祖父のお膝元でのひと時1
北の隣国「ファイラドア王国」に行くには、ガルンラトリ王国の北の端、フィオラの母の出身地のノドフォルモント辺境伯領を通っていく。領主の館まで五日かかり、そこから二日半で北国の王都にたどりつける。
フィオラ達一行は北国で一週間過ごし、行き帰りはノドフォルモントで三日ずつ程お世話になるという、全行程をだいたい一ヶ月かけてこなす日程になっていた。
その一行の一番豪華な馬車、外交用に特別に作られたドラコメサの馬車の中に、フィオラとフォルトとグネスと、護衛侍女のシアが乗り合わせていた。
そう、祖父の居るノドフォルモント領まではフォルト達も同行していた。フォルトの結婚の報告とお嫁さんの正式なお披露目とフィオラの見送りをこなすために。
普段の馬車よりも柔らかく分厚いクッションが敷き詰められた車内では、姉弟とグネスの三人がのんびりと会話を楽しんでいた。
「フォルトが研修期間に領主の仕事をしてくれるから助かるわ」
「姉さまも同じでしたね。おかげで去年は提出書類の作成が楽でした」
五月に入り王立高等学園の最終学年の授業はもう行われず、それぞれ就職先に応じた研修期間に突入していた。フォルトはすでに当主としての仕事をこなしていたので、研修期間というものがない分長い春休みと言ってもよかった。
とはいうものの、月々と六月末の半期に一度の提出書類の作成や領主としての仕事に加えて、自分たちの結婚式の準備で忙しくはあった。
「学業がなくなると、領主と伯爵としての仕事だけをすればいいので、かなり楽になりますね」
「去年、私も実感したわ。今回はフォルに任せきりになっちゃうけど、その分北の酒精の作り方の細かな点も確認してくるわね」
「頼りにしています」
「グネスも女主人としてサポートを頑張ってね」
「は、はい。ご期待に、沿えるように、頑張ります」
フォルトとグネスは、フィオラが北国に入ったのを見送って、もう一泊ノドフォルモント家でお世話になってから王都に帰る予定だ。
フィオラは帰りに再び寄って、北国旅行の疲れを癒してから、結婚式に参加する予定の祖父と領主の息子一家と共に王都に帰ることになっている。
そして馬車に揺られること五日弱、フィオラ達はノドフォルモントの屋敷にたどり着き、大いに歓迎され、北の食材を使った晩餐を楽しんだのだった。
その夜。ずっと馬車に揺られて疲れていたはずのフィオラだったが、客室で寝心地の良い天蓋付きのベッドの上でごろごろ転がりながら悩み始めてしまった。
ここまでの夜は宿でグネスと同じ部屋で過ごしていたので、寝る直前におしゃべりを始めて、知らない間に寝落ちするというのを繰り返していた。
それができない今日はなかなか寝付けず、色々と考えていたら、やはり今の一番の悩みである「大司教からのプロポーズ問題」に思考が走ってしまった。
プロポーズされた夜、護衛や従者も含めた皆で色々と話し合った。その結果「これ以上の相手は他にはいない」という全体一致の意見に落ち着いた。
けど・でもと反論とも言えない反論をしたのはフィオラ一人で「そんなに悩むのなら」と、とりあえず仮の婚約を結んだうえで本契約まで半年の猶予を貰った。
自分の問題なのはわかっている。自分が恋愛や結婚に向き合えていないのが原因だというのは。
それでも悩むものは悩むんだからとごろごろしながら、頭の中で聖竜に呼び掛けてしまっていた。
「聖竜様はどうされているのかしら?こういう時にこそ相談に乗って欲しいのに~」
「ぶつぶつぶつぶつ、うるさいのう」
「え?ドラク!?」
いきなり枕もとで声がしたと思ったら、そこには旧知の友人であり、聖竜の分体が人の形を取った「ドラク」と呼ばれる男が立っていた。
小麦色の肌を持つアラフォーと言った感じで、銀髪に赤色の瞳、背も高くすらっとしているが筋肉もついているので、冒険者にも見える。
聖竜は火山に来臨して数年すると、ドラクの姿で国内をいろいろと見て回る。今は「リュドのバルセロノにいた頃の昔馴染み」という設定が作られ、その伝手でフィオラ達とも顔なじみになった、ということになっている。リュドの友人達とも飲み仲間になっているし、アレクにいたってはことある毎に飲み勝負を吹っ掛けているほど仲がいい。
ちなみに分体は女性形にもなる。そちらは小麦色の肌に赤い髪、金色の瞳、筋肉質のナイスバディのアラフォーのお姉さまで、腰まで体のラインにぴったり張り付く真っ赤なマーメイドラインのドレスを着て、頭に聖竜と同じ形の角をはやしている。
世間的に聖竜様の分体として有名なのは女性体の方だった。
「ここのところ主はぐるぐる悩んで五月蠅いし、我が使徒は感情がピンク色になったり灰色になったりで鬱陶しいし。二人とも静かにしてくれんかのう」
「ピンクと灰色?」
「主と結婚できると考えて幸せなピンク色になり、そのせいで主を悩ませてしまっていると悩んで灰色になりという感じかのう」
