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翠憶を求めて  作者: ラーナ
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狂気の記憶

その少女は、翡翠の少女と似ていた。

「わりぃ、ちょっともう一回説明してくれ」


思わず、そいつらの言葉に頭を抱えてそう返していた。


姫さんから呼び出されて、他の連中には全部纏まってから話をしたいからとあたしは一人で姫さんの家に向かって。


ベルと天海花とか言う奴らを紹介されて。


「だから、ボクが涼子さんに呪詛返しを教えるって言ってるんす!」


そして、そんな言葉をいきなり投げられていた。


「あたしがそんなの使える訳ねぇだろがっ!」


「あ、あはは……予想通りと言うか、予想以上と言うか……」


あたしの反応に姫さんは苦笑いしていて。


「別に難しい話じゃない。その力は元々誰もが秘めている」


少し白と似てる口調の黒いガキが、眉一つ動かさずにそんな事を抜かしていた。


「涼子、これは涼子にしか出来ない事かも知れないの……」


姫さんも至って真剣な様子で、言い合うあたしとベルの間に入ってくる。


……どうにも、ベルとは気が合わない。

それはベルの方も同じようで、喧嘩なんてするつもり無いのに

何かを言うと倍にして返したくなるようなイラつきを感じさせる性格のヤツだった。


「ベルと気が合わないのは何よりの証拠。涼子、キミは呪術の才能がある」


巫女が呪術なんて言葉使っていいのかわからないけど

クロガキにそんな事を言われ、そして姫さんにも話したと言うその内容を説明された。


アズマが苦手なはずなのに、最近のアズマと何故か仲良く出来てる理由。


そして、九人の中であたししか出来ないと姫さんが語る理由も。


なんとなく、あの世界に居づらさを感じていたその理由まで。


クロガキの説明でその全てが理解できた。


「ったく、最初っから説明されりゃ、あたしだって理解したっつーのに、なんでいきなり自己紹介の後に呪詛返し覚えろなんて抜かしたんだよ……」


「もう少し話の通じる人かと思ったんすよ。いきなり食ってかかられたボクの気持ちにもなって欲しいっす」


ホントに、コイツとは分かり合える自信がないくらいに気が合わないと。

あたしの言葉に返すベルにそんな事を感じる。


「食ってかかってきたのはテメェだろうが。ぶっ飛ばすぞ」


「上等っす。ボクもその辺のヤンキー相手に負けるような鍛え方してないっすから」


その言葉に、改めてベルの佇まいを見てみるけど、そこまで強いやつには見えない。

確かに活発で運動神経は良さそうだけど、喧嘩の腕と言う面で見ると、あたしよりも格下、凛といい勝負をする程度のような気がする。


「はいはい。落ち着いて落ち着いて……涼子がそこまでマトモに会話出来ない相手って久々に見るわよ」


「ベルも。その辺の不良じゃなくて涼子はこの街で一番の不良だから多分ベルじゃ勝てない相手」


睨み合うあたし達の間に入るのは、姫さんとクロガキ。


「同じ匂いがする相手は苦手っす……いくらラーナさんの為とは言ってもボクにも感情があるんすよ」


ベルの性根が悪い奴じゃないのはわかってる。

ただ、その口調とか態度があたしの神経をやけに逆撫でする。


「同じ匂い……へぇ。ラーナと花を会わせてもこうなるのかしら」


姫さんはため息を吐いてそんな事を言っていた。


「私はベルみたいに感情的じゃないから。それに多分、どちらかと言えば私は白と気が合わないと思う」


クロガキは姫さんの言葉に表情一つ変えないでそんな言葉を返していて


なんとなくクロガキと白が出会った時の事を想像してみる。


「……合わないどころか、会話が成り立たねぇ気がするぞ、お前と白」


クロガキも白も無口なタイプだから、お互い黙ってお茶を飲んでるイメージしか湧かない。


「花さん、コイツぶん殴っていいっすか。花さんをお前呼ばわりするとかムカつきます」


