北国訪問1
国境を越えて二日後の夕方、フィオラ一行はファイラドア王国の王城にたどり着いた。入城してすぐに謁見の間にフィオラとリュドだけ通され、国王並びに王族・高位貴族たちと挨拶を交わすだけの、簡単な歓迎式典が行われた。
王太子夫妻がいないことに気になったが、式典のすぐ後に滞在する離宮に案内された。
もしかしてと思ってはいたが、離宮の玄関で出迎えてくれたのは……
「お久しぶりね、フィオ」
「ヘンリエッタ姉さま!」
この国の王太子妃でガルンラトリ王国第一王女だったマリエヘンリエッタだった。
ヘンリエッタと共に中に入ると、応接間には彼女の夫である王太子とまだ赤子の王子が、毛足の長い円形のラグに置かれた、大きなクッションにもたれかかってくつろいでいた。フィオラ達がラグに履き物を脱いで上がった頃には、王太子は立ち上がって挨拶を交わしていた。
「ご足労頂き、本当にありがたく思います、ガルンラトリのドラコメサ女領主、およびドラコミリ殿」
「ファイラドア王国の次代の温もりたる王太子殿下にご挨拶申し上げます。お久しぶりにございます。そしてご子息様のご誕生にお喜び申し上げます」
「ありがとう、フィオラ嬢。皆からの誕生祝をとても嬉しく思う。どうか楽に、ドラコミリ殿も、自宅にいるように過ごして欲しい」
「ではお言葉に甘えて、遠慮なく過ごさせていただきます」
つまり、ここではリュドも一緒に普段通りの話し方で過ごそうということになり、旅の疲れもあったフィオラは気分が軽くなった。
「ありがとうございます、フラモフィロ殿下」
「ここまでお疲れ様、フィオ」
「何が疲れたって、初めての他国の国王陛下に挨拶したけど、ドラコメサとしては軽い会釈だけでいいって分かっててもすごく緊張して、本当にいいのかなあって内心ばくばくしてたの」
「あらあら」
「隣のリュドは堂々としてるし……」
「悩んでも無駄だと思ったので、色々考えないようにしておりました」
「その手があった……」
「ふふ、可愛いわね、フィオ」
そう言いながらヘンリエッタがフィオラを抱きしめ、背中をポンポンと優しく叩いてくれた。幼い頃も良くしてもらったなと思ったら懐かしくなった。
「ふふ、久々にぽんぽんされたら落ち着いたかも」
「ならよかったわ。それと皆からのプレゼントを運んでくれて、ありがとう。ここで開けてもいいかしら?」
「もちろん。でもその前に新しい王子様にご挨拶させていただいてもいい?」
「ええ、もちろん。私たちの息子の、ピロソフィロよ」
「かわいい!」
オレンジブロンドにスカイブルーの瞳のヘンリエッタから瞳の色を受け継いだ以外は、父親にそっくりな男の子だった。北国らしく色白な肌と黒髪に灰色の瞳を持ち、クマのような大きな体つきをしたフラモフィロにそっくりな顔立ちで、体つきもまだ生まれて半年たっていないはずなのに、すでにそれくらいに見える体つきをしている。
「瞳の色以外はお父さんそっくりなのね」
「ええ、嬉しくもあり、寂しくもありというか……もうちょっと私にも似てほしかったわ」
「幸せな悩みでいいわ」
「ふふふ、ありがとう」
その小さな王子が見守る中、ヘンリエッタはフィオラから受け取った出産祝いやお土産の箱をどんどん開け、夫や息子に見せながら送ってくれた相手のことも説明した。
フィオラはそれを聞きながらこちらに来てから見た羊のかわいらしさや家の作りの違いなど驚いたことを話題に上げて、その話で楽しく盛り上がった。
その後、お眠になった王子を乳母たちが隣の部屋で休ませに行ったところでお茶とお菓子が用意され、去年の魔王騒動の話になった。
リュドがそれ用に魔剣と言われる魔法を付与できる剣を開発していたこと、教会が魔物――特に体を持たない悪魔と呼ばれるものを封じ込める対策を取っていたこと、グネス達の活躍と自分たちのしたことを話せる範囲で話した。すると、非公式ではあるが王太子夫妻から感謝の言葉と品々を渡された。
