寝ているとは、間抜けな奴だな」
「ハロー!ないすとぅーみーちゅー、お寝坊さん♪」
「うふふ可愛い寝顔だね。やれやれそんな無防備な姿でいると襲われちゃうよ?例えば私…とかに」
「きっ君、大丈夫!?怪我はない!?頭打ったりとか、骨折とか打撲とか捻挫とか…してない!?」
「痛いところがあったら言ってください…!多少の手当てなら私ができます…!」
「俺の妹は優しいだろ?ったくお前ら、感謝しろよな?“俺たち"に!」
そこには、俺と同じように戸惑いや不安を表情に浮かべた若者たちが集まっていた。服装からして、全員が自分と同じくらいの年齢――高校生前後のように見える。
(1、2、3……全部で15人、か)
見覚えのない顔ばかりだ。友人の姿もない。
鉄の壁に囲まれた密室の中、15名の男女が理由もわからず取り残されている。
一体ここで何が起きようとしているのか。静まり返った室内で、俺は呆然と見ていることしかできなかった。




