真実の掟の記憶
その血は、歪められ迫害された
凛の件を解決させて。クランは雨宮の屋敷に戻って。あれから数日が経過していた。
未だに雨宮から連絡は来ない。
それなら、野球の練習だけじゃなく、ラーナの記憶に関する手掛かりを探そうと私は動いた。
『呪術では無いが、知り合いに巫女の少女がいる。彼女ならば、あるいはその解決の糸口を見つけてくれるかも知れんな』
父さんにウェルの、ラーナの呪いの件を話してみた。
私達の一族だって、雨宮と肩を並べるなんて言われているくらいだから
そう言ったお抱えの呪い師が居るのかも知れない。
そんな賭けに近いような相談だったけれど。
その相談に父さんはその子を紹介してくれた。
そして、私は父さんが教えてくれた神社へと辿り着く。
「あら、この猫は……」
そこには一匹の黒猫の姿。
涼子がたまに本気で喧嘩を売るような事をしているのを何度か見たことがある。
この街のボス猫なんて、そんな説明だった気がする。
「待ってたっす。夏妃さん」
そんな黒猫を撫でていると、不意に声をかけられた。
目を向けてみると、そこには金髪の、帽子を被った女性の姿。
巫女さんと呼ばれるには、少し活発そうな雰囲気。
「貴女が父さんの言っていた……?」
「ボクはベル。助手みたいなもんっす。巫女……花さんは神社の奥で待ってるっす」
自己紹介も早々に、ベルと名乗ったその女性は私を案内してくれる。
「沼地の件の話は耳に届いてたっす。ボクは鈴とは仲が良かったんで……その呪いを聞いた時、ボク達が動く予定だったんす。だけど、ケープに止められたんす。ラーナ様なら心配ないなんて、そんな事を言われて」
道すがら、ベルは語ってくれた。
ケープがそんな事をしてくれていたのは意外だったけれど、流石は元父さんの付き人。
壊れてるように見えて、しっかりとしている人だと少し見直してしまう。
そして、ベルは鈴と仲が良かったなんて濁した説明をしていたけれど、その口調でなんとなく察する。
木原鈴。そしてベル。その名前の共通点。
「貴女は、鈴の家族なのね」
その言葉を発すると、ベルは少し驚いて、苦笑いをした。
「血は繋がってないっす。鈴が生まれて、名前を奪われて。恨んだ事もあるっす。でも今ならわかるんす。ソレはボクをその呪いから遠ざける為だったんだって」
元々、ベルは孤児だったと。そしてそれを引き取ったのが鈴の両親。
きっと、子供が出来ずに焦っていたのだと、私もなんとなく察することが出来る。
そんな中で鈴が生まれて、無関係の血に言い伝えを守らせるのは忍びないと。
多分鈴の両親はそう考えて、ベルから鈴の名を奪って、そして自由の身にさせた。
「ごめんね。そこまで深い事情を聞くつもりは無かったのだけれど……」
「いや、流石は夏妃さんだと驚いただけっす。それに、別に隠すようなモノでもないっすから」
ベルは笑って、私に返し。神社の奥。一つの民家にまで案内してくれた。
私達がその民家の扉をノックするよりも早く、民家の扉が開かれる。
「クロから聞いていたから、すぐに気付いた」
思わず驚いた私の表情を見てか、その少女は開口一番にそんな事を説明してくれた。
ベルとは正反対。少し白に似ているような口調。だけど見た目は白とは正反対の真っ黒な服に真っ黒な髪。
そして、あの黒猫と同じ翡翠の瞳。
「上がって。少し長話になる」
白も独特な不思議な雰囲気を持っているけれど
その子が持つ雰囲気は白以上に不思議。
そして父さんが信用する理由がわかるくらいに落ち着いた人。
「花さんの言葉が足りないのはいつもの事っすから、気にしないで貰えると助かるっす」
「え、えぇ。クロっていうのは……察するにあの黒猫の事かしら」
その空気に思わず言葉を失っていた私に向けて、ベルが言ってくれた。
本題に入る前に、なんとなく気になってそんな事をベルに聞いてみる。
「こんな仕事っすから。動物と会話できても不思議じゃないって思って貰えると助かるっす」
元々、非現実な呪いの相談。
私の常識は通用しないと考えた方が良さそうだと、そんなベルの言葉に覚悟を決める。
「話は知ってる。ラーナにかけられた呪い」
居間に案内されて、早々に彼女は本題を繰り出そうとするけれど
「ちょ、ちょっと待って頂戴……ごめんね。慌てて来たから私は貴女の名前を知らないの。まずは自己紹介をさせてくれないかしら」
