第6章:泥中の設計図
兄・昌綱の許しを得た佐野房綱は、即座に行動を開始した。
新たなる拠点は、秋山川が緩やかに弧を描き、東山道へとつながる交通の要衝――春日岡。
のちの佐野の街の中心部となるその広大な大地で、彼は自ら測量竿を手に取り、泥にまみれながら大地に新たな縄張りを引いた。
房綱がこだわったのは、中世的な「壁の高さ」や「崖の険しさ」ではない。彼は、城下町そのものを巨大な「防衛装置」として設計しようとしていた。
「兵を山の上に闇雲に伏せるのは、これからの時代、無駄なコストに過ぎぬ。重要なのは、情報の流れを一点に集め、見通すことにある」
彼は町割りにあえて複雑な枡形(ますがた:屈曲した虎口)を多用しなかった。
代わりに、主要な街道や通りを一望できる監視の塔を各所に配置した。これは、彼が夜空の星々を観察する際に用いる俯瞰の視点を、そのまま防衛戦略に応用したものであった。
さらに、蛇行する秋山川の水流を巧みに城下へと引き込み、物資を運ぶ「運河」と、外敵を防ぐ「惣堀」の役割を兼ね備えた「多機能水路」を考案する。
それは、限られた兵力と資金を最大効率で運用しようとする、極めて冷徹かつ合理的な計算に基づいていた。
昌綱の密命を受け、夜な夜な春日岡の鬱蒼とした木々を伐採し、土を掘り返す佐野の足軽たち。 やっかいなのは、藤原秀郷が創建したとされる惣宗寺を秘密裏に移動すこと。
しかし、古くから神聖視されてきた古墳群を崩す作業は、一筋縄ではいかなかった。土の中から、奇怪な形をした古代の埴輪や、血のように赤く塗られた巨石、あるいは幾星霜を経て朽ち果てた古びた太刀が次々と掘り出されたからだ。
「殿! 塚を暴いたことで、古代の王たちの呪いが祟るのでは……!」
怯え惑う家臣たちに対し、昌綱と房綱の脳裏には、あの犬伏で怪僧・随風が残した言葉が響いていた。
昌綱は豪快に、あえて不敵な笑い声を響かせて現場を鼓舞した。
「馬鹿者が! この太刀は呪いなどではない。古代の王が、数百年後の我が佐野家に授けてくれた守り刀だ。この霊気をもって、北条も上杉も切り伏せてくれん!」
工事が中盤に差し掛かったある夜、本丸予定地の堀の掘削現場から、強固に密閉された古い石室が発見された。
房綱が中を改めると、そこには錆びついた異国の両刃剣と、奇妙な意匠が施された一枚の「銀板」が納められていた。
「これは……ただの古物ではないな」
房綱は、不可思議な魔力に魅せられたように、煤けた布でその銀板を磨いた。
月光を浴びて鈍く輝いたその表面には、精密な星の並びを記したような幾何学図形と、当時の日ノ本には存在し得ない、見たこともない緻密な歯車のような紋章が刻まれていた。
「これは、大昔にこの地を治めた王が、大和朝廷の頂点から直接授かった至高の宝にございます」
闇の中から、どこからともなく現れた随風が囁いた。足利学校で兵学を修めるこの高邁な学僧にとって、泥まみれで新しい時代を切り開く房綱に会うことは、何よりの息抜きであり、極上の愉悦であった。
「金よりも銀の流通量が極めて少なかった古代、これを持つということは、中央の最高権力者から『特別な独立同盟の証』として認められた証左。それが今、この春日岡の土中から姿を現したということは、
神仏が『佐野よ、山を降りてこの地に新たなる国を築け』と告げているに他なりませぬ。この銀の板は、数百年後にこの地が再び豊穣の都として栄えるという、未来からの約束の板なのです」
房綱はその銀板をそっと懐に収めた。
これが単なる歴史の遺物ではなく、未来の佐野を、そして一族の血脈を支える「何らかの鍵」になるという確信があった。
房綱はすぐさまこれを唐沢山城の昌綱へと届け、厳重に包まれた布のまま、大事そうに手渡した。
古代の王が遺した銀の輝きは、確かに、暗闇のなかで静かに蠢き始めていた。




