花束の記憶
青空と、雲と、太陽と
あかりんとりーのんに対する嫌がらせも無くなって数日が経っていた。
もうすぐ夏休みに入る。なんだかあの件以降男子達と会うのが少し気まずかったから、早く夏休みにならないかと、そんな事を思って日々を過ごしていた。
今日も今日とて、ヴャクトさんの事務所に集まって
私達は他愛もない会話を繰り返す。
白姉が忙しい時は来ないで欲しいなんてちゃんと予定がある日は説明してくれるから
そんな事がない限り、その事務所には大体誰かしらが居て。
今日は夏妃さんと涼子さん以外の全員が揃っていた。
「え? 私も沼にはあれから行ってないよ?」
「私達が迷い猫を保護した時には花束なんてモノは置かれていなかった筈だが……」
特に意味もない会話でふざけたり。野球の話になると真剣になったり。
そんな中で、りーのんがなんとなく発した言葉。
それが小さな事件を巻き起こしていた。
「蒼ちゃんは見ましたよね? 沼地に行く途中にあった花束」
りーのんに言われて、確かにその花束はあったと私も証言する。
誰かが置いてくれた。そんな程度にしか考えていなくて
りーのんが花束を添えるなら皆と一緒に行きたかった。なんて言い出してその事を思い出した程度だったけど。
でも、今集まっている皆はそんな花束を添えた覚えはないと。
そんな事を言い出したから、小さな事件になっていた。
「夏妃か涼子なんじゃないのか?」
アズマさんの言葉には、あかりんが首を振っていた。
「涼子さんは野球の練習ばっかりしてますから……夏妃さんも雨宮の事で忙しいみたいですし、それは無いと思います」
あかりんの言葉は建前の言い訳。
本当はあかりんを説得する為に夏妃さんと涼子さんは動いていたから、そんな暇は無かったと。
それはラーナさんとアズマさん以外は知っている。
「私達とは別に……沼地の呪いを知っている人がいた?」
白姉が少し考えてから、その結論に至ったみたいで、小さく呟いていた。
「で、でもでも! 沼地の呪いが無くなったのは最近だよっ!? そんな早くに気付く人なんて居るかな?」
花束が添えられていたのは、沼地の呪いを解いた翌日だった筈。
そんな早くに呪いが解かれている事に気付けるような人はあの場に存在していた人達としか考えられなくて
私は白姉の言葉に反論する。
「まさかの事件なのです……私はてっきりラーナお姉ちゃんかヴャクト姉さんだと思っていたのです」
りーのんが、本当に予想外だったみたいで、そんな事を呟いていた。
「んー、ケープさん達でも無いよねぇ?」
ラーナさんがその名前を口にすると、ドタバタと階段を駆け上る足音と、派手に扉を開いてケープさんが姿を見せていた。
「見張りの者達は余計な事は可能な限り控えろと夏妃様に言われておりますので、その様な事をするモノは居ないかと思われます。申し訳ありません。失礼します」
そしてその事だけ伝えてまたドタバタと足音が遠ざかって行く。
「それは余計な事じゃないのか……」
慌ただしく現れて慌ただしく去っていたケープさんを見て、アズマさんが頭を抱えていた。
「ど、何処から会話聞いてたんだろう……」
ラーナさんもそんな嵐を見て、苦笑いをしていた。
「しかし、うむぅ。調べる必要があるのか否か……判断しづらい件だな」
「もし瑠璃や鈴の親族だとしたら、私達が踏み込むのは失礼」
事件と言うには大袈裟で、ヴャクトさんと白姉はそれを調べるべきか否か少し悩んでいて。
「もう一度、皆で沼地に行ってみる?」
あかりんがそんな提案をして
「脳筋ですか? 白さんの言葉聞いてました?」
りーのんはあかりんに対して、頭を抱えてそう突っ込んでいた。
確かに花束を添えてくれた人と鉢合わせでもしたら、私達はどう説明するべきなのか。
だからこそ、ヴャクトさんも白姉も困っているのが事実。
「そう言えばあの花束、桔梗だったよ」
皆が考え込む中で、なんとなくその事を思い出して私はそれを口にする。
「変わらない愛か。ふむ、やはり瑠璃と鈴を知っている者の可能性が高いな」
「変わらない愛……?」
ヴャクトさんの言葉に、ラーナさんが反応していた。
