防人の記憶
綺麗事の強さ。それはきっと、何よりも強いモノ
アズマは武器を使ったことが無い。
夏妃や凛が懸念していたその問題は、戸野の屋敷に着き、半日もしないうちに解決していた。
「半日も練習すれば慣れるだろうとは言ったが、ここまでとはお姉さんも思わなかったよ」
「マジであたしも練習しなきゃやべぇかもな……」
私の言葉に、涼子が軽く頭を抱えてそんな事を呟いていた。
事実、最初は涼子や凛を相手にしても苦戦していたが
夏妃のように一本では無く、二本。夏妃が扱う刀よりも少し短い木刀を使い出した辺りから、その実力は普段の実力と大差の無いモノにまで戻す事が出来た。
「そんな事言って、ヴャクト本気出してなかっただろー」
アズマは言いながら汗を拭っている。
「ウェルが使うであろう武器を使う限りではアレが私の本気さ」
その言葉に、小さく笑って返す。
流石は戸野の屋敷にある修練場と言ったところで、雨宮の人間が武器として使用する特殊警棒もそこには置かれていた。
もちろん本物では無く、それは木製のモノだったが。
私は仮想ウェルと言ったイメージで、その武器を使いアズマと手合わせをした。
「私は私で、涼子さんを少し甘く見てました……」
少し申し訳無さそうに、凛は涼子を褒めていた。
実を言うと、私も凛とは同意見で
元々、夏妃やアズマよりも弱いと口癖のように言うものだから
涼子の実力は凛より少し上程度だと思っていたが……
基本に忠実なアズマとは対極的に、完全に我流のその太刀筋は読みづらいモノがあった。
「あたしだって何も学ばねぇワケじゃねぇからな。姫さんとお前に大振りが目立つなんて言われたからある程度大振りしねぇようにやってんだ」
涼子は少し照れ臭そうに、そんな凛の言葉に返していた。
「夏妃か……あれ、もしも本物の刀を使われてたら、あたし普通に負けてたよな」
涼子の口から夏妃の言葉が出ると、アズマは苦笑いして、その言葉を紡ぐ。
夏妃とアズマの立ち合いは私達も思わず魅入る程にレベルの高い試合だった。
練習なのだからアズマが武器に慣れれば良いと。
決着つかずで終わった部分はあるが
いくら練習用の防具と武器を使用していたとは言え、あのまま続けていれば、どちらかが怪我をしていただろうと簡単に想像が出来る程に。
流石は真剣を極めたと、そう称されるだけの実力の持ち主だと感心したモノだった。
そんな夏妃の攻撃を上手く捌いたアズマもアズマだったが、確実にスピードだけでは夏妃の方が上。
野球の打順を決める際も足の速いモノが一番を担うと言い
そして私やアズマを抜き、その脚力を見せ付けただけはある。
その夏妃は、アズマと涼子が練習として使っていた武器の本物を取りに行くと言い、今はこの場に居ない。
疲れた状態で雨宮の地へ向かうのもよろしくないと一休みも兼ねて
私達はこうして雑談をしていた。
「もし夏妃が真剣を使いアズマとやり合う場合にはアズマは素手であろう。あの演武に蹴りや拳が混ざっていたらと思うと、お姉さんは互角だと思うがな」
アズマと実戦形式で蹴りや拳を交えて試合を行ったのは私だけ。
そこで凛の言っていたアズマは武器を使うと弱くなると言うその意味を実感した。
良くも悪くも真面目と言うべきか。
アズマは武器を手にするとそれに頼りすぎる戦い方をしてしまう節があった。
そのアドバイスをしてからは、私でも攻撃を捌くのに苦労してしまったモノだが……。
「探偵さんは頭一つ抜けて強すぎますよ……普段そんな素振り見せないのに」
「あたしより腕っぷし強いって凛にはいつか説明しただろ……」
その説明に、凛とアズマが呆れたようにため息を吐き、言葉を紡いでいた。
「動機はアズマや凛と同じさ。リーノやラーナを守らねばならんと、両親を失った頃からその思いが強くなっただけだよ」
小さく笑い、二人に返す。
両親が亡くなり、三人で生きていかねばならない状況。
両親が居ないと妹達がバカにされるような事はあってはならないと感じた。
その為に、ある程度の力は身に着ける必要があった。
