一日の終わり
「一日の終わり」
(さて……食事も終えたし、この後はどうしようか……)
施設の中を色々と見て回りたくもあったが、初めて経験した命懸けの戦闘による疲労は、思っていた以上に深く身体へと蓄積していた。
今日はひとまず休むことにしよう。
「宿泊棟に部屋があるって言ってたよな」
端末でマップを開き、宿泊棟の場所を確認してから足を進める。
辿り着いた宿泊棟は、幾何学的な鉄の扉が果てしなく並ぶ無機質な廊下だった。
「明らかに15部屋以上はあるな……」
本来なら、何十人もの人間が生活できるように設計されているはずの空間だ。
それなのに、なぜ今ここにいるのは、たったの15人だけなのか。
次々と疑問が脳裏をよぎる。しかし、重くなった瞼と全身を覆う激しい疲労感に押され、俺は思考を打ち切った。今は難しいことを考える余裕なんてどこにもない。
「俺の部屋はどこだ……?」
キョロキョロと廊下を見回すと、手前の扉の横に、アイが言っていたデフォルメされた似顔絵付きのネームプレートが貼られているのが目に入った。
『神鳴・友原』
『小吉・心』
『不破・倉敷』
『小林・八幡』
『羽京・新田』
『上京寺・愛川』
『坂東』
手前の部屋から順番に確認していく。
どうやら、基本的には二人一部屋の相部屋で割り振られているらしい。
そうして廊下の奥へと進んでいくと、一番奥の扉に自分の名前を発見した。
相部屋の相手は――
「真田か」
(よかった……まともで頼りになりそうな奴だ)
癖の強い面々が多い中、真面目で話の通じる真田が同室だと知り、俺はホッと胸を撫で下ろした。
――だが、ふと足が止まる。
(にしても……なんでこんなネームプレートが用意されてるんだ……?)
アイたちが俺たちの名前や顔をあらかじめ把握していなければ、こんな似顔絵入りのプレートなど作れるはずがない。
やはり、俺たち15人は偶然ここに集められたのではなく、何らかの意図をもって選ばれたのだろうか……。
扉の前で腕を組み、不穏な疑問に思考を巡らせていた、その時だった。
「浅間、どうやら同室のようだな!」
背後からポンと力強く肩を叩かれ、思わず「うおっ」と身体が跳ねた。
振り返ると、真田がニッと気前のいい爽やかな笑みを浮かべて立っていた。
「そうみたいだな。よろしく頼む、真田」
「ああ、よろしく!」
俺も笑い返しながら答え、不穏な疑問はひとまず胸の奥へと押し込んだ。
扉を開けて足を踏み入れると、そこにはスチール製の二段ベッドのほかに、俺が好きな映画のポスターや趣味のプラモデル、さらにはダンボールに詰められた非常食などが綺麗に並べられていた。
「なんか……俺の部屋になることをあらかじめ想定して作られたような内装だな……」
「扉のネームプレートといい、やはり何か裏がありそうだな」
部屋の中を見回しながら、真田が静かにつぶやく。
「ったく……本当に謎だらけだよ……」
俺はズキズキと痛む右肩に手を添え、深いため息を吐き出した。
「まあ、今日は相当疲れただろう。ゆっくり休め」
真田はニッコリと爽やかに言うと、俺の背中を「バチンッ!」と容赦なく叩いた。
……肩を叩かれた時もそうだったが、どうやらこの男、力加減というものが壊滅的に苦手らしい。普通に痛い。
「……そうだな。そうさせてもらうよ」
「好きな方を使っていいぞ」
「ありがとう。じゃあ俺は上にさせてもらうよ」
言葉に甘えて二段ベッドのハシゴを登り、上の段のマットレスへと身体を投げ出した。
「さて……」
下から真田が動き出す気配が伝わり、俺はベッドから顔だけを覗かせた。
「……お前はまだ寝ないのか?」
「ああ、まだ調べておきたいことがあるからな」
真田は短く答えると、材質を確かめるように部屋の鉄壁をコンコンとノックしながら歩き始めた。
「お前は前線であんなに動いてたのに、俺よりピンピンしてるな。さすが軍人と言うべきか?」
「まあ、お前たちと違って日々過酷なトレーニングを積んでいるからな。体力には自信がある」
真田の頼もしい声を聞きながら、俺は天井を見上げ、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。
「……お前は何のために戦うんだ?」
上京寺は強い正義感から。友原は仲間を守りたい一心から。小林……は正直、よく分からないが。
そして俺自身は、あの平穏な日常を取り戻すため。
真田も以前、「戦わなくては死ぬから」と言っていたが、具体的にはどんな思いを胸に戦っているのだろうか。
「難しい質問だな……」
真田は腕を組み、真剣な顔つきで深く考え込む。
「やはり……『軍人だから』かな」
「軍人だから……?」
「俺はいつだって、生き残るために必死に抗って生きてきた。だから、目の前の敵に立ち向かわずに無抵抗で死ぬような真似はしたくない。いわば――生きるため、だな」
『生きるため』
そうか。
複雑な理由なんてない。ただ泥臭く生き延びること。それが彼にとっての、戦う理由なのか。
「……なんか、カッコいいな」
俺はふっと笑いながら答えた。
「随分と薄っぺらい感想だな……」
真田は困ったような苦笑いを浮かべる。
「本当にそう思ったんだよ、俺は」
「ま、俺はお前たちと違って戦い慣れている。
だからその分、命懸けの場に立つことへのハードルが低いしな……」
真田は静かに言葉を付け加えた。
彼は『生きる』という愚直で強い信念だけを胸に、今この瞬間も戦っている。
俺にはおいそれと真似できるものじゃない。過酷な立場に身を置いてきた軍人の彼だからこそ、宿る凄みなのだろう。
「軍人は一般市民を守るのも務めだ。だから、お前らは安心して俺についてこ――」
真田は言いかけて、ふと口を閉ざした。
「……」
「おい! まさかもう寝たのか!?」
「まったく……真面目なのか呑気なのか分からん奴だ……」
真田の呆れ交じりの呟きを遠くで聴きながら、俺の意識は深い眠りの底へと落ちていった。
こうして、未知なる防衛施設で過ごした、波乱に満ちた長い一日が静かに終わりを迎えたのだった。




