団欒の時間
「いっやー、一件落着、一件落着!」
作戦室の壁の向こう側から、アイがぬるりと顔を出した。
その緊張感のない登場に、友原は目を伏せ深々と溜息を吐く。
「はぁー、もう少し感動の余韻を味わわせてよ。ホント空気読めないなぁ……」
「な、なんだ……!? うちらに何を要求する気だ……!?」
倉敷が身をすくめ、警戒心を露わにして叫んだ。
「まあまあ、そう怖い顔しないの! 初戦闘で疲れてるでしょー? ……『5人は』ね!」
アイの視線が、戦闘に参加しなかった10人のメンバーへと意味ありげに向けられる。
その皮肉めいた言い方に、小吉が今にも泣き出しそうな声で反論した。
「な、なんだよ……! 俺はお前に叱られる義理はねーぞ……!」
「見た目は可愛い女の子なのに、中身はほんっと可愛くないわね……!」
吐き捨てるように文句を言う愛川に、アイは深くため息をついた。
「そう怒らないの、可愛い顔が台無しだよぉ?」
「あたしは怒ってても可愛いわよ!」
「……そこ!?」
愛川の変わらぬ自己評価の高さに、羽京は思わず困惑の声を漏らした。
すると、いつの間にか起き上がっていた八幡が、自身の頭をトントンと指さしながら、不機嫌そうに口を開いた。
「おいおいアイ、オレは利のないことはしねーぜ?何か企んでるなら先にいいな、ベイベー」
「だからそういうのじゃないってば〜……。
ただ私は、みんなお腹が空いてるだろうから、食堂に案内しようと思っただけだよ」
その言葉に、上京寺がすっと眉を寄せる。
「食料はちゃんとあるのね」
「当たり前じゃん!言ったじゃん!衣食住揃ってるって! 防衛施設だし、蓄えはきちんとあるよ!」
「のわりには、人員は俺たち15人しかいないがな……」
神鳴の低く冷めた指摘に、アイ不満気に口を尖らせた。
「そんなこと別に今はいいじゃん! あんまうるさいと、今日の食料はナシだぞ!」
「いやだー!! 飯は食わせてくれー!!」
先ほどの威勢が嘘のように小吉はアイに縋りつくようにして泣きついた。
それを見たアイは、どこか楽しそうに腕を組んむと、小吉を見下ろして大きく声を張り上げた。
「お願いの仕方がなってない!」
「食わせてください、アイ様!」
「もっと腹から声出して!」
「食わせてくださいアイ様ぁぁ!!!」
「よし!許可して差し上げよう!」
「ありがとうございます!!!」
(……俺は一体、何を見させられているんだ……?)
目の前で繰り広げられる茶番劇に、俺は思わず額を苦笑いを浮かべた。
戦闘を終えたばかりだというのに、妙な脱力感が一気に押し寄せてくる。
「じゃあ、こっちだよー!」
アイの能天気な誘導に促され、俺たちは呆れと空腹感を抱えながら歩き始めた。
食堂に足を踏み入れると、そこには居心地のよさそうな空間が広がっていた。
先ほどまでの殺風景で冷たい金属壁とは打って変わり、室内全体がやわらかな黄色を基調とした、温かみのあるインテリアで統一されている。
広々としたシステムキッチンと、その手前には大きな長机が三つ。無機質な施設の中にあるとは思えないほど、家庭的で落ち着いた雰囲気だった。
「わー、ずっと窮屈な部屋だったから落ち着くのー」
不破はぱッと表情を明るくすると、陽気にスキップをしながら駆けていった。
「ここが食料口だよー! 端末をかざすと、食べたい料理が選べるからねー」
「端末…?」
首を傾げる俺を見て、アイは何か思い出したように手をポンと叩いた。
「あっ、そうだった! 説明しようとしたら戦闘が始まったから、すっかり忘れてたよ!」
そう言うと、アイは背中をごそごそと探り、小型スマートフォンを取り出した。どうやら 全員分用意していたらしく、一人ひとりに配り始める。
「それが端末。あと裏に数字が書かれてるでしょ? それは君たちのナンバー! スマホでお互いに連絡を取りたいときは、相手のナンバーを入力すればいいからね!」
「なるほどねぇ」
小林が受け取った端末の裏面を興味深そうに眺めている。
俺も手元に届いた端末の画面を操作してみた。
電話にこの電卓、メモ機能……。それに、この施設のマップまであるな。
(あとでしっかり確認しておこう)
流石に外部のインターネットには接続できないらしい。どうやら最低限の機能だけが備わっているようだ。
「それで、食事は一日三食分までって制限がかかってからね! 間食はほどほどに!」
「説明は分かった。だから、早く飯を食わせてくれ。夕飯の時間がいつもより十分過ぎている!」
「細かっ…!」
真田のあまりに生真面目な主張に、新田が黒子の布越しに声を漏らした。
「戦闘のとき以外は基本的に自由に過ごしてて大丈夫だからねー!宿泊棟にはそれぞれ部屋も用意してあるよ。ネームプレートがあるから、よく確認してね!
