春の使者4
「待て、セティオ。いきなり何を言っている」
驚く一同の中で、真っ先に突っ込んだのは「した側」の親友であり、「された側」の護衛で兄代わりでもあるリュドだった。
「確かにいきなり告げたが、前々から少し考えていたことでもあるのだよ」
「聞いてない」
「言っていないから」
「相談くらいはしろ」
他の皆は友人同士の会話に静かに耳を傾けた。
竜教は聖職者が配偶者を持つことを禁じるどころか、推奨する傾向にある。その為、魔王降臨の後処理が落ち着いたあたりから、聖職者や信徒たちが大司教に結婚を勧めてくるようになったと。
自分の娘をという野心からくるものもいたが、伴侶を持つことで得られる安心感を得てほしいという思いやりから薦めてくるものもいた。
男性としても婚期を逃している自覚はあったが、その安心感は確かに得難いものだとも思った大司教は、とりあえずどういう相手がいいかという話を司教たちとしたことがあったそうだ。
その時に、相手の一人としてフィオラの名前も上がっていたということだった。
「だからと言っていきなりフィオラ嬢に求婚するのはどうなんだ?」
「フィオラ様と俺たちは十一も離れてるんだぞ。ちょっと年上すぎじゃないか?」
「今の求婚の仕方だと、ユルさんにダメだしをされるのではありませんか?」
同級生のリアムとガルシオだけでなく、二つ年下のトリアにまで物申されてしまった大司教は、うーんと悩んだ末に心の内をさらけ出した。
「実は最初にその話で詰め寄られたときに、頭に浮かんだのがフィオラ嬢の顔でした」
「え?」
「それに司教たちの推挙の中にも入っておられたので……」
「意識したのか」
「意識というか、一番良いなと思った」
そのあけすけな物言いに納得したり呆れたり戸惑ったりと反応は色々あったが、リュドのあからさまに落ち込んでいる様子がフィオラやガルシオは気になった。
「そんなにショックだったのか?」
「いや、このこと自体は別にいいんだが」
「いいの!?」
「私としてもフィオラ様のお相手としてクレプなら年齢以外は最良だと思わなくもないので」
「じゃあ、何だ?」
「……ユルに最新の魔道具を贈ることが決定した……」
ユルとは、リュドの幼馴染で大司教と共に孤児院で育った兄弟だ。そしてフィオラの料理番と呼ばれる男でもある。
見た目は中性的でほっそりしており、リュド達と同い年とは思えないほど若々しい。そして案外痩せの大食いで、酒に関してもリュドたち同様ざるだった。
しかも聖竜様の小さな祝福を受けているおかげか、料理の才能がずば抜けており、特にフィオラが前世の食べ物を「こんな感じの。たぶんこういう風に作ってるの」とあやふやに説明しても、それを再現できる能力と努力の持ち主だった。
「賭けてたのか」
「ああ。ユルが、クレプがフィオラ様のことを意識してるかもしれないって言うから」
「否定したのか」
「ああ、俺にはそうは見えなかったからな」
「そうしたら目の前でプロポーズされてしまいました?」
「はい……」
「恋愛に関してポンコツなリュドが、恋愛に関してエキスパートなユルとそんな賭けをするなんて、端から負け戦じゃないか」
「……そうか……そうだな」
護衛の仕事が無ければ、床に膝と手をついているのではと思う程の落ち込み様だった。
賭けに負けたこともショックだし、自分の恋愛に関する鈍さを痛感したのもショックだった。
だが何より、
「大丈夫か?」
「賭けの事よりも、自分と同い年の親友が、年の離れた自分の主に求婚するなんてということの方が、なんだか複雑なんだが」
親友が自分の主人に求婚したという事実は、リュドにかなりのダメージを与えていた。
「あー、それは」
「分かるな」
リュドの言葉にはガルシオとリアムも頷いていた。
「大司教がフィオラ様のお相手にふさわしいだけにですか?」
トリアの質問に、3人は大きなため息と頷きで答えを返した。
その場の皆は、それは複雑な気持ちになるだろうと思いつつも、一番複雑な気分になっていそうな、普段以上に表情を無くして固まっているフォルトのことが心配になった。
「ルト様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。だが、そうか。姉さまもちゃんと求婚されるのか……」
「どういう意味?」
「姉さまは恋愛に関してはひよこ並みに幼いので、恋愛結婚なんてしないと思っていたので……」
「陛下から“恋愛結婚をするように”と、薦められていたので、安心していた、ということですか?」
「……うん」
確かにそこは油断するだろうなと納得するほど、皆はフィオラのことを理解していた。