「桔梗の花言葉っ! 私も少しは知ってるんだから!」
ヴャクトさんに言われる前に、少し自慢げに私がそれを説明してみせる。
変わらぬ愛、永遠の愛。そんな花言葉が桔梗にあると。
「蒼ちゃんから女の子っぽい言葉が出てくるとちょっと気持ち悪いです」
「りーのん、たまに私にめちゃくちゃ失礼だよねっ!?」
私の説明に関心する皆の中、りーのんにそんな事を言われて少し落ち込んでしまう。
「同じ意味合いならスターチスの方があの二人には似合うと思う」
「あ、あうぅ……白姉、スターチスって花言葉なんだっけ」
私を引っ掛けようとしているような悪戯な笑みを浮かべた白姉には早々に敗北宣言。
……そう、私に花言葉を教えてくれたのは白姉。
「変わらぬ心。蒼、リーノに簡単に見抜かれるような浅い知識は披露しない方が良い」
りーのんの突っ込みに絶対そこまで深い意味は無いと思うけど、確かに。
私みたいなタイプが花言葉を知っている事が少し変だとりーのんは勘付いて、私に失礼な事を言ったのかもしれない。
「アズマ姉さん、私にも何か花言葉教えて下さい……」
「え、えっと……あたし植物自体詳しくないから」
そんな私よりダメージが大きいのは、あかりんとアズマさんみたいで、何故か二人して深く項垂れて、
お互いもう少し女の子らしくなるべきなのかな。なんて呟いていた。
「蒼ちゃんも白ちゃんも素敵な花言葉知ってるんだね……」
ラーナさんは白姉と私の説明に深く感銘を受けたみたいで
優しく微笑んで私と白姉を見つめていた。
いつか白姉から聞かされた髪飾りのプレゼントに込められた意味の話。
ラーナさんはそういう話が好きなのかも知れない。
「お姉さんも一つ知っているぞ。睡蓮の花言葉なのだが」
「ヴャクト、それ言ったら叩く」
せっかくラーナさんが綺麗な花言葉を覚えた直後に、何故か突然とんでもない花言葉を教えようとしたヴャクトさんの言葉を白姉が遮っていた。
「……なんなのです? 睡蓮の花言葉」
りーのんが少し興味があるように私に問いかけてくる。
ヴャクトさんに白姉がたまにゴミを見るような目を向けるその理由がなんとなく垣間見える。
普段はりーのんのお姉ちゃんってだけあって物凄いしっかりしていて、頼れる人なのに
たまに物凄いボケをかましてくる。
「え、えっと……とりあえずヴャクトさんにはキンギョソウプレゼントしよ……?」
睡蓮よりは可愛いけど、少し悪い意味の込められた花言葉を持つその花を思い出して
どうにかりーのんの気を逸してみる。
「うえぇ、花言葉って綺麗な言葉ばかりだと思ってたけどエグいな」
「ラーナさん、絶対に調べないで下さい! 睡蓮嫌いになりますコレ!」
アズマさんとあかりんがその花言葉を調べたらしく、携帯の画面を見て、思い切り引いていて、
「ぎゃ、逆にそこまで言われると気になっちゃうよ……」
ラーナさんはそんな二人の言葉に困ったように笑っていた。
「……そうですね。でも、私達も沼地に花を添えるくらいはした方が良いかも知れないのです」
ふと、りーのんの態度が変わった気がした。
りーのんも携帯で調べようとしたみたいで、携帯の画面を見ながら、そんな事を言っていたから、どうしたのかと気になってしまう。
「いえ、花言葉を見ていたらなんとなくそう思っただけなのです。それに、ラーナお姉ちゃんが沼地に花を供えるべきだと思うのです」
「……りーのんっ! それなら私とラーナさんの二人にしてよっ! 初めてラーナさんと会った時にそんな約束してくれたの忘れてないからっ」
白姉が私に軽く目配せをしていたから、なんとなく察した。
多分、ラーナさんには伝えられないような話が出来たんだと。
「そう言えばそんな事言っていたのを完全に忘れていたのです……ラーナお姉ちゃん、どうします?」
「や、約束ってなんだろう?」
ラーナさんは少し困ったように笑っていたから、りーのんや皆の態度の変化を悟られる前に私はラーナさんの手を引っ張る。
ラーナさんは人の感情の変化を読み取るのが早い。
りーのんの変化に既に少し違和感を覚えているように見えた。