「んじゃクロガキでいいか? 花ってイメージでも天海ってイメージでもねぇから呼び方悩んでんだよ」


「マジでぶっ飛ばしていいっすよね? 完全にボクに喧嘩売ってるっすよね?」


「私の呼び方はクロガキでもメスガキでも良いから。ベル、一々噛み付くのやめて」


流石は巫女なのか、ベルよりも随分と落ち着いて、クロガキはベルを宥めていた。


メスガキはちょっと意味合いが変わってくるからそんな呼び方はしないけど。


「わりぃ、どうもベルと話してるとあたしも口悪くなりがちだな……」


「まるでボクの口が悪いみたいな言い方しないで欲しいっす。涼子さん、最初から口悪いじゃないっすか」


「テメェがあたしに喧嘩売ってるよな? 買うぞコラ」


「もう、帰っていい?」


今度はクロガキが小さくため息を吐いていた。


「アズマも呼んでおけば良かったかしら……」


姫さんの呟きに、嫌な汗が背中を伝う。


……付き合いが長いからわかる。姫さんはわりとマジで言ってる。

基本的にアズマは弱いヤツの味方だからこの場に来たらあたしが絶対に怒られる。なんなら殴られる。


「面倒だから、鈴と変わる。ベル、後はよろしく」


「は、花さん! タンマッ、タンマッす! ボクも冷静に話すから勘弁っす!」


クロガキも姫さんみたいな脅しが一番効果があると把握したように、そんな事を言うと

ベルがアホみたいに焦っていた。


「なぁ姫さん、鈴って、あの木原鈴の事か?」


「ええ。ベルとは仲の良かった子みたいなの。花が降霊術みたいなのまで使えるのは本当に流石としか言えないけれど……」


なんとなく、クロガキの言葉に引っ掛かってソレを問い掛けてみると

姫さんから返ってきたのはそんな言葉だった。


「仲は良かったっすけど、二人は鈴の怖さ知らないんすよ。あの人、怒るとめちゃめちゃ怖いんすから……」


「あら、そうなの? 私には可憐な女の子にしか見えなかったけれど」


「あたしに関しては木原鈴も木原瑠璃も名前しか知らねぇからな」


ようやく、そんな姫さんとクロガキの脅しがあったお陰で、あたし達も少しだけマトモに話が出来るようになっていた。


実際に沼地に行ってないあたしは、その二人を説明でしか聞いていない。


「なぁ、クロガキよ。あの二人はちゃんと成仏してんだよな? あの世で二人で仲良くやってんだろ?」


本題に入る前に、なんとなくそれが気になってクロガキに問いかける。


説明でしか聞いていなくとも、あの二人がどれほどツラい想いを重ねてきたのかは理解できていたから。


「縁結びなんて名付けられたから、二人は神様になろうとしてる。もう離れる事もない」


アズマが縁結びの池なんて噂を広めてる話は聞いたことがあるし

そう言った綺麗な噂で呪いの沼なんて噂を上書きしようって話はラーナが考えたとも言っていた。


まだ噂自体は大きく広まってはいないモノの、ラーナとアズマの提案は件の二人を深く結ぶモノだったらしい。


「そっか。良かったな」


「良くないっす。鈴が神様になるとか考えるだけで怖いっす。縁結びに行った人が別れることになったら呪うっすよ、あの人」


そんなあたしの言葉に、頭を抱えてとんでもない事を抜かすのはベルだった。


縁結びに行って別れられない呪いをかけられるのはある意味面白いから、それはそれで良いような気もするけど


コイツの中の鈴がとんでもない人間扱いされてて、不思議に思う。


「……でも、確信した。涼子、キミなら呪い返しが出来る。キミは強い人」


何故か、あたしを見てクロガキはそんな事を抜かしていた。


「私の友達だもの。当然よ」


姫さんはクロガキの言葉に誇らしげにそんな事を言って。


「あたしが強いって、冗談だろ?」


そんな褒め言葉に今度はあたしがため息を吐いてしまう番だった。


喧嘩の実力だけでもアズマ、ヴャクト、クラン、姫さんには敵わない。

凛とも、あと数年もしたら立場が逆転しかねない予感がするくらいに


