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ドラゴンの使者・ドラコメサ伯爵家物語 ドラゴンの聖女は恋も運命も乗り越えます!  作者: 栗栖 龍


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そして再びの春の使者

 その瞬間、リュドが指示を出した。


「俺は先に行く、皆は鎧を付けたらすぐ出るように。アグネス嬢、ユルのことを頼みます」

「リュド、私も!」

「フィオラ様はフォルト様と共に、護衛達と一緒に来るように。領兵のすぐ出られるものは同行しろ!」


 言い終わったリュドはアンダーウェアのまま魔剣と大剣を手に数人の兵士たちと一緒に外に出ていった。すぐ後に馬のいななきが聞こえたあたり、領城の馬をすぐさま借りて出ていったようだった。

 フィオラは、移動中は念のためにとドレスの下に来ていたズボンとシャツの姿になり、エリサからベストを受け取り身にまとった。そして護衛達が鎧をまとうのを待つ間にユルの側に駆け寄った。


「フォル」

「分かっています。『沈静』」


 スタンビードにトラウマのあるユルは顔を真っ青にして震えていた。グネスが宥めているもののこの異常な魔力のプレッシャーはスタンピードのそれとほぼ同じだった。

 同じく着替えたフォルトが沈静魔法をかけると少し落ち着いたのか、息が整い、椅子に座ることができた。


「あ……りがとう……ございます、フォルト様。フィオラ様とアグネス嬢も」

「大丈夫よ、ユル。絶対にここまで来させないから。リュド達が」

「……くっ、あはは……そうですね」


 血の気は戻っていないが、声だけでも笑いが漏れたことにフィオラはほっとした。


「リュドと一緒に帰ってくるから、それまでここで待っててね。グネス」

「ユル殿のことは、お任せください。『活性』」


 グネスの優しい魔力でユルの血の気がゆっくりと戻ってきているようだった。それを見届けたところで準備ができたと告げられたので、領城の馬を借りて魔力の発生源へと向かうことにした。

 フィオラはシアの馬に同乗し集団の真ん中にポジションを取ると、自分の上に向かって魔法を展開した。


「『守りのドーム!』」


 ドームで集団を包むことで前方からくる威圧から馬を守ることに集中した。軍馬とは言えこの魔力の圧力は怯んで足を止める可能性がある。それを防ぐには、魔力を跳ね返すことのできる光の魔力で作る、守りのドームで馬の集団を包み込むのが一番だ。

 途中で数頭馬が逃げていくのが見えたが、聖騎士やリュドが乗っていた馬が領城の方に逃げているのだろう。だがそれにかまっている暇はなかった。前に進めば進むほどプレッシャーは強くなり、フィオラの負担も増えてきた。


「フィオラ様、後30秒、ブーストで!」

「了解!『守りのドーム!』」


 フィオラは先頭のガルシオの指示に従い、守りのドームを重ね掛けすることでどす黒い魔力を遮った。

 そして進むこときっちり30秒、傷つき倒れ伏している聖騎士が多数いる中を軽装のリュドが、魔剣を振り回して魔獣たちを叩き斬っていた。

 フィオラは全員が下馬したのを見届けると守りのドームを解除した。すると馬は一斉に領城へと戻っていった。


「大司教様!守りの盾は私が張りますので、怪我人の治療を!」

「助かります、フィオラ嬢」

「『守りの盾!』」


 フィオラが戦場と自陣を分けるための盾を展開すると、大司教は守りの盾の展開をやめ、聖竜への祝詞を唱え始めた。


「【我が祈りを聖竜様の愛しき子らに。悪しき物、穢れし物に侵されし彼らに、許しと癒しの光を。聖竜様の聖なる炎が彼らを救わんことを、我がセティオ・クレプスコ・バルセロノの名においてお願い申し上げます。我と聖竜様の御心が彼らの心と体に寄り添い、清浄な在り様に戻るようにと祈りを捧げます】『エリア・ヒール』」