その後話はガルンラトリの双子の王女の結婚式の話になり、出産して一年経っていないため8月に行われる式に出席できない詫びを妹に伝えてほしいと、ヘンリエッタから祝いの品と共にお願いされた。
それにフィオラは快く頷き、妹殿下の最近の話をしようとした時だった。
「マリエラからの箱に同封されていたのだけれど、フィオが恋愛で悩むなんて感慨深いわ」
「え?」
「妹たちの手紙にもあなたの結婚のことが心配と書いてあったけど、フィオってばねえ……」
「恋愛朴念仁って言いたいんでしょ?」
「あら、それは大げさじゃない?」
「リュドに言われたわ」
「あらあら」
「そちらのドラコミリの口も容赦がないようだな」
当たり前だかこの国にもドラコメサもドラコミリもいる。フラモフィロの言い様からすると、この国のドラコミリも突っ込みが激しいようだ。
その言葉に三人がリュドを見ると「ドラコミリは武人なので、言葉を飾ることは苦手かと」と言い訳をするので、それが面白くてフィオラ達はくすくすと笑ってしまった。
「それで私に聞きたいことがあると書かれているけど?」
「ヘンリエッタお姉さまとフラモフィロ殿下は幼馴染から始まったって……」
「ええ、そうだけど、それがどうかしたの?」
「こちらの大司教に求婚され、戸惑っている原因の最たるものが、今まで意識していなかった相手ということなので。マリエヘンリエッタ殿下が同じだったということなので、詳しく話を聞きたいそうです」
「リュド!?」
「マリエラ様から、フィオラ様は言いよどむだろうから、私の方から伝えて欲しいと頼まれておりました」
「正しいわね。さすがだわ、マリエラ」
真っ赤になってるフィオラを見ながらコロコロ楽しげに笑ったヘンリエッタは、フィオの為になるならと詳しい話をし始めた。
ヘンリエッタとフラモフィロは隣国の王族同士の交流で、年に一度か二度会う程度の幼馴染ではあった。だが当時フラモフィロには婚約者がいたので、男性として意識することなく過ごしていた。
それが変わったのが、フラモフィロが十六歳、ヘンリエッタ殿下が十一歳の時だった。
フラモフィロの婚約者が病に倒れ、その後治ることなく二年後に亡くなってしまった。
その為に王太子の婚約者の再考がされたが、国内の有力貴族の令嬢たちは全て婚約が調った後だった。
そこで白羽の矢が立てられたのが、当時まだ婚約者が決まっていなかったヘンリエッタだった。
二人の弟王子の婚約者を決めた後にゆっくり選定しようという話になっていたのと、もしも亡くなられたときに話が来る可能性があることが考慮されたため、ヘンリエッタの婚約者の選考作業が凍結されていたそうだ。
そしてよくない想定が現実化した後、話がまとまり、本人たちに婚約の話が伝えられたのが十九歳と十四歳になった時だった。
それまで時折会うだけだった幼馴染の二人が、婚約者として相手を意識し始めた瞬間だった。
「まずは相手を意識することかしら」
「私は以前と同じようにヘンリエッタのことを見ているつもりだったが、やはり結婚を意識した状態では知らずと心境に変化が起きたようだった」
「私も同じだったわ」
次に出会った時、婚約者ということで二人きりでお茶をたしなんだが、いつものように気軽な会話ができなかったと。でもこのままでは駄目だからと、フラモフィロ主導で色々と話し合った事。そこから接する中でお互いを尊敬しあい、それが愛情にまで変わったという話だった。
「だからフィオも大司教様のことを、大司教とかリュド殿の友達とか知り合いのお兄さんとかではなく、一人の男性として見て……観察してどういう人なのかを探ってみたらと思うわ」
「どういう人って」
「結婚するに値する人間かどうかとか?」
「そこは大丈夫って分かってるんだけど」
「あら?じゃあなにを悩むのかしら?」