その辺のチンピラ連中相手には負けないけど、あたしの強さなんてたかが知れてるモノ。


その感情の力だって、あたしにしか無いからあたしを頼るだけであって

そもそもそんな感情は持つべきもんじゃない。


そんなの自慢にもなんにもならない。


「……ボクは結構自慢なんすけどね。この力」


「あん?」


あたしの心を呼んだかのように、ベルは呟き、そして続けた。


「元々はボクも呪術師だったんすよ。他人を呪う仕事をしてたんす。瑠璃と鈴にかけられた呪いを解くにはそれしか無いって考えてたんす」


「……ベル、いいの?」


クロガキが遠慮がちに、ベルにそれを言って良いのかと心配そうにしていた。


「呪詛返しをボクが覚えたキッカケっすから。涼子さんには知っておいて欲しいっす」


そう言えば、出会ってからずっとクロガキは呪い返しって言い方をするのに対して

ベルは呪詛返しって言い方をしている。


「……話遮ってわりぃけど、呪い返しと呪詛返しってなんか違うのか?」


あたしの言葉に、皆の目が丸くなっていた。


「あら、ホント。花はずっと呪い返しって言ってるのに対して、ベルはずっと呪詛返しって言葉を使ってるわね。涼子、よく気付いたわね……」


姫さんは気付けなかったみたいで、あたしには逆にそれが意外だった。


「そこまで気付くのは流石。でも、その違いは私からは言えない」


「わかってるっす。その為のボクっす」


クロガキの言葉に、ベルが頷いていた。


「言霊って言葉くらいは二人も聞いた事があると思うっす」


言葉に魂が宿るって奴だったか。それは確かに聞き覚えがある。


「花さんはその力が強いんすよ。だから呪詛返しって言葉を使えないんす。花さんが言うだけで、それは現実として返せるっす」


「それなら、呪いを返すなんて話、あたしに頼らなくても良いんじゃねぇのか?」


続けるベルにそう言うと、ベルは小さく首を振って


「小さな呪い程度なら不可能では無いっすけど、元々神職っすから。そんな外道な方法を取ると花さんの身体が保たないっす。花さんは確かに人間離れした巫女さんっす。でも、心は間違いなく人間なんすよ」


それに、ラーナにかけられているのは小さな呪いなんかでは無いと付け足して、ベルは呟いた。


「……あぁ、なんとなく理解したわ」


「心がすり減っていく。そんな事ヴャクトも言っていたわね」


姫さんもなんとなく理解したみたいに呟いていた。


姫さんの服を選んでいた時、確かにヴャクトがそんな事を言ってた。

それを心配したのがラーナだったとも。


言霊。言葉の魔法。


それはあたし達が良く耳にする魔法とそっくりだから

なんとなく、ベルの足りない説明だけで理解した。


クロガキもラーナもそんな言葉の大切さをよく理解しているヤツなんだと。


相手を恨むような事をすると心がすり減る。

あたしと違って、相手を許せるその心を持っている連中だから。


「ボクは、花さんの呪い返しのお陰で、ボクがやってきた最低な行為に気付けたんす」


そして、ベルとは気が合わないとずっと感じてたその理由も。


あたしが姫さんに恩義を感じているように、コイツはクロガキに恩義を感じている。


多分、それも似たような恩を。


「そして大きな違い。呪い返しは、言えば盾っす。攻撃を弾くだけっす」


銃でその盾を撃ち続けていたら、跳弾で自分に返ってくることもある。

言うならそれが呪い返し。とベルは例えた。


「だけど、ラーナさんにかけられた呪いは、そんな甘い方法じゃダメなんす。呪詛返しは反撃っす。攻撃を倍にして返すような技っす」


対して、呪詛返しは盾ではなく、反撃。


かけられた呪いの全てを倍にして呪術師に返す技。


「……なるほど、あたしなら使えるわな」


優しすぎるアイツらには使えない技術。


ベルのソレはやけに説得力のある例え話だった。


「花さんが、ボクに向けて呪い返しって言葉を使う時は基本的に呪詛返しって意味で捉えるっす。そして、花さんが使えない呪いを使う時のために、ボクは花さんの隣にいるんすよ」