「夏妃の名前は有名だから大丈夫。私は天海花」
表情一つ変えないで、戸惑う私に彼女は短い自己紹介をする。
全身真っ黒なその服装に併せて、その口調。
見た目の年齢は白と同じくらいなのに、自分より歳上の人と話しているような錯覚に陥りそうになる。
「そ、そう。よろしくね花」
「申し訳無いっす……」
圧倒される私に向かって、ベルが小さくそんな事を耳打ちしてくれていた。
助手と名乗ってくれた彼女は、言葉や感情の足りない花の通訳として働いているように見える。
「夏妃、キミは何処まで理解しているの?」
花に問いかけられる。ラーナにかけられた呪いの件の事だろう。
ヴャクトや白、クランからある程度は聞いている。
「雨宮の使いがかけた呪い。木を信仰としたモノって事くらいかしら。それと、鈴さんや瑠璃さんと同じ。それは絆を奪う呪いってこと」
私は、自分が知っている限りの話を花に伝える。
記憶を奪うと言うよりは、大事な絆を奪う呪いのように感じたから
そこだけは私の見解だけれど。
「雨宮の掟。穢れた血の真実は知らないんすね」
私の話を聞き終えて、ベルが小さく呟いていた。
「真実?」
「歪められた掟。神の使いの話」
コクリと頷いて、花は語りだす。
雨宮白。穢れた血と蔑まされ、迫害されてきた彼女。
何故、そこまで雨宮の一族が白を怖れるのか。その理由を。
「雨宮が崩壊しそうになった時にその色は現れる。神が授けてくれた大切な血を色濃く継ぐ白髪の子。その色は神に授けられ、そして神の元に還る」
花らしいと言えば花らしい、少しわかりづらい説明。
私が理解できない様子なのを察してか、ベルが小さく笑って説明をしてくれた。
「雨宮が崩壊する危機の時に報せのようにアルビノは産まれるんす。そして、雨宮が崩壊するような事はいつだって決まって誰かに恨まれてる時っす。
……今回は少し違うみたいで、呪いの対象がメチャクチャっすけど、そんな呪いを解けるのはその血だけなんす」
なんとなく、花が白と似てる雰囲気なんて
私が最初にそんな風に感じた理由がそこにあった。
その雰囲気は、神に使えるモノが持つ独特のものなのだと。
そして、第三者がその掟を歪めやすかった理由も察する事ができる。
雨宮が崩壊しそうな時にしか生まれない色。
それならば、その色のせいにするのも簡単だった筈。
呪いを解けるのは、白だけだからこそ
ウェルは白を警戒していた。
その血の恐ろしさをウェルは理解していた。
だから、掟を歪めて彼女を迫害した。
「……じゃあ、ラーナの呪いを解けるのも、白だけって事?」
「神に授けられ、神の元に還る。夏妃さん、その意味を理解して尚、夏妃さんは白さんにその願いを託せるんすか」
私の言葉にベルは小さく呟いていた。
神に授けられ、神の元に。
……そう、私は花の言葉をまだ完璧に理解していなかった。
その呪いを解く代償。
そして、雨宮に伝わるアルビノが短命の理由。
過去、その血が産まれる度に雨宮が消していた訳じゃない。
その血は、昔からずっと雨宮を守る為に、その命を賭してきた。
それが、アルビノの本当の掟。
「人柱として、白を使わないと、殺さないといけないって言うの……?」
私の言葉に、二人は沈黙する。
その沈黙こそが、答えだと言うように。
「ラーナが記憶を取り戻さないままか、白を犠牲にしてラーナの記憶を取り戻すか。それを選ばないとならないって言うの……」
ラーナは、自身が記憶を失っていると知ってもそんな事望まない。
ラーナだけじゃない。皆、誰かを犠牲にしてその世界に辿り着こうなんて考えは持っていない。
だけど、きっと白はこの話を知ったら、簡単にその命を投げ捨てる結論を出す気がする。
それ程までに、白の中でラーナとヴャクトの存在は大きい。
「それが、雨宮の掟。そして、私達が住む世界の掟」
花が、私の言葉に小さな声で返していた。
今は私しか辿り着いていないけれど、ヴャクト達がこの答えに辿り着くのも時間の問題。
ラーナが想いを繋いでくれたから私達は出会えた。
リーノが絆を繋いでくれたから、私達は一つになれた。
それなのに、こんなにも悲しい結末を私は皆に話さなければいけないのか。
私も強くなれた筈だった。ラーナをずっと追い掛けて。
あの子みたいになろうと。少しでもあの子の強さを獲ようと私は生きてきた筈。
「……そうよね。ラーナ」