「皆から恋愛結婚をするようにと言われていたので、そちらで悩まれているようです」
「ああ、恋愛的に意識できそうかどうか?」
「恋愛朴念仁には難しいの」
「根に持ってますね」
「持つに決まってる~~~!」
抱きしめていた小ぶりのクッションに顔を薄めながらうだうだするフィオラに、このままでは駄目ねと思ったヘンリエッタが質問を投げかけた。
「結婚するに値する相手と分かっているのに悩むのはどうしてかしら?」
「……裏の顔がないと言い切れないのが怖いの」
「セティオはそれほど信頼のおけない相手ですか?」
「人としては信用してるの。でも、男としてはどうかわからないから……」
前世のフィオラが契約結婚を承諾してしまう程のトラウマを植え付けた相手が、裏表が激しいというよりも、裏を一切見せない相手だった。
学生時代に十一股していた黒歴史彼氏一号のおかげで作り笑いを見抜けるようになっていたものの、元々の男運というか男性の趣味が悪かったせいか、社会人の時に結婚まで考えた男が最悪だった。
勤めていた会社の営業マンで、営業補佐の事務員をしていたフィオラの隣のチームのエースだった。笑顔が爽やかで、誠実そうに見えて、言葉も巧みで、顧客の信頼度も高い男だった。そんな彼から告白されたのがとても嬉しく、ゆっくりと深く愛を確かめ合えていると思っていた。
爆弾が落とされたのは付き合って二年後、二十代後半になった時に、彼が結婚を発表した。社内の、自分以外の女性との。
その瞬間は頭が真っ白になって何の反応も出来なかった。
確かに社内の人間には内緒でというのは引っかかっていた。あの会社は社内恋愛を禁じていなかったのに、なぜと思ったが、両方の部署をまとめる部長がセクハラ男で、男女構わず恋人や結婚の予定を深堀してくる人だったので、しょうがないかと思っていた。
翌日、秘書課の新人も乗り込んできたことで三股男だったことが分かったが、彼はいつも通りの話術でその子を「妄想家」として押し通してしまった。
私は口の堅い数人にしかばらしていなかったのと騒がなかったため、彼から最後の電話を受けることができた。どうしても聞きたかった。「結婚を決めた経理課の彼女と、私と何が違うのか」を。
「君は案外頑固だよね。隠し事も多かったし。彼女は僕に何でも話してくれるし、何でも言うことを聞いてくれるし、何より僕を否定しないのが良くてね。それが決めてかな」
あけすけと語る言葉に二の句がつなげず、「もういい?」の言葉に「さようなら、二度と関わらないわ」としか返せなかった。
その後も普通に過ごす彼を見るのが辛くて、結局会社を辞めてしまった。
その時に愚痴を聞いてくれたゲイの友人が、仕事の関係で結婚する必要が出てきたから期間限定で契約結婚をしないかと提案してきたので、それに乗った。衣食住を確保できたのはラッキーだった。
そして色々と落ちついた頃、ふと彼の言葉を反芻してしまい疑問が浮かんだ。頑固なのは確かだけど、隠し事をしていると言われるほど隠し事をした覚えがなかった。
嫌な予感がした前世の彼女は、経理課にいた同期と会って「あくまで推測だけど」と前置きをしたうえで、横領されていないか調べた方がいいと告げた。
結果を言えば当たっていた。彼は、経理の彼女に命じて会社から金を盗んでいた。
本当に最低で、彼女の中で黒歴史彼氏二号として転生後も脳に刻まれるほどだった。
しっかり思い出せない彼氏達も、難あり物件ばかりだったとうっすら覚えており、自分の恋愛能力値はマイナスになっていると自信を持って言える程だった、
そんな前世の自分を引きずっているからこそ、恋愛に前向きになれず、それどころか恐れを感じているのだろうと、それがストッパーになってしまっているのだろうというのは若干自覚していた。
