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8話「コリン」

 

 コリンの部屋がどこにあるのか、メアリーはマーサに聞いた。


 マーサの顔が少し曇った。


「コリン坊ちゃまは、あまりお客様を好まれなくて」

「会ってみたいの。同い年くらいでしょう」

「十五歳でいらっしゃいます。でも体が弱くて、長いことお部屋から出ておられないので、人との接し方が……少し難しいかもしれません」

「それでもお願い」


 マーサが少し考えてから言った。


「三階の突き当たりです。でもお嬢様、もし坊ちゃまが嫌がるようなら、すぐ引き返してくださいね」

「わかった」


 ありがとう、と言い置いて、メアリーは階段を上がった。

 三階は暗かった。窓が少なく、廊下の燭台も一階や二階より間隔が広くて、明かりが届かない場所が多い。床板が古く、踏むたびに軋んだ。突き当たりに扉があって、他の扉より厚かった。


 音が漏れないようにしているのか、それとも音が入らないようにしているのか。


 ノックした。返事がなかった。もう一度ノックした。


「……誰」


 かすれた声が聞こえた。子供の声だが、張りがない。長いこと大声を出していない人間の声だ。


「メアリーよ。昨日から屋敷に来てる。伯父さまの姪」


 沈黙。


「入っていい?」

「……どうせ止めても入るんだろう」


 諦めたような声だった。メアリーは扉を開けた。

 部屋は薄暗かった。カーテンが引かれていて、外の光がほとんど入らない。ランプが一つ、ベッドサイドテーブルの上で燃えていた。


 大きなベッドに、少年が横になっていた。コリンだ。青白いという言葉がそのまま当てはまる顔で、肌が透けるように白く、唇に血の気がない。黒い髪が枕に広がっていて、目が大きくて、そのせいで顔が余計に小さく見えた。目の色は、父親に似ていた。

 暗い、鋭い目だ。


 でも伯爵の目と違って、コリンの目には怯えがあった。何かをずっと怖れている人間の目だ。


 メアリーを見て、値踏みするようにしばらく見ていた。


「……本当に来た」

「来ると言ったもの」

「言ってない」

「入っていいか聞いた。あなたが止めなかったわ」


 コリンが少し黙った。


「屁理屈だ」

「そうかもしれないわね」


 メアリーは部屋の中を見渡した。本棚がある。かなりの量の本が並んでいた。植物図鑑、地理書、小説、詩集。読み込まれた形跡がある。


「本、たくさん読むのね」

「他にすることがない」


 コリンが短く答えた。


「外に出たことは?」

「ない」

「一度も?」

「物心ついてから、ない」


 メアリーは窓に近づいた。カーテンを少し開けようとした瞬間、鋭い声が飛んできた。


「開けるな」

「外が見たくないの?」

「見たくない」

「どうして」


 沈黙。コリンが答えなかった。メアリーはカーテンを閉めた。無理に開けることはしない。椅子を引いてベッドの脇に座った。


「何しに来たんだ」


 コリンが言った。警戒している声だ。


「会いに来た。それだけよ」

「嘘だ」


 メアリーは少し驚いた。


「どうして嘘だと思うの」

「みんな、僕に何かを聞きに来る。父の様子とか、屋敷のこととか。本当に会いに来る人なんていない」


 淡々とした言い方だった。傷ついている声ではない。ただ、事実を述べているだけの声だ。それがかえって、メアリーの胸に刺さった。


「そっか」


 メアリーは言った。


「正直に言う。屋敷のことで、あなたに聞きたいことがある。でも本当に会いたかったのも本当よ。同い年がいるって聞いて、嬉しかった」


 コリンがメアリーを見た。長い沈黙。


「……嬉しかった、は嘘っぽい」

「そう? 本当なんだけど」

「なんで見知らぬ病人に会えて嬉しいんだ」

「見知らぬ健康な人より、見知らぬ病弱な人の方が、きっと頭がいいから」


 コリンが少し黙った。そして、かすかに笑った。笑い方を忘れかけている、そういう笑い方だったが、笑いだった。


「……変な人だ」

「よく言われるわ」


 しばらく、他愛のない話をした。コリンが読んだ本の話、メアリーが旅の途中で見た景色の話。コリンは話すにつれて、少しずつ警戒が解けていった。


 声に張りが出てきた。もともと頭が良いのだろう、話が面白かった。観察眼が鋭く、屋敷の中のことをよく知っていた。外に出なくても、聞こえてくる音や使用人の話から、多くのことを把握していた。