 大司教が祝詞と共にその場にいる者たちに治癒魔法をかけた。だがそれは傷を全て治すものではなく、ある程度治すレベルの物だった。

 その治療で動けるようになったものは再び魔獣を倒しに向かい、それがかなわない者はエリサやカルス達から応急処置を受けていた。

 大司教はこれでもまだ死に近い者たちに個別に治癒の魔法をかけ続けていた。

 そんな彼を心配したフィオラが声をかけようとした時だった。脇から不愉快な声が聞こえてきた。


「これはこれは美しいレディ。私を迎えにここまで来るとは」

「……春の使者がなんでここに」


 フィオラの目の前に現れたのは自ら「マルサクラウォ侯爵が嫡男フランク」と名乗った、侯爵家が子爵家まで降爵する原因となった破落戸(ゴロツキ)だった。


「春の使者とは、優雅な呼び名だな。さあ、我が手を取って、私の花嫁になるといい!」

「え、無理」


 フィオラが守りの盾を展開しながらきっぱり拒否すると、春の使者は愕然と言った表情を浮かべた後で、憤怒の炎を纏(まと)うという、分かり易い行動に出ていた。

 こういう表情豊かなところも高位貴族の嫡男として向いていなかったと思うので、廃嫡されて正解だったわねと思いつつも、なぜこいつがここにという疑念が沸いた。次の瞬間、春の使者の後方から強烈なプレッシャーを感じたフィオラは、前方に盾を貼ったまま、彼の方にも盾を展開した。


「!?『守りの盾!』」


 その瞬間、黒い何かがこちらに飛んできて、それをそのまま相手に跳ね返した。

 その攻撃は、誰もいなかったはずの森の暗い場所に飛んでいったが、悲鳴と共に真っ黒なローブを着た人間が転がり出てきた。それを見た瞬間に大司教とフィオラはそれぞれ助っ人となる相手の名を叫んだ。


「リュド!」

「フォル―――!」

「『地面よ、割れろ!』」


 それと同時に春の使者が土魔法を発動し、フィオラ達がいる場所の土地を地(・)中(・)か(・)ら(・)崩すことで、フィオラの守りの盾を潜り抜けてフィオラ達の足元を掬うことができた。


「きゃあっ!」

「くっ、フィオラ嬢、大丈夫ですか!?」

「だい……!!『守り」


 フィオラは守りの盾をかけ直そうとしたが、その前に立ち直った黒いローブの男たちが放った魔法が飛んできて最後まで唱えられなかった。そして、


「大司教様っ!!」


とっさにフィオラの前に身を投げ出した大司教にその魔法は当たった。攻撃魔法というよりは捕獲用の魔法だったらしく、彼の体に無数の黒い糸がまとわりつき、そのまま黒いローブの男たちの方に引っ張られて行った。


「女神の祝福と聖竜の加護を受けているものならどちらでもいい!戻るぞ!」


 その言葉と共に春の使者も首根っこを掴まれて引きずられて行った。

 そんな集団を追おうとするフィオラの腰を掴んでリュドが止め、リュドが大地を割って足止めをしようとしたが、先に足元が崩れたのと同時に黒い霧を食らってしまい追うことがかなわなかった。


「『クリア・ウインド!』」


 ガルシオの詠唱と共に吹いた風に黒い霧は晴れたが、集団はすでに豆粒ほどに見えるくらい遠く離れてしまっていた。


「私のモノを返せーーーー!!!」


 とっさに叫んだ瞬間、フィオラは固まってしまった。自分が叫んだ言葉に驚いたのだ。


 真に奪われそうになることで、フィオラはようやく自分の気持ちを自覚したのだった。


 その直後、フィオラはパニックに陥ってしまった。

 まだ魔物が残っているから『守りの壁』を展開しないといけないのに、それを貼るための想像力が、冷静さが取り戻せない。

 だったらせめて追いかけようと思うが、足をくじいたのか立ち上がることすらできない。

 苦手だが使えないわけでは無い『治癒』の魔法を使おうとするが、それはリュドに止められてしまった。「繊細な魔力操作が必要な治癒魔法を、今の状態で使ってはいけません」と冷静に諭され、どうすればいいか分からなくなってしまい……泣き喚くことしかできなくなってしまった。


「私のって何?私って大司教様のことを好きだったって事?」

「そうでしょうね」

「なんでフラグが回収されてるの!?どうしたらいいの?