「私は口下手だから、その通訳代わりにも役立ってる」


「花のサボり癖を矯正させる役割もあるみたいだし、良い関係じゃない」


少し寂しげなベルの言葉に、それだけの意味で隣に置いているわけじゃないと。

クロガキのフォロー。そして、それは姫さんも感じているらしく

姫さんもクロガキに続いて、そんなフォローを入れていた。


サボり癖があるやつには見えないけど、まぁ姫さんが言うならあるんだろう。


「と、ともかく……本題っす。呪詛返しの方法は簡単なんすよ。涼子さんなら、その呪いの元凶となっているモノも簡単に見付けられる筈っす」


「確か、木だっけか」


少し照れたようなベルの言葉に返す。


あまり興味は無かったけど、その話は一応記憶に留めてる。


一本の木を依り代として使う呪術だと言う説明。


「沼地周辺にあるんじゃないかってボク達は踏んで、周囲を隈無く探したっす。でも、沼地周辺にその元凶は存在しなかったんす」


「……元凶は雨宮の地にあると私達は読んでる」


ベルの言葉に繋ぐよう、クロガキがそれを抜かした。


そして、そんな言葉に姫さんは一つ納得したように頷いていた。


「クランを頼りたいって言ったのは、そう言う事だったのね」


今はまだ雨宮の使いとして制限された動きしか出来ないが

沼地の件、凛の件と身内のように考え、そして行動してくれたヤツ。

そんなヤツの名前が姫さんの口から出て来ていた。


「なぁ、クロガキにベルに姫さんよ、ホントにあたしにそんな能力あんのか? 買いかぶりすぎてねぇか?」


話を聞けば聞く程に、あたしにしか出来ない事だと言うのは理解出来たけれど。


正直、たまに変なもんが見える程度に霊感はあるが

アイツらは話も拳も通じないから苦手で、あまり関わろうとしたことが無い。


どうにも買いかぶっているような気がしてあたしがそれを問うと


ベルが懐から二本のナイフを取り出して、テーブルの上に置いた。


「だからボクがソレをテストするんすよ。……勘で良いっす。ボクが呪詛返しに使うナイフを当ててみてください」


「二分の一なら偶然当たりを引くのもあり得るんじゃねぇの?」


ため息を吐いて、そんなテストに付き合う。

同じような小さなナイフ。違いは見当たらない。


あたしは言われたまま直感で一本を手に取ってそう言った。


「納得行くまで試しても構わないっすよ。一回目は正解っす」


ベルはあたしの手に持ったナイフの鞘を抜いて、その違いを見せた。

あたしが選んだナイフは綺麗に研ぎ澄まされているけれど

テーブルの上に置かれたナイフは、赤茶けている。


「ちなみに、もう一本の方は人の血を吸った、小さな呪いがかけられているナイフっす」


ナイフを鞘を戻して、とんでもない事を言い出して懐に戻すと何度かその二本を混ぜる仕草をして

またテーブルに置いた。


「うげっ、錆じゃなくて血の跡かよアレ……」


呟いて、再び適当にナイフを握って……そして、その瞬間さっきとは違う嫌な感触。


脳裏に訳のわからない映像が浮かんだ。


一人のガキが、何度も何度も刺されている映像。


使われているナイフは、このナイフ。


刺されながらも、ガキは何処かを目指して歩いていて……

それを嘲笑うかのように、弄ぶかのように。

ソイツは何度も刺している。


わざと殺していない。わざと急所を外して、そして追い詰めている。