「じゃあ私は仕事があるから、ここでバイバイだよー!」
それだけ言い残すと、アイは必要な説明を急いで済ませるように、ビュンッと勢いよく去っていた。
取り残された俺たちは、とりあえず端末を使って各自好きな料理を選び、それぞれ好きな席へと向かった。
大半のメンバーは自然と同じテーブルを囲んで座ったが――やはりというべきか、坂東、八幡、倉敷、神鳴の四人は俺たちから距離を置き、隣のテーブルへと静かに腰を下ろした。
(今後はここで共同生活になるだろうに……あの四人は大丈夫なのか?)
打ち解ける様子のない四人を見て、俺が内心不安を募らせていた、その時だった。
「じゃあ、私もこっちの机で食べようかな」
小林がトレイを手に、ゆったりとした足取りで四人のいる隣のテーブルへと歩み寄った。
(またあいつか…)
何かよからぬことをしでかすのではないか。
俺は警戒しながら、彼の動きをじっと目で追う。
「四人もそんなに離れて座らないで、一緒に食べようよ。私、君たちのこともっと知りたいな」
小林は穏やかな口調でそう言うと、優しく微笑んでみせた。
しかし、四人から返ってきたのは、揃いも揃って拒絶の眼差しだった
「あぁん? オレは嫌だぜ。てめぇらの仲良しごっこには付き合えねぇ。オーケー?」
「食事中の会話は非効率的だ」
「どういうつもりだ…!おぬしはあの中でも特に怪しいぞ…!」
「あー……ダル……。まじダルいんですけど……」
口々に不満を漏らし、小林を鋭い眼差しで睨みつける四人。
だが、小林はまるで意に介した様子もなく、こてんと首を傾げた。
「いいでしょ?」
声こそ穏やかだったが、その瞬間小林の口角が不気味なほどゆっくりと吊り上がった。
言葉にでは言い表せない威圧感と、底知らない薄気味悪さ。
その笑みを目の当たりにした四人、揃っては息を呑んだ。
そして、不服そうに顔をしかめながらも、結局押し切られる形で小林の近くへと席を移動した。
(まさか、ただの親切…?どういう気の回しだ?)