 告白した方がいいのかもしれないけど、それよりなによりまずは大司教様を取り戻さないといけないのに、なんか今まで悩んでたこともあって、そっち方面に頭が働かないの。

 大司教様はとりもどさないと思うんだけど、それが義務からか恋愛感情からかも分からないの。

 ねえ、リュド。どうしたらいいの!?」

「ここまで恋愛ポンコツだったとは」

「リュドにだけは言われたくない!

 だいたい物語を読んでて、大変な場面でのんきに恋愛脳を活性化させてるヒロインを見て、ダメダメじゃんって、そんなこと考えてる時かって思ってたのに……なのに今まさにその状態で、でも止められなくて、どうしたらいいかわかんなくって、どうしたらいいのってなって、頭が働かなくて、どうにかしないと……」


 グダグダとフィオラが喚いていると、突然リュドが彼女の顔の前でパンッ!と勢いよく手を叩いた。その音に驚いたフィオラは息をのんで、漸く黙ることができた。


「とりあえず落ち着いてください、フィオラ様」

「でも……」

「今は恋愛のことで頭がいっぱいというよりは、パニックを起こしていて頭が空転してるので、深呼吸して落ち着きましょう」


 フィオラはリュドに言われた通りにゆっくりと、何度か深呼吸をした。


「ちょっと落ち着いたかも」

「パニック状態のままだと良い案どころか何も思い浮かびませんからね。落ち着いたのならまずは優先順位を付けましょう」

「優先順位……」

「今一番やらなければならないことは何でしょうか?」

「大司教様を追わないと」

「それはフォルト様がやっておられます」

「フォルが?」


 そう言われて側に居たフォルトを見れば、ガルシオに守られながら何かの魔法を使っていると感じられた。


「たぶんですが、拘束魔法の『バインド』の応用で、細い闇の糸を対象に括り付けることで追跡しているのだと」

「そう、すごいのね」


 フィオラはあからさまにほっとし、再びリュドの方を見た。


「ということで、セティオの追跡はフィオラ様の優先順位から外れました」

「あとは……闇の使徒たちのことも大司教様を見つけてからじゃないとどうにもできないし」

「そうですね」

「じゃあ、なに?」

「パニックの素を潰すことでしょうかね」

「今まさに内包しているかもしれない恋心と、爆発しそうな心配で陥ってる混乱状態を、どうしたらほどけると?」

「……変な表現をするあたり、まだまだダメそうですね。そうですね。他人の恋愛話でも聞きますか?」

「今ここで?」

「はい。魔物の対処は終了したようなので、後片付けは他の者に任せればいいでしょう」


 そう告げると、リュドは魔道具の遮音装置を起動させ、自分とフィオラが内緒話ができるようにした。その上で話し始めたのは自分たちのことだった。

 リュドとユルのなれそめというか、いきなり告白した時の話で隠していたことがあると。実は抱きしめる前にパニックを起こして付き合ってない相手にしてはならないことをしたことを教えてくれた。

 相手の貞操を奪う行為ではないものの、それに相当することと言えば分かりますよねとごまかしたが、その時にユルが自分を落ち着かせてくれて、色々と聞いてくれたことで恋愛感情を自覚して、告白できたと。


「あの時ユルに聞かれた通りに聞きます。フィオラ様は、セティオのことをどう思っていますか?どうなりたいですか?抱き着く以上のことを、キスより先のことをしてみたいと思いますか?」