元々運動自体は姉妹の中でも頭一つ抜けて出来ていたから、さほどの苦労も無く、様々な格闘技術を学んできた。
それが、ある程度の力で収まらなくなったのも、アズマと似たようなモノ。
ラーナを傷付ける、優しい想いを踏み躙る悪意の存在を目の当たりにしてしまったから。
「そういや、雨宮の連中に脅された事があるとか抜かしてたな。それもお前が強い理由か」
確信を突く言葉を放つのは涼子。
ポケットから一本の小さな小刀のようなモノを取り出し
手のひらで回転させながら、呟いていた。
「まぁ、そんな所だ。しかし、えらく物騒なモノを持っているな」
今ならば、私に脅しをかけてきた者こそがウェルなのだと確信出来る。
当時はその殺意に怯んでしまった。
だからこそ、数年間。探偵業の傍らで私は更に己を鍛え上げる必要があった。
いずれ訪れるであろうその悪意の主とやり合った際に負けぬようにと。
「木原鈴を殺したナイフだ。仇討ちなんて考えてるバカから奪っといた。……けどよ、その気持ちはあたしが一番理解出来る」
涼子の言葉に、アズマと凛がその小刀を見て少し顔を青くする。
私も思わず少し息を呑んでしまった。
アズマや凛とは違う理由で。
仇討ち。そんな事を考える者が存在していたという事に。
「ウェルは人を殺すって事に躊躇いのないヤツだ。いや……人を殺すのを楽しんでるようなクズだ」
続く涼子の言葉。
己の手が血で汚れていると、申し訳無さそうな顔をしていたクランを思い出す。
雨宮と言う家柄に仕えている以上、ある程度は仕方の無い事だと私もソレは理解しているが……
ウェルとクランの大きな違いはそこなのかも知れないと。
涼子の言葉にそんな事を感じさせられた。
「アズマ、テメェが強いのは嫌ってほどわかってるけどよ……絶対パニックになんなよ」
言いながら、涼子はその小刀を再びポケットに戻した。
その言葉には、例え何が起きようと。と、そんな意味が含められている様な気がした。
「……涼子よ。ラーナやリーノに言われた言葉を忘れてはおるまいな?」
その覚悟は、ある意味では正しいモノだとは思う。
だが、ラーナもリーノも。誰もがそれは望んではいない。
最悪を想定するのは構わない。
だが、涼子の言葉からは例え自身の身に何があろうとも呪詛返しを成功させると。そんな決意を感じ取れた。
それは、その小刀を受け取った相手との会話でそれ程までの決意をしてしまったのかと思う程に。
「物分かりの良いテメェらなら理解出来んだろ。あたしにしか出来ねぇ事なら、あたしがやるしかねぇって」
リーノの前では、そんな事はしないと言っていたが、その決意はどうやら変わってないようで……
「……いつも自分勝手ですよね。涼子さん」
涼子の言葉に、アズマや私が何かを言うより先に凛が口を挟んでいた。
「ラーナさんの記憶の時も、リーノちゃんの問題の時も、そうやって自分の考え押し付けてばかりで」
少し怒ったような凛の声色。
物分かりが良いなどと私達の事を言っていたが涼子自身、彼女の頑固さを忘れていたのだろう。
私もアズマも顔を合わせ、そして小さく頷く。
この場は凛に任せておこうと、そんなアイコンタクト。
「あ?」
聞き捨てならないと、涼子は少し顔を険しくするが、凛は怯まずに言葉を紡いでいた。
「涼子さんはアズマ姉さんや夏妃さんの強さを理解してないです。甘く見てたなんて言いましたけど、前言撤回です」
言いながら、凛は自身が使っていた武器を再び手に取り立ち上がった。
私にも、涼子に似た面があると薄々勘付いているのか、私を含めなかったのも大したモノだと感じる。
「そんな考え方だと、雨宮の所に行っても呪詛返しなんてする前に簡単に死ぬだけだって、アズマ姉さんの足を引っ張るだけだって、私が教えてあげます」
クルクルと器用に両手で回転させ、その先端を涼子に向け、突き出していた。
凛の選んだ武器。それは、自身の身長の低さからくるリーチの短さを補う為の、長い柄を持つ薙刀。