だから、私も絶望しない。
私はいつでもラーナを信じてる。
あの子の影を信じてる。
ラーナならそんな結末は認めたりしない筈だと。私は意を決して言葉を紡ぐ。
「私は……認めない」
ラーナなら、きっと言う筈のその言葉。
「雨宮の掟も世界の掟も、そんなの認めない」
「諦めるんすか。ラーナさんが記憶を取り戻す事を、絆を取り戻す事を諦めるんすか……」
少し寂しそうにベルは私の言葉を聞いて呟いていた。
瑠璃さんや鈴さんの件が他人事じゃないベルには、それは耐えられない話なのかも知れないけれど
そういう意味ではない。
「いいえ。諦めたりなんてしないわ。方法を見つけるだけ。白が死ななくても済む、その方法を。事実、ラーナは誰も犠牲を出さないで瑠璃さんと鈴さんを呪いから解放してるもの」
「沢山の犠牲の上で私達は生きている。それは夏妃、キミなら理解してる筈」
花に厳しい事を言われた。
確かにその通りだと私も思う。
何かを切り捨てなければならない事だって世の中には沢山あるのを知っている。
誰かを特別扱いなんてしたらいけないのは理解している。
それが私のエゴだと言う事も。
「それでも。そのエゴを貫いて来た子がいるのを私は知っているのよ」
私はずっとその子の影を追ってここまで来た。
「そんなエゴが作った、とても優しくて綺麗な世界があるのも、私は知ってるの」
いつだって、あの子の周りは笑顔が溢れていた。
瑠璃さんと鈴さんまで巻き込んで笑顔にさせていた。
だから、私は言葉を紡いで微笑んでみせる。
笑顔の魔法。私に使えるかはわからないけれど。
「……だから、戸野は苦手」
花がため息を吐き、諦めたように続けた。
「解呪する方法は雨宮白を贄とする方法しか、現段階では存在しない。ただ……呪いを返す方法ならある」
「そうっすよ! 呪詛返しがあったじゃないっすか! なんで最初からその話しなかったんすか!」
花の言葉に、ベルが思い出したかのように明るく、言葉を発していた。
「呪い返しなんて、神職がやるような事じゃない」
「うぐ……そ、そうっすよね」
それは彼女のプライドが許さなかった事なんだと
二人の会話にそんな事を思う。
そして、それは私が花の選択肢を選ばなかった時の為に、わざわざ用意してくれていた選択肢だとも。
「雨宮に信用できる人が居るって言ってた。夏妃、その人に連絡取れる?」
「えっ? あ、えぇ……クランの事ね。一応連絡先は交換してあるから……でもクランに何の仕事をさせるつもり?」
突然話題を振られて、少し慌てて花に返す。
「ベルの案内だけ。後はベルがやってくれる」
「あ、そうっすよね。呪詛返しっすもんね……ボクの役目っすよね……」
「恨むなら戸野を恨んで」
巫女の助手。どうやらベルの存在はそれだけと言う意味でも無いような、少し意味深な話。
「ごめんね、貴女達に恨まれたら私の一族が滅んじゃいそうだから、それは許して欲しいかな……」
「だからクロに嫌われるんすよ。ボクが触ろうとしたらいつも怒るんすから」
……あれ? と。
項垂れて、そんな事を言うベルの言葉に引っかかる。
あの黒猫と犬猿の仲。そんな人が身近に一人。
「私はその、呪いとかよくわからないのだけれど……それも呪いの効果なの?」
なんとなくそんな事をベルに問い掛けてみる。
「クロは勘が鋭いんす。気を許せる人じゃないと絶対に触らせてくれないんすよ。ボクは呪術なんて使うから、余計嫌われてるんす」
薄々会話から汲み取れては居たけれど、ベルは花とは正反対の呪術師だと口にして
そして、説明してくれた。
おまじないとのろい。
どちらも同じ漢字を使う意味。
花やラーナが使うのはおまじない。
優しい想いや感情を使う呪い。
ウェルやベルが使うのはのろい。
他人を憎む想いや感情を使う呪い。
形は違うけれど、それは根本的には同じモノだと。
そして、呪いを解く為に必要なのは、花やラーナのような優しい心を持つ存在。
呪いを返す為に必要なのは、ベルのような何かを憎む感情を扱える存在。
「……もしかして、もしかするかも知れないっ! ベル! 花っ!」
家族を恨んだ事があると語っただけで、なんとなく察する事は出来るし
今のベルは真実を知って後悔しているから
その生い立ちを聞くのは失礼な気がして言えないけれど。
ベルはきっと、涼子と似ている生い立ち。
そして、涼子の生い立ちはもっと孤独だったのを私は知っている。