「そうでなくとも、ドラコメサの女領主にプロポーズする強者はいないって思ってたものねえ」
「確かに地位は侯爵と同等で、ドラコメサ当主のフィオと年齢的に釣り合う高位貴族の息子さんは、すでに結婚しているか婚約者がいるから、求婚できませんわね」
「中位以下の貴族も同じか、爵位が離れすぎてて申し込めないだろうし」
「聖ドラゴン教の、信者や関係者の方々は、恐れ多いと思って、無理だと思います」
「商人達も、フィオ様は我々の商会で囲っているようなものなのですし、何よりうちの父が恐ろしくて手を出せませんしねえ」
「こちらからというのも、なかなか……」
考えれば考える程フィオラに求婚できそうな男性はガルンラトリ王国内におらず、ドラコメサ家としてお願いするにしても、なかなか適切な相手が思い当たらない。
ということは。
「どう考えても、大司教様以上のお相手はいらっしゃらないと思いましてよ」
「う……」
「今すぐお返事を、とは言いません。ドラコメサの皆様で考えた上でゆっくり返事を頂ければと思います。もしもああいった男を避ける盾に丁度いいと思われるのなら、とりあえずと申しますか、仮の婚約を結ぶでも構いませんよ」
「えっと……フォル……」
「一度持ち帰らせて頂きます」
「もちろんです。ご検討のほどよろしくお願いします」
「はい」
「……」
レストランの予約の時間になったというのもあり、今日はここまでということで解散になった。
そもそも当事者の動揺がすごい以上、確かに今はここまでにしておいた方がいいだろう。
リュドは四人組以外がいる時には使わない呼び名で大司教を呼び、フォルトは友人の前でも出さないように気を付けている素を出してしまい、普段ならそれに気づいていち早く突っ込むフィオラがそれらに全く気付いていない。
そんな状況で結論を出すのは危険だということもあり、いったん落ち着いて考えることにしたようだった。
フォルトは友人たちと約束があるからと女子グループから離脱し、フィオラ達はレストランの個室で先ほどの騒ぎは忘れて楽しい昼食タイムを過ごし、そのままティータイムもそこで取ることにした。
今日の紅茶は酸味と甘みを感じるベリー系のドライフルーツを入れたフルーツティーにした。
紅茶とフルーツが優しくマリアージュされた香りと味を楽しみ、特にフィオラが人心地つけた頃にビアがストレートな疑問を口にした。
「フィオ。もしかして結婚自体を怖いって思ってないか?」
「なっ、なにっ!いきなりっ!?」
「おばさまのこともあって結婚自体に恐怖を感じているんじゃないか?だからなんだかんだと理由を付けて結婚話から逃げているんだろう?」
「それだと腑に落ちますわね」
マリエラまで畳みかけてきた。
「我が国の場合、学園に通いながら婚約者を見つけるのが一般的ですわ。でもフィオはその間もフォルト君を言い訳にして見つけようとしませんでしたものね」
「ああ。政略結婚でいいのなら、結婚の時期を待ってもらうだけでよかったはずだ」
「でもフィオは、色々と理由を付けて探しませんでしたものね」
「ということで、どうなんだ、フィオ?」
言葉自体は容赦がないが、声音や視線はとても優しく思いやりにあふれていた。
「……確かにそうかもって思う。できればドラコメサからというか、フォルの側から離れたくないって。フォルやリュドがいれば安心だし……」
そこでフィオラはリュドを見上げた。
「でもだからと言ってフォルの結婚を邪魔したり、リュドと結婚したいって話じゃないの。ただ、今のままでいたいって言うか……」
「フィオ様は、現状とても幸せですしね」
「たぶんそれもあるのよね」
フィディの突っ込みにたぶんとごまかしたが、フィオラにはそれが大きいだろうなという自覚があった。
前世の生まれ育った家は仲が悪くもなかったがとても良いということもない、普通の家庭だった。
結婚をした経験はあった。いくつか酷い恋愛をした後に最悪なことに仕事を辞めざるを得なくなり、その時に助けの手を出してくれたのがゲイの友人だった。彼とした3年間の契約結婚が唯一の経験だった。家族というよりシェアハウスを楽しんでいるような感じで、こちらの世界に来たのは、その契約が切れる前だった。
そして転生先のドラコメサ伯爵家は前世のフィオラから見て最悪な家だった。
領地を省みず貴族としての体裁を整えるどころか贅を尽くしていた祖父も、愛する人と別れさせられて政略結婚をさせられた事が気に入らないからと跡継ぎが産まれたら愛人との愛の巣に行きっぱなしだった父も、可愛い息子が寄り付かない原因であり才女と名高い嫁が気に入らなくて魔法によって殺そうとした祖母も、人としてどうなんだとしか思えなかった。