「凛、本気出して良いからな。涼子あたしに殴られ慣れてるから、ちょっと怪我した程度じゃそんなに影響もないだろ」
アズマは凛に向け、そう伝えて小さく笑っていた。
それが涼子の火に油を注ぐ言葉だとわかっていても
アズマは凛の事を信用しているらしい。
「さっきから、上等抜かすじゃねぇかテメェら」
涼子が使っていた木刀を手に取り、立ち上がっていた。
街一番の不良。そんな彼女の怒気は、やはりその辺の不良とは違い、随分な迫力がある。
だが、私も知っている。凛と言う少女がどのような悪意を目の前にしても決して怯まぬ強い娘だと。
そのような少女に変わった事を。
しかし、それでも実力の差は簡単には埋まらないだろう。
先程の手合わせで、凛は涼子に負けている。
それに今は防具も脱いでしまっている。
その行為は流石に危険過ぎると私がそれを止めようとするが……
「大丈夫だよ。ヴャクト達があたしとラーナに隠れて凛にやった事も聞いてる。今の凛はあたしと同じ。……いや、心だけならあたしよりも強いヤツだから」
止めようとした腕をアズマに握られ、そう言われてしまった。
凛の口からいずれアズマには知られてしまうとは思っていたが
リーノや凛を巡っていた小さな悪意の話を既にアズマは知っているようだった。
「初めてヴャクトと出会ってからずっと言われてた、世界を中から守れって言葉。あたしはその意味をずっとわからないで居たけどさ……ヴャクトがラーナの姉ちゃんだって気付いたからわかるんだ。それは無責任だって。だって、それって自分は外から守るって意味だろ?」
続くアズマの話を聞きながら、既に始まってしまった本気の涼子と凛の試合に注意する。
いざという時は、止めに入らなければどちらかが大怪我をしてしまう。
「…………いや、決してそう言った意味では」
そう言った意味では無いと。そう言いたかったが、言い切れなかった。
私は、ラーナやリーノを守る為、その世界を守る為に裏でどれ程動いてきただろう。
ラーナに怪我を負わせた人間を探す為にどれ程の時間をかけただろう。
「し、しかし、無責任とは少し酷い言い草では無いか?」
だから、つい話を逸らしてしまう。
「いや、無責任だよ。あたしがリーノにそう怒られてるんだ。全部自分のせいにして、立ち向かうふりして逃げてるって」
だが、アズマは珍しくその言葉を取り消さずに続けた。
基本的に他人には優しい筈のアズマがそんな事を言うのは随分と意外だったが……
確かに。リーノは凛にそんな言葉を投げていたような気がする。
そして、恐らく。沼地でのやり取りでもリーノはアズマに同じような事を言っていたのだろう。
「アレって、あたしとか凛に対して言いたかったのも事実だと思うけど、本当はヴャクトに一番言いたい事なんじゃないかって、あたしは思うんだ」
少し申し訳無さそうに、アズマは苦笑いをして。
「テメェ、威勢だけか!? 殆ど攻撃出来てねぇじゃねぇか!」
その瞬間に、涼子の怒号。
思わず、アズマとの話に集中してしまっていたと。
ハッとして目を向けると、涼子が本気で木刀を振り回していた。
凛は、防御で精一杯のように見える。
「あ、アズマよ。止めなくて良いのか? もう決着は……」
「凛は一発も貰ってないから大丈夫。そんな無責任なヤツに、凛は絶対に負けない」
涼子もまた、私と同じなのだと。そんな意味合いを込めた言葉。
貰わないのが精一杯なだけなのでは無いかと、そう思ったが……
「そうやって、涼子さんは逃げてるんです!」
アズマと同じ。そして、凛自身がリーノに言われたその言葉を凛は叫び、そして薙刀を振っていた。
だが、その攻撃も涼子には当たらない。
「自分が居なくなっても構わない。自分は必要ない。自分だけ犠牲になればそれで良い。そんな風に勝手に思って、ラーナさんやリーノちゃんをどれだけ苦しめてると思ってるんですか!」
怒りを現したまま、再び涼子の攻撃を防ぎながら、凛は叫ぶ。
……その言葉は、涼子に向けられている筈なのに、何故か私の胸に突き刺さる。