「どうって!?」


 フィオラは顔を真っ赤にしたうえに、遮音装置が働いていなければエリサが飛んでくるだろう大きさの悲鳴を上げてしまった。

 それを見たリュドは、護衛としてではなくフィオラの師匠であり兄代わりであると示すために、言葉遣いをぞんざいなものに、冒険者としての話し方に変更した。


「お嬢個人の意見だ。ドラコメサだから、貴族だから、聖女だからというのを全部取っ払って、ただのフィオラって女性としての本音を探ってみろ」

「本音を探る?」

「ああ、俺やお嬢のような恋愛不器用人間は、多分普段から恋愛に対する本音を隠してるから、こういう時に暴走するんだろうなと思う」

「……そうかも」

「なあ、お嬢。今一番したいことはなんだ?」

「……大司教様をとりもどしたい」

「どうして?」

「どうしてって、助けないと……」

「それはドラコメサとしての意見が大きそうだな。もしも何の力もない、貴族でもない、平民の一人の女だったとして、同じように思うと思うか?」


 今の私には絶対的な権力や地位や魔力がある。


 でもそれが無かったら?


 だけどそんな自分を想像することは容易じゃない。魔力に関しては前世の自分を思い浮かべればいいが、今世は貴族としての覚悟を持って生きてきたからこそ、貴族でない自分が想像できない。

 でも、それでもと想像してみる。何の力もない平民の自分を。

 例えば大司教たちと同じ孤児院で育ったと。そこで今までのように大司教と接していた自分を頑張って想像してみる。

 その時にリュドに言われたことに対して、


「そんなときに、セティオが、大司教が聖女と結婚すると聞かされたらどう思うか」

「やだ……」


と、即答した自分に驚いて、またパニックになりそうだった。


「なんか、こんな風に答える自分もなんか嫌。きもい」

「ビアが言ってたように、お嬢は結婚も恋も怖がっているのかもな」

「う~~~。だいたい、いきなり好きって言って信じてもらえるかどうか」

「一目惚れなんてよくある話だから大丈夫じゃないか?」

「ええー?」

「ガルシオがそうだ。ファビアとは顔見知りだったが、作った料理を初めてつまみ食いさせてもらった時に雷が落ちたような衝撃を感じたって言って、そこから頑張ってたな」

「そうなんだ……」

「恋の落ち方も、好きになる理由も、状況も、みんながみんな違うんだから、自分がおかしいなんて思わなくていい」

「……うん」


 色々と考えているうちに見えてきた。フィオラは自分が恋愛を怖いと思っているだけでなく、気持ち悪いと思っているということが。

 前世のろくでもない恋愛経験もだが、それよりなにより「愛のために配偶者と子供を排除しようとした実父」を拒絶するあまり、恋愛自体を気持ち悪いと、嫌悪感を抱(いだ)いている自分が自分の中に居ると。

 だから、多分、リュドとユルのこともなんとなく気づいていたのに認められなかったというか、勘違いだと思い込もうとしていたんだと。


「腹をくくるわ」


 そんな自分でもいきなり恋に落ちるのだと、どれだけ否定したくてももう無理だと。

 何処でどうしてというのはもうわからないけど、自分の気持ちを否定するのはもうやめようと、フィオラは覚悟を決めた。


「私は確かに大司教……セティオ様に惹かれてるし、手に入れたいって思ってるの。だから、取り戻したい」

「ああ、皆で頑張ろう」


 気持ちを固めて前を向くことを決めたフィオラは、リュドに頭を撫でられて、その優しさと暖かさに泣きそうになった。

お読みいただきありがとうございます。

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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。


フィオラのセリフに悩みました。「私の人」「私の男」と書いて、なんかしっくりこないなってなってましたが、「私のモノ」と書いたらすっきりしました。

物扱いしているわけじゃなく、自分のモノって思うもんだよなあと。

こういう表現でも不快になる方はいるかもしれませんので、一応謝っておきます。すみません。

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