大司教奪還作戦2
入口を入ると中は真っ暗だったため、フィオラが「『ライト』」と唱えて、小さな光球を自分たちの前に浮かべた。そのおかげで階段の様子が分かったのだが、相当古いのか段の角は削れ、所々崩れているようだった。
二人は、足元に気を付けながら静かに階段を降りていた。ひとつ角を曲がってちょっとなれたのか、いきなりフィオラが「ふふっ」と小さな笑い声を漏らした。
「なんですか、いきなり」
「護衛も侍従もいない、本当の二人きりって幼いころ以来だなって思ったら、なんか懐かしくなっちゃって」
「そうですね。こんな風に手をつないで歩いていると、初めてハンターギルドに行った日のことを思い出しますね」
「本当ね……人手が足りなかったあの頃だからできた事よね」
「姉さまがいきなりハンターになることを思い立つから、放っておけなかったのですよ」
「えー、その前からハンターになる訓練はしてたじゃない」
「ギルド突撃は?」
「……思い立ったが吉日って感じだったわね。しかもギルドでリュドに見つかっちゃったし」
「初めてリュドから説教受けた記念日でもありますね」
「終わりよければ全てよしだったじゃない」
「そうですね。今となってはいい思い出ですよね」
ドラコメサの領都にあたるバニョレスでは、食料となる魔獣を狩る専門職があり、そのハンターになるにはハンターギルドに登録する必要があった。
ギルドで講習を受けた上での承認が必要になるものの、年齢制限はなかったので、フィオラ6歳・フォルト5歳の時にハンターギルドに誰にも何も相談せずに突撃したのだった。
まだ命の灯がかろうじて消えていない母親に元気になってもらいたかったフィオラが、自分で狩った肉を食べさせたいと望んだうえでの暴走だった。
その時、たまたま隣の冒険者ギルドにリュドが来ており、二人が突撃したのがばれ、そのまま二人で30分間リュドから説教されたのだった。それも今ではいい思い出と言えるし、何より報告・連絡・相談の重要性を幼いながらに学んだ貴重な時間だった。
「あれ以来、必ず誰かが付くようになったのは申し訳なかったわよね」
「ええ、夜寝ている時もどちらかが付いていたので、二度とカルス達に黙って行動しないと誓いましたよね」
「そうだったわね。ふふ、そんなことも懐かしいわ。だからかなあ、エリサもリュドもいないこの状況が不思議で、ちょっとくすぐったいの」
「確かにくすぐったいという表現は合いますね。その、怖くはありませんか?」
「正直なことを言うと、ちょっと怖いわ。でもね、フォルが一緒だから平気なの」
何かあった時に絶対に自分を守ってくれると信頼を置いているリュドもエリサもいない現状は、フィオラにとってはやはり怖く感じる。けれど一人じゃない。
「今までもフォルと一緒に色々なことを乗り越えてきたでしょ?だから今日も大丈夫って思えるの」
「その信頼に応えられるように頑張りますよ」
「よろしくね」
フィオラは足元を気にしつつもフォルトの方を見ると柔らかく笑いかけた。
しかし次いでかけた言葉は、弟からすれば少し意地悪なセリフだった。
「そういえばグネスのことをアグーって呼んでるのね♪」
丁度二度目の曲がり角に差し掛かっていたフォルトは立ち止まると、フィオラに真剣な目を向け「忘れてください」と頼みこんだ。
「えー?ラブラブでいいじゃない♪」
「からかわれるのが嫌で言わないようにしていたのですが……うっかりしました」
やれやれと言う顔をしながらフォルトが踊り場から階段へと再び歩みを進めると、フィオラはここぞとばかりにダメ押しをした。
「ふふ、フォルトが気を抜くなんてあまりないから驚いたけど、それくらい心配してるし愛してるんだなーって安心したのよ」
ガルンラトリ王国のというより、この大陸にある五大国の暗黙の了解として”人名に伸ばす音を使わない“というものがある。なぜなら、自身の信者だけでなく全ての愛ある者に慈悲を与える女神ディノ・アモルーモに対する敬意として、名前に伸ばす音が入るのは愛と慈悲の女神さまだけという社会通念があるからだ。
だからこそ愛する者に、特に男性が女性に、愛の証として音を伸ばす秘密の愛称をつける者が多い。
フォルトがアグネスのことをアグーと呼んだ時、弟が婚約者のことを本当に愛して大切にしているのだと伝わってきて、本当に嬉しかったのだ。
静かに階段を降りている姉がにやにやと笑っているのに気づいたフォルトは、一つ溜息をつくと歩みを止めた。そうすれば手をつないでいるフィオラも止まることとなり、なんでとフォルトの方に顔を向けてきた。
きょとんとした顔の姉を見てもう一つ溜息をついてから、フォルトは今まで口にしなかった本音を始めて告げた。
「僕のことをそんなに心配する姉さまなら、恋愛に無頓着な姉さまのことを、僕が今までどれほど心配してきたか理解できませんか?」