「あはは、いや……あたしが言える立場じゃないし、あたしのせいもあるから、ヴャクトに偉そうな事は言えないんだけどさ」
アズマは凛の言葉に付け足していた。
私を責めるようなつもりでは無いと。
ただ、私に足りないその考えを理解してもらいたいだけなのだと。
だが、いくらそれが正論であろうと、涼子の耳には入らない。
それ程までに、涼子は激昂している。
そして、凛はその猛攻を防ぐのに手一杯。
「逃げてんのはテメェだろ! 攻撃に移る余裕もねぇくせに、抜かすな!」
涼子が叫んだ。
その瞬間に勝敗は決した。
凛は薙刀を弾かれ、武器を落とす。
激昂している涼子。このままでは本気で凛を木刀で打ちかねないと、駆け寄ろうとするが……
「凛の勝ちだよ。大丈夫」
再び、アズマに腕を握られてしまう。その言葉に、何を馬鹿な事を。
と、私がそれを言う前に……凛が体勢を低くしている事に気付く。
その体勢から繰り出される技は私も見覚えがあるモノ。
リーノを傷付けてきたその相手に、向けて繰り出したその技。
凛は、わざと薙刀が弾かれるよう、力を緩めていたのだと気付く。
「てめっ……!」
「これが雨宮相手なら、どうなるかくらい涼子さんでもわかりますよね」
足払いを受け、慌てて立ち上がろうとした涼子に向け、同じく以前に見せた見せた寸止めの蹴り。
涼子が言葉を失い、そこで勝敗は完全に決した。
凛の言う通り。雨宮ならば、その蹴りは確実に涼子の顔面を捉えている。
大丈夫だっただろ? と、アズマが私に向け微笑んでいた。
「演技。いや……」
あの劣勢は演技などでは無かった筈。
それに、涼子が実際に一度見ている技を見切れない程度の実力だとも思えない。
少し考え、その答えは導き出せた。
「ふむ。そういうスタイルの戦い方なのだな。お姉さんには真似出来ない戦術だ」
「あー、バレた! ヴャクトに絶対通じないじゃんかぁ!」
私がそれを言うと、アズマはそう言って少し頭を抱えていた。
もしも私がその考えを持ち、そして雨宮の地へと向かうような事があれば、同じ方法で止めるつもりだったと言わんばかりに。
……だが、どうだろう。第三者として、冷静な立場だからこそ、その戦術に気付けたが
涼子の立場ならば。自身を涼子に置き換えて、その状況下で気付ける自信は無い。
攻撃は最大の防御。
涼子のその戦闘スタイルは技術や、やり方の差こそあれど、私と似ている。
対して、先程凛の行った行動は正反対。
防御八割、攻撃二割に振ったような戦略。
ひたすらに攻撃を防ぎ、相手を挑発し、体力を可能な限りまで削らせてからの反撃。
だからこそ、涼子ですらも見知った技なのに見切る事が出来なかった。
そもそも、薙刀を弾いた瞬間に涼子は勝ちを確信していただろう。
凛はその油断を見逃さなかった。
劣勢に見えていたのは、凛やアズマから見ればチャンスだったのだ。
そして、最初から凛はそのチャンスだけに賭けていた。
「防御こそが、最大の攻撃。守るからこそ、攻撃が活きる……か」
「なんだよ、そのふざけた戦い方」
ぐったりと、大の字に転がって涼子が私の説明に呟いていた。
アズマは元々、ラーナを守れなかった。その後悔から自身を鍛えてきた。
だからこそ、防御の技術も高いのだろう。
成程。
世界を中から守れ。その言葉が、私や涼子が無責任だと言われた意味を理解する。
凛もアズマも。自身すら傷付くとラーナやリーノが悲しむと理解しているからこそ、その技術を高めた。
そして現実に。その戦闘スタイルは凛も涼子も怪我をしない終わり方をさせた。
それに比べ、私達はどうだ。
先程の凛のように、実力が拮抗している相手や自分より実力が上の人間の攻撃を全て防ぐ術など持ち合わせていない。
急所さえ防げれば、多少の怪我は仕方無いと、ある程度諦めている部分がある。
「ふざけてても良いんです。何も失わない。誰一人欠けちゃいけない。誰も傷付かない。私はラーナさんやリーノちゃんを信じて、アズマ姉さんを信じて、そして今、実際に涼子さんを見下してます」
……本当に、凛は大したモノだ。