何を考えているのかさっぱり読めない小林の行動に、俺はただ困惑しながら、その光景を眺めていた。
隣のテーブルで繰り広げられる不気味なやり取りが気にならないと言えば嘘になる。
しかし、あいつの意味深な行動にいちいち付き合っていたらキリがない。
(……まあ、いいか)
俺はひとまず気にしないことにして、自分のトレイに並んだ料理へと目を向けた。
メニューは味噌汁に焼き魚、ほうれん草の煮浸し、そして白米。
「やっぱり、これだよな」
一汁三菜。左飯右汁に並べた食材たちを俺は誇らしげに眺める。
「食材に何か変なもの入ってた?」
箸を取らずにまずはジッと和食たちの色を楽しんでいた俺に、向かいに座った新田が黒子の布越しに心配そうな声を掛けてきた。
「和食はやっぱり東京国の心だよな…!」
「え?」
目を輝かせ答える俺に、新田はただただ困惑の色を浮かべている。
「あなた、全く会話が噛み合ってないわよ」
隣に座った上京寺が我慢できず、呆れたように口を挟んだ。
「メルヘンなのー!」
一方の不破は白米の上に生クリームやフルーツたちを乗せた丼ぶりを、満面の笑みで披露する。
「白米への冒涜だぁ!!!」
俺はあまりの光景に耐えきれず、悲痛な叫び声を上げた。
「愛川ちゃんも一口食べてみるー?」
隣の愛川に悪びれもなく声をかける不破。
「えっと…いやあたしは…」
愛川は一瞬断ろうと口を開いた。
しかし、真っ直ぐな瞳で見つめてくる不破に屈したようで
「可愛い子の誘いを断るなんてあたしは出来ない!!」
そう叫びながら、スプーンいっぱいに料理をすくい、勢いよく頬張った。
「おいしーでしょー?」
不破はニコニコと、感想を待ちわびるように尋ねる。
「うん…おい…しい…。
その笑顔だけで…お釣りが…返ってくる…」
愛川は顔を青ざめながらも、必死に笑顔を保って言葉を絞り出した。
ふと横を見ると、双葉兄弟が楽しげに会話をしていた。
小吉は綺麗に野菜のみを避けながらカレーライスを口いっぱいに頬張っていふ。
「こんなに豪華な食事なんて久しぶりだぜー!」見たところ、普通のカレーライスにしか見えない。よほどお腹が空いていたのか、小吉は目を輝かせながら次々とスプーンを口に運ぶ。
「うん、毎日3食食べられるなんて夢みたいだね」
心は兄の言葉に優しく頷きながら、丁寧な所作でカレーを一口ずつ上品に口に運んでいた。
一方、上京寺は綺麗なお辞儀とともに胸の前で手を合わせた。
「いただきます」
しっかりと両手を合わせた後、フォークを手に取り、慣れた手つきで皿のパスタをくるくると美しく巻き付ける。
髪を耳にかけながら、それを上品に口へと運んだ。
「おいしい」
「……」
「なに……?」
じっと見ていた俺の視線に気づき、上京寺が少し不機嫌そうに眉を寄せた。
「いや、俺は勝手にお前は和食を食べそうなイメージだったから、パスタとか食べるんだなと思って……」
「食べるわよ」
素っ気なく言い捨てると、彼女は再びパスタを口につけた。
その食べ方には、見た目通りの几帳面さが表れているようだった。
「うむ、ごちそうさまでした!」
俺たちがまだ半分も食べ終えていないうちに、真田が綺麗に平らげた食器を前に、パンと手を打った。
「食べるの早すぎでしょあんた!」
愛川が目を丸くして驚く。
「そうか? 軍内では普通だぞ」
「そや、郡司君……! 軍内の話、もっと色々聞いてもええ!? ……あっ、駄目やよな、俺なんかが……!」
羽京がおそるおそる乗り出しかけたものの、すぐに自虐モードへと突入し、縮こまってしまった。
「なんで答える前に否定するんだ…!」
真田の至極もっともな発言に、周囲から小さな笑いが漏れる。
そんな賑やかな様子を見渡しながら、友原が不意に目元を拭った。
「食卓を囲う皆が、とてもキラキラして見えるよ……!」
浅間「なんで泣いてるんだお前は……」
感極まって涙ぐむ友原に、俺は思わず苦笑交じりにツッコミを入れた。
突如として理不尽な戦いに巻き込まれた俺たち。それでも、こうして温かい飯を食べ、くだらない会話を交わしている時間だけは、確かに平和な日常そのものだった。