「大司教様も悩まれているんだ」
「それ以外にも頭を悩ませることがあるしのう……そもそも主はなぜ素直に婚約を結ばんのだ?」
フィオラは「それ以外とは何か」を聞きたかったが、その前にドラクに突っ込まれて言葉が詰まってしまった。
「あれより良い男など居らんのだから、あれでよいだろう」
「確かにいい男なんだけど、何か結婚したらかわるとかない?とかいろいろ悩んじゃって」
「前世でも自由恋愛とやらをしておったではないか」
「見てたならわかるでしょ!?確かに前世で恋愛も結婚もしてたけど、ろくな恋愛をしてないし、結婚は偽装結婚だったし、男を見る目がなかったっていうか、男の趣味が悪い自覚があるから悩んでるの!」
フィオラは枕をバンバン叩きながら反論していた。
「今世は勉強と領地発展に頑張っていたせいで恋愛をする暇がなかったし!」
「まあ、そうだのう」
「貴族だから政略結婚になるだろうって思ってたのに、皆から……当の大司教様からも恋愛結婚を勧められて、それで考えろって言われて……」
「で?」
「幸せだった恋愛経験がないから、どうすればいいか悩むし、あの恋愛だって本当のところ恋愛だったのか、ただの恋だったのかとかぐるぐる考えてたの。それで分かったわ!」
フィオラは両手を胸の前で組んで、祈るような、すがるような視線をドラクに向けた。
「恋ってどうすればいいのか、恋と愛はどう違うのかとか、もうわからないの!だから恋愛の仕方を教えてください!」
フィオラの必死の祈りであり願いであったが、それに対する返答は無情なものだった。
「神たる我が、人間の色恋沙汰のことなど知るわけがなかろう」
「えええええっ(´;ω;`)。まさかの役立たずーーー?。・゜・(ノД`)・゜・。」
思わず泣く絵文字を二種類も使ってしまうくらいの衝撃であり、絶望だった。
神様なんだからヒントくらいくれるだろうとフィオラは思ったのに、まさかの匙投げ。
前世で言うところのヲワタとか詰んだってこういうことかと、フィオラはベッドの上でうつぶせになって泣きそうだった。
ドラクは、そんなフィオラに呆れつつも頭を撫でて、思いついた助言をしてみることにした。
「我にその様に言えるのはお主くらいだぞ。まあ、人のことは人に聞けばよかろう。ほれ、お前の筆頭護衛。あ奴はモテると街で有名だから。奴に話を聞いてみるとよいのでは?」
「……なんか嫌」
「ごねるでない。キッチンで仲間と飲んでいるようだから、丁度いいのではないか?」
「嫌ったら嫌」
フィオラはそう言うと、天蓋の支柱にしっかりとしがみついて、何があってもここから動くものかという意思を示していた。
ドラクは面倒くさかったのか、面白そうだと思ったのか、フィオラの首根っこをひっつかむと、そのままキッチンへ転移していった。
その瞬間、今まで部屋の隅で金縛りにあったかのように動けなかったエリサは、漸く動けるようになって激しく動揺した。目の前で起きていたことが一切理解できなかったものの、キッチンへ行ったことだけは把握できたので、慌てて部屋から飛びだした。
すると部屋の前にフォルトとカルスが立っていたので急いで報告しようとしたが、フォルトに手で制されてしまった。
「何があったかは分かっている。静かについてくるように」
そう命じると、三階の客室から素早く階下へ移動していった。
その頃、明日は休養日になっているドラコメサ一行の数名が、館のキッチンを借りて立ち飲みパーティーに興じていた。
フィオラと共に北国に行くリュド、ユル、シア、トリアの四人と、フォルトの護衛&従者として付いてきたガルシオ、アレク、ロゲル、オヴィディオの四人と、もう一人。リュドたちの友人であり元姉弟の護衛で、今はドラコメサを支える第一の寄り子であるドラメスブロ子爵家当主であり、姉弟の後継人であり結婚式の取りまとめ役という設定盛り沢山の美青年、デマロがいた。
他にも護衛や召使いもいるが、ここまでの行程で疲れ切っているのか、皆すでに夢の中だった。だが体力が有り余っている者と、移動の馬車の中でぐっすり寝ていた料理人のユルと従者のオヴィディオはまだまだ元気だった。
一同は酒と肴を楽しみながらくつろぎ、明日は城下町に繰り出して飲むか、色々買い物をするかという話で盛り上がっていた。
そんな時だった、いきなりフィオラをぶら下げたドラクが現れたのは。
何もなかった所に、突如。
目の当たりにした一同は、リュドとユル以外は、何が起きたか理解が追い付かなかった。
転移魔法で送れるのは無機物のみで、生きているものを送るのは禁忌魔法にあたるのは有名であり、それを発動できる人間はいない。そもそも時々王都や領都で会うだけのリュドの昔馴染みが、飲み勝負仲間が、なぜこの北の果ての領地の領主の館にいるのか。
目の前の男は、いったいナニモノなのか?