涼子を本気にさせ、その考えを持ったまま雨宮の地へ向かえば、未来はこうなると。
実力だけなら、涼子の方が確実に上な筈だと言うのに、それを見事なまでに教えていた。
アズマも凛も自己犠牲の精神が強い者達。
それなのに、その事だけはしっかりと心に刻んでいる。
「涼子よ。私達の負けだな」
フッと。思わず小さく笑い、そしてため息を吐く。
私は二人の姉でありながら、その二人の心よりも、その世界を守る事を優先し過ぎていたのだと気付かされた。
アズマも凛も。元々は私のような考えを持っていた筈だ。
それを変えたのは、ラーナでは無く、リーノ。
沼地で私を思い出したアズマに対し、逃げていると怒り
そして凛に対しても自分は信用出来ないのかと。自分さえ良ければ、周りの気持ちなど考えないのかと強く怒りを示したリーノ。
リーノ自身、その自覚は無いのかも知れないが
ラーナの言うように、リーノが目指すその世界はラーナの作った世界以上のモノなのでは無いかと。
私までそんな事を本気で感じてしまう。
「だあぁっ! くっそ! 初めて人様の為に命賭けようなんて思ったあたしがバカだよ! はいはいっ!」
諦めて悔し半分に嘆く涼子に、凛はクスクスと笑っていた。
「私もだ。すまないなアズマ。リーノやラーナに怒られる前に気付けて良かったよ」
涼子に倣うよう、私もアズマに謝罪する。
命を賭して守る事より、自分を含めた全てを守る。
その難しさを痛感させられた。
そして、凛とアズマはその難しい道を進んでいる事も。
「あ、あはは……いや、色々助けられてるのはコッチだから、ホントに何も偉そうな事は言えないよ」
「ホントよ。もう少し、凛もアズマも涼子もヴャクトも、私を認めてくれても良いと思うんだけど?」
いつから居たのか、夏妃が少し拗ねた口調で姿を見せていた。
「もう、いくら涼子の為だとは言ってもいざとなったら止めに入る準備してたの私だけでしょう!? 涼子、本気だったから一歩間違えたら凛が大怪我だったのよ?」
腰に手を当て、少し膨れっ面を見せる夏妃。
どうやら下手に姿を見せては自分もアズマに止められてしまうと思い、その様子を隠れてずっと見ていたらしい。
「わ、私は見ての通りアズマに腕を取られて動けなくてだな……」
「その気になればその腕を捻り上げるくらいヴャクトなら簡単だったでしょう」
成程、ラーナの影を追い掛けたと言うだけあり、怒った姿も少しラーナと似ている。
恐らく、皆もそう感じていたのだろう。
膨れる夏妃の姿に、謝りながらも皆苦笑いを浮かべていた。
「私は中と外、両方からラーナの世界を守る為に結構頑張ってると思うんだけどなぁ」
そして続く言葉に拗ねていたのはそういう事かと。再びの苦笑い。
「わ、私は夏妃さんが一番動いてくれてるって探偵さんの所でも言いましたからっ!」
凛のフォローの言葉。
こういった所も良く見ているのは凛なのかも知れない。
「ラーナが夏妃を凄いって言い出したら、あたし立場なくなっちゃうじゃんか……いや、実際凄いから立場ないんだよあたし」
アズマは少し複雑な心境らしく、モゴモゴと言い難そうに呟いていた。
ラーナがそんな事を言う娘じゃないと理解していても、どうしてもその気持ちは複雑なモノらしい。
「あぁ、でもアズマ姉さんの気持ちもちょっとわかるかも……私もたまに蒼ちゃんに嫉妬するし……」
何故かアズマの気持ちもわかると、凛までもが口籠ってしまっていた。
この二人は本当に良く似ていると、そんな言葉に少し可笑しくなってしまう。
その世界を守る為、ラーナやリーノとは別の強さを求めた二人。
人一倍責任感が強いからこそ、そしてラーナやリーノを一番真近で見てきたからこそ
その強さは私や涼子の持つ強さとは別物になったのだと。
「一番立場のねぇあたしのフォロー誰もしないってなんなんだよ! グレんぞ!」
さっきまで本気で怒っていた人間までもが馬鹿みたいな事を言い出していた。
既に街一番の不良とまで呼ばれ、恐れられていると言うのにこれ以上グレてどうするのかと。そんな事を思いながら、呆れて笑う。