フィオラがそんな風に物思いにふけって黙ってしまった時、ヘンリエッタは昔妹たちに掛けた言葉を思い出していた。そしてそれをフィオラにも伝えた。
「フィオ。大司教様は見目も宜しいし、人としては信用できるのでしょう?」
「うん」
「でしたら、結婚相手に求める絶対に外せない事リストと、絶対に許せないことリストを作って、それで相手を評価することをお勧めしますわ」
「リスト?」
「妹たちにも作らせたの。ヤンネなんて外せないことに”趣味を邪魔しない事“、許せないことに”側室を持つのはいいけど、それを隠したり黙って浮気したりすること“なんて書いていたわ」
「ヤンネさまらしいわ」
「フィオもリストを作って、それにそうかどうかリュド殿に尋ねればいいわ」
「リュドに?」
「大司教様とリュド殿は親友なのでしょ?」
その言葉とともに女性二人がリュドを見ると、彼は黙ってうなずいていた。
「リュド殿はフィオにとっては信頼に値する人なのでしょ?」
「うん。リュドは絶対に私を裏切らないって自信があるわ」
「だったらそのリストを彼に見せて、それに沿っているかどうかを聞けば、嘘偽りなく判断してくれると思えないかしら?」
「……そういわれれば、確かに」
「自分では信じられないなら、周りの人の評価を信じるというのは一つの手よ」
「でもそれが間違ってたら?」
「その時は、そんな相手を捨てればいいわ」
「ヘンリエッタ姉さまも、マリエラ達と同じことを言うのね」
「ええ。貴方以上に高貴な女性はいないのだから、あなたは相手を捨てられる立場にいる……幸運だったと思いなさい」
「そうね、貴族が離婚するのは難しいものね」
この世界、ガルンラトリ王国もファイラドア王国も、貴族が離婚をするのはよほどの理由がない限り許されない。何故なら貴族の婚姻は、王家の承認を受けた王命に等しい繋がりになるからだ。
故に、離婚の申し立て手続きも煩雑なら、理由を証明する証拠もしっかり示さなければならない。
「確かに私なら”もう無理だから”で捨てることは出来るわよね」
「ええ。だから裏切られるまでは一緒にいるという手はあるわよ」
「うん」
「それに、そんなことはあり得ない、と分かる日もあるかもしれないわよ」
「……かな。うん。ちょっと前向きに考えてみる」
「そうなさい」
そう言いながらフィオラを抱きしめるヘンリエッタは、まるで聖母のようだった。
PS.
リュ「フィオラ様のご友人たちが、最近母親のように見えることが多いんだが」
エリ「フィオラ様が恋愛事については幼いからでは?」
ユル「皆母親のようにフィオラ様のことを心配してるもんねえw」
※ということで、周りが総じてオカン化しておりますw
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お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
連絡事項というか、来週はお盆週間だと週末に思い出しましたw
というわけで来週はお休みします。帰省するので。
ポメラで頑張って続きを書きます><←ストックがさっぱり無くなりましたorz
そして初出しの北国です!前作でも、ヘンリエッテ殿下の嫁ぎ先としか出てなかった国です。
あんど裏話。
ヘンリエッタ殿下と、というより王女殿下たちとフィオラは、フィオラが11歳のころから仲良くなっています。
殿下たちが王妃様と共に避暑に避寒にと、バニョレスにある王家の別荘に来る度に良好な関係を築き、お互いにお姉さま呼ばわりするくらい仲がいいです。
王家にドラコメサの名を持つ子をめとることができない分、聖竜様に近しい存在とは密な関係でいてほしいという王宮側の思惑もあり、仲良くなれる環境が整っていました。
王妃様もフィオラの母親を侍女に欲しいと思っていたくらい気に入っていたので、その娘のことをとても気にかけていたというのもあります。