「マーサのことは信用できるか」


 コリンが突然聞いた。


「信用してる。あなたは?」

「……わからない。優しいとは思う。でも」

「でも?」

「夜中に、マーサの足音が聞こえることがある。普通じゃない歩き方で」

「どんなふうに?」

「リズムがない。ゆっくりすぎる。まるで眠ったまま歩いてるみたいに。そのまま下の階に降りていく」


 夢遊状態。メアリーは頭の中でその言葉を置いた。


「デイコンは信用できる。あの人は本当のことしか言わない」


 コリンが言った。確信のある声だった。


「同意見よ」

「聞きたいことって何」


 核心に入ってきた。コリンの方から切り込んできた。

 メアリーは少し考えてから、言った。


「お母さまのことを、教えてほしい」


 コリンの目が変わった。さっきまでの、少し打ち解けた目ではなくなった。暗い目になった。深い場所に沈んでいく目だ。


「……なぜ」

「お母さまがどんな人だったか、知りたい」

「それだけか」


 メアリーは真っ直ぐコリンを見た。


「失踪したと聞いた。でも本当のことが知りたい」


 コリンが目を逸らして天井を見た。長い沈黙の後、かすかな声で言った。


「……見たんだ」

「何を」

「父が。夜の庭で」


 メアリーは黙って続きを待った。


「母の、髪を掴んで」


 コリンの声が、平坦になった。感情を消したような、平らな声だ。


「引きずってた。庭の奥まで。僕は窓から見てた。声が出なかった。足が動かなかった。」


 部屋が静かだった。


「翌朝、母はいなくなった。父は旅に出たと言った。使用人たちはみんなそれを信じた。信じたふりをした」

「あなたは誰にも言わなかった」

「言えなかった。言ったら、どうなるか」


 それ以上の説明はなかった。必要もなかった。言ったら自分がどうなるか、十五歳の子供でもわかる。


「ずっと一人で、知ってたの」


 コリンが天井を見たまま、頷いた。小さな頷きだった。

 メアリーは何か言おうとした。慰めの言葉が思い浮かんだが、どれも軽すぎる気がして、やめた。代わりに言った。


「一人じゃなくなる」


 コリンが、メアリーを見た。


「あなたは一人じゃない。私がいる。デイコンもいる。それから——」


 メアリーは少し躊躇してから、続けた。


「お母さまの弟が来てる。エドワードという人が」


 コリンの目が大きくなった。初めて、驚いた顔になった。


「エドワード叔父さんが」

「知ってるの?」

「名前だけ。会ったことはない。母から話を聞いてた。歳の離れた弟がいる、って。でもなぜ」

「お母さまを探しに来た。ずっとここで調べてた」


 コリンの目に、何かが灯った。小さな光だったが、確かにそこにあった。希望と呼ぶには小さすぎるが、希望の欠片のようなものが。


「……会えるか」

「会わせる。約束する」


 コリンが再び天井を見た。今度は違う目だった。少し柔らかくなった目で。

 帰り際、メアリーはもう一つ聞いた。


「薬を飲まされてるって聞いた。父親から」


 コリンの顔が曇った。


「老使用人のジャッドが毎朝持ってくる。父の指示だって言う」

「飲んでるの?」

「……飲んでないこともある」

「飲まないと、どうなる」

「飲まない日の方が、体が楽だ。飲んだ日は頭が重くて、半日眠れない」


 やはりそうだ。伯爵が息子を弱らせている。理由はまだわからないが、意図的だ。


「これからは飲まないで。捨てていい」

「でもジャッドが確認に来る。飲んだかどうか」

「演技できる?」


 コリンがメアリーを見た。また、かすかに笑った。


「病人の演技なら、得意だ」

「じゃあ頼む」


 メアリーは立ち上がった。扉に向かいながら、ふと振り返った。


「コリン」

「何」

「外に出てみたいと思ったことはある?」


 コリンが少し黙った。


「……ある」


 短い答えだったが、その一言に、長い時間が詰まっていた。


