変身
アイの案内に続いて駆け込んだ作戦室は、まるで映画に登場する宇宙船の内部を思わせる、現実離れした空間だった。
武骨な金属製の壁には縦横無尽にパイプ官が張り巡らされ、足元や天井に設置された青白いランプが、室内を怪しげに照らし出している。
頭上には外の様子をリアルタイムで映し出す巨大なモニター。そして部屋の中央には、防衛施設全体の構造を再現した立体ホログラムが、青い光を放ちながら浮かび上がっていた。
「おお……」
緊迫した状況だというのに、目の前に広がる光景に、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「本格的だな……」
軍人である真田も、その精巧な設備の数々に感心するように視線を巡らせている。
「ここは作戦室!そしてあそこが出撃口だよ!」
アイは部屋の奥にある巨大なハッチを指差し、説明を始めた。
「外の状況を確認して、東西南北のどの方向に人を配置するべきか考えて出撃してね! 今回は正面からしか来ていないから、全員『北』だよ!」
「正々堂々というわけね。いいじゃない」
上京寺は腕を組み、不敵な笑みを浮かべる。
「では、これをどうぞ!」
アイは先ほどの黒い箱から血死刀を取り出すと、俺たち五人に一本ずつ手渡した。
「何度見ても奇妙な短刀だな……」
真田は受け取った血死刀を力強く握りしめ、まじまじと眺める。
「これ、本当に使っても大丈夫なものなのよね?」
上京寺は、ドクドクと脈打つ不気味な刃先を訝しげに見つめていた。
「もっちろん! 強力な肉体強化に、戦闘中に腕を切られたりしても安心安全な回復能力! さらには普通の刃物なんて通さない防具への変身まで……などなど! むしろ使うことにメリットしかないよ!」
アイは大きく胸を張り、得意げに語る。
「それが信用できないんだよなぁ……」
独特なノリにもいい加減慣れてきた俺は、呆れ半分に軽口を叩いた。
「これで傷つければいいのかな?」
小林は血死刀を頭上に掲げ、刃先を青白いランプに反射させた。
目を細め、珍しい骨董品でも鑑定するかのように、じっくりと観察している。
「うん! ちょこっと手を切るくらいで大丈夫だよ! それに、変身時に傷つけた部分もすぐに塞がれるからね。 だからお腹を刺しても安心! 試してみる!?」
「誰がそんなことするのよ……」
上京寺はイラつきを隠せない様子で小さく呟いた。
どうやら、アイの緊張感をまるで考慮しない冗談に、かなり疲弊しているらしい。
「希君、君は使ったことがあるんだよね? アイ君の言ったことは本当なのかな?」
小林は血死刀の刃先を指先で弄くりながら、友原に尋ねた。
「うん! 鉄屑の言うことは全く信用できないだろうけど、僕のことは信用して大丈夫さ!」
友原はキランと効果音が聞こえてきそうなほど、自信満々にウインクしてみせた。
(しかし、こいつはおかしなほど明るいくせに……何故かアイのことを鉄屑呼ばわりしたり、彼女にだけ異様に冷たいよな……)
俺はそんなことを考えながら、友原の様子を眺めていた。
研究者のような見た目をしているのに、ロボットには興味がないのだろうか。
「希君がそう言うなら、信頼できそうだ」
そう言うと、小林は血死刀を持った手を持ち上げた。
そして、一切迷いのない手つきでその刃先を
"自分の首元へと"運ぶ。
あまりにも自然な動作だった。
それはまるで朝起きてすぐ、顔を洗いに行くような、何の変哲もない日常の一動作であるかのようにーースパッと滑らかに
俺たち四人は、何が起きたのか理解する間もなく、その場に立ち尽くしていた。
「あぁ!これきちゃう!!//」
小林は顔を紅潮させ、興奮する口元を必死に手で抑えつけている。
切った首からは大量の血がビタビタと流れ、ゴポゴポと不快な音を鳴らしていた。
「うぇっ…」
あまりの光景と鼻のつく匂いに軽くえづく。
「何を…!しているんだ…!」
絶句した様子で見ていた真田が、絞り出したような声で怒鳴りつける。
「わお!」
流石のアイも驚いたらしく、口元に手を当て、目を真ん丸にしている。
しかし突如流れるままだった血が小林の全身を包み、血死刀と服装がみるみるうちに形を変えていく。
そして――
周りの血が消え去り、そこには余裕の笑みを浮かべた小林が立っていた。
「うん。友原君の言う通り、本当に傷が塞がった」
変身を終えた小林は何事もなかったかのように、首元に手を添えて確かめている。
「なんでわざわざ首を切るのよ! 死んだらどうするの!?」
顔を青ざめさせた上京寺が、声を荒らげる。
「でも、実際死ななかった」
当の本人は、そんな彼女の反応すら面白がっているかのように、口元を歪めて笑っていた。
「確かに……僕を信用して大丈夫とは言ったけど……」
友原もさすがに予想していなかったのか、信じられないといった様子で小林の顔をじっと見つめている。
その異様な姿を前に、俺たち四人は言葉を失っていた。
あまりにも常識外れな行動に、驚くことすら忘れてしまったのかもしれない。
ただただ、得体の知れない恐怖だけがその場を支配していた。
「正気じゃないな……」
俺は小さく呟いたが、目ざとい小林は聞き逃さなかったらしい。
小林はフッと、不気味な笑みを浮かべる。
「ごめんねぇ…怖がらせちゃったかな…でも、駄目なんだよねぇ。定期的に抑えないと…」
意味の理解できないことを小林は困ったように説明している。
「でも、これで血死刀の回復能力は証明されたでしょ? 戦闘で怪我をしても安心だね」
そう言って、俺たち全員に向けて穏やかに微笑んだ。
その狂気とはあまりにも対照的な、優しく柔らかな笑顔。その落差に、俺はますます彼を不気味に思い息を呑んだ。
……だが、今は小林の奇行について考えている場合ではない。
これから俺たちは、侵攻獣との戦いに臨まなければならないのだ。
俺は気持ちを切り替え、手にした血死刀を握り直した。
そして、他三人も緊張した面持ちで、次々と自分の手の甲に刃を当てた。
刃が触れた瞬間、身体の中心から熱いものが一気に込み上げてきた。
ドクンーー
心臓が大きく脈打つ。
全身の血流が勢いよく巡り、身体の奥底から圧倒的な力が湧き上がってくる。
まるで自分の内側に眠っていた何かが目を覚ましたかのようだった。
熱を帯びた光が視界を覆い、身体の表面に未知の防護具が次々と形作られていく。
同時に、手にしていた血死刀もまた、俺自身の血に呼応するようにその姿を変えていった。
(これが……変身……)
やがて光が収まる。
そこには、血死刀の力を全身に纏った俺たちの姿があった。
俺の手に握られていた血死刀は、重厚な大剣へと変化している。
それまでの短刀とは比べ物にならないほどの大きさだが、不思議なことに、今の俺なら軽々と持ち上げることができた。
「さぁ! これで準備万端だね! 侵攻獣はもう目の前まで迫ってきてるよ! いってらっしゃーい!」
アイのはしゃいだ声が作戦室に響く。
それと同時に、部屋の奥にある重厚なハッチが、プシューッという排気音を響かせながら勢いよく開いていった。
その向こうには、咆哮を上げる侵攻獣の影。
「皆、行くぞ!」
俺は大剣を握る手に力を込め、仲間たちに向かって叫んだ。
「「「「おう!!(ええ!/うん!)」」」」
俺たち五人は覚悟を胸に、未知なる戦場へと一斉に飛び出した――。