「ラーナさんと二人っきりで出掛けても良いってりーのんと約束してたのっ! 花言葉も知ってるし、一緒にお花選びに行こー!」
だから、すぐに私はラーナさんの手を取って事務所を出ようと引っ張る。
「あ、蒼ちゃん……え、えっと、それじゃあ、ちょっと出掛けてくるね。皆、またねっ!」
ラーナさんに話せないような事。私もその会話に混ざって、力になれるような事なら力を貸したいとは思う。
でも、今はそんな事よりもラーナさんと二人で遊べる機会が生まれた事の方が私は嬉しいから
私の感情から余計なモノをラーナさんに拾われる可能性は低い筈。
少なくとも、りーのんよりは汲み取られにくい自信がある。
「ね、ねぇ蒼ちゃん、お花屋さんの場所知ってるの?」
その勢いのまま事務所を後にして
グイグイとラーナさんの手を引いて歩いていると
ラーナさんが少し困ったようにそんな事を言い出した。
……うん。知らない。
「あうぅ、私何処向かってたんだろおぉ!!」
「あ、あはは……こっちには猫が沢山いる神社しか無いかな?」
思わず叫ぶ私に、ラーナさんが苦笑いをしていた。
「そ、それはそれで気になるっ!」
「まだ日も高いし、少し寄り道してから行こっか? 池まで行くのは車じゃないと時間かかっちゃうし」
本当に、白姉が大好きって言う理由が二人きりになると余計にわかる。
ラーナさんは、何処までも他人に優しい。
りーのんや皆の雰囲気が少し変わったのが気になっている筈なのに
今はちゃんと切り替えて私の相手をしてくれている。
「街の探索は何回かしてるんだけどなぁ……そんな神社知らなかったよぅ」
「え、えへへ……実は私も小さな頃にこの辺探索して迷ってるから……」
猫神社に向かって歩いてる途中でのラーナさんとの会話。
そんな会話で
どことなく昔のラーナさんに似てるなんて、アズマさんやりーのんに言われていた事をなんとなく思い出して
意味もなく嬉しくなる。
「でもね、ありがとう。蒼ちゃん」
ラーナさんの隣をニコニコと歩いていたら
唐突に、ラーナさんにお礼を言われた。
「えっ……?」
「えへへ、リーノの居ない場所でしかお礼なんて言えないから。リーノは素直じゃない所があるから、誤解もされやすい性格なんだと思う。それに弱音なんて絶対に吐かないような子だから、無理をしやすいの。……だけど最近のリーノ、全然無理してないみたいだから」
「えっと、それはその……あかりんのお陰じゃなくて?」
「ううん。蒼ちゃんのお陰ってなんとなくリーノの態度から感じられた。蒼ちゃんが居てくれるから、リーノはリーノらしく居られてるんだと思うの」
学校の件は、ラーナさんには秘密にしていたのに。
ラーナさんはその裏で何が起きていたかなんて知らない筈なのに。
まるで全てを知っているかのような口振り。
ラーナさんは本当に他人の心情を良く見ている人なんだと、驚かされる。
「もちろん、凛ちゃんも居てくれるからだから、二人にはとっても感謝してるんだよ? リーノが一人で抱え込む事が無くなったのは、二人のお陰だって思うから」
「ラーナさん……」
ラーナさんの気持ちも、りーのんの気持ちもわかるから
……そのすれ違いに悲しくなる。
優しい二人なのに。どうしてこんなにも悲しい嘘をつかなくちゃならないのか。
どうして、ラーナさんが何年もそれを思い出せないのか。
「皆、今の蒼ちゃんみたいな表情をする時があるんだよね……」
何も言えないでいると、ラーナさんは少し寂しげにそんな言葉を紡いでいた。
「大切な何かを伝えたいのに、それを伝えられないもどかしいような表情。……きっと私のせいなんだよね」
「そんな事は……!」
「ううん。私のせい。だから、私はソレを皆から聞いたらいけないんだって思うの……私が自分で気付かないといけない事なんだって」
…………初めから、きっとラーナさんに隠し事なんて無理だったんだ。
そんな事をラーナさんの言葉に感じる。
ラーナさんは皆が一つの嘘を隠している事を見抜いてる。
それでも、それは自分の事を想ってだと
ちゃんと理解してるから、ラーナさんも悲しいんだ。