「いつか出よう。一緒に」


 コリンが返事をしなかった。でも視線が、閉じたカーテンに向いた。その目が、少しだけ窓の方を向いていた。


 三階の廊下を歩いて戻ろうとした時、床板が鳴った。自分の足音ではなく、前から来る足音だ。廊下の曲がり角の向こうから、誰かが歩いてくる。


 コツ、コツ、コツ、ズッ。


 伯爵だ。メアリーは咄嗟に、廊下の壁の窪みに身を押しつけた。装飾用の壁龕で、大きな花瓶が置かれていた。人一人が隠れるには狭かったが、他に選択肢がなかった。


 伯爵が角を曲がってきた。ランプを持っていて、その明かりがメアリーのすぐ前を照らした。息を止めた。伯爵が歩いてくる。花瓶の陰から、わずかに覗いた。


 伯爵の顔が見えた。疲れていた。昨日より、目の下の影が濃い。頬がさらにこけていて、口元が何かを呟いていた。音が聞こえないほどかすかに、口が動いていた。


 伯爵がコリンの扉の前で止まった。扉を見た。長い時間、扉を見ていた。その顔が、メアリーには読めなかった。愛情に見えた。でも愛情だとしたら、どこかが歪んでいた。愛情の形をした、別の何かのように見えた。


 伯爵がランプを持ち直して、扉には触れずに踵を返した。また廊下を歩き始める。コツ、コツ、コツ、ズッ。メアリーのすぐ前を通った。ランタンの明かりが花瓶を照らした。


 伯爵が、止まった。


 メアリーは心臓が止まる気がした。気づかれた。そう思った。でも伯爵は花瓶を見ていた。花瓶の、薔薇を。挿してあった薔薇が、一輪。花びらが一枚、床に落ちていた。伯爵がそれを拾い上げ、指の腹で花びらを触った。


 そっと、壊れ物を扱うように。それから花びらを握りしめた。潰れた花びらが、指の間から赤く滲んだ。


 伯爵は何も言わずに歩き去った。足音が遠くなり、消えた。


 メアリーは壁から出た。床を見ると、伯爵が歩き去った先の床に、赤い染みが点々と続いていた。潰れた薔薇の、赤い滴が。まるで血のように、廊下に続いていた。


 夕食の席に伯爵が現れた。初めてだった。テーブルの上座に座り、無言で食事をした。メアリーも無言で食べた。途中、伯爵が言った。


「コリンに会ったそうだな」


 マーサから聞いたのだろう。


「はい」

「何を話した」

「本の話を。面白い子ね。頭がいい」


 伯爵が少し黙った。


「あれは体が弱い。刺激を与えるな」

「話をするだけなら刺激にならないと思うけど」


 伯爵の目が細くなった。


「私の屋敷では、私の言うことに従ってもらう」


 メアリーは下を向いた。従うふりをした。食事を終えて部屋に戻る途中、廊下の角で黒い影がいた。また、いた。でも今回は離れていた。廊下の端、十メートル以上先に、こちらを見ていた。


 メアリーは立ち止まった。逃げなかった。見返した。黒い影も動かなかった。ただ、存在していた。やがて、ゆっくりと首を傾けた。人間が不思議がる時のように。そして、消えた。今日は近づいてこなかった。


 メアリーは廊下を歩き続けた。部屋に戻り、扉に鍵をかけた。ベッドに腰を下ろした。


 今日わかったこと。コリンは目撃者だ。マーサは夜中に地下に行く。伯爵はコリンの部屋の前で立ち止まった。あの目は何だったのか。そして薔薇の花びらを、潰した。あの握りしめ方は、何だったのか。


 明日の夜、エドワードが書斎に入る。それまでは、静かにしていなければ。


 目を閉じ、眠ろうとした。そのとき、ベッドの下から音がした。コツ、と一回だけ。メアリーはランプを持ち、ベッドの脇に膝をついて、床に顔を向けて下を覗き込んだ。暗い。ランプを差し込むと、何もなかった。埃と床板だけだ。


 立ち上がろうとした瞬間、ベッドの下の暗がりから白い手が伸びてきて、メアリーの足首を突然掴んだ。


 手が氷のように冷たい。

 全身が震えような冷たさだった。




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