「全く、ある意味では、私達がラーナに惹かれるのは当然だったのかも知れんな」
ため息を吐き、姉である私ですらあの娘は凄いと感じているのだと、皆に向けて呟いた。
一番の役立たず。一番立場がない。
それを誰よりも強く感じているのは恐らくラーナだと。
だからこそ、ラーナは人一倍努力をする。
そして人一倍他人に優しくなれる。
「……全く、一番凄い人間だと言うのに、自己評価の低い困った妹なのだよ」
優しくする。それは言葉だけなら誰でも真似は出来るだろう。
だが、そこに心が籠もってなければ、私達がラーナをそこまで考える事など無かった筈だ。
ラーナの紡ぐ言葉一つ一つ、その全てに優しい想いがこれでもかと言う程に詰め込まれている。
それは、誰もが簡単に真似を出来るような事では無い。
だからこそ、私達は揃い、そして皆がラーナを大切に想う。
「うん。ラーナの魔法はきっと言葉の魔法。花と、あの巫女の女の子と同じなのよね」
クスリと。夏妃が微笑んで
「……男の子に間違えられて、悲しい気持ちより、嬉しい気持ちになったのはラーナさんが始めてだったかも」
「あぁ、あたしがヤンキーさんとか呼ばれてもムカつかねぇのはソレか」
夏妃の言葉に、凛と涼子が心当たりがあると、納得していた。
「よし、そんなラーナ様の為にあたし達はそろそろ雨宮の所に行こうか」
少しふざけた口調で、ラーナの事は一番理解しているから自分は何も言う必要などないと言った風に。
そして、そんなラーナの世界を守り続けてきたアズマがそれを口にした。
恐らく、凛も夏妃も。そして私も。
嫌な予感だけは拭い切れなかったから言えなかったその出発の言葉を。
「アズマ、気を付けて。クランにはもう連絡は取ってあるから、雨宮本家が近くなったらクランに連絡をして」
だが、時は止まってなどくれない。
いつまでもこんな話をしている暇は無い。
夏妃はその辺りも良く理解しているようで、アズマに短い刀を二本手渡していた。
「オーケー。刀って初めて持ったけど、嫌に重いな」
受け取り、それを腰に差すとアズマはそんな事を呟いた。
「涼子さん、無駄な覚悟は要らないって伝わったと思います。私は信じてますから!」
「今は、これから半日近くアズマと車ん中で二人っきりって方が怖いから心配すんな」
相変わらずの減らず口で、涼子も一本の刀を受け取っていた。
だが、凛のその想いは間違いなく伝わっている。
「今から向かえば、恐らく到着は深夜だろう。何事も無く……いや、すまない。帰って来るのは恐らく明日の昼か、夕方辺りになるか」
埋められた生贄達を掘り返す作業もあると聞かされている。
ならば、軽く見積もって雨宮の地に滞在するのは数時間。
クランと合流し、その作業を終え、帰って来るのは明日の昼過ぎと見るのが無難だろう。
つい何事も無く済めばと口走りそうになり、その言葉を取り消す。
「一応、全部終わったら姫さんに連絡は入れるからよ。もし……なんて言うもんじゃねぇな。やめたやめた」
何事も起きない可能性も高い。
ウェルと直接対面する可能性も限り無く低い。
「もう、ラーナが居ないと弱い人ばかりね」
夏妃は私達の言葉の使い方にクスクスと笑い、言葉は要らないと言ったように見送る。
「雨宮なんかに負ける人達じゃない。私は二人を信じてるから」
二人が乗り、そして戸野の屋敷から離れてゆく車を見つめながら
私達に向けてなのか、そう呟いていた。
ラーナに憧れ、そしてラーナの強さを求めた夏妃。
やはり、その言動はラーナと良く似ていると感じさせられる。
「全く、お姉さんも他人の事を言えたものでは無いのかもしれんな」
私と良く話すのはラーナと二人きりで話すための練習などと、夏妃は言っていたが
恐らく、私も……夏妃の後ろにラーナの影を見ているのでは無いかと。
あまりラーナと二人きりで話すと、何処かボロが出てしまう予感がしているからこそ。
私は夏妃から感じ取れるラーナの影に助けられているのではないか。
なんとなく、そんな事を感じてしまった。