祖父母が亡くなると、思った通り父親は妻と娘と息子を追い出し、愛する人と下の息子と同い年の養女という名の娘を王都の屋敷に引き入れた。その時点から姉弟は彼を父親とは思わなくなった。
そして送られた領地は荒れ果てているし、父親はドラコメサの義務である聖竜が来臨したときに渡す魔石代をちょろまかしているしで、フィオラ六歳・フォルト五歳にして周りの皆と共に領地の立て直しに奮闘した。
幸い父親が愚かだったおかげで「領主」としての地位を聖竜来臨の前に奪うことができ、聖竜に拝謁し、気に入られ、聖竜のいとし子という称号と加護を貰うことができたのは本当にラッキーだった。
そんな大変な時期を共に乗り越えてきたドラコメサに仕える人々は、母やフォルトと同じように家族だと思っている。今でもとても仲がいいし皆が自分を愛してくれている。
その暖かく安全な場所から抜け出す勇気が出なくても仕方がないと、友人たちも理解していた。
そんないい人々に囲まれたためか、悪意を隠している人を見抜くのが若干苦手だった。直接悪意を向けられたらきちんと戦えるが、その悪意をぶつけられるまで相手が悪意を持っていると気づかないことが多かった。
故に自分の命を狙った父や、母を殺そうとした姑である祖母のような人は避けたいと思うのに、誰がそういう内面を秘めているか見抜ける自信が全くない。だから結婚相手を決めるのが難しいとぼそぼそとフィオラは零した。
「言葉は悪いが、そういう点では大司教様がお相手なら、その親に悩まされることが無くていいんじゃないか?」
「そうですわ。それに歴代一の大司教とも名高い方ですし、悪い噂は一切ありませんもの」
「リュド先生から見て、大司教様ご本人はどんな人ですか?」
ビアに聞かれてリュドは少し考えていた。
「友人を評するのは難しいですね。人格者であるのは確かですが、私たちの前では普通の男です」
フィオラやマリエラに対する答えでもあるので、リュドの言葉使いも丁寧な物のままだった。
「どちらかと言えば優等生タイプです。大司教として職務についている時は一切邪念がなく、落ち着いているので、能力も信用度も一番高い聖職者だと言い切れます。プライベートでは……読書好きで、友人と話すのが好きで、お酒もたしなみますが理性を無くしたことはありません」
そして護衛というよりも兄のようなまなざしでフィオラを見て安心させるように言葉をかけた。
「セティオであれば、フィオラ様を泣かせる……ことはあるかもしれませんが、苦しめたり裏切ったりはしないと言い切れます。そういう点ではお勧めなのは確かです」
「そうなのね」
「はい。ただ、まあ、複雑なだけで……」
リュドは、仕事中は崩さない厳めしい表情からプライベート仕様の優しい表情に戻り、そこに戸惑いの混じった笑顔を浮かべていた。
ここにいる面々はこの変化に慣れているが、慣れていない女性がこれを見るとうっとりしてしまう程の魅力を振りまいている。聖竜に仕えるドラコミリというだけでも注目度が高いのに、見目も良く、優しい笑顔もたまに浮かべるため、リュドに思いを寄せる女性は王都に大勢いる。
だが竜都にはほとんどいない。リュドにパートナーがいることをほぼ全ての領民が知っているというのもあるが、恋愛面において鈍くてポンコツで告白してきた相手に容赦がないと有名なので、夢をみる者がいなくなったというのが正解だ。
「相変わらず気を抜くと艶やかになられますのね」
「さすが男も女も関係なく騎士たちを色香で惑わせたと言われるだけありますね、先生」
「聖竜様が、二物も三物も与えたと、言われる笑顔は、本当にお素敵です」
「ドラコミリでなければ商会の営業に雇いたいくらいです」
「恋愛に関しては鈍すぎるし興味なさすぎなのが残念よね」
「同類のフィオラ様にだけは言われたくありません」
「え~~~」
「それはさておき、あけすけな話し合いは今のうちにされた方がいいのではありませんか、フィオラ様。エリサさんがお迎えに来られたら無理だと思うんですけど」
「ああ~~、そうだった。本当にどうしたらいいと思う?」
トリアの助言に、フィオラは机に突っ伏しながら皆に質問した。
奉仕活動の時は大人数にならない方がいいということで護衛を一人付けるだけになっている。
つまりフィオラの淑女教育に熱心なエリサは今ここにはいない。後程迎えの馬車と一緒にここに来ることになっている。
あと半時ほどで迎えの馬車が来るはずだった。
でも何をどうすればいいのかフィオラにはもうさっぱりわからず、悩むあまり淑女らしからぬことを、物理的にじたばたしてしまっていた。
その時「そうだな」と助け舟を出してくれたのはビアだった。