脇腹、背中、太腿。


何ヵ所刺されているのだろう。失血死してもおかしくないくらいに、その服は赤に染まっている。


それでもガキは歩みを止めない。


悲鳴一つ上げずに。歯を強く食い縛って。


刺している男は、そのガキをわざとゆっくり追い掛けて絶望するのを待っているように見える。


「……ふざけんな。なんだこれ」


「離さないでください。最期まで見て欲しいんす。ソレがボク達の、涼子さんの力っす」


手を離そうとした。こんな胸クソ悪い映像見たくなかった。


だけど、あたしの手をベルが強く握ったせいでナイフが手放せない


『……絶対、会いに行く』


遂に歩けなくなる程までに刺されたガキ。

それでも、決意を込めた声で呟き這って進むガキ。


『逢えないんだよ。お前達が逢う事は許されない』


立ち塞がるように、男がそのガキを見下していた。


『それでも、私は絶対に諦めない。お姉ちゃんだって、諦めてないはずだから』


自分の命よりも、その約束の方が大切だと言わんばかりに。


ガキは這い続ける。這う度に、苦痛で顔が歪んでいた。


男はそれを見て嫌な笑みを浮かべていた。


『お前も呪われろ。呪いの一部になれ』


『なるもんか。死んだって私はお姉ちゃんを求める。こんな呪い、絶対に解いてみせる』


……そのガキの言葉に男が表情を歪めていた。


思い通りにならないガキ。そして、絶望しないガキに対して明らかに怒っていた。


『もういい。お前はここで死ぬ。それに瑠璃は何もしなくても近々死ぬ。あの世で会えるなんて期待するなよ? 絶望しろ』


『……絶望なんて絶対にしない。殺されても、魂だけになっても……私は、絶対にお姉ちゃんと逢う。必ず!』


死を目の前に、年場も行かないガキが意地を見せていた。


助けて欲しいなんて言葉は一言も口にしなかった。


『もういい。永遠にこの世を彷徨い続けろ』


男は、痺れを切らしたのかガキの背中にそのナイフを深く突き立てた。


数度、ガキは痙攣して動かなくなる。


……そこでようやく、その映像は消えた。


「この胸糞わりぃ映像はなんなんだよ……あたしにこんなもん見せて、どうしようってんだよ! ベル!」


「それは私達の世界の力の一つ。その道具にかけられた呪いの一部を視る事が出来る力。涼子、キミはやっぱり才能がある」


クロガキがあたしの言葉にそんな説明をしてくれていたけど、

そういう話は今はどうでもいい。


「んな事どうだっていいんだよ! なんなんだあのガキは。そして、あの男は!」


あたしの力を試すんだったら一瞬見せるだけでも良かった筈だ。

なのに、ガキの死の瞬間まで見せられて、胸くそ悪い気持ちで一杯だった。


「刺された少女は、木原鈴っす。約束を果たす為に沼地へと赴いた彼女を弄ぶように殺したのが……ラーナさんに呪いをかけた張本人。ウェルっす」


あたしはウェルの顔も、木原鈴の顔も知らないからわからなかった。

だから、その説明を受けて、ようやく理解した。


木原鈴のその強さと、そしてウェルと言う男の残虐さを。


あまりにも許せない行為。


「殺すだけなら、簡単だった筈っす。だけど、アイツはそうやって呪いの力を増幅させる人間なんす。今は雨宮が野球の為にメンバーを集めるのに必死で、戸野家が抑えているから行動に移さないっすけど……その狂気は、いつかラーナさんを、いえ皆さんを必ず襲うっす」