常にアズマと比べられて。常に見下されて。
だから涼子は不良と言う道を選ぶしか無かった。
理解者が一人も居ない世界を生きてきた人。
「……ベルよりも呪術を使いこなせる人?」
「幽霊が苦手なんて言ってたくらいだから、霊感もあると思う。それに彼女も力になりたいって想いは同じ。……もちろん、その手の呪法を一切知らないような人だけれど、私は彼女を信用してる」
花は私の言葉に何かを理解したように呟く。
「ラーナは白と出会って、止まっていた時が流れた。そして、想いが一つに集まった時に、キミ達は呪いの存在に気付いた。想いは絆になり、今その絆は深く結ばれている。……私達はきっかけに過ぎなかったのかも知れない」
「……ボク達はまだ下手に動かない方が良いって事っすか」
流石は助手。私にはまたも理解できない花の難しい言い回しに、小さくベルはそんな事を呟いていた。
「あ、えっと……端的に言えば、九人なら問題ないって事っす。ボク達はただヒントを与えるだけの存在なんだと。花さんはそう判断してるんす」
「出会いには全て意味がある。私達のようにヒントを与えるだけの存在。クランのように本来なら敵に居る筈のない存在。
そして、涼子のようにその世界から身を引こうと考えながらも皆の為に動く存在。……ラーナが私達を必要としないのも、必然」
難しいけれど、続けて言った花の言葉でなんとなく理解する。
白と出会ってからラーナの止まっていた記憶の時間が流れ始めた。
それこそが、白の持つ、雨宮を守る為の本当の力。
そして、その力に引き寄せられるよう
蒼がこの街に来て
それを知った私がヴャクトと出会う。
九人が集まった時、ラーナは気を失った。
示し合わせたかのように、私達はその秘密を知り
同時刻、アズマは蒼と凛を雨宮から守った。
私の前に現れた敵かと思った雨宮の人間は、白を守る心強い存在だった。
そして雨宮の意図しない形で、私達と雨宮は戦う事になる。
沼地の件でウェルの存在を、呪いの存在を私達は知り。
アズマはヴャクトを思い出す。
そして何よりも。その呪いをかけた当人がラーナに呪いをかけた人間。
そして、凛の問題。
誰よりもその世界を求めるリーノへの嫌がらせが無くなり
そして、無力だと嘆いていた凛も自信を持てた。
蒼が居たからこそ、私達が取れた策略。
私達が九人揃ったからこそ、出来た事。
その全てが脚本通りの話。花はそう言いたいのだと理解した。
巫女だからこその考え方。全ては神様が作った道と言う考え。
「……決められた脚本の中で生きてるなんて考えたくないけれど、でも、その脚本が翠憶の世界に繋がるのなら私も、その役割を果たすだけね」
「未来は誰にもわからない。ただ、キミ達なら、きっとその世界に行けると思える」
「私は貴女達が無関係なんて思ってないから。困ったらまた相談に来るからね? 私達は呪いには詳しくないんだから」
自分の役割は無いと花は語るけれど、そんな事は無いと私は信じる。
「あ、そ、そうっすよ! 呪詛返しにしたって変な手順踏んだらウェルにバレるっす!」
「……私は呪い返し出来ないから関係ない。動かない」
あぁ。この子、それが本音なのかも知れない。
なんて、何処かそんな事を感じる花の言葉だった。
「その、私の口からだと上手く説明出来る自信ないから、花もついてきてくれないかしら」
「神様を言い訳に使ってサボろうとするのは神職がやる事じゃないっす……」
ベルは、まるでいつもの事だと言わんばかりに、そんな花を見て呆れていた。
「ラーナとは会わないから。会ったら私も役割与えられそう。働きたくない」
「もしかして、クロに役割押し付けてたんじゃないっすよね、花さん」
そんな風に呟く花に、ベルが白い目を向けていた。
……そう言えばクランとラーナを二人きりにした時、黒猫を見たような記憶が。
そんな事が出来るのかと不思議に思うけれど
非現実的な事がいくら起きても動じない覚悟をしていたせいか
花ならそんな事をやりかねないんじゃないかなんて。
何よりも
「私、花に涼子の名前言ったかしら……」
父さんから聞かされているのと、その雰囲気で全てを知っていても不思議では無いから
違和感なんて無く話を進めていたけれど。
花のそんな隠された考え方を知ってから思うと……
本当に黒猫を操ってたんじゃないかなんて。