「りーのんが、その世界を目指してるからっ」
だから、私が言える言葉は、たった一つだけ。
「りーのんが、皆が目指すラーナさんの笑顔の世界っ! だから、ラーナさんは笑ってなきゃダメだよっ! ラーナさんが笑ってないと、私達はそこに辿り着けないんだからっ」
「えへへ……ありがと。蒼ちゃんは、何処までも真っ直ぐ続く空みたいな女の子だね」
……ラーナさんは私の言葉に優しく笑っていた。
そして、その言葉はりーのんに言われた事のある言葉。
空みたいなんて不思議な例え方をされたけれど。
「見ていないと消えちゃいそうな雲みたいな白ちゃんを、ずっと追い掛けてきたんだから、蒼ちゃんは空なんだよ」
その意図を考えている私に向けて、ラーナさんはそう続けていた。
何処までも蒼く続く空。私と白姉はその空と雲のような関係だと。
「花言葉より、私はラーナさんの言葉の方が好きかも」
詩的で、綺麗な例え方が出来るラーナさん。
ありきたりな言葉でも、ラーナさんが紡ぐだけで、何故かとても温かい気持ちになれる。
「それなら、ラーナさんは太陽だねっ」
私達が空と雲って例えられるなら、きっとラーナさんはお日様。
いつでも優しく皆を照らして、元気にしてくれる人。
そんな会話をしているうちに、いつの間にかラーナさんが言っていた神社まで辿り着いていた。
「猫さん、久しぶりー! 元気だったー?」
さっきまでの真面目な雰囲気は何処へやら。
ラーナさんは猫神社に着くと、私よりも先に猫達に元気よく声をかけて駆け寄っていた。
「あうぅ、私も猫と遊びたいっ……」
ラーナさんを追い掛けるように駆け出そうとした瞬間
「……まだ巡り合う時じゃないって夏妃に言ったばかりなのに、神様の悪戯?」
「実際に見ると確かに花さんと似た空気あるっすねラーナさん」
背後からそんな会話が聞こえて振り返る。
少し気怠げに肩を借りている黒髪の人と、苦笑いをして肩を貸している金髪の人。
「えっと、今、夏妃さんって言った……? 知り合い?」
何処か不思議な雰囲気の二人。
聞き間違いじゃなければ、夏妃さんの名前を出していたと思って
ラーナさんを追いかける前に、そんな二人に向けて、語りかけていた。
「雨宮白を絶望させない為の少女。奇跡を起こした少女とラーナ……」
何かを考えるよう、黒い人が呟いていて
「ラーナは既に私を必要としてる?」
「花さん、蒼さんがめちゃくちゃ戸惑ってるっすから……」
何故か私達の事を良く知っているような雰囲気に
確かに金髪の人の言う通り。私は戸惑っていた。
「え、えっとぉ……」
「察するに夏妃さん達が呪詛返しの話を皆にしたくて、ラーナさんには聞かせられない話っすから、ラーナさんを上手く連れ出してくれたんすよね。蒼さん」
私が何を言おうか悩んでいると
本当に、全てを知っているかのように。
金髪の人はそう言って苦笑いをして
「ボクはベル。彼女は天海花っす。偶然にしては出来過ぎた出会いっすから、少し二人と話してみましょう、花さん」
「私の役割。夏妃に伝えるだけでは足りないみたい」
何処か元気なさそうな黒髪の人とそれを支えるように金髪の人が神社に向かって。
私もそれを追いかけるように神社の境内に足を踏み入れる。
「せっかくラーナさんと二人で遊べると思ったのになぁ……」
何かが動き出そうとしてる。
理由はわからないけど、二人からそんな空気を感じて
それは、悪い予感じゃないから、そんな愚痴が思わず口から溢れてしまっていた。
「二人が現れたなら、多分もう一人。来客がある筈。皆が揃ってから話すべき。暫く神社で待って欲しい」
花さんと紹介された人が、私に向けてそんな言葉を紡いでいた。
「もう一人……?」
「雨宮白。あの子はきっとここに来る」
花さんの口から紡がれたのは、私の大好きな人の名前。
「それまではラーナさんと遊んでても平気っすよ」
ベルさんは私の愚痴を聞いていたみたいで、そんな風に言って笑っていた。
おまけの花言葉。花言葉は花の色とかでも違ったりしますです。
睡蓮 終わった愛 滅亡
キンギョソウ おせっかい でしゃばり