「あー……」
「自分は政略結婚でいいと、弟の婚約者を見つける方が重要だと、その婚約者を女主人に育てるので手いっぱいだと、だからドラコメサに有益と思える相手を見繕ってその人のところに嫁げばいいと思っていると、そんな言葉を姉さまが口にするたび僕は本当に心配になっていたんです……姉さまはそれで本当に幸せになれるのかと」
「それは……」
「僕に相手と愛し合えと言うのなら、まずは姉さま自身に愛する相手を見つけてもらいたいと、ずっと思っていました」
フィオラは弟に何も言い返せなかった。
確かに逆の立場に立てば疑問に思って当たり前だろうと思う反面、貴族の結婚は政略結婚が当たり前という前提がある。政策的・経済的という目的がないとしても、同一派閥で家格のバランスが取れた家同士での組み合わせが求められる。
組み合わせと言っても出来れば結婚後の相性がいい相手同士の方が良いと考えるのも親心なので、半数ぐらいの貴族は子供に釣り合う相手の名を入学前に伝えて、学園の初等科の2年間で相性が合うかどうかの判断を本人にさせている。
フォルトとグネスの婚約もこれに近い。司祭の娘で教会の聖女の称号を貰う予定の少女と、すでにドラコメサ領主の地位にいた少年は釣り合いが取れるし、何より姉弟の友人同士という立場で会う中で相互理解を深めていたから結ばれた婚約だった。
政略結婚と言えども愛し合えると、お互いを尊敬しいい関係を気付けると、弟たちだけでなく友人たちを見てフィオラはそれを無意識に学んではいた。だが、それと同時に「だけど」という思いが根強く残っていた。
「私ね、ビアに言われて気付いたことがあったの」
そう言いながらフィオラが階段を一段下ると、フォルトも同じように慎重に降り始めた。
「フォルには話したよね。私には前世の記憶があるって」
「はい。大司教様と同じ時期に同じく異世界と呼ばれる場所で生きていた記憶ですよね。それを聞いて姉さまが突拍子もない言動をするのは仕方が無いと理解できました」
「突拍子もないって、ひどいw……でもまあ、確かにそうね。それでね、前世の私はろくな恋愛をしていなかったの。それをビアに結婚を怖がってるって指摘されて思い出して……だからそもそもとして、恋愛というか、誰かを愛するのを怖いって思ってる自分を自覚したの」
「どうしてですか?」
「だって前世で好きになった相手って、外面はいいのに中身は本当にひどい男ばかりだったんだもの。今世も、その、いい人の仮面の向こう側を見抜ける自身が無いのよ」
「うーん、何人サンプルがいるかは存じ上げませんが、悪いサンプルを知っているのなら、それを避けることでより良い相手を見つけられるとは思えませんか?」
「……わかんない」
「急ぐ必要はありませんが、出来れば半年以内には大司教様との婚約をどうするか決めてください。もしくは」
「もしくは?」
「リュドたちの言葉を信じて、大司教様は前世の恋人たちは違うと信じて、結婚して、結婚生活を進める中で相手を見極め、相手との関係をより良くする方法を見つけ出すかですね」
「んー……」
「とりあえず大司教様のことが好きだということは自覚できたのですよね?」
「うん」
「では前世で培った知識で、今世こそいい相手を好きになったと信じてみるしかないのではありませんか?」
「なのかな……」
「でも、今は答えを出す必要はありませんよ、姉さま。今すべきことは?」
「大司教、いえ、セティオ様を見極めるためにも、魔王の手下どもから取り戻すわ」
「その意気ですよ、姉さま。しかし、やはりアグネスに相談して、姉さまのご友人に色々話を振ってもらえるように頼んで正解でした」
「はっ!?」
「話す内容は各々にお任せしますが、姉さまが恋愛相談しやすいように持っていってほしいとお願いしてありました」
「フォル~?」
「それくらい心配していたと理解してくださいね。さて、そろそろ一番下に付きそうですよ」
真っ暗だった階段の底には仄かな明かりが漏れていた。階段が終わって少し通路があった先にリュドの言っていた遺跡の空間があるのだろう。
フィオラはライトの魔法を解除すると、今まで以上に慎重に階段を下り、通路から中の空間を覗き込んだ。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
ことわざの漢字があっているか調べてみたら、「終わりよければ全てよし」ってシェイクスピアの書いた同名の喜劇が由来だと書かれていました。初めて知りました!
まだまだ知らないことが多いので、調べる事って楽しいなってなりました♪
姉弟がギルドに突撃~リュドに見つかる~説教を受けるの流れは、前作の「フィオラ6歳 そうだ、ハンターになろう4」に書かれています。
https://ncode.syosetu.com/n4604ho/25/