そんな疑問で頭がいっぱいになった頃に、リュドがおもむろにドラクの方に歩き始め、そのまま跪くという行動に出た。
ちょうどその頃キッチンにフォルト達もたどり着き、驚いている従者兄妹を横目にフォルトが部屋の中心に遮音装置を置くと、起動させるべく魔力を注ぎ込んだ。
遮音魔法が展開されたのを感知したリュドはようやく口を開いた。
「火山と業火を統べる神、荒ぶる炎にしてドラゴンの姿をかたどる我が主、聖竜様。人にあらざる御業でこの場に降り立たれたということは、やんごとなき身にふさわしい、火急の用があったと思われますが……私にできることがありましたら、喜んでお力添えいたします」
リュドは普段とは全く違う、少し低めのゆったりとした声音で、聖竜に挨拶を告げていた。
我に返った一同が、リュドと同じく跪くと、その様子を見て慌てた聖竜がリュドを止め始めた。
「やめぬか!我は主らとは普通に人と人として付き合っていきたいと願っておる。頼むから、そのような態度も言葉遣いもやめて、いつも通りに接してくれぬか」
「……いつも通りがいいと、人として普通に扱えとおっしゃるのですか?」
「おう。その通りだの」
「そうですか。分かりました」
了承の意を示したリュドは立ち上がったが、顔には険しい表情が浮かんでいた。そしてドラクを見たまま「ユル、三〇分」と告げると、それを受けたユルがキッチンにあったタイマーをその通りセットした。
その直後、リュドの得意技とも悪癖とも言われている説教が始まった。
「何を考えているんだ!生体の転移は人にできる技じゃない、というか女神様と一緒に聖竜様が決めた人の理だろうが!それで自ら人外だとばらしてどうする!どう考えても、聖竜様だという結論しか出ないだろうが!」
「お、おう」
「黙って聞け。だいたい初めてドラクとして出会った時に言ってあっただろう、聖竜様とばれたら慇懃無礼な口調にすると。それも忘れていたんだろう?」
こんな感じでいつも通りの説教が炸裂していた。
実は、リュドは幼いころから説教魔として有名で、たとえ相手が年上であろうと、説教すべきだと判断した時は懇々と自分の意見を告げ相手を諫めるということをする。相手が目上の人間の場合一応断りを入れてからするし、最初の一回は三十分間、次回からは一時間と決めて守っている。
そんなリュドの中で、ドラクは年上だが気の良い飲み仲間という立ち位置なので、断り入れずにいきなり説教タイムに突入していた。が、
(聖竜様に対してもぶれないって!?)
と、その場にいた一同に恐怖を感じさせると同時に驚嘆させていた。
そしてタイマーの音がチンっと鳴った。
そこで説教を終了させたリュドが、今度は同僚たちの方に向いて威厳のある態度と声で話し始めた。
「もうみんなも気づいてしまっただろうが、こちらの御方は聖竜様だ。だが、この姿の時は呑み助でちゃらんぽらんな元冒険者のドラクというただの人間の男だ。すまないがドラコミリの名で皆に命じさせてもらう。今見た真実に関しては聖竜様の御許に行くまで沈黙を守り、彼に対しては今まで通り接すること。以上だ」
リュドはそう命じるとドラクを睨み「こんな風に友人に命令をしたくなかったんだけどな」「本当に悪かったのう。ここは北のいい酒を出すから、勘弁してくれ」「……なら許す」と、いつも通りのいい加減に扱っていいおっさんとの会話を交わしていた。
知らなかった一同はその様子を見て、それでいいんだと思いつつも、いつも通りと言われてもと悩んでいる様子だった。
しかし、その雰囲気をぶち壊したのは、正体を知っていた姉弟でもユルでもなく、アレクだった。
「ドラクが、聖竜様?ってことは、飲み比べで勝てるわけね―じゃねーかー!」
その心からの叫びに周りは和み、そこからは普段通りの雰囲気に戻っていった。
ここからは無礼講ということで、皆で料理を作りながら、ドラクの出した酒を楽しみながら、本題に戻っていった。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
「徐に」……昔勘違いしていた時期があったなと思いながら使いました。「ふいに」に近い感じだと思っていましたorz
※徐に(おもむろに):挙動が落ち着いてゆっくりしているさま
この世界の神様である聖竜様は気さくなお方で、50年一つの国に滞在する間に市井に降りて適当なおっさんとして色々な人と仲良くなったりします。
リュド達のことは気に入っているので、ただの飲み友達として扱ってくれることが本当にうれしいので、どうしても聖竜として扱われることは嫌でした。
だったらばらすようなことをするなと、リュドに叱られるのは自業自得ですねw
ちなみにユルも聖竜の正体を知っているのは、供儀の時に一緒に着いて行って料理を提供しつつ一緒に飲んでいるからです。
そのあたりは前作を読むと分かるので、気になった方はどうかご覧ください。よろしくお願いします!(リンクが下にあります)