ヴャクトが木原鈴を救えなかったと後悔していたのを思い出していた。


そして、あんなにもわかりやすい殺し方をしてもそれを事故と片付けるだけの雨宮のやり方も。


人の命を弄ぶように殺したウェルのやり方も。


何もかもが気に食わなかった。


それに、ベルが言うにはソイツはあたしらの事をやたらと敵視しているらしい。

野球が終われば全て丸く収まると。そう言う訳でもないような口振り。


「……わかった。呪詛返しの方法教えろ。絶対に成功させてやる」


あたしにそんな力があるのはわからない。


でも幽霊が怖いとか雨宮が怖いとか、そんな感情は消えていた。


ただただ、ウェルを許せない。許しちゃならない。


無抵抗のガキ相手に、あんな事をするヤツに対する怒りの感情だけが、残っていた。


「その言葉を待ってたっす。まずは、元凶の樹木にこのナイフで印を刻むっす。ウェル自身の呪いは綻びが多く、雑な呪いが多いっすから、元凶の樹木を頼る呪いを使えなくさせるっす」


あたしは、静かにベルの言葉を聞く。


「ただ、目立たない所に印を刻んで欲しいっす。ウェルに決してバレないよう。そして、その印を刻んだあと、その樹木に与えられた贄を全て掘り返して欲しいっす。そして、きちんと埋葬して上げてください。その仕事は恐らくラーナさんに任せるのが良いかと思うっす」


「あぁ、そうだな」


他人の痛みを自分の事のように思えるアイツなら、手厚く葬ってくれるだろう。


「元凶の呪いが働かないと、それに気付いた時ヤツの取る行動は一つっす。その元凶に何か異変が起きてるのか必ず確かにめ来る筈っす。

その時に……その人形達にウェルを襲わせ、ウェルの呪術に関する記憶を、全て奪う。成功すれば、アイツから呪術の力を奪える筈っす」


「人形を操るのもあたしがやんのか?」


「いえ無意識でいいっす。埋葬され優しい想いに包まれた動物達。ウェルが利用してきた物。動物はわかり易いほどに単純っすから。必ずウェルを襲うっす」


成程と。ベルの言葉に納得する。


「それでも。呪い返しが上手く行ったとしても、それはきっかけに過ぎないのを忘れないで。上手く行ったからってラーナの記憶は簡単には戻らない。ただ、頭痛で倒れたり、そういう事はなくなる。後は、ラーナが思い出すきっかけさえあれば……」