「フィオはいったい何が気になっているんだ?」
「え?」
「どうして大司教様との婚約に後ろ向きなんだ?結婚が怖い以外になにかあるのか?」
「……今まで意識したことがないから、かな?」
「どういうこと?」
「大司教様とは何度もお会いしているし、リュド達と一緒に食事に行ったりもしているから、全く知らない相手じゃないのは確かなの」
「そうだったな」
「でもね、男性として意識したことがないというか……幼いころから知ってるいというか、知られているから、今更男女の仲になれるのかなあとか」
「んー、それはまあ、婚約してからお互いを意識すれば何とかなるかもしれないぞ」
「そうかなあ?」
「私はフィオのせいで意識せざるを得なくなったからな」
「う、人の黒歴史を……」
フィオラは自身の黒歴史と言っているが、ビアにとってもそうだろうという事件が学生時代に起きていた。ビアが酔っていたため覚えていなかった「のろけ話」を、まだただの政略結婚の相手同士でしかなかったビアの婚約者にフィオラが伝えてしまった。その事でヴェンキントの愛情が一気に溢れて暴走してしまい、学園の森を燃やす事故に至ったということがあった。
そんな二人は今では仲睦まじい夫婦として王宮騎士団の間では有名になっている。
「どんなきっかけで相手を意識するかなんてわからないからな」
「そうね……」
フィオラは確かにと思いつつも、まだ少しモヤモヤしていた。その様子を見ていたマリエラは、少し考えてからいい事を思い出したという表情をした。
「ねえ、フィオ。貴方来週から北のファイラドア王国に向かわれますのよね」
「え、うん。マリエラから王太子夫妻と幼い王子殿下へのプレゼントも持っていくわ」
「ではヘンリエッテお姉さまに相談されると宜しいわよ」
ヘンリエッテお姉さまとは、この国の第一王女にしてフィオラとマリエラに姉と敬われているマリエヘンリエッテ殿下のことで、彼女は三年前に北国の王太子の下に輿入れしている。
フィオラは来月その北国に、ファイラドア王国との外交と王太子夫妻に子供が生まれたのを祝いに行くという名目で訪れることになっている。
ついでに国王一家からの私的なプレゼントを運ぶ仕事も担っていた
更についでに、ヘンリエッテ殿下からフォルトとグネスへの結婚祝いを受け取ってくることも目的の一つだった。
「ヘンリエッテお姉さまも幼馴染とご結婚されているから」
「そうなんだ……」
「詳しいお話はお姉さまから聞くと宜しくてよ」
「うん、そうね。そうするわ」
北国訪問の話になった後は、北国に行ったことのあるフィディとマリエラから色々と話を聞いたり、皆へのお土産のリクエストを聞いたりして楽しい時間を過ごしたのだった。
今回の破落戸の件は王宮に報告され、王太子妃と両ドラコメサ領主に対する不敬罪で本人は断罪されることとなった。
そしていい機会だということで、侯爵家は子爵まで降爵されることが決まった。いい機会と言われるほど色々やらかしていたのでしょうがないといえよう。
だが決定後に問題が発生した。
それを侯爵家に伝えに行った時、すでに当の三男坊は家族に何も言わず姿をくらましていた。
事前に誰も家から出ないようにと王家から通達がしてあったにもかかわらずだ。
家の中の統率ができないということで侯爵自身も拘束され、係累に罰が及ぶことはなかったが、そのまま侯爵家は廃絶が決まった。
お読みいただきありがとうございます。
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リアクションの方もよろしくお願いします!
とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
梅雨明けして暑くなってまいりました。皆様、熱中症にはお気を付けください。
ええ、節電とか気にせず、エアコンで室内を涼しく保つか、涼しい場所にお出かけすることをお勧めします。
熱中症で倒れると10倍以上の金が飛ぶという話なので。
かくいう私も、諦めて家に帰ってから翌朝起きるまで、エアコンを入れっぱなしにしていますorz
フィオラとビアの黒歴史については【フィオラ17歳 恋模様が混戦模様?2】をご覧ください。ラブコメ回ですw
https://ncode.syosetu.com/n4604ho/120/
係累に罰は与えなかったけど、寄り親である侯爵家を無くすのはたぶん大変なことだと思います。
寄り親に嘆願等をしてきた家は、この時点で他所により親を見つけているのが分かっていたのもあって、あえて罰は与えませんでした。
生殺しかな?w