「翠憶の世界。リーノが、私達が望むその世界に……」


花と姫さんの言葉。


あたしにしか出来ない呪詛返し。


雨宮の屋敷に単独で踏み込むのは少し勇気の居ることだけれど


あたしだってラーナの記憶を取り戻してあげたい。

その気持ちは、皆と同じ。


そして何より。あんな胸くそ悪い事は二度とこの街で起こしちゃならない。


「雨宮の地には私も同伴するわ。樹木を守らせるために例の人形くらいは配置してると思うから、私とクランなら、涼子がそれを終えるまでの時間稼ぎくらいは出来ると思う」


あたし単独で雨宮の地に乗り込むのは危険過ぎると判断していたのか

姫さんがそんな事を言いだした。


確かに姫さんの強さはあたしもよくわかってるけど……


「万が一、雨宮にバレて姫さんが殺されるなんてなったら、野球どころじゃねぇだろうよ……」


姫さんは雨宮に対抗出来る力を持つ一族の次期当主。

雨宮の連中からすれば、真っ先に消したい筈の人間。


雨宮の地に連れて行くのはリスクが高い気がする。


「でも……」


あたしの言葉を聞いても食い下がろうとする姫さん。


「……ヴャクトかアズマで良いだろ。姫さんの仕事はここまでだ」


姫さんもラーナの事となると周りが見えなくなるタイプなのかも知れない。なんて思って小さく笑ってしまう。


「涼子の言う通りだと思う。万が一バレた時のリスクは少ない方がいい」


「そうっすね。涼子さん、その呪詛返しに使ってるナイフ、ボクの宝物っすから、ちゃんと返すまで死んじゃだめっすよ」


クロガキとベルの言葉に諦めたようにため息を吐いて、姫さんは言葉を紡ぐ。


「一番大切な時に力になれないのは悔しいけれど、私だって皆を信用してるから……まずはヴャクト達にこの話を伝えましょう」


「私とベルはそろそろ神社に戻る。もしも呪い返しが失敗した時の為、別の方法も模索してみる」


「もし何かあったら、連絡なりなんなりして下さいっす」


そう言って、クロガキとベルは姫さんの家を後にしようとしたから、あたしはそれを止める。


「待てベル、木原鈴を刺したナイフはあたしに寄越せ」


「……どうしてっすか?」


その声色には、戸惑いと小さな怒りの感情。


なんとなく、想像はついた。どうしてそんなナイフをコイツが宝のように持って

そして同じナイフで呪詛返しなんて事をしてるのか。


仲が良かったなんて、それだけの理由じゃない。

そして、コイツがあたしと同じなら、そのナイフはコイツが持ってちゃいけないモノになる。


「テメェにはクロガキが居るだろが。そんな感情捨てちまえ」


……コイツは、そのナイフでウェルを殺すつもりでいる。


「……あまり、知ったような口を抜かすものじゃ無いっすよ涼子さん。貴女を呪うくらい、ボクでも」

「ベル、いい加減にして」


脅しをかけてくるベルの頭を、クロガキが思い切り引っ叩いていた。


いや、見た目はクロガキだけど、口調や声が少し違う。


「は、花さん……いや、もしかして」


「良いから、そのナイフを涼子さんに渡す! 瑠璃お姉ちゃんの事放ったらかしてこっちに来てあげたんだから」


「花さん、めちゃくちゃ余計な事してくれたっす!」


もう、脅しの空気はベルにない。ただ頭を抱えて、叫んでいた。


「涼子さんはベルの事を思って言ってるって理解出来ないの? そんなんだから、ベルは呪術なんて真似に走るんだよ」


「花、こういう時は問答無用なのね……」


姫さんが小さく呟いて、そして言葉を続けた。


「久しぶり。鈴よね。瑠璃とは仲良くしてる?」


降霊術みたいな事が出来るとクロガキが抜かしていたから、姫さんは納得していたようで。

クロガキに向けて、その言葉を発していた。


「うん、久しぶり。大丈夫、ラーナのお陰で私達の呪いは解けてる。それより、ごめんなさい。今度はうちのバカ姉が迷惑かけたみたいで」


「ぼ、ボクはただ鈴達を思って……」


「思って私達の為に人を殺すのは違うから。私達は巡り会えたし、ベルはベルの生き方を見つけてるんだから、そんな決意は余計なお世話って理解出来ない?」


ベルが鈴のことが苦手と抜かすだけあって、ベルの考えはお見通しらしく、クロガキ……鈴の言葉にベルは項垂れて何も言えなくなっていた。


「本当は巫女にこんな事気軽にやらせちゃいけないのに、ベルの暴走を止められるのは私だけ。なんてお願いまでされたんだから。バカ!」


「うぐっ……そ、そうっすよね。鈴はもうあっちの世界の人っすもんね……」


「私、鈴はもっと大人しい子だと思っていたのだけれど……本性はリーノに似てるタイプなのかしら」


鈴とベルのやり取りを見て、姫さんは少し可笑しそうに微笑んで

そんな事を言っていた。


「夏妃やラーナ達にしたい話は沢山あるんだけど、あまり身体を借りてると巫女さんが保たないから……ベル、理解した?」


「理解しないって言ったら、絶対ボクを呪うじゃないっすか……問答無用過ぎるっす!」


「それくらい、ベルのやろうとしてる事がバカバカしいの! それに呪いじゃないよ? 私達は守り神になるんだから」


「祟りは余計にタチ悪いって自覚あるんすかっ!?」


ベルは深くため息を吐いていた。


こうやって本来死んでいる筈の人間を降ろすのは簡単にやっては行けない事みたいで

クロガキと共に居るベルもそれは理解している事らしく、深いため息のあとに言葉を紡いだ。


「……わかったっすよ渡します。でも絶対に捨てないで欲しいっす。こんな呪われたモノでも、そんな決意抜きにしたって、ボクにとっては鈴を思い出せる唯一のモノなんすから」


「テメェのその感情が消えたら、ちゃんと返してやるよ」


「瑠璃お姉ちゃんの言う通り。本当に何処までも優しい人達。私達はいつでも沼地に居るから、姿は見えなくてもずっと一緒だから、応援してるよ」


そのナイフをあたしが受け取るのを見て、鈴は微笑んで。


「花を供えてくれたのもベルだってちゃんと見てたから……血の繋がってない大事な私のお姉ちゃん。ごめんなさい、ずっとお姉ちゃんって呼ぶのは瑠璃お姉ちゃんだけだって私も意地張ってた」


「別に良いっすよ。鈴に謝られると気持ち悪いっす」


ベルの言葉に、鈴は小さく笑い。

そして、それ以上鈴の言葉は紡がれる事が無かった。


「……疲れた。ベル、肩貸して」


代わりにクロガキの口から紡がれたのは、そんな言葉。

その雰囲気はもうクロガキに戻っていた。


「花さん、問答無用で鈴を呼ばないで欲しいっす……」


「面倒になると思ったから。涼子、ありがとう。私が受け取るとその呪いは解呪出来てしまうから、触ることが出来なかった。ベルの感情はわかっていたから、そんな真似しそうになったら私が止めるつもりだった」


クロガキはクロガキで、ベルの事を想ってそのナイフを触るのを控えていたようで……

流石は神に使える職業をやってる奴だと見直してしまう。


「ベル、クロガキの事、大事にしろよ」


クロガキに肩を貸して、共に姫さんの家を後にしようとする後ろ姿にそう声をかけていた。


「ボクの大事な商売道具二つとも盗んどいて、まだ抜かすんすか……」


呆れたように。でも言いたい事は理解しているというように、ベルはあたしにそんな憎まれ口を叩いて、去っていった。


「そういや、二回目は見れねぇんだな。あの映像」


二人が扉から出て行くのを見送って、なんとなしにそのナイフを見つめてみる。

さっきまでクロガキの口を借りて喋っていたヤツの命を奪ったそのナイフ。


それくらいしか鈴との繫がりが持てなかったベル。

なんだか、やり切れない気持ちになってしまう。


「私が触ってもその映像って見れるものなのかしら……」


「やめとけ。万が一見れたとして、気持ちのいいもんじゃねぇ」


少し興味ありそうな姫さんの言葉に返して、ベルから受け取った二本のナイフをポケットに仕舞う。


それに、ある程度優しい想いのあるやつが触れる程度で解ける呪いの記憶だと花が言っていたから。

あたし以外の連中にコレを触らせちゃいけない気がした。


「ヴャクトかアズマに頼まなきゃいけねぇし、あたしらも事務所に行くか」


「……そうね。リーノにはラーナと出掛けるようにお願いしておく」


最近は皆の溜まり場になりつつあるから、確かにそれが無難かも知れないと姫さんの提案に頷く。


「ウェル……鈴を殺して、ラーナの記憶を奪ったヤツか」


そして連絡を取っている姫さんの傍らで、あたしも決意を固める。


映像と、ベルに対して怒っていた鈴の姿は、ラーナに良く似ている気がした。


決して絶望せずに、瑠璃を求めたその行為も。


そして、コイツは過去にラーナを傷付けている。

もし、アズマが一緒に居なかったら

コイツはラーナも殺してたんじゃないか。そんな気がした。


結果的にアズマが無傷だったから、ウェルはこれ以上アズマと戦ったら不利だと判断して逃げていたんじゃないか。


「……ただのクズだな」


呪い師なんて偉そうな肩書きを持っているクセに

ベルともクロガキとも全然違うヤツ。


……あたしがもしも姫さんと出会わなかったら。


もしも、アズマに鍛えてくれなんて言われて共に過ごした時間が無ければ。


他人を少しでも思いやる気持ちを持てないまま生きていたら。


そのクズは、あたしの未来だったのかも知れないと、なんとなくそんな事を感じていた。


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